ようこそ? 超科学部
「というわけでだ」
「お前の「というわけ」は前後の文章が全くつながらん」
青春没収残酷ショーの翌日。俺はまた脱出に失敗して何らかの攻撃を食らって意識を失い、気がつけば教室の床の上に転がされていた。記憶に連続性がないことがこんなに恐ろしいとは思わなかった。純粋に、生きていることに感動したのは貴重な経験だ。
「俺に何をした? どんな攻撃を食らった? 記憶では下駄箱にいたはずだぞ」
思いついたのは、時間が何度もループする世界でどうやっても教室に引き戻されるというシュールな設定。決して学校から脱出できない主人公。イヤすぎる。
「さておき、新入部員確保作戦を考えなければならない。何かいい案はないかね?」
大仰なもの言いだが、演技っぽさがないのがすごい。外見はもっと高飛車というか高慢ちきというか、そんな喋り方をしそうなのに、口を開けばどこかの研究者か博士の様な口調。しかも、それで違和感がないのだから変な奴だ
「いい案もへったくれも、そもそも俺は部に入るなんて一言も」
『くちごたえすんな』
「くっ」
目の前に突き出されたコピー用紙の破壊力に本能が屈する。
「っても、マジでなんも思いつかんぞ。そもそも俺、この部が何やってるかもわからんのに、こんな五月も終わろうかって時期に新入部員確保なんて、難易度高すぎだ」
実際問題、この部が何をやっているにしても、ほとんどの一年生が部活をするのか帰宅部として日陰に生きるのかの選択を終えているはずだ。となれば、今更帰宅部の覚悟を決めたものを部活に誘う難易度はかなりのものだし、ほかの部からのヘッドハンティングなどもってのほかだ。好んで天王寺に関わろうなんていう奇特な奴は、この満貫寺にはいない。これは自信を持って言える。
「あの」
「言ったではないか、科学の域を超え、魔術にまで至ることが目標……と、誰だね?」
床に芋虫のように転がる俺と、机に腰掛けて女王様のように足を組む美緒が、同時に声のした方を振り向く。と言っても、俺の場合はほぼ体の自由がないので、かろうじて視界の隅にスカートが見えた程度だけど。美緒とは対照的な、無改造な膝下のスカート。
「鍵、閉めたいから、そろそろいい、かな?」
うっかりすると外の喧騒にも負けてしまいそうなささやかな声。
「何だ、委員長君じゃないか」
クラス委員の吹水杏子。眼鏡をかけたおとなしそうな外見に、ついたあだ名が委員長。ベタな命名だが、似合っているとも思う。
「話してるとこ、ごめん。鍵、閉めたいから」
教室の施錠のためにわざわざ待っていてくれたのだろうか。だとしたら、たとえ主犯は美緒だとしても悪いことをした。
(この時間にここにいるって、部活とかしてないのか?)
「ああ、すまないことをしたね。では行こうか、シュータロー。続きは部室でだ」
「おい、痛い痛い! 紐付けて引っ張んな。行く、行くからほどけ歩かせろ!」
「ごめんね、大事な、話なのに。部活?」
「かまわないよ。どのみち部室には行くつもりだったからね。それより君は部活動に興味はないかね? たとえば魔法とか。何なら魔王でも魔人でも呪術でも」
「え?」
この魔女は、目につくものすべてを巻き込んで災厄を振りまくつもりか。さすがにそれは防がなければならない。ましてや相手は、あの気の弱い吹水だ。
「おい美緒! 委員長巻き込むなよ。気にすんな、この部は早々に廃部になった方が人類のためだったたたた、痛い!」
縄の締め付けが引っ張るほどに強くなり、問答無用で食い込む。むちゃくちゃ痛い。
「部員、募集してるの?」
「ああ。よんどころない事情により人材不足でね。廃部回避のために東奔西走中だよ。あと一人、有用な人材がいれば紹介してくれないかい?」
「何がよんどころない、だ。ほとんど自爆みたいなもんがぁいただだだだっだ」
くそう、絶妙な力で食い込む縄が、的確に痛覚を刺激しやがる。
「委員長も、今の話なんて真に受けなくていいからな。世迷言だよ、世迷言。春だから」
「言ってくれるね、シュータロー。ならば君の委員長君を見つめるその瞳も年中春真っ盛りということで」
「やぁっかましい! ほら、部室行くんだろ部室!」
このボケ、どこでそんな下らん情報を。そりゃ、かわいいと思うし、何つうか、おとなしそうな感じとかもなんかほっとけないっていうか。でも、それだけだ、断じてそれだけだ。それだけなんだよ!
