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かみ・つき  作者: B-POP
16/28

幽霊? 捜索

「マミーマートに八時集合」

 若干不服そうな顔で部室に戻ってきた美緒は、それだけを告げるとどこからともなく引っ張り出してきた寝袋にくるまって、寝息を立て始めてしまった。住んでるのか?

 もちろん、部の主様がそんな有様なのでその日の部活はその場で一時解散。午後八時という健全と不健全の境界線のような時間に持ち越しとなったわけだ。

 もちろん、早く帰ったからといって、自宅で俺を待っているのが安息であるはずもなく、たっぷり七時半まで店の手伝いをして、ようやく七時四十五分。シャワーですっきりしたケツを自転車のサドルに乗っけるにいたったわけだ。

 ちなみに、鬼母の経営する喫茶店は、カナメというマスコットのおかげで客足が右肩上がりらしい。だからって俺がフロアに出ると露骨にがっかりするなよな、客ども。あとおっさんども、ナイアガラのメイド服に期待してそわそわと長居するのやめろ。

 昼間は頬に受ける風が心地よい程度だったが、さすがに夏のまだ遠いこの時期の夜は、自転車の風といえども馬鹿にはできない。薄い長袖一枚というのは、さすがに応える。

「もう一枚必要だったな、こりゃ。あーさみぃ」

「寒い? 貸そうかぁ?」

 後ろの荷台に腰かけたカナメが、心配そうにシャツの裾を引っ張っている。

「いや、いい。すぐそこだし」

 それに、カナメのジャンパー取ったとなれば、殺される。関係者各位に、一回ずつ。

「それより、そっちこそ寒くないか?」

「うん、ぜんぜん。華美のくれたすかじゃん、暖かいよぅ」

 そりゃよかった。暖かいから? まさか。俺がよかったと言ったのは、そのスカジャンに書かれている文字を理解できなくて、って意味だよ。神様に『天魔覆滅』なんて刺繍の入った服着せるなよな。

「こんびに、美緒がいるかなぁ?」

「さあな。あいつの場合もしかしたら大魔王の封印ばりに寝てもおかしくねぇから、次に目覚めるのは百年後かもな」

 だとしたら何という幸せだろうか。俺も幸せみんな幸せ。世界が混乱に陥ることもなく、まさにハッピーエンドだ。ま、無理なんだけどな。

「こんびに、って遠いのぉ?」

「いや、そこ曲がってすぐの、ほらあの黄色い電飾の看板だ」

 顎をしゃくって示した先には、蛍光灯で裏から照らされた黄色の看板。マミーマートだ。全国展開をうたってはいるものの、このあたりの地方に集中しているせいか品揃えは地域密着型だ。近所で採れた野菜を売ってる店もあるらしい。田舎万歳。

「二十四、だぁ」

「一応コンビニだからな。でも、深夜なんて買い物来るやついんのか?」

 都会なら夜のコンビニというのは不良や良からぬ大人のたまり場、国道沿いならトラックの運ちゃんの憩いの場にでもなるんだろうけど、ここはそんな気配は微塵もない。幽霊が来るために開けてる、といわれても信用できるレベルだ。オリジナルブランドの格安商品? 何それおいしいの、って感じだ。

 田舎らしく無駄にだだっ広鵜駐車スペースには、一台軽トラが止まっているだけという、店の現状をリアルに物語っていた。

 そんな中だったので、駐輪場にどっかりと鎮座した一台のバイクはひと際目を引いた。バイクや車にさほど詳しくない俺にはよくわからないが、何やらめちゃめちゃ速そうな奴だという印象を与える一品だ。

「すっげ。ピッカピカだな」

 隣に置いた俺のチャリがいつもの三割増しでみすぼらしく見えてしまう。それほどにバイクはピカピカに磨きあげられており、エンジンやマフラーは街灯も月の明かりも漏れなく反射してキラキラと輝いていた。

