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異世界恋護奇譚

異世界恋護奇譚【番外編】〜マリーの憂鬱とリントとの出会い〜

作者: 三多来定
掲載日:2026/05/06

 この短編は、

「異世界恋護奇譚 〜聖女のオマケでバグ転移した私、15歳で天然最強騎士団長と偽装結婚しました〜」

 という長編の1年前のお話になります。


 本編に入れられなかったマリーとリントの出会いのお話です。

 本編を未読の方にも一つの物語として届くことを願っています。

 この世界、エラルダは、王政ではない。


 第1から第5まである国はすべて、国の代表と政務官、騎士などの国家公務員で国の政治や業務を執り行っている。


 第1エラルダ国の首都には、そんな国家公務員を育てる様々な「学校」がある。


 国営の「騎士養成所」が一番「良い学校」とされているが、いかんせん男性でも3割程しか合格できないレベルの実技試験があり、もちろん男しかいない。


 次に良いとされている学校が、「政務官養成所」だが、こちらも男女比は9 : 1である。


 王族や貴族がいなくなって300年。

 身分差は確かにないが、男女差は確実にある、と13歳のマリーは常々思っている。



「マリー、教養学校、卒業おめでとう。いや、首席卒業なんて、すごいぞ!」

 マリーの祖父であり、第1エラルダ国代表のアレンは、誇らしげに言う。


 アレンとマリー、二人暮らしの家のダイニングテーブルに、アレンはマリーの好物であるアップルパイを置く。

 卒業記念に、たった今、アレンが買ってきたものだ。


「ありがとう、お祖父様。でも、あの学校で首席でも、何にもならないけど」

 

 笑顔で答えるマリーに、アレンは苦笑する。


「やっぱり『政務官養成所』に通えば良かった……」

「嫌よ。男ばっかりの場所なんて、息が出来ないじゃない!」

「そ、そこまで言う……」


 マリーの男嫌いは、略奪愛までして結婚した母を捨てた上に病死させ、その後も各地で女遊びをしている父親キダンのせいで、確固たるものになっていた。

 男が嫌だという理由で、女性ばかりの「教養学校」に通学したが、教養学校の学習内容はいわゆる花嫁教育である。

 花嫁になる気もないマリーには、本当に首席でも、「何にもならない」のだ。


「あ、あのな、マリー。男が全てダメ男という見方はどうかな、と……。ほら、結婚も15歳になったら考えないと……」

 アレンはしどろもどろにマリーに言う。


 マリーは、アレンを冷ややかな目で見た。


「お祖父様は、私に、野菜に這い回る迷惑千万なナメクジと結婚しろと言うの?」

「そ、そこまで言っちゃう……」


 孫娘のマリーに口論では勝てない。

 アレンは、ゴホンと咳払いをした。


「マリー、ものは相談なんだが、聖女の侍女をやらないか?」


「聖女の侍女……?」


「ああ。職場は聖女棟だから、男はいない。マリーは教養学校で首席だったから、資格も十分だ」


 アレンの言葉に、マリーはニヤリと笑った。


「そう、侍女さんが、また辞めちゃったのね」


「あ、ああ。そうなんだよ。いや、マリーは賢いなぁ……!」


 アレンの不自然な態度を見て、マリーは、これは本当の理由は違うと直感した。


 頭の中に、聖女の周りの人々を思い浮かべる。

 筆頭侍女の年配の女性、筆頭護衛騎士の副騎士団長……。


 副騎士団長のセタは、「国家特別人物」というこの国の重要人物で、聖女と恋仲だ。


 マリーからすると、聖女と恋仲なんて、恐れ多い話である。

 聖女は異世界から召喚された神様のような存在で、10年聖女を勤めた後、元の世界に帰る。

 つまり、この世界に来て8年以上の今現在の聖女は、あと1年と少しで元の世界に帰還してしまうのだ。

 別れが決定しているのに、お互い何を考えて恋人ごっこをやっているのか、マリーには全く理解できない。

 「今が楽しければいい」というヤツだろうか。


 とはいえ、国家特別人物であるセタには、聖女帰還後のその先がある。


「……国家特別人物には『嫁』が必要だものね。私はセタさんの『嫁候補』ってこと?」


 アレンはその場にガクッと膝をついた。

 まさに、マリーの言うとおりだからだ。

 

