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かみ・つき  作者: B-POP
11/28

防衛? 作戦

科学部が超科学部として本格稼働して、はや一週間。というか、まだ一週間しかたってないのかというのが実感だ。どういう意味だって? あえて言わなくても、科学準備室の素晴らしい惨状を見れば、言葉は必要ない。少なくとも、部活で本気の暴力を自称神の世界から来た女に叩き込まれるような世界、日常だなんて信じたくない。

「何でお前んとこの部長様は生活指導にも風紀委員にも生徒会にも文句言われねぇさ?」

「本人に聞いてくれ。そして、できれば告発してきてくれ。風紀委員でもなんでもいい」

 目の前でカレーパンを食いながら携帯をいじっているのは、根隅真樹夫。席が近かったので話すようになった、入学以来の付き合いだ。

「滅相もねぇさ。緑一中の魔女に関わろうなんて、そんな命知らずの親知らず、この学校にはいねぇさ。一名を覗いて」

 うるせぇ。俺だってお前みたいに中学の時からアレを知ってりゃこうはならなかっただろうよ。しかしあだ名が『魔女』とは、美緒はやっぱり中学時代からああなのかと、その一言だけで想像できてしまうのがすごい。名は体を表す、だな。

「魔女?」

 フォークとスプーンで俺と同じ中身の弁当箱をつついているカナメが、きょとんとしている。俺なら三分とかからずに食いきれるほどの小さな弁当箱だが、きちんと栄養バランスがとれているのはすごいと思う。喫茶店オーナーはだてじゃない、ってとこか。

「ああ、すごかったさ~。二年の時だったかな? 科学室の薬品パクってものすげぇ爆薬の実験したんだけどな、おかげでグラウンドが一週間使用禁止になったぐらいさ。隕石落っこちたみたいだったさ」

「なんだそりゃ? 核爆弾でも作ったのかよ?」

「テルミット反応だよ。金属アルミニウムを用いた一般的な酸化物還元法だ。その特徴である高温で膨大な熱量を利用したかったのだがうまくいかなくてね」

 聞いてないのに説明に来なくてもいい。黙って飯食ってろ。

「おお、うまそうな弁当だね、カナメ君。華美さんの手作りとはうらやましい」

「おいしいよぅ」

『うちも腹減ったー』

「にしても、カナメちゃんが飛び級クラスの実力ってのは、この姿からは想像もできないさねぇ。なんか妹がいるみたいさ」

 笑うと目がびっくりするぐらい垂れ目になるが、それがなんとなくいやらしいという女子がいるのは、本人にだけ内緒だ。

「あんまそういうこと言わん方がいいぞ。命が惜しいならな」

 こわーい保護者がいるからな、と胸の中で付け足してから俺もカナメを見る。

 満貫寺高校の制服であるセーラー服に身を包んだカナメ。さすがに美緒のような改造こそ施してはいないが、サイズが微妙にあっていない。さすがのナイアガラでもたったの一日でカナメサイズの制服を調達してくるのは不可能だったらしく、既製品の最小サイズを折り込んだりして着ている。

 そう、カナメはおれたちのクラスに入学してきた。転入生として。

 ただし、あまりにも唐突なうえに強引な転入だったために担任はおろか、ほかのどの教師も把握していなかった。そこに、書類だけは整っているという無茶苦茶なごり押しで高校生になったというのだから、CIAもびっくりの手腕だ。もちろん、その書類の出所や戸籍や住民票なんかについては全てナイアガラが準備したのだが、俺は一切関与していない、するつもりもない。世の中知らない方がいいこともある。

「ロリコンシュウがカナメちゃん一人占めのためにそんなこと言ってるさ? 変態さ」

「冗談でもやめてくれ。俺の沽券にかかわる。それ以上に、生き死ににかかわる」

『あいつ怖いよなー。こないだうちもマジで殺されるかと思ったー』

 ま、死なない体になっちまったんで、生き死に縁のない俺だけどな。

「それよりびっくりしたのは委員長さ。まさかあの科学部に」


 というわけで翌日。

「なんで俺は包帯でぐるぐる巻きにされてるんだ?」

 部活から逃げ出そうとした俺は、例によってげた箱で謎の攻撃を食らって気がつけば部室、というわけだ。しかし毎回、俺はどんな攻撃食らってるんだ?

「部の存続のために決まっているじゃないか。それとも私が個人的な趣味でこんなことをするとでも?」

 あり得るのでやめてもらいたい。

「ぐるぐるー。ぐるぐるー」

「そうでございます。できれば首のあたりを重点的に力を込めて」

「死ぬ、それ死ぬから!」

 嬉しそうに包帯を俺に巻くカナメに、殺人を指導するナイアガラ。俺、殺したいぐらい嫌われてるとかどんだけだよ。死なないけど。

「それもいいね。いっそ息の根が止まっていると説得力がある」

 そろそろ俺を生き物として尊重しようぜ、美緒さん。

「んで、包帯ぐるぐる巻きの俺はどこに運搬されるんだ? このままミイラ男としてお化け屋敷にでも売っ払おうってんじゃねぇだろうな?」

「まさか。ただちょっと保健室に行ってもらうだけだよ」

 げっ! なんつった? 今まさか、保健室って言わなかったか?