「どうしたね? 盗んだバイクで走りだしたくなったかね、しょうね……なんだ、シュータローではないか」

 折よく自動ドアの向こうから缶を片手に現れた美緒の姿に、俺は度肝を抜かれたわけだ。フルフェイスのヘルメット片手に缶コーヒー、バシッと決まったデニムのホットパンツが、ハリウッド映画のヒロインみたいなんだから悔しいよな。ファッションは気合いだよ、と言い切るだけはある。この寒いのに大したもんだ。

「お前のかよ。まぁ似合うっちゃ似合うけど」

「いや、私のはそっちだ。私は普通二輪の免許はまだ取得していないのでね」

 え? そっち? って言われてその向こう側を見ると、確かにそこにも一台の二輪車が鎮座ましましている。こちらもそれなりに綺麗にはされているが、磨きあげられているというわけではないし、形も速さとは縁がなさそうだ。その代わりと言っては何だが、実に実用的で親しみと愛着を覚えるスタイル。おそらく世界で一番有名な、日本を代表する二輪車。スーパーカブ。俺でも名前を知ってるレベルだ。

「お前、カブにフルフェイスで乗ってるのかよ?」

「安全第一だ」

 似合わねぇ言葉だな、と思っていると続きがあった。

「これならいつ何時何に襲われても大丈夫だ」

 納得。ですよねー。

「んじゃ、あとは委員長が来れば揃うわけだな」

「もう来ているよ。中で会計を済ませて出てくるはず……ん、きたきた」

 ピロピロン、というチャイムに反応してそちらを見ると、確かにそこには吹水の姿があったわけだが、どういうことだ? できの悪いコラージュを見せられている気分だ。

 首から上は全くいつも通りの委員長。ちょっと眠そうなのはもう夜だからか? 早いな。肩の出たワンピースに履き古したスニーカー、羽織るようにして着ている花柄ニットのカーディガンはうっすらとピンク色。この時点ですでにちぐはぐな感じは否めないが、そんなものは微々たる誤差だ。何より際立っているのは、両手につけられたいかつい皮手袋に、肘からぶら下がるフルフェイスのヘルメット。まさか、うそだろ?

「ぼ、僕のバイク……興味、あるの?」

「マジで?」

「マジ、で」

 そのかっこで乗るの? スカートで? ってか、吹水が? バイクに?

「ほ、本当はもっとおっきいやつのほうが強そうかなって思ったんだけど、僕の体格だと、このあたりが限界みたいで。重たくって」

「充分だろ」

 バイク業界に詳しくない俺には、上がどこまであるのかは分からないが、これよりでっかいバイクに乗っているい吹水は、なんか、イヤだ。

「にしても、これで探して回るのか? 俺、チャリだからついていけねぇぞ」

「うん、さすがにこれは私も計算外だった。委員長君にこんな才能があったとはね」

「ご、ごめんなさい。乗り物、これしかなくって。僕、自転車に乗れないから」

「そうか。ならやむを得ないな。私の後ろに乗りたまえ。幸いヘルメットもあるし、フルフェイスだ。これなら顔がばれることはない」

 何か色々おかしいが、もちろんスルーだ。世の中って不思議な事がいっぱいありますよねー、って阿呆のふりをするのが賢い生き方だと知った十五の夜。

「ナイアガラはこねーのか?」

 吹水の背中に背負われたウサギからうさぎが顔を出した。ウサギ形のリュックって、それであのバイクに乗って来たのか。シュールすぎるだろ。

「うん。他に用事があるんだってぇ。放置ぷれえだよぅ」

「どこでそういう単語覚えるんだ、まったく」

「そっか。言っちゃなんだけどちょっとほっとした。あ、絶対本人には内緒な」

 その気持ちはわかる。激しく同意だ。とはいっても、出がけに「何かあった際にはおわかりでござますね?」と、命も凍りつくような視線とアイアンクローを頂戴した身としては、ある意味いてもらった方がよかったのかもと思わないでもない。