 このまま、国家特別人物のセタを独身でいさせる訳にはいかないのだ。

 聖女と恋仲なのは周知の事実だが、聖女が帰還した後にすぐ結婚してもらうために、準備が必要なのである。


「セタさんの『嫁候補』になら、なってもいいわ」

 マリーはテーブルの上のアップルパイを見つめながら言う。


「ほ、本当か!? セタはナメクジではないのか?」

 アレンは驚きのあまり、声が裏返る。


「あら、人のことをナメクジだなんて、お祖父様も酷いことを言うのね?」

「いや、マリーが言ったんだよ?」


 しかし、この際、ナメクジ発言はアレンでもいい。

 マリーがこんなにあっさり承諾してくれたのだ。

 何より、可愛い孫娘の相手として、セタは申し分ない! とアレンは立ち上がった。



 

 こうして、マリーは、国家特別人物のセタの「嫁候補」に内定し、お互いの家族と共に挨拶等を済ませ、14歳になった9月から、聖女の侍女として働くことになったのである。






 マリーは結構本気で男全員をナメクジだと思っている。

 しかし、その例外が「セタ」だった。


 青に近いブルーグレーの髪と瞳。

 恐ろしく整った顔。

 長身で程よく筋肉がついた体。

 そして、エラルダで一番強いという実力。


 さすがに、男というだけで、ナメクジ扱いは出来ない人物である。


 マリーが「嫁候補」を引き受けた理由は、もう一つある。


 この「セタ」の「嫁候補」に内定したという事実を掲げれば、他の男が一切寄りつかなくなるのである。


 マリーの外見は、父親譲りの銀髪にパープルの瞳、美人だったという母親譲りの整った顔だちである。

 最近は町を歩いているだけで、男に声をかけられて、鬱陶しいことこの上なかったのだ。




「聖女様、買い物に行って参ります。何か必要な物は……」

「ないわ!」

 マリーの方を少しも見ることなく、聖女の部屋のソファに座った聖女は強い口調で言い放つ。


 10年毎に召喚される聖女は何故か美人が多いらしいが、今代の聖女も鳶色の髪と瞳のかなりの美女である。

 13歳でエラルダに召喚されてから、9年間、きちんとお祈りと巡礼をこなしている。


 まあ、恋人のセタの嫁候補であるマリーを敵視する気持ちは分かるが、だったら、侍女を辞めさせないでほしいものだ。


 聖女の部屋を出たところで、筆頭侍女の60歳の女性と目が合う。


 筆頭侍女はマリーを一瞥すると、さっさと侍女の部屋に入ってしまった。


 マリーが聖女の侍女になったことにより、聖女の機嫌が最悪なので、こちらもマリーを敵視しているのである。


 確かに職場に男はいないが、職場環境が良いとは言えない、とマリーは溜息をついた。





 町に買い物に出たマリーは、野菜のお値段の高さに悩んでいた。


「これなら、畑に直接行った方がいいわね……」


 どうせ早く帰っても、聖女と筆頭侍女に嫌な顔をされるだけである。

 マリーは町外れの畑に向かって歩き出した。




 

「あら、マリーちゃん! ますます綺麗になっちゃって!」

「こんにちは、ソフィさん。ご無沙汰しています」


 町外れの畑で農作業をしていた50歳の女性、ソフィは、マリーを見て嬉しそうに微笑んだ。


 ソフィは、死んだ祖母の妹で、マリーの大叔母にあたる。


「野菜かしら? 実はねぇ、ナメクジが大量発生しちゃって、今、とってもらってるのよー」


 マリーは首を傾げた。

 ソフィは一人暮らしである。

 誰にナメクジをとってもらっているのだろうか……?


 ソフィと一緒に裏手の畑に向かうと、そこには、畑にかがんで、必死にナメクジをとる騎士2人がいた。


「あら、本当にナメクジが……」

 マリーは思わずつぶやいた。


「マリーちゃん、そこから野菜に付いているナメクジが見えるなんて、目がいいのねぇ」

 ソフィは感心したように言う。


 マリーはあの2人の騎士を知っている。

 セタに次ぐ実力を誇る有名人だ。


 金髪で長身の男が、セタの弟の「ロイ」で、小柄な茶髪の男が「リント」だ。

 2人とも、第1エラルダの騎士団の小隊長のはずだが、何故こんなところでナメクジをとっているのだろうか。


「リント、見て! 俺こんなにも捕まえた!」

 ロイは満面の笑みで木の器のナメクジをリントに見せる。


「速っ! でもまだ分かりませんよ!」

 リントは2本の細い棒で、器用に素速くナメクジをとっていく。


 これは……、ナメクジ(男) VS ナメクジ(本物)!?


