第九話 『戦闘奴隷』
話。
そう言われた瞬間、胸の奥がひくりと跳ねた。
この世界に来てから、この世界の人とまともな話をした記憶がほとんどない。
あったのは管理と表面上での会話だけだ。
目の前に立つ女は、背筋を伸ばし、腕を組んでこちらを見下ろしている。
鋭い眼差し。軍人のそれだ。
「お前、名前はあるのか?」
一瞬、言葉に詰まった。
名前。それは、この世界に来てから、ほとんど価値を持たなかったものだ。
「……あります。上仮屋、徹です」
女性は一度だけ頷く。
「トオルだな。私はレニアだ。よろしくな」
その声には、温度がなかった。
敵意でも好意でもない。ただ、必要な確認を終えただけの声音。
「トオル。今日からお前は、シファー軍第百十六部隊の戦闘要員だ」
……は?
理解が追いつかない。
戦闘要員?軍?俺が?
「……シファー、軍?」
自分の声が、やけに間抜けに聞こえた。
「内容がわからない、という顔だな」
レニアさんの隣。
そこにいた、今までほとんど存在感のなかった男が一歩前に出た。
「では、私が説明しましょう。レニアさん」
穏やかな声。
さっきまで黙っていたのが不思議なくらい、落ち着いた物腰だ。
「私はアンリスと申します。よろしくお願いします、トオルさん」
……敬語?
思わず瞬きをする。
奴隷相手に、ここまで丁寧な態度をとることに流石に驚いた。
流石に腰が低すぎな気がするが、でも、悪い気はしない。
「よろしく、お願いします」
思わず、こちらも頭を下げていた。
「今、この世界は大きく二つの勢力に分かれています」
アンリスさんは静かに語り始める。
「奴隷制度を肯定するドレド軍。
そして、それに反対する我々、シファー軍です」
胸の奥で、何かが引っかかった。
「……奴隷反対派?」
「ええ。ですが、現状はドレド軍が優勢です。
政治、軍事、経済……すべてにおいて、彼らが主導権を握っています」
やはり、この世界の中心にあるのは、奴隷。
「我々は実績を積み、政権交代を狙っています。
魔獣討伐、治安の改善、ダンジョン攻略……」
「ダンジョン、って」
「魔獣の巣窟です。
そして、攻略には最低三人の冒険者パーティーが必要となります」
アンリスさんの視線が、俺に向く。
「私とレニアさんとあと一人。
わかるでしょう?最後の一人はトオルさん。あなたです」
喉が、鳴った。
魔獣。
思い出すのは、グラッシュ・ルーズ。
レギペギドが「上級魔獣」と呼んだ存在。
アイツとの戦いで、命を落としかけた。
――俺が、戦う?
だが、どうしても腑に落ちない。
「……一つ、聞いていいですか」
「どうぞ」
「あなたたちは奴隷反対派なんですよね。
なのに、どうして……奴隷の俺を、買ったんですか?」
一瞬、空気が張り詰めた。
レニアさんが、わずかに目を細める。
「そりゃ、そう思うだろうな」
そして、はっきりと言った。
「人手が足りなかった」
「人手?それなら、他の部隊の人とかは......」
「それができていたら、お前を買っていないぞ」
一呼吸おいてレニアさんは言った。
「私たちは現在、活動停止中だ」
「活動停止……?」
「元々、私たちは第六部隊として十人で行動していた。
だが、とあるダンジョンで、八人が死んだ」
淡々とした口調。
だが、その一言一言が、重く胸に落ちる。
「生き残ったのは、私とアンリスだけだ」
アンリスさんは、視線を伏せた。
「今は鍛錬期間という名目で、事実上の謹慎だ。
だが、私たちは実績が欲しかった。だから」
「ダンジョン攻略のために俺を買った、と」
「そうだ」
レニアさんは俺を見下ろす。
「勘違いするな。理想だけでは、人は救えない。
役に立たない者を抱え込む余裕も、情も、私にはない」
はっきりとした拒絶。
「だが、選択肢は与える」
彼女は顎で示した。
「軍基地に行けば、奴隷を里親に出す機関がある。
戦わずに生きる道だ。どうする?」
……選択。
戦って、死ぬ可能性のある道。
守られて、生き延びる道。
当然、後者だ。
死にたくない。痛いのも、怖いのも、もう十分だ。
――なのに。
脳裏に浮かんだのは、悠斗だった。
俺よりも、ずっと酷い場所にいるかもしれない親友。
そして、レギペギドの、あの嗤い顔。
まだ俺には、この世界に来てやらなければならないことがあるんじゃないか?
「……」
逃げたら、終わりだ。
守られる場所に行けば、もう戻れない。
歯を食いしばる。
怖い。
怖くて、震えそうだ。
それでも。
「……戦います」
声が、掠れた。
「奴隷として……戦わせてください」
レニアさんは、じっと俺を見つめていた。
「覚悟はあるのか?」
「……ありません」
正直に言った。
「でも、やらなきゃ……」
「ふん」
レニアさんは鼻で笑う。
「いいだろう。だが」
一歩、近づく。
「次のダンジョンで役に立たなければ、即座に機関送りだ。
足手まといは、不要だ。活動停止期間が長くなるのは御免だからな」
冷酷な宣告。
「覚えておけ。
ここは、お前を救う場所じゃない」
胸の奥が、冷たく沈んだ。
――それでも。
この選択をしたのは、俺だ。
もう、戻れない。
「ここは、戦う場所だ」
「はい!」
――――
冒険者パーティーを登録するため、ダンジョンに向かうために俺たち三人は歩いて移動をした。
途中でレニアさんが剣を渡してきた。
皮でできた丈夫そうな防具もセットで。
どうやら、これらは第六部隊で亡くなった人のものらしい。
大切に使おう、と心に決めた。
そんな移動中の中、得た情報たくさんがある。
移動中、周辺を観察した。この世界はやはり、レギぺギドの部屋で考えたのと同じ中世ヨーロッパと大体同じ環境にあるようだ。もちろん電気はない。移動が馬だったり、銃はなかったり......不便だとも思うが、それ以上に新たな発見が多く。悪くはないと思った。
また、二人と会話をして、魔法や戦闘スタイルなどを聞いた。
まず、レニアさん。彼女は炎魔法を使う剣士だ。短期決戦型のスピード勝負が得意らしい。
アンリスさんは回復魔法を使う魔術師だ。戦闘はできないが、魔法と植物や魔獣の知識で俺たちをサポートしてくれるらしい。
それから、この世界の階級について。魔法に初級、中級とあったように、この世界のものには階級が付くものが多いらしい。魔獣、ダンジョンなどなど。単純で分かりやすいシステムだ。
そしてシファ―軍。ここが驚きだった。
シファ―。これを聞いて気づくべきだったが、この軍のトップはあのアミキシファらしい。
聞いて思い出したのは、生きていたら会いに来い、と言われていたことだった。
まさか、それに近づいているとは思いもしなかった。
「ついたぞ」
目の前には巨大な洞穴があった。
「ここが、ダンジョン」
「ここは中級ダンジョンです」
このダンジョンで、俺は。活躍をしなければならない。
ここは俺の戦場だ。
俺のための戦場だ。
そう覚悟を決めて、俺はダンジョンの中へと足を踏み入れた。