「美緒、すごいね。いつも。たのしそうで……いいな」
どこをどう見てるんだ? こいつはこいつで独特の感性してるのかもしれないな。
にしても、美緒のモデルばりの笑顔ってのもすごいと思うが、吹水のは何とも柔らかいというか、見ていてこちらも自然と笑顔になるような、
「それは君の主観が多分に含まれているよ、シュータロー」
「何故心が読める。読むな」
これが、あながち冗談として笑って切り捨てられないのが、こいつの恐いところだ。
「では、我々はこれにて失礼するよ。もしも部活動に興味がわいたなら、いつでも来てくれたまえ。科学準備室はいつでも有力な人材ならウェルカムだ」
まぁ、来るんなら、ウェルカムだけどな。嬉しくないこともない。
「素直ではないことはなはだしいね、君も」
「声に出していないことに返事をするなっつってんだろ、だから」
なんとも奇妙な表情で見送られながら、俺たちは教室を後にした。できればこのまま学校もあとにしたかったが、どうせそれは叶わないんだろうな。縛られて両腕の自由を奪われたまま歩くさまは、囚人か犯罪者逮捕の瞬間かという感じだ。市中引廻しですら馬に乗せてもらえるというのに。
なんてわが身の不遇を呪っていると、これまたデジャヴのように俺の前に現れた科学準備室。残念ながら到着してしまったようだ。
扉の上につけられた札は、既に『超科学部』だ。にしても、きったねぇ字だな。
「君の趣味がああいうタイプの、おとなしい女性だとはね」
「意外だったかよ。いいだろ、俺がどんな青春を所望しようが」
天王寺美緒に関わる限り、いくら望んでも手に入らないけどな。
「意外ではないが、君が女性をリードするタイプには見えなかったのでね。くっついた時にどうなるのか、興味は尽きない。それに言ったはずだが、君の青春はここにある」
あるわけねぇ。
それと、さらっとドキドキするようなことを言うな。話題転換話題転換、と。
「んで、具体性ゼロでわからんのだが、なんだよその『魔術に至る』って。科学部のくせに魔法使いにでもなる気かよ?」
ようやくロープから解放された俺は、手首についた縄の跡をさすりながら美緒に問いかける。縄の跡って、こんなもん人に見られたら変態認定されかねない。それだけは絶対に避けるべきだ。
「君はなかなか物事の本質をつかむのが得意とみた。期待していた以上の逸材かもな」
どんな期待をされていたのかなんて聞きたくもないが、ポイントを上げずに、役立たずの烙印とともに放流される日を夢見る俺としては大失態だ。株が上がってしまった。
「わけわからんわ。それ、科学じゃねぇだろ」
「かのシェークスピアは言った、よく発達した科学は魔法と変わらない、とね。つまり科学は魔法への入り口足りうるというわけだ。科学部が魔法を目指すのはものの道理ということだよ」
驚きだ。しかももう一度言うが、美緒はあくまでも真面目なのだから始末に負えない。
謎の攻撃と縄によるダメージのせいでまだふらふらする頭を抱えて起き上がり、俺はできるだけ情けない顔を作って口を開いた。
「あのな、魔法なんぞこの世にあるわきゃねぇだろ。あるんだったら、それこそこの世の科学者全員、明日から箒持って黒猫抱えて月に向かって吠え始めるわ」
さらに言う。
「ってかよ、魔法があるんだったらその魔法で新入部員を創り出すなり呼び出すなりすりゃいいだろう。RPGの召喚魔法みたいに、『いでよ新入部い~ん』ってよ」
言いきって、ドヤ顔で美緒を見て、はっとなる。
先ほどまで意気揚々と超科学部について語っていた美緒の肩がフルフルと震え、俯いて唇を噛みしめている。前髪のせいで目元はわからない。
言いすぎた。
先ほどの表情や何かで美緒が真剣なのはわかっていたはずなのに、さすがにこれはまずかったようだ。まじめに努力する奴に向かって言う言葉じゃない。
「あ、あの、悪い。言いすぎたっていうかぁわぁ!」
「君は天才だな!」
いきなり弾けるように顔を上げると、華が咲いたような満面の笑みでがくがくと肩を揺さぶってくる。どういうことだ? 意味がわからんぞ?