 マリーは自分の想像に可笑しくなって、声を出して笑ってしまっていた。


 その笑い声に気付いたロイが、「あっ!」と声を上げる。


「えーと、セタ兄の、ほら、アレンさんの……」


 ロイは先日会ったセタの嫁候補のマリーの名前が出てこないようだ。


「アリー!」

 ロイは自信満々に言う。


「マリーよ」

 マリーは、バカ決定ね、と思いながら訂正する。


 リントはマリーをじっと見つめている。

 マリーはリントを知っているが、リントはマリーを知らないはずである。


 というのも、マリーは男ばかりの騎士団には幼少期から近寄らないようにしているからだ。


「リント、セタ兄の『嫁候補』のマリーだよ。アレンさんの孫なんだ」

 ロイは名前を間違えたことは全く気にならないようで、笑顔でリントにマリーを紹介する。


「……あなたが……、あ、第10小隊長をしてますリントです……」

 リントはマリーに軽く会釈をする。


 マリーも笑顔を貼り付けて会釈を返す。


「あら、そんなにもとってくれたのね! どうかしら、お礼にお茶とお菓子をご馳走するわ。マリーちゃんも一緒に……」

 ソフィは笑顔で3人を見る。


「いえ、俺たち勤務中なので、これで失礼します」

 リントが真面目な顔をして答えると、ロイは「え!?」と言った。


「ナメクジに塩をかけて観察しようって……」

「ロイさん! 黙って! それじゃあ、失礼します」

 リントはロイの腕を引っ張ると、スタスタと畑を出て行った。


 マリーは、ふぅと息を吐いた。


 ロイとリントは勤務中にナメクジに塩をかけて遊ぶつもりだったようだ。

 ロイは19歳、リントは16歳のはずだ。

 2人ともマリーより年上で騎士団の小隊長なのに、信じられない。


「やっぱり男なんてバカばっかりね……」


 マリーは、野菜をいくつか分てもらい、物理的にも精神的にも重い足どりで聖女棟に帰ったのだった。






 聖女棟は2階建てで、1階に護衛や侍女が使う部屋があり、2階に聖女の部屋と筆頭侍女の部屋がある。


 マリーは、野菜が入った籠を抱えて階段を登り、聖女の部屋のドアが少し開いていることに気がついた。


 ちゃんと閉めたはず……と、マリーはその隙間から聖女の部屋を覗いた。


 ソファに腰掛けた男女が見える。

 

 男女はセタと聖女で、かなり密着して、仲良さげに話をしている。


 すると、セタは聖女の肩に手をまわし、聖女を抱きしめた。


 そして、反対の手で聖女の頬に触れ、お互いの唇を重ね合わせるーー。


 ドサッ


 マリーは持っていた野菜の籠を落としていた。


 そして、その籠を拾うことなく、聖女棟の階段を駆け下りた。




 


 何を、何を、見せられたのだろう。 


 マリーは聖女棟の入り口を出たところで、しゃがみ込んでいた。


 あれが、キス。

 恋人同士のキス。


 14歳のマリーは、当然だが、キスなんてしたこともないし、見たこともなかった。


 初めて見たキスは、未来の旦那様と聖女様のキスだった。


 はっきり、理解した。


 セタは嫁候補の挨拶の際、マリーと穏やかに話をしていたが、マリーと結婚する気など微塵もなかったのだ。

 

