来訪者-7
狂うはずの無い、そして壊れるはずがない電子カレンダーは事実を伝える。昨日と今日は同じ日という日常生活でありえない事実だった。理解できない事実に戸惑ったものの、これを事実とすんなりと受け入れることができたのは異常な出来事が続いたからだったと思う。
それでも動悸は激しく、冷静を装って取材先との電話を切り、テレビを付けるとニュース番組では昨日と同じトピックスで、出演者もそのニュースに対して昨日と全く同じリアクションを取っていた。その光景に余裕があるのか意外にも笑いがこみあげてきたが、その時になって黒い石がテーブルに置いてあることに気がついた。
黒い石が存在しているということは今日という昨日があったという事実。これがなければ生々しすぎる夢を見たと済ませたことだろう。だが、この黒い石は味方ということを覚えている。昨日は恐怖を感じ、触ることはできなかったが、何の抵抗もなく軽々と持ち上げた。
手のひらに乗せた黒い石は、私の手に500円玉ほどの暗黒の穴を開けたのではないかと思わせるほど黒く、光の反射も一切ない。重さに異常は感じられず、この大きさの石なら妥当という感じだったが、その触り心地は石と感じさせることなく、異常なほど滑らかであり、他にこれと同じ感触のものはなく名状しがたい触り心地だ。
私はこの触り心地の虜となり、お昼を過ぎても昼食をとることなく、立ったまま黒い石を愛で続けていた。手放したくないという気持ちが無性に起こる中、さすがに空腹には負けて、それでも石を握りしめたまま、昼食を取った。それから取材クルーが来るまでは石を眺めたり、両手で転がしたりして楽しんでいた。
取材の時間が迫り、取材用のマスクを取りに書斎に向かうと、いつもの引き出しに昨夜捨てたはずのマスクが入っていた。脂汗が乾いただけのマスクが、何故か鉄のように固くなっていたために捨てたと記憶している。そのマスクが入っている。
これには異常な事態にもう慣れたと思っていたが、さすがに驚いた。どうやら黒い石とあの長身の黒人だけが私の平穏だった日常、人生に無理やり入ってきたと考える必要があるらしく、石を握りしめたままマスクを被り、確認のために風呂場へと向かった。
昨夜は風呂に入っている。しかし、シャワーを使ったにも係わらず風呂場は濡れていなく、浴槽にもお湯はなかった。どうやら黒い石に関係すること以外の昨日の経験はなかったこととされている様子だった。
私は全てを受け入れ、取材が来る前に黒い石を撫でながら気を落ちつかせていた。この感触は手放すことができない。右手に石を握りしめたまま、ポケットに手を入れて取材クルーを招き入れた。
クルーは3人と聞いていたが、そのうちの1人が部屋に入ろうとすると目眩と吐き気に襲われるということで、風邪のひき始めと判断され、私に風邪を移してしまう可能性を考慮して玄関の前で待機しているらしい。
初めて黒い石を目の当たりにした私と同じように、その1人も黒い石の影響を受けているのではないかと思った。実験のために私が部屋を出て、黒い石を握りしめたまま外にいるクルーに会った。その女性は私の期待通りにはいかずに平気な顔をしていた。
しかし、部屋に招き入れようとすると彼女は玄関に近づいただけで膝を震わせ、額には汗が滲み、明らかに悪いほうへ顔色を変化させた。これ以上、無理をさせると彼女が危ないと思い、無理強いすることなく待機させておくことにした。私は目論見が外れてがっかりしながら、取材を受けることとなった。
「新作はいつできますか?」という質問に、「新しい女性の頭皮を剥いでテンションを上げてからですね」と事実を答えることはできず、「風呂に入ってネタが浮かんだら」と答えた。
この嘘が全国発売の週刊誌に載ると思うと、事実を隠して申し訳ない気分と共に悪戯心が湧いてくる。
取材中も右手をずっとポケットに入れて黒い石を触ってたので不振がられたが、怪我をしたと適当なことを答え、取材は終わった。