プリン? いや、青春(たぶん)
「結果としてこのチョイスがベストだったとはいえ、こうもプリンばかり食べていては飽きが来るんだがな。シュータロー」
「うっせぇ、黙って食え。そうしなきゃ明日も明後日も、ずーっと部活できねぇぞ」
「おそらくは、この事件の最終的なトリガーたるプリン爆死事件が原因だね。君の深層心理に、そこを取り消せれば事態が収束するようなイメージがあったのだろう」
実ははずれているのだが、そういうことにしておく。だって言えるわけないだろ、美緒に言われた青春のイメージがプリンだったから、俺はひたすらにそれを望みました、なんて。言おうものなら、今度は俺がダークサイドに落ちる。
「何だよそのプリン爆死事件って。勝手に命名してんじゃねーぞ」
「ぷりんうめー」
「まったく(ちゅるっ)あなた様というお方は(ちゅるっ)どこまでも信じられないと申しますか、阿呆と申しますか(ちゅるっ)」
何やってるかって? そりゃそう聞きたくなる気持ちもわかるが、実際俺にもよくわからん。ただ、目の前にプリンの壁があれば食うだろう? そいうことだ。
最後の瞬間に俺が解き放った、思春期いっぱいリビドーいっぱいのちょっと汚いエネルギーは、奇跡を起こした。何をどうやってそんな膨大な量のエネルギーをはじき出したかは、ナイアガラをもってしても説明不能らしい。が、とにかく俺は消滅一秒前だった世界を魔界から切り離し、世界を覆うほどに膨れ上がった魔力を消滅させ、しかも暴走のトリガーとなった浜を正気に戻すという離れ技までやってのけたらしい。
あとから聞いた話なので全く実感はなかったが、話を聞く自分が存在することが何よりの証明だと言われて、妙に納得した。
で、プリンである。
「もともとが神気でございますから(ちゅるっ)、どのような奇跡を起こそうとも(ちゅるっ)不思議ではございませんが、この結果だけは(ちゅるっ)理論で説明できるものではございません。ましてや、すべて(ちゅるっ)の魔力をプリンに変換するなど、アホの極みでございます」
俺の願いで、世界に満ち溢れていた魔力は全て漏れなく集められ、理不尽と不可思議との紆余曲折を経てプリンに変換された、というわけだ。な、わけわかんねぇだろ?
「シュータロー、そりゃ君が望んだのだから当然の結果ではないのかね? 望んだから手に入る、何ら因果関係に不条理はなかろう」
こいつも相変わらずだな。
「スタートとゴールが紐で結べりゃそれで万事OKってわけでもねぇだろ。そりゃ……やった本人が言うことでもねえけどよ」
「ぷりんうめー」
この間にも手を止めることは許されない。食堂からかっぱらってきたカレー用のでかいスプーンで、トンネル工事のようにプリンの壁を削り取っては口に放り込んでゆく。
「左様でございます。全てが(ちゅるっ)理不尽。内容ではなく(ちゅるっ)奇跡が起こったこと(ちゅるっ)そのものが」
高速で手を動かしては啜るようにプリンを食い、そして喋る。気品あふれる動きだが何故か品性が目減りしている気がするぞ。
「んなこと言われても、俺にもわかんねぇよ。ただもう、生きるのに必死っていうか、やけくそっていうか」
「ほら、言ったとおりだったではないか。無理と無謀で道理をねじ伏せた、君はやり遂げたのだよ。理屈ではない、これがわが超科学部の真価だよ」
科学の二文字が泣いてるのが見える。
「ったく、我ながらわけがわからんな。結果オーライにしても、なんつーかこうカタストロフィというかカタ……かた、何とかがねぇンだよな」
「君が言いたいのはカタルシスのことかね?」
「カタストロフィですと悲劇的な結末でございます。まぁ、この結果も十分悲劇ではございますがね。学校が埋まるほどの大量のプリンなど、キ○ガイの所業でございます」
うっせぇ。プリンに埋もれて暮らすなんてどう考えても喜劇だろうが。
「で、でも……おかげで、世界も救われたし……ぼ、僕も……」
隣でちょこんと座ってプリンを食べていた吹水が、やっとのことで見計らったタイミングで、恐る恐る喋り出す。
「まあ何よりの僥倖は委員長君の生還だろうね。これに関してはよくやったと、部長自ら手ずから褒めて使わすよ、シュータロー」
「うれしくねーし。黙ってプリン食ってやがれ」