 あれは、セタと聖女からの警告だ。


 割って入ってくるな、という警告だ。


「……っざけんな……っ!!」

 マリーは聖女棟の白い壁を平手で叩いた。


 聖女棟は石造りのため、マリーの右手がジンジンと痛む。


 正直、セタには憧れていた。


 マリーから見て、24歳のセタは大人だったし、他の男性とは違うオーラがあった。


 男なんて大嫌いだが、どうせ結婚しなければいけないというのなら、セタのお嫁さんになりたかった。


 でも、無理だ。

 やっぱり男なんてみんな一緒だ。


 悔しくて、情けなくて、涙が出てくる。


「……う、うう……」

「マリー……さん?」


 突然名前を呼ばれて、マリーはバッと顔を上げた。

 目の前に、先程会ったリントが立っている。


「あの、大丈夫ですか? 気分でも悪いのでは……」


 気分? 確かに、最悪だ。

 マリーは立ち上がり、右手をリントに見せた。


「手が痛かっただけです。あの、何かご用でしょうか?」

 マリーは淡々と言う。


「あ、副団長に騎士団に戻るように……」

「それでしたら、直接お伝えください。取り込み中のようですけどね」


 マリーは意地悪く言い、聖女棟の入り口を開けた。

 リントには悪いが、今セタと話す気にはなれないし、セタもマリーと話したくはないだろう。


「……マリーさん、手が腫れています。救護班で治療をしましょう」


 マリーは自分の手を見た。

 手のひらが真っ赤に腫れている。


「いいえ、お構いなく。それよりセタさんに……」

「騎士団では、怪我人の治療が最優先です」


 いつものマリーなら、頑として治療を拒むだろう。

 でも、今のマリーは、ここに居たくない気持ちの方が強かった。


 マリーは「お願いします」と言い、素直にリントの後について行った。


 



 マリーは、しまった、と思っていた。


 救護班とは、騎士団内の救護班だったのだ。

 マリーの大嫌いな男ばかりである。


 団員たちに、ジロジロ見られているのが分かる。


 医者だという、30歳くらいの男に、「壁に虫がいたので思わず叩いてしまった」と説明する。


 マリーは、手のひらに薬を塗られ、包帯を巻かれた。

 どう見ても大げさだったが、この怪我は仕事を早退する良い口実になりそうだ、とマリーは考えていた。


 治療中、リントはマリーの横に、守るようにずっと立っていた。




「家まで送ります。マリーさんの怪我のことは、こちらから聖女棟の筆頭侍女に伝えます。明日も念の為お休みして下さい」


 リントはテキパキと段取りを話す。

 

 今日はもう聖女とも筆頭侍女とも話したくなかったのでかなり有難い、とマリーはホッとしていた。


 騎士団員なんて、セタ以外は全員脳筋だと思っていたが、気遣いが出来る男もいたようだ。


「ありがとうございます」

 マリーは心からそう思い、微笑んだ。


「いいえ……」

 リントは少し顔を逸らして呟いた。




 特に何を話すでもなく、マリーの家までの道を、マリーとリントは歩いた。


 傾きかけた陽が、マリーとリントの横顔を赤く染めていた。




「送っていただいて、ありがとうございました」

 自宅の前で、マリーは深々と頭を下げる。


 しかし、リントからの返答はない。

 マリーは顔を上げて、リントを見た。


「俺、マリーさんのこと、好きになりました!」

 リントは真面目な表情で、堂々と言い放つ。


 マリーは少し目を見開いた後、ハァーと息を吐いた。


 ちょっと見直したのに、結局コレか。

 やっぱり男なんて信用できない。


 マリーは頭の中に用意してあった「お断りのセリフ」を引き出す。


「お気持ちは嬉しいのですが、私はセタさんの『嫁候補』ですので……」


 ここまで話して、マリーの胸がチクリと痛んだ。

 セタの方はマリーのことを、「嫁候補」だなんて、これっぽっちも思っていないのだ。


「分かっています。俺が勝手に好きになっただけなので、気にしないで下さい」

 

