世界で一番美しい王子が、なぜか彼女に張り合おうとしているのですが?
執務机の上に並べた鏡を時折眺めながら、内心頷いた。
うむ。今日も世界で一番美しい。俺の顔。
その間も文字を綴るペン先は、サラサラと音を立て続けた。
目の前には執事であるフィリップが立ち、今日もまた、馬鹿の一つ覚えのように同じ台詞を繰り返している。
「ですから! そろそろ婚約者をお決めに……お世継ぎのことも考えなければ!」
フィリップはこの話となると、途端に無能になるな。
「何度言えばわかるんだ? 俺は、俺以上に美しい女でなければ、好きにはなれんと」
「いや、もう、好きとか嫌いとか言ってる場合じゃないんですよ、エルランド殿下。お世継ぎです、お世継ぎ。好きじゃなくたってできるでしょう?」
「……フィリップ、お前、もうちょっと言葉を選んだほうがいいんじゃないか?」
真面目な顔で割と反感を買いそうなことを言う。まあたしかに今、王子は俺一人だ。今後のことを考えればフィリップの言い分もわかる気もするが。
ふむ、と鏡の中の俺も片眉を上げた。む、美しい。
「私だってこんなこと言いたかないんですよ。殿下が、いつまでも婚約者をお決めにならないからでしょうが! 私が持ってきた婚姻話も全部つっぱねて!」
「そうは言ってもなあ、婚約者となれば、俺の隣に並ぶだろう? この美しい俺の隣に」
「……だから?」
フィリップの顔から表情が消えている。しかしそんなことで怯む俺ではない。
「だから、可哀想だろう? ずっと俺と比較され続けるんだぞ」
「じゃあ、そんなことでは心が揺れない鋼のような精神の持ち主の女性であれば、いいんですね」
ちょっと考えて、首を横に振った。どうする? 厳つい岩みたいな女が来たら。
「あと、やっぱり美しくないと、俺もムリ」
「ムリとかじゃないんですって! もう! 最悪、クスリだってなんだって使いましょうよそこは! 王子なんて恋愛結婚ムリですよ。そーゆー時のための用意だってここでは慣れたもんです。頑張りましょう!?」
「嫌だ」
こんのわがまま王子め。フィリップの小さな声もばっちり聞こえる。
が、ひとたび鏡が視界に入れば、なんだって許せるのだ。なんて寛大な俺。
「俺は……俺と結婚する」
「こんの馬鹿王子!! お世継ぎ問題だって言ってんだろ!?」
今日もまた、フィリップの悲痛な声が響き渡った。まあいつも通り。きっと廊下ではメイドも、鳥の囀りでも聞こえたかのように目を細めて、ああ平和ねと床を磨いていることだろう。
「いえ、けれど今日の私はこれで引き下がりませんよ。とっておきをお持ちしました」
そう言うフィリップの腕には一枚の釣書がある。
書類にペンを走らせるエルランドの前にバンと叩きつけた。立ててあった予備のペンが小さく音を立てた。
「さあさあ! ご覧ください。世界で一番美しいと噂されるこの方! こちら、隣の国の王女様ですよ。お美しいでしょう」
「世界で一番美しいのは俺だろう? 世界を知らない者の戯言なんか真に受けて」
阿呆のような顔で語るフィリップを一瞥して、ぺらりと二つ折りの台紙を開いてみれば、確かに美しい女が描かれていた。
流れるように真っ直ぐな髪は銀色に輝き、白く健康的な肌で細身の、胸が開いたドレスも着こなす、なんとも女性らしい女だった。
「どうです」
「……いや、まあ、肖像画だからなあ。美しい女の絵だとは思うが。こんなもの、五割増しくらいに描くのが一般的だろう」
画家も、いかに可憐で美しく描き、いかに縁談をうまくまとめられるかに力を注いでいる。そういう職業だからだ。
持っていたペンを置き、釣書をたたんだ。突き返すと、何やらフィリップはキラキラ涙ぐんでいる。
「い、い、今、美しい女性だと言いましたね!?」
「美しい絵だと言ったんだ」
「いいえ、確かに美しい女性だと! この縁談、進めますね!」
ね? ね? とフィリップの目が鬱陶しい。いや、しかし、眉を顰める俺もまた美しい。うむ。
「一度会ってみるくらいならいいでしょう?」
「……これまでも会うくらいはしていただろう? お前の顔は立ててやっていたつもりだぞ」
「なんとオヤサシイ。会うやいなやの第一声で帰っていいぞとか言わなければより良かったんですがね。今回は、隣の国からお越しいただきますから、くれぐれもそんなことは言わないでくださいよ」
と、そんなやりとりをした一週間後。
その王女はやってきた。
到着が早すぎるので、元々会わせるつもりでフィリップが事前に動いていたのだろうが。それはさておき。
その王女を一目見るなり息を呑んだ。
世界で一番美しいと噂される王女とやらは、流れるように真っ直ぐな髪は銀色に輝き、白く健康的な肌で細身の、胸が開いたドレスも着こなす——絵から飛び出してきたような女性だったのだ。実物か?
