彼女達はその身を捧げて何を得たのか
帝国の復興は主に三つに分かれる。
a)今ある商品である兵士を使った商売。
b)欧州大戦需要による生産。
c)内政開発。
a)についてだが、国共内戦が目前に迫っている中、巻き込まれたらたまらないという訳で、大陸からの撤兵と、必要が無くなった仏領インドシナからの部隊撤退は急いで行われた。
だが、撤退した部隊が本土ではなく一旦満州に再配置されたのは、動員を解除して食えない連中を食わす為の手段だった。
戦争を回避した結果、動員解除による雇用問題は、はやくも帝国政府を揺さぶっていたのである。
満州国軍拡大という受け皿だけでは足りずに関東軍下にも部隊を送り込み、満州にいる兵力は一時的だが百万を超えた。
もちろん、陸軍強硬派が主張する対ソ連戦という名目に配慮した結果とも言う。
手に職がある者を優先して除隊させる等段階的に動員を解除するが、今年中は満州にいる兵は百万を切る事はないだろう。
この為、ソ連は対日戦を警戒し戦力をシベリアに留め置くことを余儀なくされ、抽出しそこねたシベリアの兵力は独逸の石油事情改善と重なってソ連に少しずつ響いてゆく事になる。
海軍も老朽艦を除籍して民間会社に払い下げ、タイ船籍にした上で東シナからセイロンまでの船団護衛を請け負わせた。
本来その地域の船団護衛をするはずの英海軍は、その戦力の殆どが地中海と大西洋に回されており現状一番の稼ぎ頭となっている。
b)は更に阿漕にタイ発、トルコ・スペイン行きの航路をつくり、そこに独逸・英国双方の商品を積み込んだ。
特に、ダミー会社が買い付けたパレンパン精製の油やゴムは独逸に高く売れ、独逸の継戦能力の向上に寄与した。
もちろん、スペインに荷揚げされたインド洋沿岸からもたらされた商品は、ジブラルタルに運ばれ英国艦隊が船団護衛をしながら本土に運び込んだ。
「帝国の船ならば大丈夫でしょう。
何しろ独逸と同盟国ですし、竜ともお話ができるでしょうからな」
という嫌味と共に、英国船を日本籍にわざわざして地中海を突っ切らせる英国のえげつなさに帝国は何も返す言葉が無かったらしい。
だが、これらの船にシチリアの竜も独逸潜水艦もついに攻撃を仕掛けることは無かったのである。
この交易の代価として、独逸からは技術支援及び、旧式(帝国にとってはそれでもありがたい)工作機械が、英国からはタイやスペインを経由したダミーカンパニーを使った資金支払いによって帝国の戦時国債償還を助ける事になったのである。
英国は帝国を戦時経済から平時経済へ移行させる事で自領の不可侵を狙い、独逸は資源供給地としてだけでなく生産地として期待するという飴を与えつつ、本命の死闘続くソ連戦に参加する事を狙ったのは言うまでもない。
c)についてだが、異世界の存在が無ければ計画そのものが成り立たなかっただろう。
まだ千人程度しかいない黒長耳族の魔法使いが出す石人形による大規模開発は、農地改善、ダム開発、インフラ整備とありとあらゆる所に投入されたが、初期最大の功績として関門トンネルの工期縮小があげられる。
戦争が終わったゆえに何もかもが足りないこの国において、彼女達を使わない手は無いと大多数の霞ヶ関官僚は思っていたのだった。
鉄道省は、関門海峡トンネルの開通成功に自信をつけて関門海峡トンネル二期工事、新潟と関東を繋ぐ大清水トンネル計画、本州各地と四国・北海道を結ぶトンネルの計画を考えており、これは国内の移動を船に頼らなくて済む陸軍も協力を約束していた。
逓信省と内務省は黒部ダム計画等の大型計画に彼女達を使う事も想定しており、商工省は北海道および九州の炭鉱で彼女達を使う事で採掘の効率化が図れると試算していた。
農林省は彼女たちを使った食糧生産で作付面積だけで台湾で1.5倍、朝鮮半島で2倍、満州に至っては4倍という信じられない数字をぶち上げていた。
世界に冠たる大日本帝国。
その内情は中途半端な農業国家であるという事実を誰もが見ない、いや、忘れたフリをしている。
つきつめると、帝国の経済政策は二つ。
農業と繊維を中心とする軽工業がどれだけ成長するかにかかっていた。
そのうち、繊維は大陸での戦争によって欧米からの経済制裁で市場から締め出され、大陸での戦争前の輸出量に現在ですら戻っていない。
帝国の繊維輸出先は米国が四割、欧州が三割、アジアが三割という比率で成り立っている。
それが欧米の経済制裁によって七割近い市場を失い、大陸占領地での輸出でかろうじて四割にまで戻し、英国との交易で欧州の門戸が開かれた事により輸出量は七割までは回復しつつある。
だが、やはり経済制裁を続けている米国の制裁解除を要求しないと、フル生産しても売れないという事態が待っている。
