逃げだしたのは私です
外の景色が流れていく。
馬車の振動が緩やかなものから少しガタガタと音を立て始めた頃。外の景色は人の営む姿や色とりどりの立ち並ぶ店から徐々に緑が多くなっていた頃になり、漸く私は溜息に似た息を吐き出した。
王都から、今日、カーラ・ティアブルは逃げ出す。
社交シーズンはまだ半分を超えた頃だ。そして、私の到着もティアブル伯爵領から出る道の途中にある馬車が通れるほど大きな橋が不安定で遅れに遅れていたため、実際に社交シーズンに参加できたのは一月にも満たない。
新しく誂えたドレスや、手直しをしたドレス。どれも1度だけ袖を通して終わってしまった。
我がティアブル伯爵家は貧乏ではないが飛び抜けて裕福な訳でもない。家格は高いが農耕をする領土を持ち、毎年の気候に踊らされながらそれなりの税を納めそれなりの暮らしぶりだ。
平民に比べればかなり良い暮らしをさせていただいている。ただし貴族の、同じ家格の家からすれば平凡の一言に尽きるのだ。
その中からドレス代は出来れば抑えたいけれど面目の為にそれなりには出す。そんな懐具合であり、その中で選んだドレスはどれも選んで選んで…悩んで手に入れたものなので思い入れはある。それに一度ずつしか袖を通せなかったのは悔しい限りだ。
来年もあるのだからとは思うが、来年は来年で流行も変わるだろうし扇子ひとつ取っても、流行が1つくらいならまだしも3つ遅れていれば嘲笑の的だ。
きっと残る社交界シーズンのうちに流行がまた変わっていくのだろう。
私はもう1つ溜息をこぼす。
あのドレスたちは領地に帰ってから近隣の方々との交流の時に纏うことにしようと心に決め、視線を外へと向ける。
若干の汚れを残す硝子は、道中に上がった土煙のせいか。
王都を背にして数刻。私の頭には社交シーズンの始まりから頭の中に流れる。
昨年デビュタントをして、幾つか婚約の打診をいただいた。片手で数えられるほどだ。
だがどれも、格下の家と言うだけなら私は喜んで嫁いだのだがあまり良い印象のない家からばかりだった。
数少ない友達曰く、デビュタントの度に色々な令嬢に釣書をばらまいている方々ばかりらしい。
つまり引っかかればラッキー程度の釣書しか届いていなかったのだ。
まぁ、見目も平凡なブルネットの髪色に緑に近い青色の瞳。領地は特出するものはない。これといって記憶に残らない私を娶りたいと思ってくださる方は居なかったようである。
昨年のデビュタントは、王太子のお子様が丁度同じ年頃のためそれに合わせたように公爵家を筆頭に、侯爵家からも令嬢や子息が並び貴族の中で子が多い年代だった。
数が少ないからまだしも私はその煌びやかな方々に埋もれたしがない伯爵令嬢だったので、その結果は頷ける。
領地を継ぐのは3つ上の兄が行う。
そして3年後には末の妹のデビュタントがある。こちらはこちらで、王太子の第2子の王女様が同じ年代のため埋もれてしまいそうではあるが、妹は美容にも気をつけ淑女としての振る舞いや、元からある可愛らしさをさらに磨くことに余念が無いため私よりは釣書が寄せられるであろう。
私とて、淑女教育は終えている。洗練された、とまではいかないが、及第点以上の振る舞いはできているのだ。家庭教師からは王宮勤めもできるほどだと太鼓判を押されていた。
自分の容姿も磨いて磨いて…これなのだ。
我が家の侍女もメイドも頑張ってくれている。なんなら、料理長まで頑張ってくれている。幼少期に比べればそれはそれは美しくなった。ただそれ以上に皆が美しいのだ。これはもう骨格の域ではないか?私の努力でなんとかなるものなのか?