「どうです」
ほぅ、と出そうになったため息を飲み込んで、自信満々なフィリップを睨め付けた。何をあたかも自分の功績のように。鼻をへし折りたくなる。
「……………………いや、やはり俺の方が美しい。俺の金髪の方が輝いているし、俺の睫毛の方が長く、鼻も高く、瞳の色も澄んでいる。顎の引き方も完璧だ。どの角度から見ても美しいのが、真の美貌というもので」
「はいはい。ちゃんとご挨拶してきてくださいね」
フィリップに促され、仕方なく前に進み出た。
一歩進めば銀の髪が視線を奪い、もう一歩近づけば少し色づいた頬さえ目に入る。
ごくりと鳴らした喉は、静かな室内に響くようで、少し緊張した。
「ようこそいらっしゃいました」
それだけ言うと、彼女は小さくお辞儀した。
「わたくし、隣国ロゼンタール第三王女アウロラ・エーレンクローナと申します。この度は留学という貴重な機会をありがとうございます。とても楽しみにしておりました。しばらく滞在させていただきますね」
なぜか、帰れとは言えなかった。
「うむ。…………では! 俺はこれで」
くるりと背を向けると、フィリップの静止も聞かず、靴音を響かせながらその場を離れたのだ。
◆
「なんだあれは……」
急いで自室に戻ってくると、胸を押さえた。思いがけず動揺してしまった。いや足早に歩きすぎたからかもしれない。
寝室にある一際大きな鏡台を前に腰掛けた。母が使っていた鏡を譲り受けたものだ。
薄暗い部屋の中、大きなため息を落として、語りかけた。
「鏡よ鏡。真実を映す鏡よ。世界で一番美しいのは、誰だ?」
鏡は常に、「エルランド」と答えた。
母はその真実に耐えられなかったのだろう。
母は、言うなれば、美に執着していた人だった。
毎日鏡を見ては、美容に勤しむ。膨大な金を注ぎ込み、新しい化粧品を見つけては買い漁り、エステや美容法を試し、おかしなまじないにも手を出して。小さなできもの一つ見つければ大暴れする。
そんな日々を過ごす人だった。
母は元々その美しさから王である父の目に留まり、側妃となった。だから美しさとは、彼女の生きがいであり、存在価値でもあったのだろう。正妃には子がいなかったから、その重圧はより大きかったのかもしれない。
しかし、俺が成長していくと、その奇行は目に余るものになった。
我が子に、自分の美が脅かされる。そんな妄言を吐くようになった母は、俺を廃そうとした。運良く大事には至らなかったが、母は今、遠い地で静養という名の隔離をされている。
幼い頃の話だ。あまり記憶にはないけれど。
鏡に向かって、完璧な角度で首を傾げる。
「俺か?」
大きな鏡に映る美しい金髪の男が、物憂げに顔を曇らせた。
——途端、ゆらりと鏡面が揺れた。
映し出されていたエルランドの姿は波打ち、不格好に歪んで。
『——いいや、ロゼンタール国の第三王女アウロラだね』
ヒヒヒ、と先に会ったばかりのアウロラの顔で、鏡は応えた。
「馬鹿な! どう見ても、俺だろう!?」
『どうしてそう思うんだ?』
アウロラの顔で、口で、鏡は問うた。
しん、とした室内で、鏡の声だけが聞こえる。耳障りな声だった。
「前髪の長さは少し長かったし、耳が少し外側を向いていた。顔面の黄金比には目の位置が少し中央に寄っていたし、首も短かったろう!」
『ホラ、そんな些細なことを言うようなお前じゃなかっただろ?』
もしかしたら母もこんな思いをしたのだろうか。
昨日まで褒め称えてくれた鏡が、急に手の平を返す。
味方だと思っていた鏡が急に敵になる。ただ鏡は真実を映すだけ。行き場のない怒りは、どこへ向かえばいい。
「ええい! いつまでその姿でいるつもりだ! いつもの姿を現せ!」
『いいけど、別に変わんないよ。今、世界で一番美しいのはアウロラだってことは』
鏡の中で、赤い髪をした少年がけらけらと笑っていた。
どんな姿でも映し出せる鏡だが、この姿が一番気に入っているのだと以前言っていた。
少年姿で馬鹿にすると人間たちが面白いほどに狼狽するのだとか。悪趣味な。
「お前、昨日までは俺だと、言っていたじゃないか!」
『美しさは日々変わるのさ。今日は一番でも明日は違うかもしれない。今日は曇っていても明日には晴れて輝くかもしれない、夜空のように』
赤髪を指で摘んではくるりと弄びながら、少年の姿で、少年らしくないことを言う。
昨日の俺と、何かが違う? どこだ?