「せーしゅんしたいんだよー」
「はぅあっ!」
心臓が止まるかと思った。痛い、動悸と息切れで心臓が痛い。苦しい。
「どうしたのよぅ、ないあがらぁ?」
「いえ、特に意味はございませんが、ふとそのような言葉がナイアガラの口をついて自然と無意識に何の脈絡もなくこぼれ出たのでございます」
「あはは、ナイアガラさん、変だよ。そりゃ青春したいって、僕もそう、思うけど」
ちらりとこちらを見た吹水と目が合う。斜めになった眼鏡越しの瞳をやけに意識してしまうが、これはこれで異常事態だ。先ほどとは別の理由で動悸が止まらないぞ畜生。
「なんだね、コスプレ君までわが超科学部の色に染まって来たということかね」
「いえ、何と申しますか……あ、今度は別の言葉が。すきだー、ふk」
「いぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ! ナイアガラ、ちょっと話がある! 来い、いや、ちょっと来やがれください、お願いしますからどうぞこちらにぃ!」
有無を言わさずにナイアガラの、マネキンのようなすらりとした手を引く。普段ならドキドキの一つや二つするところなんだが、すでに限界までドキドキの俺の心臓に、その余力はなかった。
「あ、ナイアガラずるいよぅ」
「カナメはそこで待ってなさい!」
来られたらさらにややこしくなる。畜生、まさかこんな所に真の魔王が潜んでいようとは……ってこともないか。ある程度予想の範疇だな、こいつなら。
「行っちゃった、ねぇ。何……だったんだろう?」
「さあね。世界を救ったバカと、世界を救わせた賢者の間の会話など、私のような一介の部長のあずかり知るところではないよ」
「ぷりんうめー」
「うさぎぃ、プリンの海で泳いでるよぅ」
魔界を呼び込むほどの魔力を変換した結果、校舎全体を覆い尽くすこととなった巨大プリン。何度見ても、校舎がすっぽりとプリンに包まれた姿というのは圧巻の阿呆さだ。
それも、全校生徒による完食計画のおかげで、徐々にではあるが元の姿を取り戻しつつある。業者による清掃なんかも入っいるが、極力食ってしまおうというのが満貫寺高校としての選択、というわけだ。生徒会の働きかけによるところが大きいんだけどな。
「なに考えてんだよあんなとこで」
プリン撤去のため、特例的に開け放たれた屋上を訪れた俺は、落下防止のフェンスにもたれかかって空を眺めた。晴れ渡った青空の下、流れるのは爽やかなそよ風ではなく、甘ったるいプリン風だ。
「無意識に、でございます」
嘘つきやがれ。あそこまで的確に人のトラウマを抉る無意識など、あってたまるか。
「んで、どういうつもりだったんだよ?」
「とおっしゃいますと? 今無意識だと申したばかりでございますが、その程度の短期記憶すら保持できないほどの脆弱な脳でいらっしゃるので?」
こいつはどうして、こうも人を罵倒することに長けているのだろうか。しかも、言葉のチョイスが、それこそ無意識なのが恐ろしい
「ちげぇわ。あの、吹水んとこでの話だよ……まじで俺を消すつもりだったのかよ?」
俺にナイアガラの真意を見抜くような目があるとは思えないが、少なくともあの時のナイアガラは本気だったように思えた。
本気で、俺を、この世界を消すつもりなんだと。
「左様でございます」
「ま、当然といえば当然の答えだわ「ですが、この結末を望まなかった、というわけでもございません」
続いた言葉に虚を突かれて言葉を失ったが、どこかでほっとしたのも事実だ。
「どちらに転んでもよかった、と」
「おや、修太郎様にしてはお早いご理解でございますね。ええ、その通りでございます」
「お早いご理解ついでに聞くけど、もっと他にあっただろ? もうちょっとこう、地球にやさしい、的な。俺にも優しい、的な。あんな一か八か的なんじゃなくて」
それこそあの賭けの場合、もう片方に転んでいれば、俺だけではなく世界そのものがなくなっていたはずだ。なのに、何故。
「まさか、追い詰める以外にあなた様を働かせる方法がおありだとお考えで? だといたしましたら、あなた様はもっとご自分を知るべきでございますね」
グサリと突き刺さる。言葉って、いつから物理的な刃物に変わったんだ?