勉強も頑張ったわ!家庭教師を幾度替えたことか。それもわがままで替えたわけではないわ!何度も何度も尋ね、本を読み、そして家庭教師がもう教えることはございませんと1年毎に新しい知識を持つ家庭教師に替わった結果だ。私に教えるのが嫌になったわけでは無いはずだ。私に教えることはもう無いと、最後に知識を詰めたテストを行い当主であるお父様も頷いた結果の家庭教師との別れであった。
頭でっかちになってしまった感も否めないのだが、それを活かす場面は与えられなかった。
デビュタントの翌年、夜会でご令嬢たちと話したのは王都での流行や、それに付随したフワフワとした情勢の話が多かった。
それ自体は悪いことでは決してない。流行を知ることは大事である。遅れればあの令嬢は情報を掴む能力がないと見なされる。
ふわふわした情勢の話も、自分の家の話をよそに漏らすなど以ての外である。ただそれでは他の家の情報は掴めない。敢えてフワフワとした情報を漏らし相手から情報をいただくのだ。
笑顔の裏で、策略が張り巡らされている。私はその辺が苦手ではあるが苦手なりに必死に食いついた。扇で隠した口元にすら余裕の笑みを刻み、当然の事ですわよ。と、装って頑張ったのだ。
その頑張りを、鼻で笑う存在がいた。
アクーア侯爵家の次男のボンクラだ。私たちが囲んでいたテーブルの傍で私たちを見て鼻で笑っていたのだ。隣にはポルタ子爵家のこれまたボンクラな三男がたっていた。
「女共は気楽でいいよな」
私たちにも聞こえるような声量でポルタ子爵令息へと語りかけている。ポルタ子爵令息もうんうんと頷いてから、冷笑のなり損ないみたいな奇妙な笑顔でこちらを見て「本当にな」などと低い声で同意していた。
そういうお年頃なのだろう。斜に構えてかっこよさを気取るとかいう。それを許されるのは、平民であり貴族がその様な醜態を見せるなど教育できておりませーん!って恥を見せびらかす真似でしかないのだがボンクラはボンクラ故にそれを学んでこなかったのだろう。
ご令嬢方はボンクラに目を一度向けてから、何も聞いていない風に話を続けた。その時の目が酷く冷めたものだったのは淑女教育がまだ追えてない方々なのか、または彼などが文句を言えない高位の貴族の方がただったからだろう。
私はどちらにも属せず完璧な笑みを浮かべて彼に一瞥もくれずに話の輪にもどる。
そこが彼のちっぽけなプライドを刺激したのだろう。
「なぜ、この様な薔薇の中につまらない野草が交じっているのか。」
鼻で笑うようにこちらを向いて令息は私を見て、いや、見下してきた。
貴族の嗜みでもある遠回しな嫌味なども言えない存在に1度私も目を向ける。貴族の嗜みすら操れない姿がおかしく、小さく扇の下でくすっと笑って見せる。それだけなのだ。それだけで、そのボンクラは私に手を上げた。
こちらもそれなりの令嬢ではある。少し顔を背け、痛みの少ない受け流し方は心得ている。ばしん、と音が響く。なんと情けない音か。
私の扇に振り挙げられた手が当たり私の頬に当たる。間に扇があった為そこまでの痛みはなかったが、手を上げられたのだ。
「きゃあ!!!」
誰かがあげた悲鳴に釣られるように悲鳴が上がり私はソファーの上で体勢を崩したまま肩を震わせていた。
何考えてるんだこいつは。
頭の中はそれでいっぱいであった。
王城で行われるような格式高い夜会ではなかった。
侯爵家で開かれた夜会だ。だが、その中で起こった事は侯爵家の醜聞になりかねない。
侯爵家としての格式はこのボンクラよりも上だ。
そんな場所で、令嬢に手を上げるなどあってはならない事だ。
幸いにもボンクラの腕力はなく、私自身も同じ方向へと顔をそむけたため痛みはない。じん、とした痺れのような熱さもあるがそれもすぐに冷めた。さて残ったのは僅かに赤い頬と、手を上げられたとわかるような姿勢の私と手を挙げたあとの姿勢で固まる令息だ。
悲鳴を聞いて周りの人々がこちらに視線を向けていた。
人が叩かれる場面など初めて見たであろう令嬢が青ざめて震えていた。
私もそちら側にいたかったが、当事者になってしまった。ここをどう収めればいいのか、幾つか考えてみるがどれも纏まらないのは私自身も混乱していたのだろう。
「お、お前が…っ!」