そう考えて、思い当たることはただ一つ。
アウロラが目の前に現れたことだ。
◆
広い通路の柱の影にサッと隠れた。視線の先にはアウロラがいる。
「エルランド殿下、一体何をされているんです」
「おお、フィリップか。アウロラの欠点をな、探ろうと」
「……欠点。すでに負けを認めてらっしゃるということで……?」
「馬鹿な! 鏡が美しいのはアウロラだと言うからな、誤りを正そうと思っているのだ」
「おや! あのカガミーくんまでもアウロラ王女様が美しいと!? これはそろそろ結婚式の準備をしなければ!?」
喜ぶフィリップの頭をべしぃっと叩いて、黙れとばかりに口を塞いだ。
「うるさいぞ。気づかれたらどうする。今日はあの王女の本性を知らなければならんというのに」
「……ええ? 本日の執務は……」
「誰が美しいのか。一番の重要案件だろう」
言いながら、少し動いて乱れた前髪を掻き上げた。
廊下の各所に取り付けられた全身鏡を前にして、俺は顎を上げた。
過不足ない筋肉、長い脚、バランスの良い身体、どれだけ見ても飽きないし、どれだけ眺めても何が駄目なのかさっぱりとわからない。
「なあ、フィリップ。俺は、美しいな?」
「……ええ。そりゃあもう。私とは月とスッポン」
「うむ。やはりそうだろう?」
簡単に自信を取り戻して、アウロラの姿を遠目に眺める。
「一体、どこが美しいと言うんだ」
不審者のようですね、とフィリップに言われながらも、しばらく物陰から観察していると、口からぽつりぽつりと独り言が漏れ出した。
「今の、首を傾げる角度。あれは良いな。今度研究しようか」
「ふむ。確かに女性であるなら、それを活かすべきだ。俺とは違う所作か。うむ、興味深い」
「わかっているな。目を伏せるのなら俺もその向きだ」
アウロラの動きにたびたび頷きながら、だが視線はずらさない。
隣ではフィリップが苦笑していた。
「エルランド殿下? そろそろ話しかけられては?」
「は? いや、今日の俺は、彼女の本当の姿をだな、」
逸れた視線を戻すと、今しがた通路の全身鏡に目をやっていたアウロラがこちらを見ている。気づかれた。
「アウロラ王女。ここにいたのか?」
ゴホン、と咳払いをしたが、その姿も様になっていることだろう。
心なしかアウロラもこの俺の美しさに感激していないか。目が潤んでいるように見えるのは気のせいか?
