来訪者-8
取材が終わった後、なぜ1人だけが室内に入れなかったのかが気がかりで、後日、取材先に電話して室内に入れなかった女性と話ができた。
結局、彼女は風邪ではなく、ただ単に室内に入ろうとするだけで気分が悪くなり、そんなことは初めてだったらしくパニックを起こしていたと言う。最後に大変失礼ながら何故か室内に入ったら出てこれなくなりそうな恐怖を感じたと教えてくれた。
「もしかして、霊感とかありますか? もしくは身内が神社仏閣だったり、ここ最近に身内に不幸があったりしましたか?」と幽霊の存在を肯定するかのような世間一般的な質問をしてみた。
「霊感は無いと思いますが、2カ月前に私の妹が……死にました。自殺として処理されましたが、姉妹だからでしょうか、私は妹は殺されたと思っています。死ぬ間際の人間が自分の頭皮をそぎ落とすなんて狂気じみたことをするでしょうか? そんな子じゃなかったのに」
思わぬ答えに電話を切ってしまいそうになった。2か月前と言えば12月のクリスマスをテーマにした新作を書きあげた頃で、創作意欲を湧かせるためにある女性の頭皮を剥ぎ取った。それは綺麗な髪の毛だった。とにかく、妹さんの不幸に口だけで冥福を祈り、電話を切った。
部屋に入るのを拒んだ女性が、意外なことに私が死なせた女性の姉だったとは思いもよらなかった。そんなこと分かるはずもない。姉妹だから似ていたなどと気がつくわけもない。私は女性の髪の毛しか見ていないのだから。ましてや髪質で判断できるほど異常な領域には入っていない。
私に殺された妹が姉を助けるために、この室内に入れないようにしたとでも言えば小説や脚本としては面白くできるかもしれないが、そんな綺麗事はあるわけがない。そもそも幽霊など私の世界には存在しないのだから。
しかし、私も小説家の端くれであり、何かを創造・創作する立場としては起こり得ない出来事だと思いきれない。なにより、前日――無いことになっているが――の私に恐怖を与えた訪問客や、この黒い石の存在、そして浴槽での出来事が何か胸騒ぎを覚えさせた。
この室内に何かがいるかもしれない。いるとの確信はないが追い出すか消滅させるか、その方法を渋々探すことにした。顔にできた手形のジンマシンのような霊障を排除してくれた黒い石を頼りに、それ以外に方法はないと何故か信じきっていた。
黒い石を手に乗せ、ダウンジングのように各部屋を周ってみたが石にも私の体にも変化は見られなかった。トイレも周り、最後に風呂場に向かうと奥の壁から頭皮が剥がされた女が浮かび上がってきた。壁から抜け出した女は当たり前のようにそこに立ち、生身の人間と見間違えるほどはっきりとした存在だった。だが、頭部から滴り落ちる血は足までぐっしょりと濡らしていた。
私は生まれて初めて幽霊という存在を目の当たりにし、認識することとなった。しかし、こんなにはっきり見ることができるとは思いもよらず、まるでホラー映画を見ているかのような、現実が現実ではなくなった気分だった。
異常なその存在に私の心臓は音を立てていたのがよくわかる。想像を超えた日常を乱す出来事には冷静でいるのは難しかった。
幽霊は手を伸ばし、血だらけの顔を振り上げ、噛みつかんばかりに大きな口を開けて襲いかかってきた。何故か後ずさりも逃げることもできなかったが、近づいてきた幽霊は持っていた黒い石に手から吸い込まれていった。幽霊にとっても意外なことだったのだろう、その手を引き抜くこともできずに一気に肩まで石に飲み込まれ、その体は宙に浮いていた。
手のひらの上で踏ん張ろうともがく血だらけの顔は、まるでCGで作られたかのような光景だったが何故か私には笑いがこみあげてきた。呪いの言葉か怨念かを残そうと口を開けたり閉じたりしていたが、その想いすらもこの黒い石は飲み込んでくれることだろう。
これを笑わずしてどうしていられようか。あっという間に私の家に勝手に入り込んでいた邪魔な来訪者は消え失せ、私は久しぶりに大声で笑っていた。とてもすがすがしい気分だった。