その中で叫ぶような声で、だがその声量は小さく震えていた。固まっていた令息がやっと吐き出した言葉だ。
「お前が悪いんだっ!」
「は?」
数秒置いて漏れた声が私の出せるいちばん低い声だった。その声は小さく、私の周りの数人と令息にしか届かなかっただろう。
ここでの正解は涙を何とか浮かべて震えて退場だったと、後で気づいた。
「人に手を上げておいて、何を仰っているのですか?ましてやこちらは、女でしてよ?アクーア侯爵家では女に手を上げて従わせよと教育なされているのですか?」
扇を持つ手が震えていた。恐怖ではなく、怒りから震えていた。何の段階も踏まずにいきなり手を出してきたのだ。夜会に出れる成人した人間がだ。
「お、お前が!私を見て笑ったからだろう!!」
叫ぶ声が響く。私の近くは、しん、と、していた。
その奥で何があったのか、と、問いかけるざわめきが聞こえる。
私は息を吐く。落ち着け、と頭の中で繰り返す。怒って吐き出してもいいことなどない。
「幼稚な…。」
小さく吐き出した声が、聞こえたのだろう。やってしまったと気づいた時には遅かった。
アクーア侯爵令息は顔を真っ赤にして私の腕を掴もうと手を伸ばしてきた。
サッと上半身を大きく下げて避ければ無様にその場に倒れかけ慌てたようにソファーの背もたれに手をついて地面に倒れる事だけは免れた。
「き、さま…!!」
こちらを見る顔は真っ赤で怒りを全面に出した表情だ。醜い、と心の中で唱える。先程口に出したのは間違いだった。出すべき言葉ではなかったと後悔した。
私の周りにいた令嬢は怯えひとつに固まっていた。その輪の中から少しだけ外れた場所で背を伸ばしどうするべきかと考えている令嬢が2人ほどいらっしゃった。どちらも、公爵家のご令嬢である。流石の教育が施されていた。
金髪のご令嬢と銀髪のご令嬢。それぞれが、ディアナ様とミューア様と仰る。
金色の美しい髪を下ろして毛先だけを巻いているのがディアナ様。その瞳は青く、宝石のようだとも言われるが私には良いお天気の空の色に見えている。そのディアナ様は次期王太子の婚約者である。
銀色の髪を真っ直ぐにおろしハーフアップしているのが、ミューア様だ。ミューア様は黄色い瞳をしていて、月の女神と名高い。彼女は王弟が当主である公爵家へと嫁がれる身だ。
その2人が視線を私に向けて思案している。この場をどう収めるかを考えているのだ。
ボンクラのためではない。私のために考えていただいている。
たとえ私に非が無くとも、醜聞になってしまうからだ。ただここまで大きくなってしまってはどのような着地所も無傷とは行かないだろ。
私はソファーから立ち上がり頭を下げる。腐っても爵位はボンクラの方が上だからだ。
数度の呼吸の後、立ち上がる。
「私が至らず、申し訳ありません。」
ほっ、と誰かが安堵の息を吐く。一番丸く収まるのが私が謝ることだったのだろう。私としては一番やりたくなかったことではあるが。
ふんっ!と、鼻を鳴らして姿勢を正した侯爵令息はこちらを睨み「次は気をつけろ!」などと勝ち誇ったように笑った。
何を勘違いしてるのか。私が頭を下げたから勝ったなどと思っているのか?なんと、幼稚なのだろう。
この場で一見負けたように見えるけれど勝ったのは私だ。
この醜態がどの様に広がるか、その想像すらできないのだろうか。そしてその態度だ。未婚の女性、しかもまだ昨年デビュタントをした若い女性に手を上げあまつさえさらに暴行を加えようとしておいて謝罪もなく勝ち誇ったように笑いかける。それを、高位貴族の方々が目の前で見られているのである。
そして私は分を弁えて、膝を折った。この場が収まるように。
これが醜態として広がるのはどちらかなど火を見るより明らかである。
幸い、私の心の声は周りにいた令嬢と件の令息しか耳にしていない。しかも私は謝ったのだからその件に関しては収まったはずだ。では手を上げたことにする謝罪は?成されていない。喧嘩両成敗などと、甘いことは言わないがそれでも暴力を振るったのだから謝罪するべきだったのだ。だがそんなこと教えてやる義理など一切ない。ボンクラの家門に我が家は関わりがないからだ。
アクーア侯爵家がどうなろうと我が家には関係がない上に私の中でボンクラの印象は最初から悪かったのに最悪に更新された。