「ヘタレで小心者で奥手でドーテーで根性無しでバカで言い訳がましくてドーテーで阿呆で愚かで逃げ腰で臆病もので告白の一つもできないで恋一つするにも言い訳が必要なドーテーでいらっしゃるあなた様が」
「すみません、そのあたりにしていただかないと、もう俺のヒットポイントはゼロです。勘弁してください」
まだまだ用意していたのにと言わんばかりの不満げな表情だったので、止めて正解だ。この時点で俺のガラスのハートはすでにずたずたの粉々だったわけで、しばらくは立ち直れそうにない。
「そんなあなた様に、あそこまでの決心をつけさせるのがどれほど大変だったか、ご自身が一番おわかりでございましょう」
まぁ、わかるけどさ。わかるけど、もうちょっと他に言葉があるだろう。思春期男子の心はもろくて傷つきやすいんだぞ?
「ドーテーは、いいだろ」
「というわけでございます」
「結局、ナイアガラの掌の上だった、ってことかよ」
おぼろげながら、色々なものがつながってゆく。
カナメの登場に端を発して、吹水の願い事。その呼びかけにこたえるように現れた勇者一行は、『神の使い』なる人物の仕業だという。何もかもが都合よく回りすぎた世界の真ん中で、その歯車を意図的に「回す」やつがいたとしてもおかしくはない。いや、むしろその方がしっくりくる。
「何のことでございましょう?」
「ございましょうかねぇ」
結局、世界ってのは俺達のあずかり知らないところで回るもんなのかもしれないな。で、たまたまその真ん中を垣間見たせいで、こうなっただけなんだろうな。
「さすがにこのプリンは、想像の斜め上を行きすぎましたが。それも結果オーライでようございましょう」
「そゆことにしとけ。おかげで浜もおとなしくなったわけだしな」
サドル消滅事件に加えてのプリン爆死事件で発狂した浜は、驚くべきことに、膨大な量のプリンに狂喜乱舞して正気を取り戻し、満面の笑みでプリンの壁に体ごと突撃した。
今も根城の保健室で、プリンに溺れるというわが世の春を満喫しているだろう。
「想像を絶する阿呆でございますね」
フェンスから見下ろすと、中庭を埋め尽くすプリン山脈の頂がすぐそこにある。
そして近づく山脈の頂、体をすり抜けるようにして感じる重力と、一瞬の浮遊感。そう言えば一瞬前にケツに何らかの衝撃を感じたような気が、
「って、落ちてる、落ちてるから!」
「では、行ってらっしゃいませ」
どこに!
「青春、なさるのでございましょう?」
プリンの海にダイブする瞬間、振り返ったそこにはいつも通りのナイアガラの無表情があった。何の皮肉だよ、それ。
そんな光景も重力に引かれる時間の、ほんの一瞬のことでしかない。プリンの柔らかさは、俺の体重を支えるにはいかんせん耐久力不足で、ほぼ自由落下と変わらない勢いで地球の中心に意識がひきこまれてゆく。そして、
「あー、こういう落ちか」
べちゃりと、踏まれた蛙のように這いつくばったのは、見慣れた部室前の廊下。未だプリン完食作戦に従事する我らが超科学部の面々の視線が、一斉にこちらに集まる。
目線の高さが同じモモは、興味なさそうに再びプリンに向き直ると、嬉しそうに尻尾を振りながらトンネル開通を目指して進む。どこに続くトンネルやら。
「おかえりだよぅ、シュウぅ」
「あぁ。不本意ながら、な」
「何を言っているのだね、シュータロー。早く作業に復帰したまえ。せっかく君のもたらした世界の安定だ」
にやりとほくそ笑む美緒の目に、怪しい光を感じ取った俺は、今日二度目の色んなものがつながる感触に全身の力が抜けた。
要は、こいつも何もかもをお見通しだったのだろう。
だから、あのタイミングで俺を行かせたうえに、あんな助言とも言えないような助言をしたのだろう。そう思うと何もかもが、果ては勧誘の文句までもが全てこいつの計画通りだったんじゃないかと疑わしく思えてくる。疑心暗鬼なんて言葉、実感する日が来るとは思ってもみなかったわ。
「お前もか」
「ふふん、何のことかね? それよりも、重大発表があるのだよ」
勘弁してくれ。この期に及んでまだ俺の命を削るつもりか。俺にはもう、プリン一欠片さえ噛み砕く力は残されていないぞ。
「あの、あの、ね、千古君」