「では、超科学部活動開始だよ!」

「「おぉ~」」

 美緒の宣言に声と拳を上げて賛同した吹水とカナメ。ひらひらワンピースと天魔覆滅なスカジャンという凸凹コンビが、夜の街に繰り出した。

「まぁ、見っからないんだけどな」

 先を行くカブのテールランプをぼんやりと追いかけながら、答えを知っている俺は誰にも聞こえないように一人ごちた。


 トイレから出るときに、手を拭きながら目を閉じた。いなくなってたらいーなー。でもいるよなーたぶん。そんなこと考えながら目を開けると、やっぱりいた。

「ですよねー」

 ハテナマークが頭の上に飛び出してるのが見えそうな、見事な角度で首をかしげているのは初めて見る女の子だが、そいつが人ではないことは一目見て分かった。だって見たことないだろ? 三十センチぐらい宙に浮いて歩く、ふりっふりひらっひらなドレスみたいな服着た(これはあってもいいか)、エルフ耳の女の子なんて。髪なんかピンクだぞピンク。もちろん二次元じゃない。厚みがあって、しっかりそこにいるわけだ。

「これで謎の喋るちっこい生物と宝石キラキラのスティックを持ってれば、日曜朝八時半って感じだな」

「はちじ、はん?」

「いや、こっちの話だ。忘れてくれ」

 とれるんじゃないかってほど首を傾げる。瞳は純粋な興味と怖れが混在した不思議な色を灯している。だろうな。なんせ自分が何者かさえわかってないって顔だ。

「見えるの?」

「かなりくっきりはっきり。見えちゃって、ますね、はい」

 まぁ、この一言でこの少女の出自やら何やらが薄ぼんやりと想像できてしまたわけだが、気づきたくなかったなー。

「ねぇ、私ってなんだろう?」

「う~ん、なんだろなぁ? 見た感じだと変身魔女っ子で最近はよい子とオタクとニートと大きなお友達のあこがれの的かな? 俺の知識をもとに判断するなら、魔女かな?」

 まぁたぶん後者で確定なんですけど、さあどうしたもんかな。自覚なさそうだし。

「まじょ?」

「うん、魔女。悪いこと、する?」

 ふるふると首を振る。うん、どうやら悪い奴ではないらしい。自己申告だが。

「魔法、使う?」

 ふるふる。うん、じゃぁさらに一安心。

「えー、っと……人間滅ぼしちゃえーとかむずむず?」

「仲良く、なりたい」

 う~ん、魔王があれなら生まれる魔物もこれなのか。さっきまで片付けてたちっこいのも、なんか妙に人懐っこかったもんな。

 おっかなびっくりこっちの返答を待つ少女は、叱られているみたいに縮こまっている。こんなときどうすればいいのか、俺の人生経験だけでは最良の答えを導き出すのは難しそうだ。弟や妹でもいれば別なんだろうか。

 ただ、一つだけ確実に言えることがあった。

「あのな、今こわ~いお姉ちゃんがお前のこと探してるから、それにだけは見つからないようにした方がいい」

「こわーい?」

「そう。魔王より魔王で魔女より魔女な、俺達のボス」

「ぼす」

 まぁ、この表現は間違ってはいないだろう。嘘でも大げさでも紛らわしいでもない。むしろ足りないぐらいだ。大魔女王、とかなら丁度いいぐらいか?

「とりあえずあっちには近づかないようにウロウロしてりゃいい。学校なら大丈夫だろ」

「うん」

 部室の方を指差した俺に魔女たぶんは、小さくうなずいて返事をした。

 そのぐらいしか俺には言えねぇよ。すまんね、ふがいない俺で。

 そう言って、逃げるように立ち去ろうとした俺の背中に、小さな声がかけられる。

「ねぇ」

「んあ?」

 立ち止まる。後ろ髪を引かれるのとはまたちょっと違うものが、足を鈍らせる。あとになって思えば、たぶんあれは罪悪感とか、そういう類のものだったんだろうな。

「また、会える?」

 曖昧に笑って、手を振った。

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