そんな相手をなぜ助けなければならないのか。
私は少しひしゃげた扇で顔を隠し俯いて会場の出口に向かう。公爵令嬢の二人は私を見つめる。心配そうに、そしてその奥によくやったわね。と慰めの言葉を乗せた視線を向けていた。私は小さく二人に頭を下げた。出口へとたどり着けば馬車乗り場へと向かう。既に我が家の馬車がそこにあった。流石侯爵家である。私は家礼の手を借りて馬車へと乗り込んだ。そして侯爵家を後にした。
幾つかの角を曲がってから漸く項垂れたように下げていた頭をあげる。握りしめる扇子からはミシミシと音が漏れていた。
絶対に許せない。私に手を上げるなど。言葉の応酬くらいならばきっと明日には許せないと思いながらも、怒りを収める方へと動いただろうがここまでことを大きくされては、こちらも動かざるを得ない。
そして、私はタウンハウスへと帰ってすぐに領地に帰ることにした。
準備には数日かかったが、領地へと出発したのだ。我が家の侍女やメイド、家令が怒りを抑えながら準備してくれた。
お父様もお母様も抗議文をすぐにアクーア家へと送って頂けた。温和な当家が怒りをあらわにするなど珍しく、友人からの手紙では夜会では噂になっているようだ。
私が領地へと帰れば、逃げ帰ったと揶揄する声も上がるだろうが、今回はあちら側の非の方が大きく、また、それを目撃している人数も多い。アクーア侯爵令息の、元々の評価もさらに上乗せされる。
あのボンクラが手をついて誠心誠意謝っても許すつもりはない。そういうポーズすら取れないだろうから、悔しげに口先だけの謝罪を入れてくるだけだろう。それすら受け取りたくない。領地へと帰るのは、抗議の意を示すためだ。
そして、馬車は領地への道をことことと進む。
もう少し王都を楽しみたかったのだが残念である。美味しいと評判のケーキを、明日食べに行く予定だったのだ。色々とやりたかったことを思い出せば、ボンクラへの憎しみがふつふつと湧いてきた。馬車内にあるクッションを1度ぼふっ!と叩いてみたが気は済まなかった。
大きな声で叫びたくもなったが、馬を驚かすのは頂けないと、うー。とうなるだけに留めた。
目の前に座るわたしの侍女は涼しい顔で外の景色を眺めている。いつもの事とでも言いたいのか。
唸ったり、たまに、クッションを叩いたり。気分転換に馬車を止め外の空気を吸ったり。
そして領地へとたどり着けば既に先触れを出していたため使用人が総出で出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ。」
代表して我が家の執事が声をかけてくる。
「ただいま」
言葉を返してからそっと私の手を差し出す。その手を取られエスコートされながら玄関へと向かった。
いつもならばこの役は家族の役ではあるが家族の大半はまだ王都に残っている。
玄関を開けたところでそこに立つ可憐な少女が笑顔を向けてきた。
「お帰りなさい、お姉様」
妹のアンジェだ。薄く化粧を施し儚げな雰囲気を纏っている。顔の造形は変わらないのによくここまで化けるものだと密かに思っている。
「ただいま、アンジュ。変わりはなくて?」
私も笑顔を向けて挨拶を返した。執事がすっと下がりその代わりに妹は近づいてきて私の腕をとる。
「お父様からお手紙頂いてお帰りをお待ちしておりましたわ。」
そっと腕を絡めて共に家族が団欒する部屋へと進み始める。先に荷を解きたかったのだが私の話が待ち遠しいのだろう。腕を解くこともできずされるまま部屋へと入り隣同士に座った。
「貴方が心配で戻ってきたのよ。」
決してそんなことは無いけれど、そっと妹の頭を撫でれば嬉しそうに笑ってきた。
「まぁ、お姉様。そのような事ないでしょうに。でも嬉しいわ。」
私たちの前のテーブルに、紅茶と数枚の焼き菓子が置かれた。
「それで、お姉様に無礼を働いたなんとかって男どうなりましたの?」
紅茶で口の中を湿らせる。いつも通りのとても美味しい紅茶だ。
「そうね、私が王都を出る頃には噂がかなり広まっていて、侯爵家からは頻繁に謝罪の申し込みを頂いていたわね。」
ナッツの混じるクッキーを齧る。甘さが口に広がりほほろほろと崩れる。
