第五十四話 『学使死戦 その六』
「くっ!」
囲まれたその空間一人の人間と剣とが転がる。その空間には、人と魔獣と両者が持つ剣があった。両者はともに片手剣、だが、その戦力は今この状況を見てもはっきりとしていた。
魔獣が余裕とばかりに軽く剣を振るだけで、それに対応できずに人と剣とが地面に音を立てて転がる。
「【明瞭な再生】」
受けた傷をそう詠唱し回復させ、再び剣を構えて立ち上がる者。ボロボロになりながらも戦い続ける者。それはアンリス、彼だった。
こんなにも、こんなにも遠く、見えないものなのですか......勝利というものは......。
私は、わかったつもりでいました。ずっとそばで見てきたのですから、命を懸けて戦う戦士の姿を。今ともに戦う新第一部隊の皆さんを。私を作り上げた元第六部隊の皆さんを。そして何より、レニアさんの姿を。
彼、彼女らの姿を見てきたから、戦いというものを理解したつもりでした。ですが、実際はどうです。相手に攻撃を与えるどころか、相手の間合いにも入れていない。これじゃあまるで。
「まるで、役立たずですね」
アンリスは笑みを浮かべていた。それは、恐怖からなのか、己に対する哀れみからなのか、それは彼自身にしかわからない。だが、その笑みからは感じ取れない、感情がある。諦め。それは一切見せていない。その目が、それを証明している。
目だけではない、身体は魔獣に対し、適切な構えをしている。それは、見てきたから。学んだから。それがわかる。
「あなたは......私を学習していませんね。まあ、学習するまでもないということですね」
そう言い終わり、アンリスは剣を両手で握り、思い切り魔獣に差し込もうと突進する。
胴はがら空き。文字通り、死に物狂いで、攻撃を仕掛ける。
が、
「う......」
その歩みは止まった。止められた。
なぜならば、アンリスの剣が到達するよりも先に、魔獣は動き、アンリスに剣を突き刺していた。左わき腹。剣はそこを突き刺し、突き破っていた。アンリスは力が入らないのか、その場にへたり込む。
「【明瞭な《アグレス》......再生】」
アンリスは詠唱するが、完全には回復しきらない。
神級でなければ、大きな傷は回復しきらない。当たり前の話だ。下級の魔法は効力が乏しい。
何とか、地面を這いながら魔獣から離れるアンリス。
魔獣は、それに近づこうとはしなかった。
「嫌な学習を......してますね。殺そうとせず、ただ死ぬのを待つなんて。性格が悪い」
魔力。それは身体を駆け巡っている。だからこそ、うまく魔力が循環していなければ、魔法の効力は下がる。回復魔法の最大の弱点は、自分自身に対し、効力が見込めないことである。傷を負った状態であれば、最大限の回復ができないのだ。それこそ、普通の、なんの欠損もない状態であれば直せたであろう傷が治せないほどに。
アンリスは、もう一度【明瞭な再生】を唱える。延命である。少しでも長く、抗おうとしていた。
元第六部隊から託された、思いを胸に。
勝ち目は、あるのでしょうか......。いいや、ないといっていいですね。これは諦めじゃない、現実です。今私は、現実を見ています。精神を乗り越えたというのに、今はただ、あの精神の試練に戻りたいと思うほどに。
皆さん、私はよくやれたでしょうか。レニアさん、あなたなら、自爆をしてでも、この魔獣を倒していたでしょうね。ですがあいにく、私はそのような魔法を持ち合わせていないのです。
あなたが持つような、美しく強い、あの炎のような、強力な魔法を。
私は今、見たい。あなたが生み出す、あの炎を。私の死を、炎で包み込んでほしい。
アンリスは剣を見ながらそう思う。
その、レニアの遺品であるその剣を見て。
そう、こんな風に、と。
炎が剣を包み込むそれを見て。