「さすがはシュータローだ。いや、さすがの私もそのことには気がつかなかったよ。はは、素晴らしい、これでわが超科学部の基盤は盤石だ!」
手近にあった謎の像(どう見ても呪いの像とか邪神像といった感じだ)を振り回して、カオスの様な有様の部室を駆け回っているんだから、よっぽど嬉しいんだろうが、はっきり言ってマジでわからない。
「シュータロー!」
「お、おう!」
邪神像を放り投げた勢いで跳躍した美緒が、両手を広げて抱きついてくる。
同じぐらいの身長の美緒に抱きつかれると、ちょうど肩口に当たる柔らかいくせに張りのある幸せな二つの物体に、意識の九割が持っていかれる。このまま死ぬのも男子の本懐かと本気で考えてしまった。
「やはり私の目に狂いはなかったよ。さぁ、忙しくなるぞ!」
そう言うと、子供のようにとび跳ねながら部室の中を駆け回っては、何やら様々な書籍をかき集め、いくつかの汚い巻物やら落書きのような紙切れを一か所にまとめた。おかげで、その他諸々のカオスを構成していた物体は準備室を追い出されて、科学実験室に飛び出して行ってしまったのだが、駄目だろとは言えない。そのぐらい嬉しそうだ。
かくして始まった天王寺の謎の行動はその後一時間以上ノンストップで続き、下校を促す校内放送が流れるころには、科学準備室に書籍の砦の様なものが出来上がった。
時計を見ると既に六時を回っており、いつの間にかグラウンドからの喧騒もぷっつりと途絶えていた。窓からこぼれるオレンジ色の夕日に、夏がそう遠くないことを感じる。
「君は意外とロマンチストなんだな」
「何だよいきなり」
本の壁の向こうから聞こえる声は少々くぐもっているが、決して勢いを損なってはいない。むしろ今日一番のはつらつとした声音に、驚きを通り越して感心してしまう。
「夕焼けを見て季節を感じる、これをロマンチストと言わずしてどうするね?」
「じゃぁ、本気で魔法なんかを追っかけてるお前のほうがはるかにロマンチストだろ。っつか今何してんだよ? 俺、帰ってもいいか?」
さすがにこんなところで二時間近くもボケっと座っていると退屈極まりない。だから、窓の外の景色なんかに見とれるような心の余裕ができたと言えなくもないが。
「そのあたりの本でも読んでいてくれたまえ。もう少しだ」
「残念ながら何が書いてあるのかさっぱりだ」
手近な本を手に取って開いてみたのだが、専門用語の様な言葉や見たこともない記号の様な文字が羅列してある書籍は、俺にとっては絵を見ているのと同じだ。
「そうか。しかし、もう少しなので待っていてくれないか? できれば今日中にこの実験は終わらせてしまいたいのだよ。明日が部員募集の締め切りだからな」
「なんでそんなギリギリで行動してんだよ」
「お願いだ」
「わーったよ。っつか、お願いすんならその紙出すな」
『くちごたえするな』が終始俺の目の前をちらちらと横移動している。どうにも、あの母親に刷り込まれた本能的な恐怖にあらがうことはできない。鉄は熱いうちに打てというが、まさにこのことだ。幼少期に刻まれた恐怖は今でもしっかり俺を縛っている。
「ありがたい。持つべきものは部員だな」
「部員じゃねぇって、だから」
「と、くっちゃべってる間に完成だ。うむ、我ながらなかなかの出来だな」
本の要塞の向こうに立ちあがった美緒は、何やら一枚の紙切れを取り出す。思わず母親の書いた二枚のうちどちらかではないかと警戒して、体がこわばってしまう。
しかし、どうやらそうではなかったらしく、天王寺が差し出してきたのはアレよりも規格の大きいA2サイズのコピー用紙で、びっしりと文字や数字が書き込まれていた。
「部室の前の札もそうだけどよ、字ぃへったくそだな」
「それだけは言わないでくれたまえ。唯一の欠点なのだよ」
唯一であるはずがないが、無駄な議論ほど無駄なものはないと熟知している俺は、美緒の差し出した謎のコピー用紙を一通り矯めつ眇めつしてから一言、こう言った。
「何これ?」
ひねりのない一言だが仕方がない。どれだけ見ても、何なのか全くわからなかった。
ある場所には化学式のようなものが書かれているかと思えば、その隣にはどこの国のものかすらわからない文字が書かれ、その頭の上ではとんでもなく長い数式が円を描いている。さらに反対側を見てみるとヒエログリフとナスカの地上絵を足して二で割ったような図柄が記されていて、一見すると抽象画か何かの様だ。
「魔法陣だよ。これはその計算式というか、設計図だ」
これが? と思わず首をかしげて見るが、横にしても抽象画は抽象画のままだった。むしろ、横にしたせいで謎の度合いを深め、この角度からではこれを描いた画家は発狂していたのではないかという推測まで出来てしまうほどだ。
「魔法というのはファンタジックで直観的なものに思われがちだが、その実、緻密な計算と繊細な力の制御を必要とする、一種のアートの様なものなのだよ」
「一種のアートの様なもの」の部分にだけ同意したのだが、美緒はそれを理解と受け取ったらしく、説明を続けられた。
「その計算に時間がかかったが、もう大丈夫だ。この魔法陣があれば」
くるりと紙裏返すと、なるほど納得だ。そこには「魔法陣」の言葉にふさわしい図柄が記されていた。
A2用紙を最大限に使った真円を最外郭として、その内側にはいくつかの幾何学模様が一定の秩序をもって並べられ、その周囲を謎の文字らしき記号らしきものがぐるりと取り囲んでいる。アニメなんかで見る、魔法が使われるときに空中に描かれる光の文様に近いものだ。これなら魔法陣と認定してやってもいい。
「新入部員は確保したも同然だ。名付けて、『新入部員カモン魔法』だ」
「ぅわ、ネーミングセンスが神懸かってんな」
もちろん皮肉意外の何でもない発言だったのに、美緒は得意そうに目を細め、唇の端を片方だけ釣り上げる。そして一言、
「だろう?」
とだけ言って、両腕で胸の谷間を強調する。
やっぱりこの女はわからん。