「冗談、だよな」

「本気、だよ。この学校でどこの部の顧問もしていないのは養護教諭の浜だけだ」

 うそだろ? 保健室ってあの保健室だぞ。足を踏み入れたものは決して無傷では帰ってこられないとすらいわれる、満貫寺屈指の魔窟。骨折した野球部員が患部にばんそうこうだけを貼られて帰ってきた、という伝説がまことしやかにささやかれているが、それすら真実味があるレベルだ。

「だめだだめだだめだだめだ! 俺を殺す気か!」

「あなた様は死にませんのでご安心を。まあ、不死ゆえに死ぬほどの苦痛を延々と受け続けるという素敵な体験はなさるかもしれませんが」

「ぐるぐるーぅ」

「イヤすぎだろ、放せ! くそう、動かない。カナメ、どんだけ包帯巻いてんだ!」

 既に両手両足をガッチガチに固められていて、芋虫のように動くのが精いっぱいだ。しかも、ナイアガラが俺を抱え上げているので脱出はほぼ不可能。ちくしょう、なんでこんな時に絶妙の連携を発揮するんだ、この部は。

「さて、ではこの生贄をささげに」

「おい! 生贄ってどういうことだ、おい! おいい!」

 もちろん、抵抗なんて無駄だってわかってる。でもさ、無駄だってわかっていても生きるためにあがくもんだろ? それが命ってことだろ?

「あなた様は既に人間ではございませんけどね」

「夢も希望もあったもんじゃねぇな」

「と騒ぐ間に到着だよ。たのもー!」

 消毒液独特のにおいが廊下にまで滲み出しているが、この匂いに戦慄を覚えるなんて世界中でもここぐらいのもんだ。

「やかましい! 帰れ!」

 おいおい、信じられんがこれが保険教師で二十代女の発言かよ本当に病人だったらどうすんだよ。と、口に出してはいけない。何せこれがこの保健室を魔窟たらしめている悪の元凶。保険教師兼擁護教師、浜茜。名実ともに満貫寺最強の教師だ。

 漂白したように真っ白な白衣に健康サンダル、ざっくりと後ろでくくった髪型はポニーテールというには少々ぶっきらぼうだ。見るからに柔和そうな顔立ちのくせに、口からは罵声しか出てこない。

「病人です」

「ほっとけ、若いんだから勝手に治る」

「ぐるぐるー」

「この通り、包帯ぐるぐる巻きの重症患者でございます」

「あ? もう処置済みだろそれ。だったら廊下にでも転がしとけ。それとも壊れてんのは脳みそか? だったら専門外だ。脳と性病はここじゃ治らん」

 ひでぇ。このやり取りだけで、保健室の本質が垣間見える。

「というのはここに来る口実で、茜先生にお願いがあって来たのです」

「断る。あたしは今プリン食うのに忙しいんだ」

 すげぇ、美緒が問答無用で断られるとこなんて初めて見た。しかも、プリンを食う片手間で断られている。何でプリンなんだ? 似合わないな。

「プリンほどの食いもんは他にねぇだろ。幸せはプリンでありプリンは幸せである、だよ。プリンのためならダークサイドに落ちてもかまわん」

 心配すんな、もう落ちてる。

 と、そんな浜のプリン至上主義の演説などさらっと無視した美緒も負けてはいない。

「我が部の顧問になってもらいたい」

 自分の主張を貫くだけの者同士の会話なんて、こんなもんだわな。

「断るっつっただろ……なに? 顧問?」

 安物の事務椅子をギシギシいわせながら振り返る姿は、どことなく先日の美緒を想起させる。傍若無人な輩というのは、仕草が似るものなのか。

「えぇ、顧問です。我が部の顧問を担えるのは厚顔無恥にして傍若無人、唯我独尊の浜先生以外にないとの結論に至ったわけです」

「ほう、それで人が首を縦に振ると思ってるあたりがすごいな。天王寺美緒」

「私をご存じとは見上げたものです。さあ、この契約書にサインを」

「断る」

 だろうな。そのつもりだった人間でさえ返答を変えるレベルだ。これをマジでやっているんだとしたら、ある意味で天才だ。

「何故です?」

 何故です、ってお前に聞きたいわ。

「私は忙しい。ただでさえ面倒な事務作業に無駄な職員会議、果ては怪我をしたバカの面倒まで見ねばならん。そんな中で部活動などに時間を割くなんて、面倒だろう」

 たぶん本音は最後の一言なんだろうな。ここまで露骨にめんどくさそうな顔をする大人もどうかと思うが、その分ストレートでわかりやすい。曖昧に茶を濁されるより、いくらかすっきりする。

「さあ帰った帰った。私は忙しい」

 取りつく島もない、ってのはまさにこのことだな。顔はこっちを向いているのに、話を聞く気なんてさらさらないのが丸わかりだ。にしても、ここまで邪険にされるってのも解せない。なんて思っていると、それまで黙っていたカナメが不意に口を開いた。

「シュー、攻撃」

「えぇー!」

「ナイスだ、カナメ君! それでこそ超科学部員だよ」

 なんだそれ? 何で攻撃? そして何で勝手に動く俺の腕。これじゃぁまるで握った拳を浜に叩きつけようとしてるみたいじゃないか。やめろ、俺の意志じゃない。

「いい度胸だ。要求を呑まねば実力行使とは、その意気だけは認めてやろう。けど」

「いいいいや、ちちち、ちが、ちが」

「そうか、血が見たいか。望むところだ」

 振り上げられる俺の拳、逃げたいのに逃げられない俺の体、迫りくる浜の鉄拳。おい、何で保健室にメリケンサックがあるんだぁぁぁぁぁぁぁぁあ。


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