反乱? 行動
そんな、ばれたら獄門打ち首な隠しごとの甲斐あってか、魔女捜索の結果が出ないまま過ぎた一週間。俺にとっては目論見がうまくいってほっと一息なんだが、そうではない奴もいる。言わずもがな、美緒だ。
「こうも結果が出ないと抜本的な解決策が必要になってくるね」
ここしばらく昼休みに開かれている定例の作戦会議で、とうとう美緒はこんなことをぶち上げた。相変わらず弁当箱がでかい。
「でも、どうしたらいいかな?」
定番のランチパックを咀嚼しながら牛乳を啜る吹水の食欲は、美緒とは天地の開きがある。吹水がどか食いする姿はどうやっても想像できないが。
「もういいんじゃないか? 大して実害も出てないわけだしよ。な、カナメ?」
「うん~。あたしもそう思うぅ」
「だめだ! 超科学部の沽券にかかわる問題だよ、これは」
まぁこいつがそう言うんだったらそうかも知れんが、意地になってるだけなんじゃねえかとも思う。どっちにせよ、俺は従うのみだ、この件に関しては。
「何探すさ? 天王寺組の今の活動目的は探しものさ?」
「天王寺組ってなんだよ」
「いやぁ、なんかそんな感じに見えてきたからさ。お前らって何だかファミリーっていうか、組とかそういうイメージさ」
どっしりと肩が重くなったのがわかる。何だろう、この絶望感は。しかもカナメや吹水は妙にうれしそうだぞ。俺だけなのか? 俺の常識がおっかしいのか?
「あ、あれさ! 最近話題のピンクの幽霊探しをしてるさね」
「何だねそれは?」
それは俺も初耳だ。うちの学校は色んなもんが話題になる(その半分ぐらいは我らが部長様だが)が、最近は美緒に振り回されっぱなしのせいか、校内の話題なんかにはとんと疎くなっていたようだ。ガラパゴスの生き物に親近感を覚えた十五の昼。
「あれ、ちがったさ?」
「いいから話したまえ」
そしてお前は、人にものを聞く時ぐらい弁当箱から手を離したまえ。
「別に、普通さ。最近部活で遅くなったやつなんかが、校内をふらつく謎の幽霊を目撃するって噂さ。なんか、ピンク色の幽霊とか、ほかにもピンクの人魂がふわふわしてるのを見たって話もあったりするさ」
さして珍しくもない、どこの学校にでもありそうな怪談話だが、『ピンク』というキーワードがすべてを物語っている。それは美緒も同じようで、飯を咀嚼しながら眉間にしわを寄せている。まずいな、こいつの鋭さは天下一品だ。下手をすると当て推量だけで真実を導き出しかねない。こいつはそういう奴だ。
「まさか、そんな普通の心霊現象を俺達超科学部がおっかけるわけねぇだろ。そういうのはオカルト部とかの仕事だって」
ミスリードしておくにこしたことはない。
『なぁなぁ、いいのか? 今の話』
『しぃっ』
『ぶー』
「調査の必要、ありだね」
くそっ、あわよくばと思ったがやっぱり無理か。自分の無力さを呪うばかりだ。
「でもよ、別に実害がないってんならほっといても」
「じゃぁ、生徒会vsかが……超科学部、さね。なかなか見ものさ」
「おい、今なんつった?」
今日は牛丼弁当並盛という、およそ学生らしからぬ昼飯を旨そうにほおばる根隅に、俺と美緒の視線が突き刺さる。箸が止まるほどひるんだのは美緒の視線の鋭さに他ならないが、俺の睨み方も尋常ではなかったと思う。自分でもわかるほどだからよっぽどだ。
「え、べ、別にこれももうみんな知ってると思うさ。今回は珍しく生徒会が乗り出した、って……いっつもならこんなへんてこな眉つば話を相手にするはずないのにって。だから俺は、お前らも噛んでると思ったさ」
最悪だ。こういうのが美緒に火をつけるってのを、この数週間で誰よりも身に染みて分かっているだけに、これはつらい。もう、止めるすべはないかもしれん。
しかも、よりにもよって相手はあの会計のいる生徒会だと? 何もない方がおかしい。
無言で飯をかっ込む姿がそれを雄弁に物語っている。神気とも魔力とも違う、禍々しいパワーが美緒を包んでいるように見えた。錯覚ではないっぽい。
「やはり、やつらが勇者ということで間違いはないようだね」
ほら、とうとうこんなことまで言い出してるぞ。ってことは俺達は生徒会様に反旗を翻した反乱分子ってことか? うわっ、なんか似合いすぎるな。
昼休みが残り十分を切ったところで、俺はカナメの手を引いて廊下に出た。
「な、なによぅ? いきなり、な、なにぃ?」
飯を食いながら悩んだ結果だったが、やはりカナメには言っておかないとまずいよな。というか、俺単独では行動できないってのが肝だ。どうしても協力が必要になる。
「ちょっと、秘密の話だ。このことは美緒には聞かれたくない」
「ひ、秘密ぅ?」
その言葉を聞いたカナメは、意を決したように勢いよく首を縦に振っている。いや、そんなに全力でやっちゃうと、それもうヘッドバンギングだから。もげるぞ。
「あ、あー、なんか壮大なもんを期待してるかもしれんから先に言っておくが、これを聞くと共犯」
「共犯で、いいよぅ!」
「お、おぉう」
ちょっと気圧された。
グーを握って、必死に見開いた眼で見つめられると、なおさら言いにくいんだが。まぁそう言ってくれるのならお言葉に甘えるとしよう。失敗すれば俺が死ぬのは必定なので、俺は覚悟はできている。
「あのな……」
そこからの俺の話を、カナメは頷くでもなくただじっと聞いていた。というか、そうするしかなかったんだろう。俺だったら開始早々に「んなこと俺に言うなよ」で切って捨てるような話だ。そりゃそうだろうな。誰が美緒の意図やら吹水の願望やらを知った上で、魔女見逃す話なんかできるかってんだよ。普通に考えれば裏切り者だ。
なのに俺は、そうせざるを得なかった、って言ったら都合よすぎか?
そんな俺の懊悩も伝わってか、カナメは終始無言で聞き上手に徹してくれた。そして最後に、
「シュウの、したいようにすればいいと思うよぅ。あ、あたしは、それでも、いいと」
なんて言われたら、こりゃもう後には引けんだろう。美緒や吹水には申し訳ないが、独断専行ってことにさせてもらうことにした。
そしてできればこのまま穏便に、俺だけが事実を胸に秘めて……なんてことにできると、この時は本気で思ってたし、そう難しいことでもなかったはずなんだ。
「だよな。俺、神様の使いだもんな」
浅はかだったんだけどな。




