来訪者-1
それが起こったのは執筆活動10周年目の年だったからよく覚えている。時代劇・青春学園もの・ファンタジー、バイオレンスや他にも短編だったりと雑食のようにいろいろと書き続けての10周年目であり、私は38歳になっていた。特集を組んでくれるメディアがあり、いつにも増して取材が多かった。取材クルーの前でもプロレスラーのマスクを被り、顔を隠し、さらに写真も撮らせない。このアトリエ代わりのマンションから外に出る時もサングラスに帽子を被り、付け髭をして変装している。
顔を隠す理由は2つある。1つはプライベートに係わることだ。世間に顔が知られ、私が小川三男三だとバレた時の面倒くさいトラブルを避けなければならない。これでも世間的には名の知れた有名人のため、例えばサインを求められたり、写真を求められたり、それでプライベートタイムを割くわけにはいかない。これは私にとってトラブルだ。
そしてもう1つは仕事に係わることだ。取材の中で必ず聞かれるのが「作品のアイデアや創作意欲はいつ湧いてくるのですか?」だ。私は「旅先での出会い」だとありきたりの答えをしてやる。
正直に「髪の毛ごと女の頭皮をナイフで剥ぎとって、しっかり血抜きしたそれをマネキンに被せ、髪の毛を撫でている時」と答えられるわけがない。
そんなことを答えれば通報されて、私はすぐに逮捕される。
この手で何人もの女性の美しい髪の毛が生えた頭皮を刈り取ってきた。その際に邪魔になる男も何人も殺したことがある。この前は宿泊先に行く途中で、喧嘩を売ってきた男のツレだった女の頭皮をいただいた。男も殺しておいた。女の外見は醜かったが――美しかったとしても首ごと切るつもりはない――髪の毛は美しいロングヘアーだったので持って帰った後はいろんな髪型にして楽しんだ。
世間的に犯罪者だというのはよく分かっているが、頭皮を剥ぐことは趣味であり、小説活動には必要な行為なのだ。食事をして栄養を取るのと同じように、刈り取った頭皮を眺めたり、撫でたりすることが小説を書く意欲となる。
当たり前だが殺人の証拠は残さないようにしている。それでもいつかは逮捕されるだろう。ならばそれまでヒントを与えてやることはない。だから私は顔を隠している。
その日はクリスマス前の取材で、いつもどおりマスクを被っていた。ある小説雑誌の取材だったが、アトリエのマンションに来たのは1人だけだった。玄関よりも背が高く、ロングコートも膝上になるほどの背が高かった。彼はかがんで顔を見せると、アメリカ系やブラジル系の黒人ではなく、インド人のような感じがする青い瞳の黒人だった。実際には黒人ではなく、ただの色黒だったのかもしれないが今となってはどうでもいいことだ。
「外国人が取材に来るのは珍しいのでなかなか信じてくれない先生方が多いんです。免許のコピーを取ってくれても構いませんので」
物腰が柔らかく落ち着き払った流暢な日本語で驚いたが、彼は玄関先で名刺を出し、わざわざ免許まで見せてきた。免許を見ると私と同じく小型二輪を取得していた。
偽物の免許でもなさそうだし、アトリエに入れてやった。リビングまで来るのに、新しいマンションだというのに天井を近く感じさせるほどで、室内に入れてみると高身長というのが余計に目立つ。
執筆現場を見たいと言ってきたが、この3LDKのどの場所にいてもノートパソコンさえあれば小説は書けるし、日によってはトイレに籠りながら書くこともある。どこにいても執筆現場だと教えてやると、彼は室内を見回してから、妙なことを言った。