「は、はひぃ」
力なく、情けない声が漏れている。いや、他人事のように言ってるけど、これがマジで他人事だ。自分の声とは思えない。何か、一緒に魂までこぼれ出してそうな声だ。
「大丈夫? へ、変な声、出たけど」
おどおどとおっかなびっくり顔を近づけるが、不意に鼻の前をかすめたいい匂いに俺の心はいとも容易く陥落しそうになる。くそ、美緒、そんな底意地悪くほくそ笑むな。
「だ、大丈夫だ。で、何だ?」
「あ、あのね、魔女さんのこと、なんだけど、ね」
そういえばそんな問題も残っていたな。世界救ったばっかだっていうのに、いきなり前途多難だな。
「あのね、この学校のね、幽霊さんになってもらうことに、なったの」
はぁ。そしてまた、俺の前には暗号文が提出されたわけだ。魔女が、幽霊に? 解読用のコード持って来い。
「すまん。俺に理解力がないのか世界が狂っているのかは知らんが、わからん」
「ふにゃぁ」と力なくしょぼくれる吹水。魔王としての力は安定しているらしいが、そもそも魔王に見えないのは相変わらずだ。あんなことがあったあとで言うのもなんだが、まだ信じられない自分がいる。
「君は賢いのかアホなのかわからんな、シュータロー」
「アホでいいわ、この際」
「つまりだね、魔女君は正式にこの学校に存在することが認められたのだよ。生徒会の追う魔王の一味ではなく、それとはまったく無関係の、学校の怪談として」
「そりゃまた、急展開だな」
「まぁ、私が力技で認めさせたのだがね。今回の功労として」
「功労?」
ピンとこないな。勝手に魔王を生み出して勝手に魔女も生み出して勝手に世界を消滅の危機に追いやって、何とかほぼ偶然の産物で元の鞘に収まっただけの、どこに功があって労が生まれる余地があるんだ?
「世界を救ったではないか」
「ピンチに陥れもしたけどな」
「結果論だよ」
たぶん生徒会は、これ以上こいつを刺激することの危険性を察知しての、ぎりぎりの妥協案としてこの話を飲んだんだろうと推察する。悔しがる木安の顔がびっくりするぐらい鮮明に思い浮かぶ。
マッチポンプという言葉があるが、ここまでポンプの方だけを主張できるのは、もう才能と言って差し支えないだろうな。いや、特殊能力の領域か。
「それ、十分魔法だぞ」
「何を言っているのかね、こんなものが魔法であってたまるものか」
力強くスプーンを握った手を天に向かって突き上げ、美緒は高らかに宣言する。
プリンに囲まれながら。
「我が超科学部は始まったばかりだよ。悪の生徒会から魔王を守り、その果てにたどりつく魔法という名の禁断の果実にむしゃぶりつくその日まで、立ち止まることはない!」
「「おぉ~」」
という嬌声とともに、カナメと吹水が礼賛のまなざしと拍手を送っている。何だか駄目な宗教のミサを見ている気分だ。言っておくが、悪は俺達だからな
隣では、実体がないせいでプリンを食うことのできない魔女がポンポンを手に応援しているのだが、衣装はすでに和風の古式ゆかしい幽霊風味。白い着物をきて、頭には三角の布(天冠というらしい。美緒の無駄知識によれば)までちゃんとつけている。足があるのはどうやら見て見ぬふりをする模様。いい加減すぎだろ。
「では、その目標のために、超科学部はこれよりプリン完食ミッションを再開するものである! プリンは青春の味だよ!」
「うっせーわっ!」
どいつもこいつも人をおちょくりやがって。くそう、いいじゃねぇか。だって、そう思ったんだから……畜生。あれ? 目から汁が。
「「おぉー」」
「お、おぉ~」
どうやら俺も乗らないわけにはいかないらしい。そのつもりもないのに、体と口が動いて、そのまま顔がプリンの壁に突撃を敢行する。悲しマリオネットだ。
でも、
「こ、こういうのも、せ……青春、っぽいよ、ね? ちょっぴり、ほろ苦いとこ、も」
スプーンをくわえた吹水が、そう言ってほんのりと頬を桜色に染める。
それを見た俺に出来ることなんて、限られているにきまってるだろ。
「うん」
あほみたいに顔中プリンまみれにして、首を縦に振るだけだ。他に何ができるもんか。
だって、プリンは『青春』の味なんだろ? そうだって言ってくれ。