 リントは真面目な表情のままそう言うと、くるりと踵を返して、走り去って行った。


 そのスピードはとても速く、リントはマリーの視界からすぐに消えてしまった。


「言い逃げ……か……」


 マリーはのろのろと自宅の中に入り、自分の部屋のベッドに倒れ込んだ。


 今日一日だけで、いろいろなことが分かった。


 男がいない女性だけの職場でも、快適とは限らない、ということ。


 憧れていた人の嫁候補になったけど、それは何もいいことではなかった、ということ。


 これから先、マリーのことを本当に想ってくれる人が現れても、その人と人生が交わることはない、ということ。


「あとは、人のキスシーンなんか、気持ち悪いってことね……」

 マリーは呟いて、右手の包帯を見た。


 明日はお休みだし、気晴らしに買い物にでも出かけよう。


 そして、明後日からは、何も期待を抱かずに、きちんと仕事をしよう。


 期待をしない、これは、マリーの得意分野である。


 父も母も帰ってこない家で、何にも期待せず、淡々と過ごしてきた。


 ずっとやってきた、得意分野だ……。





 次の日、町に買い物に出かけたマリーは、20歳くらいの男2人に声をかけられていた。


「きみ、すごく可愛いね。奢ってあげるから、お茶でもしない?」

「17〜8歳くらい? 1人で買い物なんて、寂しいでしょ?」


 どうやらマリーは年齢よりも上に見えるようだ。

 どうりで最近よく声をかけられるわけだ。


「急いでますので……」

 マリーは男たちから目を逸らし、通り過ぎようとする。


「待ってよー。さっきから見てたけど、急いでいるようには見えなかったよー?」

 男2人はマリーの前に立ちはだかる。


 さっきから見られていたらしい。

 気持ち悪い……。


 あのセリフを言えばいい。

 この国で知らない人なんていない、あの「セタ」の嫁候補です、と。

 そもそも、そのためにセタの嫁候補になったのだから、大いに利用してやればいい。


 ……でも、言うと、胸が痛んで、むなしさしか、残らない……。


 マリーがうつむいているのを、勝手に了承ととったのか、男の1人が、マリーの腕を掴んだ。


「行こうか!」


 ぶわっとマリーの肌に鳥肌が立つ。


「触らないでっ!」 

 マリーは思い切り腕を振った。


 ふりほどけない!?

 こんなに弱そうな男なのに、マリーの力では全然敵わない!


 いつもスラスラと出てくる悪態も、頭の中が恐怖でいっぱいになり、声にならない。


「何をしてるんだ!」


 聞き覚えのある声が聞こえた。

 顔を上げたマリーの目に、昨日会ったリントの姿が映る。

 リントはマリーの腕を掴んでいる男の腕を掴んで捻り上げた。


「いてっ、うあぁっ!」

「お、おい、コイツ、騎士団の……」


 男たちはリントを知っているようだ。

 リントが手を離すと、一目散にこの場から逃げて行った。

 マリーは男に掴まれていた手をもう片方の手で押さえて、息を吐いた。


「マリーさん、大丈夫ですか?」


 マリーは、リントの敬語に、急に違和感を感じた。


「あの、もしかして、私のこと年上だと思ってますか? 私、14歳なんです」


「え? あ、じゃあ、マリーって呼んでもいい? 俺の事もリントで……」


「そういう意味では……、いえ、助けてくれてありがとうございました」


 マリーは、諦めてお礼を述べて頭を下げる。

 リントはホッとした表情を浮かべる。


「良かった。昨日の事、怒っているかもと……」


 マリーは、昨日の事? と首を傾げて、ああ、好きだと言ってきたことか、と思い出した。


「いいえ、お気持ちは嬉しかったので……」


 マリーはそう答えて、そうだ、嬉しかったんだ、と改めて思っていた。


 昨日のリントの告白がなければ、セタと聖女の件で、もっと落ち込んでいたかもしれない。


 マリーはリントの気持ちに応えることは出来ないが、これは、セタがマリーの気持ちに応えることが出来ないことと同じである。


 セタは、聖女を本当に想っているのだ。

 セタの行動は、聖女の気持ちを守るための行動だったのだ。


 むしろ、聖女にもマリーにも優しくする、という男じゃなくて良かったと思おう。


 ムカつくけど……。


「家まで送るよ」

 リントは笑顔でマリーに言う。


「あら、勤務中でしょ? 騎士団はナメクジをとったり、女の子を送ったりが仕事なの? サボっていていいのかしら」

 マリーは意地悪い言い方をして、ニヤリと笑う。


 リントは驚いて目を見開いている。


 これで、1日の恋も覚めるだろう。


「大丈夫。俺よりロイさんの方がやらかしてるし、俺たちの行動の責任を取るのは、副団長だから」

 リントは何故か嬉しそうに答える。


 ロイの方がやらかしているのはともかく、団員の勝手な行動の責任は副団長のセタが取るようだ。


 それならまあいいか、とマリーは納得していた。


 副団長(セタ)は、部下の勝手な行動に、大いに頭を悩ませればいいのだ。


「まだ買い物が終わっていないの。帰るのは、そうね、1時間後なのよ」

 マリーは目を細めて、リントを見た。


 さあ、1時間もサボれる?

