第六話 『花園の戦い』
なんで?
いつ?どこで?どうやって?
作戦でミスをしたわけでもない。
もしかして、最初からバレていたのか?
喉の奥がひりつく。心臓が嫌な音を立てて跳ねる。
外でお散歩?
何をするつもりなんだ?
「まあ、そんなに怖がらないでください。もうじき日が暮れてしまいます。少し急ぎましょうか」
そう言って微笑むレギペギドの背中は、驚くほど無防備に見えた。
だが、その無防備さが逆に不気味だった。
俺と悠斗は顔を見合わせ、互いに何も言わず、ただその背後についていくしかなかった。
ここへ来たときの階段。それを上り、魔力適性診断ぶりに地下から出た。
およそ三日ぶり。
地上に出た瞬間、光が視界を焼いた。
目が痛い。
涙が勝手に滲む。
数日間、地下に閉じ込められていたせいだ。
空気の匂いすら、異様に濃く感じる。
レギペギドはそんな俺たちの様子など気にも留めず、石畳をコツコツと鳴らしながら教会の大扉へと向かっていく。
アミキシファの像とは反対側にある、外へと通じる扉だ。
外に出ると、そこには花園が広がっていた。
夕日が低く差し込み、無数の花々が橙色に染まっている。
風が吹くたび、花が揺れ、甘ったるい香りが鼻腔を満たした。
美しい、はずだった。
だが、胸の奥に重く沈む違和感が、それを拒絶する。
それは当たり前の話で、今から起こることが花々を美しむなんていう感情を蝕んでいるからだ。
「君たちのように、私の正体を嗅ぎつけて証拠を探そうとする者は、これまでにも何人かいた」
レギペギドは立ち止まり、振り返らずに言った。
「私の部屋に隠れる者。君たちのように道具を使って盗み聞きしようとする者……どれも、過去の話だ。
だが、今回の作戦は悪くなかった。一番まともだったと言っていい」
声が違う。
これまでの、少なくとも柔らかい神官の声ではない。
感情を削ぎ落とした、冷たい響き。
それに口調も。
すべてが作り物だった。これが本当のレギぺギド。
「素直に褒めよう。おめでとう」
褒められている。
だが、背筋を冷たいものが這った。
「私はね、こうやって証拠を集めようとする者には、必ずご褒美を与えているんだ」
ゆっくりと、こちらを向く。
その目は、完全に獲物を見るそれだった。
「なぜ、君たちがここに召喚されたのか。それを教えるというご褒美だ」
「……教えて、いただけるんですか」
悠斗の声が、かすれる。
「ああ、もちろんだとも。十五番。
それが知りたくて、君たちはここまでしたんだろう?」
わざわざ作戦を立てて知ろうとした情報。
それはおそらく相当重要な情報のはずだ。
それなのに、レギぺギドはこう簡単に、それを教えようとしている。
それがバレたとしても、ヤツには何の支障もない。
そんな余裕が見えた。
「ふふ……そんなに怯えるな。面白くて仕方がない。
では教えてあげよう。なぜ君たちが召喚されたのか。なぜ私が召喚したのか」
レギペギドは両手を広げる。
「簡単な話だ。
この世界はね、酷く疲弊している。物価は壊れ、流通は滞り、金は回らない。
もちろん私も苦労したよ。
苦労した。過去の話だがね」
はは、とレギぺギドは軽く笑う。
それが俺たちに対してのものなのか、過去の自分に対してのものなのかは分からなかった。
「そんな苦労していた私に、同じ召喚魔法を扱う友が教えてくれたんだ。
異世界の人間は金になる、とね」
息を、のむ。
「どうやって、異世界の人間を金に換えるか気になるだろう?」
レギぺギドは一拍置き、楽しそうに笑いながら、言った。
「奴隷として売っているんだよ」
世界が、一瞬止まった。
「……奴隷、だって……?」
悠斗の声が震えている。
恐怖と、怒りが混じった声だった。
「ああ、そうだとも。
異世界から来た人間は希少でね。知性があり、魔法適性も高い。
普通の奴隷とは値段が違う。最高の商品だ」
レギペギドは肩をすくめる。
「召喚魔法が使えて、本当に良かったよ」
「お前……今まで、どれだけの人間を……!」
「覚えているわけがないだろう」
即答だった。
「単なる商売道具だ。すぐに金になる」
感情が入っていない。冷めた声だった。
「実際に、異世界の人間を奴隷として売り始めてから、世界が変わったよ!