「エルランド殿下、ご機嫌麗しゅう。ええ、しばらく自由にしていいということでしたので、お城の中を散策させていただいておりました」
少し膝を折る、その仕草も完璧だ。
それにまた少し対抗心が湧く。
「何か不便なことがあれば遠慮なく言ってくれ。……そうそう、君に聞きたいことがあってな」
「何でしょう」
「君の目から見て、俺は美しいだろうか」
「え?」
「いや、答えずとも答えは決まっているがな。念のためだ」
視界の端でフィリップが絶句して顔面を抑えていたが、無視を決め込んだ。
一方アウロラはさして気にした様子も見せず、通路の鏡を一度見て微笑んだ。とても綺麗に。
「ええ。とてもお美しく、これからもずっとそうであればいいと思っておりますわ」
「む、そうであれば……?」
不自然な言い回しに眉を寄せると、侍従が慌てた様子で間に入ってきた。
「ひ、ひめさまっ。そろそろお時間が……!」
「あら、ごめんなさい? 次はお庭へ案内していただく予定でした。これで失礼しても?」
優雅に庭の方角を指すアウロラを引き止めることもできず、「ああ」と見送った。
靡く銀の髪が見えなくなった頃、残されたフィリップにそっと溢す。
「言っておくが、俺の方が美しいからな」
「……そうでしょうか?」
「そうだとも!」
そんなアウロラとのやりとりを何度か繰り返した。何度繰り返しても、彼女に勝てた、と思えたためしがない。
そして夜には、寝室で鏡に問う。
「鏡よ鏡。真実を映す鏡。世界で一番美しいのは誰だ?」
『毎夜聞かないでくれる? アウロラ王女さ』
「この俺のどこが駄目だと言うんだ!」
『ああ、ホラそんなところ。とっても醜い』
全く思い通りにならない。
そもそも、この鏡がすべての元凶だった。
鏡の精がアウロラの名前を言わなければ、こんなにも彼女が気になることもなかったし。
かつて、美しい者の名前として俺の名前を出さなければ、母もおかしくはならなかった。
「お前なんか、叩き割ってくれる!」
『できないのは知ってるだろ? 馬鹿なエルランド』
鍛えた拳で、全力で殴るも鏡には傷ひとつない。
同じことをしたのは、これで何回目だろうか。
『そもそも僕は真実を映す鏡であって、美しさ判定機でもなんでもないんだよ。どうしてこんな使い方するかなー。君たちって変わってるね』
驚いた様子も見せず肩を竦める少年の姿に、俺もまた落胆しない。過去には椅子の足で殴りつけてみたり床に叩きつけてみたりしたが、びくともしないから、もう随分と前に壊すことは諦めてしまった。それからはそう、コミュニケーションの一種のようになっている。
少しだけ赤くなって拳を撫でた。
「それくらいしか使い道がないんだよ。世の中には知らなくていいことがたくさんあるものだ」
『はいはい。僕を道楽に使うなんて相変わらず気に食わないけど、こんなに醜いエルランドを見るのはとても気分がいい。ま、道楽なら、別に問題もないでしょ。世界で一番美しいのがアウロラ王女だとしてもさ』
「それはあれだ。遊びにも全力を出す男が、格好いいだろう」
早々に立ち直り、自信満々に言い切った俺に、鏡の中の少年はニヤリと笑った。
『お。少し良くなってきたんじゃない。ま、格好いいかどうかは、遊びとやらの内容にもよると思うけどさ』
「必ず、王女の口から美しいという言葉を引き出してみせる!」
そう意気込めば、鏡の精は、ヒャヒャヒャと腹を抱えて転げ回った。
◆
アウロラに付き纏い——もとい、交流をもつようになってから、一つ気づいたことがあった。
全身鏡に映った自分の姿を見て、初めて、美しいと思わなかったのだ。
「ごきげんよう」そう声を掛けられると心が躍った。気を抜けばすぐに彼女の顔が思い浮かぶ。
俺の姿は、彼女にまさっているだろうか。
今、彼女の目に、美しく映っているだろうか。
鏡を見てそんなことを思う日々は初めてで、ただ、楽しかった。
久しぶりの感覚に、毎日の執務を疎かにするほどだったが、有能なフィリップがいつも引き戻してくれる。彼女は鏡すらも惑わすからな、もしかすると呪術のようなものを操れるのかもしれない。
それでも欲望に負けて、執務の合間を縫いつつ、アウロラに自分の美しさを見せびらかしに行けば、通路の姿見に映る彼女はいつだって綺麗な微笑みを浮かべていた。
見た瞬間、胸が高鳴る。感じたことのない動悸だった。何だ? どこか悪いのか?