事実、商工省サイドから外務省にかけて「対米交渉の再開と経済制裁の解除」を切実に要求する声が高まっていた。
更に、この繊維産業は労働集約型産業で、この生産拡大はそのまま失業率の低下に直結する。
大陸から帰ってくる予定の陸軍兵士を食わせるためにも避けては通れない問題だった。
で、これらの金をどうやって用意するかだが、後に「国家が行った史上空前の詐欺行為」と自ら罵倒する手段でこの莫大な予算をでっち上げたのである。
まずは、大陸で流通していた軍票の回収を彼女たちの体に任せる事にした。
大陸で戦争をしていたおかげもあって軍票がけっこう流通しており、その償還問題に軍も大蔵も頭を痛めていたのである。
これを彼女たちの使用――土木から娼技まで――料金を全て軍票で貰うように神祇院は通達を出し、『売春防止法』ならぬ『売春管理法』の制定による神祇院開発公社娼婦部を設立する事になる。
この神祇院開発公社が、全ての諸問題解決の切り札だった。
神祇院の外郭団体に開発公社を設け、資本比率を国が51%、残りを各財閥に振り分け資金を捻出。
国家負担については異世界交易によって取得した金銀を担保に国債を発行し、全て日本銀行に引き受けさせる事で賄い、戦時国債の償還の借り換えと軍事関連予算の縮小によって捻出させた。
からくりはこうだ。
多額の戦時国債を引き受けていた三井や三菱といった各財閥に「戦時国債償還の為の」国債(もちろん戦時国債以下の低金利)を引き受けさせ、更に異世界から来た彼女たちが所属する開発公社の優先使用権を与える。
そして、優先使用権の序列を決める為に公社内の出資比率を財閥間で争わせ、集められた資金と同等以上になる国の公社出資費は、帝国政府保証の元で日本銀行から99年返済で100億を彼女達に貸し付け、その金で開発国債を発行して彼女達に買わせる事で賄った。
実際に紙幣を発行するわけでも無く、この時にできるのはその100億の借用書と開発国債の二枚の紙のみ。
彼女達が借りる金利より、当然のように開発国債金利は低くなる。
それは彼女達の税金を前借するという事に等しい。
実際に働く黒長耳族の彼女達自身が100億の担保であり、国家経済のバランスシート上だけの弄りに過ぎないが、これで帝国財政は劇的に改善するはずである。
他国に売却すれば価値の下落を心配しなければならないものでも、こういう政府内の帳簿取引として使うのならば問題は無い。
何よりこの策のありがたい事は、何か問題が発生して国債換金という事態になっても引き換えができるものが存在しているので信用問題が発生しない所にある。
しかも、仕掛けの根幹にある彼女達に老いが無い為、新たに生まれた娘達も大人になり女になって男の上で腰を振りたくさんの子供を生み、その子達も娘なら女になって母の隣で男の上で腰を振る事になる。
竜とその眷属達がこの帝国にやってきてから彼女達の魔法と特性を生かした錬金術は色々と考え出されていたが、「不老」という特性を使ったこれは究極の錬金術だった。
とはいえ、この錬金術にも欠点が無い訳ではない。
時間がかかれば回収できるのだが、戦争によって疲弊しきっていた大日本帝国は、明日の一万円ではなく今日の一円を切実に求めていたのである。
この為、実際に使う金は戦争終結に伴う軍事関連予算の縮小分より持ってくる事になった。
大蔵省は年10%の五年連続縮小で、軍事関連予算を五年後には現状の六割まで落とす事を目指し軍と対立する事になる。
開発国債の金で内務省指導の下に開発公社を作りその資本金にして、彼女達自身にインフラを整備開発させる。
開発主体と資本と労働力を彼女達名義にして内地を開発、その成果を得る事無く開発先に寄付させる。
彼女達が金を出し、彼女達が働き、彼女達が作ったものだから彼女達がどう使おうと自由だ。
では、彼女達はここまで搾取されて何を得たのか?
インフラの整備は物流の移動に伴い都市化を加速させ、同時に辺境部の過疎を招く。
過疎化に伴って都市部に流れ込む農民や小作人は工場で吸収し、吸収できない分はそのまま満州や異世界に送って土地を与えて生活してもらう。
結果、山間部の経済的に割の合わない土地を彼女達は得る事になった。
彼女達がもっとも欲しがっている森という土地を。
そして、己の体を売って得た金を帝国に捧げるという献身的奉仕は、帝国内部の反対勢力を押さえ込む美談として語り継がれる事になる。
帝国の忠臣、己の体を汚してまでも受けた恩を忘れずに帝国に尽くす竜とその眷属達。
そのイメージこそが最大の報奨だろう。
これらの政策に関わった時の首相は当時のメモにこう書き記したという。
「彼女達を帝国は徹底的に食い物にしている」
と。
説明回。
時々がっつりと入れておかないと、状況が作者にも分からなくなるという環境の激変振りに苦笑。




