2 コンサート
『水上の音楽』の演奏は、音を外さずに吹けました。最初の部分がホルンの目立つ曲なので、音を外さないかひやひやでした。私には絶対音感がないので、音の吹き始めは特に不安です。とんでもない音を平気で吹いてしまいそうです。
「五十嵐さん、とても上手ね。さすが小学校のときから吹いていた実力があるわ」
白砂先輩に褒めてもらえました。嬉しいです。
「これなら、他の曲も1stや3rdを任せられそうね。期待しているわよ」
先輩方を押し退けて目立つパートばかりなのは、何だか申し訳ないです。でも、期待に応えれば、きっと栄太くんも褒めてくれるでしょう。
「公子ちゃん、音外さなかったね。上手かったよ。……それで、お願いって?」
栄太くんがフルートパートから来てくれました。
私は前々から考えていたお願いをしました。
「栄太くんのフルートを吹かせて? フルートは難しそうだけれど、音階に挑戦したいの」
「……何だ、そんなことか」
何だか幾分がっかりしたような顔で、栄太くんはフルートを教えてくれました。
運指が難しい上、息もかなり使います。
それでも、割とすぐに音階が吹けるようになりました。ちなみにホルンの音階が吹けるようになるまでは、私は一週間かかりました。
簡単に指慣らししてから、スメタナの『モルダウ』のさわりを吹いてみました。
「初めてなのに、よく吹けたね」
栄太くんは感心してくれました。私はそれどころではありません。
「酸欠で、頭がクラクラする……」
ホルン吹きの私には、やっぱりフルートは無理だったようです。息を使いすぎて酸欠状態です。フルートは管楽器の中で、一番息を使うと聞いたことがあります。何でも、息の半分しか音にならないのだとか。
栄太くんは、私が返したフルートに口を付けました。モーツァルトの『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』の第一楽章を演奏してくれました。
Allegroの曲を、更に速く吹いてくれました。途中のトリルもビブラートも見事です。絶対真似出来ません。
曲が終わった後、私は拍手しました。いつも私の為に曲を演奏してくれる栄太くんは、やっぱり優しいです。
吹いた後で、栄太くんはチケットを見せてくれました。
「今度のお休みの日の公演で、チャイ4のチケットもらったんだけどね。公子ちゃん、一緒に行かない?」
「チャイコフスキーの交響曲第四番! 私好き! 一緒に行く」
チャイ4はCDで聴いただけですが、曲頭のホルンとファゴットのファンファーレが格好良かったです。次のお休みの日に約束しました。
当日、栄太くんは赤チェックの上着に、足首が見えるベルト付きデニムクロップドパンツ姿でした。くりっとした瞳と非常に似合っています。
私も一応お洒落してきました。憧れの栄太くんとのお出かけです。ベルトニットワンピース。大胆に首回りが開いた服です。ミディアムロングの髪の毛は、内側にカールしました。気取って、ちょっと赤いリップなどもつけてみました。
「可愛いね、公子ちゃん。普段は赤リップなんてつけられないからね」
眩しそうに私を見て、栄太くんが感想を述べました。確かに普段、赤リップなんてつけられません。ホルンのマウスピースに付着してしまいます。
「ありがとう、栄太くん。栄太くんの方が格好良いよ」
チャイ4はプロオケではなく、芸術系の大学で大学生達が演奏するそうです。栄太くんは何回か来ているのか、迷いもせず大学構内の大ホールまで案内してくれました。ものすごく立派なホールでした。
開演まで時間があったので、もらったプログラムやチラシなど眺めていました。ふと、シベリウス特集のチラシが目に留まりました。
「栄太くん。今度、『フィンランディア』と、シベリウスの交響曲第二番が演奏されるみたい。行きたいなあ」
「シベ2か。オレも聴きたい。……えーと、チケットはそんなに高くないみたいだから、また一緒に行こうか」
「うん!」
取り敢えずは目の前のチャイ4が目的です。チャイ4の前の二曲も、芸術系の大学生だけあって素晴らしい演奏でした。
休憩を挟んで、チャイ4。
やっぱりチャイコフスキーの交響曲第四番は、迫力があってすごかったです。最後はロンド主題が金管楽器中心に力強く演奏されて、すっかり興奮してしまいました。拍手を惜しみなくおくりました。
「ああ、楽しかった。今度はシベリウスだね。約束だよ」
また指切りしました。再び栄太くんは顔を赤くしていました。
♦ ♦ ♦
それから何回か、私と栄太くんはあちこちのコンサートへ行きました。
主に学生オケやアマオケなので、チケット無料だったり格安だったりしたので、気軽に行けました。
いつも栄太くんは格好良い服を着てきます。私も見劣りしないように、張り切っておめかししました。
ブラームスの交響曲第一番を聴いた帰りに、栄太くんが不意に手を繋いできました。私は驚きました。
「何で、手を繋ぐの?」
「オレが繋ぎたいから」
栄太くんの手は、節のある男の人らしい手です。童顔なので普段意識していませんでしたが、栄太くんも男性なんだなあと思いました。この長い指が、フルートをすらすら奏でているんだと実感しました。
そのまま自宅まで帰りました。ずっと手は繋いだままでした。
栄太くんの男らしい手に、何故だか私は顔が熱くなりました。