王宮の医師を問いただすもどこも悪くないと言う。おかしい。
それでも、一番は自分だと疑っていなかったし、毎夜鏡にも文句を言っていたし、手を挙げて喜ぶフィリップに呆れたりもしていたのだ。
それが、である。
庭園へ行ったというアウロラを追いかけた時だ。
バラの花に囲まれたアウロラを見て、目を疑った。
銀の髪が映える赤色の薔薇を背負い、真上よりやや後ろから明るい太陽の光が降り注ぐ。
少し陰った顔も、彼女をより神秘的に見せた。
葉の緑色やバラの露珠までもアウロラを引き立て、できた影さえも計算され尽くしたように地面を這う。
変わらず小さく笑みを浮かべた口元の紅がよく目を引いた。
一流の画家が描いた——人に見られるために描かれた、一枚の絵のようだった。
その絵の中の彼女に、鏡の自分と同じ、輝く光が見える。
ついてきたフィリップが「お美しいですねえ」と言った。いつもは反論するそれに、何も言えない。
「……まさか、出会うとは」
初めて出会った。自分のように、キラキラと光を放つ人。
ポツリと呟いた声に、アウロラの瞳が俺の姿を映した。
その様さえも、思わず、見入ってしまう。
「美しい。これは美しいな」
美しい女性を求めていた。もし結婚するのであれば、美しい人を、と。
初めから、美しい者であれば。自分よりも美しいのであれば。
隣にいても、きっと嫉妬や醜い心に支配されない。
——きっと、母のようにはならない。
「〜〜ああ、認めよう。お前は俺より美しい。俺の妃に相応しい」
あんな姿——視線も指先も首の角度も、流れた前髪も、太陽の光にさえ味方されたかのような、完璧な立ち姿を見せられて。
自分よりも気になる存在が現れることになるとは思わなかった。彼女以上に気になる女性は、きっと今後、現れない。
「アウロラ王女、俺と結婚してくれないか」
フィリップが近くで息を呑む。
大きく耳に響いたその音を聞きながら、握った手のひらに汗を感じた。
ふと思い返すのは昨晩のことだった。
「鏡よ鏡。真実を映す鏡。世界で一番美しいのは……」
『アウロラだよ』
「んああああ!」
頭を抱えた俺の前、鏡の中で、少年が浮かんでいた。涙まで浮かべて笑い転げている。
『だからさ、美しさってのには、イロイロあるんだよ。妬むことも恨むことも知らず、自信に満ち溢れ、高潔に振る舞う姿は、とても美しいものなのさ。エルランドにはまだ難しいかな?』
笑う鏡の精に、何言ってんだこいつは、と思ったものだが。
ようやく、何か掴みかけた気がする。
心臓の鼓動がここまで大きく聞こえたのは初めてだった。
今、自分の姿は、自信に溢れているだろうか。俺は今、美しいだろうか。
「アウロラ王女、俺は、愛には疎い。俺の立場からも、恋もしていられない。ただ、初めてなんだ。俺のそばにいてほしいと思ったのは。これから先、俺の隣にいるのは王女であってほしいと思ったのだ。もし王女が、その美しい姿の隣に俺を置いてもいいとそう思えるのなら、俺と——」
手のひらに爪が食い込む。血が滲んでいるかもしれない。美しい自分に自ら傷をつけるなどありえないことだった。
それすらも新鮮で、ますますアウロラへの興味は高まる。
そんな中、向かい合っていたアウロラは、おもむろに手鏡を取り出した。
彼女の侍従が慌てた。
「ひ、姫様……! それは!」
「残念だわ、少しは見込みがあるかと思っていたのに。嫌よ、わたくしの美しさに簡単に惑わされる男なんて。わたくしは、わたくし以上に美しい方とじゃなければ、結婚しないの。もうちやほやされるだけの日々は嫌なのよ。やはりわたくしは、わたくしと結婚するしかないようね」
アウロラは鏡を見つめながら、どこかうっとりと目元を緩ませて……。どこぞで聞いた話にフィリップと顔を見合わせた。
ほう。そうくるか。いや、そうこなくては。
俺はグッと口角を上げた。たった今、世界で一番の色男が誕生したことだろう。
「覚悟しておけ——俺は今、世界で一番美しいぞ」
そうして、繰り返すことになる。
決して負けられない、美の頂上決戦を。
「何を仰るの! 今、ご自身で負けを認めたばかりではありませんか。負けず嫌いもいい加減になさいませ」
「いいや、その言葉こそ醜い。嫉妬は美しさを損なわせるぞ。自信に溢れた俺こそ、美しい」
「まあ! ご冗談を! わたくしの完璧な立ち姿をご覧になったのでしょう!?」
「君こそ失礼ではないか!? あれくらいのこと俺には造作もないことよ」
フィリップと侍従のため息と共に、鏡の精の、けらけらとした笑い声が王宮に響いた気がした。
お読みいただきありがとうございます。
似た者同士!でした!
フィリップの苦労は続く…