贅沢ができる。好きな骨董品も買える。
君たちも私の部屋に来たからわかるだろう?あの骨董品の山を。
あれらは全部。奴隷から得た金で買ったものたちだ」
はっきり言ってしまおう。
コイツはクズだ。人間として本来持ち合わせているはずの倫理観がない。
人間として見れない。
モンスター。
スライムだとかゴブリンだとか、そんな異世界のモンスターとなんの違いもない。
「徹……」
「ああ、分かってる」
殺す。
俺は正義のヒーローじゃない。だから、あえて言っておく。
正義のためじゃない。
世界を救うためでもない。
この怒りをコイツにぶつけるために。
俺が、この世界で生きるために。
「【氷石】!」
詠唱と同時に、空気が軋んだ。
冷気が一点に集まり、俺の右脇に氷の塊が生成される。
掌サイズの、ゴツゴツとした氷。
初級魔法。だが、今の俺に出せる全力。
「反省しながら死ね、クソジジイ!」
腕を振り抜く。
氷石が、空気を切り裂いて飛ぶ。
三日間。作戦を実行するために、悠斗の魔法を鍛えるために取った期間だった。
その期間。もちろん、その時間をただ過ごすほど、俺は優秀な人間じゃない。
努力のフェーズ。
俺も全力で魔法を鍛えた。いらない努力かもしれない。気づかれない努力かもしれない。
それでも、その努力を十分に発揮させる。
その日の調子にもよるが、生成スピード・狙い・発射スピードそれぞれを自分が思う最高にまで到達させた。
この三日。何もすることがなかった分。すべてを魔法に捧ぎ込めた。
狙いは脳天。
一切の迷いはなかった。
外れない。
そう確信していた。
だが。
レギペギドは、まるで風に揺れるように、ほんのわずか身体を傾けただけだった。
氷石は、空を切り、花園の奥へ消えた。
「……この話をすると、皆そうだ。すぐに血走って攻撃をしてくる」
レギペギドはため息をつく。
「初級魔法ごときで、経験も質も違う魔術師である私を倒せると思ったかい?」
「じゃあ、これはどうだ!」
悠斗の声。
「【飛翔な運動】!」
人差し指でレギぺギドを指してから、思いっきりそれを上へと突き上げた。
それに呼応し、レギペギドの身体が重力を無視して浮かび上がった。
「……ほう」
だが、驚きは一瞬だけだった。
「これは厄介だ。少し甘く見ていた」
余裕を崩さない笑み。
「だが、勘違いしているようだね。私もただやられっぱなしになるほど優しくはない。私も魔法が使える」
右手を掲げる。
「【超常な変域:牢獄空間;四〇六】」
その右手に魔法陣が展開された。
その瞬間、空間がゆがんだ。
でも、変化はなかった。
いいや違う。
俺の死角で、何かが召喚された。
「うわっ!」
背後で悠斗の悲鳴。
振り返った瞬間、巨大な影が視界を覆う。
悠斗が吹き飛ばされ、地面を転がる。
代わりに何かが立っていた。
巨大な、花の怪物。
花弁の中心に、歪んだ巨大な口。
輪状に並ぶ牙。
胴体から伸びる四本の葉は、鞭のように蠢いている。
「……なんだ、こいつは……」
「グラッシュ・ルーズだ」
いつの間にか、レギペギドは地上に降りていた。
「美しいだろう?この花園にぴったりだ」
いつ見ても美しい、とレギぺギドは呟く。
「この魔獣は胴体から生える四本の葉を鞭のように自由に動かすことができる。それから、あの大きな口からは強力な酸を吐き出すもこともできる」
ご丁寧に、そのモンスター、いいや魔獣といったか。
その魔獣、グラッシュ・ルーズの能力をペラペラと......。
それほど、余裕がある。
戦力差は、目に見えている。
「私は観戦しよう。
二対一は、さすがに卑怯だからね」
悠斗は、まだ起き上がらない。
……やるしかない。
「いいぜ」
拳を握る。
「かかって来いよ、グラッシュ・ルーズ。
ドライフラワーにしてやる」
覚悟を決める。
この世界で、この世界で得た力で。
コイツを倒す、と。