「つまりまだ、直接謝罪を受けていないのね。」
ふふ、と楽しげに妹は笑う。
「ええ。そのままこちらに戻ってきたの。謝罪を受ける気もありませんもの。」
くすくすと妹は笑い続ける。私に起きたことを聞いているのだろうにこの反応は、いい気味である。とでも考えているのだろう。妹は頭の回転が速いのだ。ボンクラには理解できなかった社交界でのこれからの立場をすぐに理解してくれた。
まぁ、ボンクラも今頃焦っているのでしょうが。
まずは侯爵家当主に叱られただろう。私は悪くない!などと癇癪を起こすのか、はたまた偽りの謝罪でも口にしたのか。さらに当主に怒りを募らせるだけだと言うのに。
謝罪し、許しを得なければ侯爵家からの勘当とでも言い渡されたのだろう。謝罪の場を設ける為にと送られてくる手紙に熱量がこもっていた。ただそれは自分が家から追い出されたくないための熱量である。自主的な謝罪でないならば受け取りたくなどない。自主的であっても受け取りたくなどないと言うのに。
はぁ、と、面倒な気持ちが溜め息として零れた。
「お嬢様。」
執事が声をかけてくる。その手にはお盆を持っておりその上には二通の手紙が載っている。
片方は淡い桃色の封筒に赤い封蝋がされており、もう片方は薄い水色の封筒に銀色の封蝋がされていた。
封蝋にある刻印はどちらも異なる公爵家のものだ。片方ずつ手に取れば差出人の場所にあの夜に鉢合わせた二人の公爵令嬢の名前がそれぞれ綴られている。
私宛だと確認をした後、封蝋を割り手紙を開ける。ふわりと、花の香りが漂う。
2つの手紙は同じ内容だった。横から覗き込んできた妹にはしたないわよと窘めながらもどうしたものかしらと、困った顔をすれば「お姉様のお好きになさればいいわ。この方たちは見る目がありますもの。」と、笑顔を向けてきた。
2つの手紙の内容はどちらも、自分の上級侍女としてどうかしら?というお伺いであった。
同情心からならばお断りも視野に入れていたけれど、お二人からはあの夜の頭の回転の速さは他の令嬢には勝るものがあり、ぜひ傍に置きたいと美しい文字と文章で描かれていた。
悩みがひとつ増えたのだが、どちらに利があるかは後で考えるとしよう。今後の見通しも立ったので嬉しい限りではある。受けるよりももう一方を断る方が難しくはあるが。
「そうね、考えてみるわ。」
まだ婚約者はいない。釣書すらまだ届いていないし、この領地の為に下手な結婚より王家へと繋がる道の方が良いのではないか。これはお父様に相談した方がいいだろう。
将来に繋がる道ができて逆にありがたい気分が少しだけ湧いてきた。
妹は楽しそうに笑い、紅茶を飲んでいる。
今日の夜は、昨日の宿のベッドよりよく眠れるのに、昨日とは違う前向きな気分で眠れそうだ。
後日、謝罪は一切受け取られなかったボンクラは侯爵家より勘当され、親心から領地の傍らで平民以下の暮らしを始めたらしい。どれだけ働いても、無礼を働いた私への慰謝料に取り立てられ残るのは辛うじて食べ物や、生活の細細としたものが買える程度のお金。
侯爵家は手を出さないがどうしてもとなれば、さらにその下の生活である貧民のための集団での仕事に回すらしい。そこに行けば、最低食事だけは保証される。
あんなひょろっとした男にどこまで食いついて行けるかはわからぬが。
将来の王妃となる方が後ろ盾となった令嬢だ。何かしら手を貸せば王家に睨まれることを恐れた侯爵家は働き口しか紹介できなかった。
そうして、彼の名は社交界からも、貴族名簿からも消えた。彼のそばにいた子爵家の三男もまた姿を消していた。
3年後、私の妹がデビュタントを迎える。儚げな雰囲気を漂わせる仕草や化粧、身に纏うドレス。その姿に幾つもの釣り書きが届くが、その中でアクーア侯爵家に属する家はまっさきに排除したためそれなりに侯爵家は恨まれた。
そして私は、王太子妃となられたディアナ様のそばで侍女となった。
次期公爵夫人となられたミューア様も時折王太子妃と遊びに来られる。その際にはいつでも私のところに来ればいいなどと冗談のように引き抜こうとしてくる。
私自身は王太子妃の護衛騎士と心通わせ始めていた。
心の中が我慢できずに口から漏れる癖は早々に元から仕えていらした侍女の方に矯正されたことを追記する。




