昭和十六年十二月一日 大陸戦線
昭和十六年十二月一日 大陸戦線
延々と続く大地は白銀で覆われており、吐く息を白くさせる寒気は俺の体を酷く凍えさせた。
見渡す限りの荒野は白く、地平線の先には何も見えない。
軍の仕事で一番長いのは待つ事だと言われている。
来るべき戦場を待つ為に、多くの兵達は煙草や酒や女や博打に狂う。
火をつけない煙草を口に咥えたまま、俺は廃屋から白い地平線を眺め続けた。
煉瓦造りの廃屋の穴をとりあえず塞いで、小隊三十人と共に匪賊から目の前を通っている鉄道を守る事が俺と俺の小隊に与えられた命令だった。
広大な大陸に踏み込んだ帝国は泥沼の戦闘に踏み込み、鉄道を中心とした点と線を繋ぐ事で精一杯。
政治的・経済的にこの戦争で帝国が疲弊しているのは分かるが、下っ端小尉にそれ以上の事が分かる訳もない。
いつ来るか分からない匪賊との戦闘でそんな事すら考えられなくなっていたが、その日は違っていた。
「神堂辰馬少尉殿。
よろしいですか?」
実際に小隊を取り仕切る片桐次郎軍曹がめずらしく困惑した声を俺にかける。
兵に聞かせるとまずい話題だと悟った俺は、軍曹を連れて廃屋の一室に入る。
「何があった?」
「『何かあった』という事しか分かっていませんが。
通信兵からの報告で、規定を無視した通信が飛び交っているとか」
軍曹の報告に俺は顔をしかめた。
状況だけを見れば混乱している。
では、『何処が』『何で』混乱しているのかが分からない。
咥えていた煙草をポケットに戻して、軍曹に向けて口を開いた。
「分かるか?」
「何がですか?少尉殿」
軍曹は軍服を着ていなかったら、任侠の輩に見えるだけの凄みがある。
実際にそっちの出身らしく、酒の席で、
「娑婆でまっとうに働こうと思ったら大陸でこんな事してやがる。
これなら、残ってたほうがましだった」
なんてボヤキを聞いた身からすると、娑婆の方が人を殺している救いの無さに苦笑するしかない。
そんな彼とは酒の席での飲み合いで気に入られたのか、悪くない関係を続けているが、彼がこんな問いかけをしたのならば、手はあるのだがそれが非合法なものだろうと察しがつく。
状況が分からない現状、匪賊の襲撃を恐れるというのは小隊の士気が崩壊しかねない。
「俺は聞かなかった事にしてくれ。すまない」
「了解。少尉殿」
泥を被ってくれという俺の意味を察した軍曹は手を振って去ってゆく。
あれでこちらの意図は分かってくれるだろうと思っていたが、数時間後とんでもない情報を持って彼が飛び込んでくるとは思っていなかった。
「帝都が爆撃されただと!」
考えられる限りの最悪の情報を飛び越えてやってきた最凶の情報に、俺だけでなく片桐軍曹も押し黙る。
「情報の出所と信憑性は?」
「情報の信憑性についてはなんとも。
何しろ、匪賊から聞いたものですから。
驚かないんですね。少尉」
さらりと出てきたやばい話も今は横に置くしかない。
「襲ってきた匪賊の持ち物が少ないのに気づいたのと、何故か俺の小隊は物持ちが良いと評判だった。
で、先輩方の貴重な助言に従っただけさ」
泥沼の戦場での末端部なんてものはこんなものである。
なお、先輩たちこと中隊長や大隊長のお言葉を借りるならば、
「一番厄介なのは、腐ることじゃない。
腐らぬうちに狂っていくことだ」
の言葉の重みを知る程度には戦争の空気を味わっているつもりだ。
何しろ、初めての人殺しから初めての女までこの大陸で経験したのだ。
そういえば、片桐軍曹紹介の店だったがえらく綺麗だったな。
心の平穏を保つ為に初めての女の柔肌を思い出している間、片桐軍曹は俺をじっと睨みつけた後でヤクザ者らしい剛毅な笑い声をあげた。
「あんた、俺の見立てどおりだ。
長居はしないだろうし、こっちの邪魔ならばどうにかしようと思ったが、どうして剛毅じゃないか!」
「ついでだから聞いておくが、俺の何処を気に入ったんだ?」
「何もしなかったのが大きいが、あんた、俺の酒を断らなかったろう?」
「酒が飲めて、煙草が手に入り、いい女が回ってくるのになんで敵対すると?」
なんで片桐軍曹は兵隊やっているのだろう?
本人を前に言うわけにもいかず、黙っていると片桐軍曹がにやりと笑って軍曹の仮面をつけ直す。
「少尉殿。
とりあえず話を戻しましょう。
匪賊と取引している連中は、『帝都が爆撃を受けた』と話しています。
中隊司令部も把握しているらしく、『流言に惑わされないように』との通達を先ほど発しました。
にも関わらず、通信が飛び交い続けている」
司令部どころではない、ここから三千キロ近く離れている本土の帝都爆撃なんて事態は誰も想定していないからだろう。
「もし、それが本当だとして被害は出ていると思うか?」
一番肝心の所を訪ねると片桐軍曹も首を傾げる。
二度ほど首を左右に振った上で彼は口を開いた。
「それが分からん所で。
少尉は関東大震災時何処に?」
「赤ん坊のころだ。
覚えていないよ」
「自分は二等兵で、救援活動に参加しておりました。
本当にやばいと、情報が途切れるんですよ」
なるほど。
実体験があるなら判断しやすい訳だ。
「今回は、『帝都が爆撃を受けた』という一報が匪賊にまで伝わっているし、今だ混乱が収まっていません。
にもかかわらず、情報がそこから先伝わっていない。
誰かが口を閉ざした。
そして閉ざせるだけの被害しか出ていないと自分は考えております」
結論から言うと、片桐軍曹の推測は外れた。
昭和十六年十二月一日。
戦争の影が色濃く覆っていた大日本帝国に、そいつは師走の風のようにふらりとやってきた。
人間の女性に化けた伝説の生き物竜と、女しかいない竜の眷属たち。
彼女等は帝国だけでなく同時期に世界各地に現れ、全世界を混沌の渦に叩き込んでいったが、帝国に現れた竜とその眷属は己が力の行使を代償に彼女と彼女の眷属の保護を求めた。
人類同士の殺し合いに竜という荒唐無稽奇天烈極まりないものが、魔法というまた科学に喧嘩を売る物を引っさげて舞台に現れたのだ。
後に第二次世界大戦と呼ばれる殺し合いに参戦する予定だった大日本帝国の進路を強引に捻じ曲げたその象徴的な一日を、俺は大陸の片隅で迎えたのだった。
この話の地球では、昭和十六年十二月一日にドラゴンが何でか召還されちゃう所から話がはじまります。
ドラゴンの強さはチートというアバウトな設定です。
この後、どんどんドラゴンを通じF世界からF世界な物や者達が流入してゆきます。
そして、それらの流入によって第二次大戦は混沌の坩堝に落ちていく予定です。