 仮にも小隊長だし、無理よね?


 しかし、リントはマリーの思惑とは真逆に、顔を輝かせた。


「1時間も一緒に歩けるのか! ユアン! ちょっと来て!」


 リントは同じ騎士服を着たユアンという男を大声で呼び寄せた。


「緊急で、副団長の『嫁候補』の方の護衛にあたることになったから、あとはよろしく」


「え? あ、はい! 承知しました!」

 ユアンは、マリーをチラッと見た後、すぐに視線をリントに戻して返事をした。


 その手があったか……とマリーは素直に感心していた。


 護衛ならば「仕事」だ。

 その上、マリーを「副団長の嫁候補」と宣言したという事は、絶対に手を出さないと言ったも同然である。


 マリーは、仕方なく、1時間かかりそうな買い物を考えながら、リントと並んで歩きだしたのだった。


 道中、リントは、昨日のナメクジとりの経緯を教えてくれた。


 今週の町巡回担当の第10小隊は、ナメクジの大量発生に困り果てているソフィと話す機会があった。


 なんとかしてあげたいと思い、昨日休暇だったロイを「ナメクジとり競争をしよう。ナメクジは塩をかけると縮んで面白いですよ」と誘い出した。


 ロイならば、ものすごいスピードでナメクジを取り、休憩時間で終わらせることが出来ると思ったそうだ。


「狙い通り、ロイさんめちゃくちゃ速くて、すぐに終わったんだよ」

 リントは笑顔で話す。


「あら、サボりじゃなかったのね」

 マリーも笑顔で返す。


 しかし、ナメクジとり競争と塩かけで、意気揚々と休暇なのに来てしまう(ロイ)もどうなのか、とマリーは思っていた。


 お互い敬語をやめたせいか、だんまりだった昨日とは打って変わって、マリーとリントは楽しく会話をした。


 1時間はあっという間だった。




 


 次の日の朝、聖女の侍女として、聖女棟の階段を掃除しているマリーの前に、セタが現れた。


 マリーは、セタに会釈をして、2階に上がり、「聖女様、セタさんがみえました」とドアの外から声をかける。


「マリー、仕事は慣れた?」

 セタはマリーに微笑みかける。


「はい。私は外の掃除をしていますので、どうぞごゆっくりお過ごしください」

 マリーも微笑んでセタに言う。


 セタの反応を見る前に、マリーは階段を下りていった。


 セタが聖女の部屋に入り、ドアを閉める音が微かに聞こえる。


 きっとこれからも、聖女の心を守るために、セタと聖女はマリーの前でイチャイチャするのだろう。


 どうぞどうぞ、ご自由に。

 そんな胸くそ悪いシーン、わざわざ見たりしませんので。


 もうこうなったら、聖女の侍女を完璧に1年やり切って、次の聖女の筆頭侍女になってやる。


 筆頭侍女になれば、あの侍女の部屋に住み込めるのだ。


 1年後、セタと気持ちのない結婚をしたとしても、堂々と別居できる。


 結婚しているという事実だけを手に入れれば、他の男とも決別出来るのだ!


 しかも、「聖女の筆頭侍女」は立派な国家公務員で、教養学校を出ただけのマリーにとっては、願ってもない職業である。


 マリーは聖女棟の外を掃き掃除しながら、ニヤニヤと笑っていた。


 そんなマリーの横を、町の巡回に向かう騎士団が通り過ぎる。


「おはよう、マリー」

 その騎士団の小隊長のリントが、嬉しそうにマリーに挨拶をする。


「おはよう、リント」

 マリーも笑顔で挨拶をする。


 マリーの中で、リントはナメクジから人間に、こっそりランクアップしていた。





 この時の2人は、まだ知らなかった。

 

 聖女帰還後にセタに起こる運命も、次の聖女が異例の2人で召喚されてくることも、そして、マリーとリントの人生が交わることも……。


 まだ、何も知らなかった。

 お読みいただき、ありがとうございました。

 本編は完結しておりますので、あわせてご覧いただけると、とても嬉しく思っております。


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