第五十二話 『学使死戦 その四』
風雅は静かに息を吐いた。
目の前に立つ骸骨の魔獣――魔獣の原点にして、ランドラの管理人を名乗るその魔獣は、霧が晴れたようにその姿を完全に現していた。古びた鉄製の甲冑。その姿は、今から戦う者の姿ではなく、戦った末に朽ちた者の姿のようだ。だが、その眼窩の奥に灯る淡い光だけは、生者よりもはっきりとした意思を宿している。
静かな空間だった。
それは、故意的に造られた空間で、戦いに挑む前の静寂は、最恐同士が戦うということもあるが、まるで何も無いところに電気が走っているかのような空間だった。
里香が少し離れた場所で腕を組む。
「勝算はあるの?」
「なんとかなるでしょー」
軽い調子で返す。
しかし、風雅の視線は一度も相手から外れていない。
『構えないのですか?』
「構えてるけど、そうは見えない?」
風雅は肩をすくめた。
異常な緊張も、気張りもない、完璧な自然体。風雅はそれを作り出していた。それは戦闘において最高の状態であり、魔獣にとっては予想外の状態だった。
『なるほど』
魔獣の顎がわずかに動く。
『では――』
次の瞬間だった。
視界が歪む。
地面が消えた。
風雅の足元が、すっぽりと消えた。
その二人が戦う空間丸ごとが、空白の空間になっていた。
「おっと」
落下。
だが風雅は慌てない。
「【絶対な等式:座標】」
座標を転々と、上へ上へと変え続け、瞬間移動をし続けた。
だがその途中、視界の端に黒い影が入った。
速い。
風雅は咄嗟に暗業の三日月を振る。
金属がぶつかる音。
火花。
魔獣はすでに目の前にいた。
二人の元に足場ができ、魔獣は踏み込んで剣を振るった。
『理解しているはずでしょう』
低い声が風雅の脳内で響く。
『このダンジョンの中では、ワタシの方が強い』
剣が振り下ろされる。
風雅は半歩引き、刃を流す。
そのまま体勢を崩さずに横薙ぎ。
魔獣の胴へ。
だが手応えがない。
魔獣の身体が霧のように揺らぐ。
「へぇ」
風雅は笑った。
「それもできるんだー」
次の瞬間、背後。
振り返るより早く、刃が迫る。
風雅は身体を沈めて回避。
だが完全ではない。
肩の装甲が裂ける。
血が滲む。
魔獣は距離を取らない。
すぐに次の一撃。
突き。
風雅はそれを弾く。
だが足元の地面が再び動く。
段差。
バランスが一瞬崩れる。
『ほんのわずかな乱れ』
魔獣の剣が閃く。
風雅は後ろへ飛ぶ。
かろうじて回避。
だが着地した場所の地面が、再び盛り上がる。
「こりゃまいったなー」
風雅は小さく息を吐いた。
「やりにくいねー」
『だからこそ選別なのです』
魔獣がゆっくりと剣を構える。
『あなたは優秀だ』
『しかし』
次の瞬間。
魔獣が消えた。
否。
地面が動いた。
風雅を囲うようにして、尖った地面が突き上がり、風雅の足元から柱のような岩が突き上がる。
風雅は跳ぶ。
その跳躍の先。
魔獣がすでに待っていた。
剣が振り抜かれる。
風雅はそれを受け止める。
重い。
だが押し返す。
金属が擦れる音。
互いの顔が近い。
その中で魔獣の――骸骨の眼窩がわずかに光るのを風雅は見た。
『まだ足りない』
瞬間。
風雅の背後の地面が裂けた。
足場が消える。
一瞬の浮遊。
その隙。
魔獣の剣が横へ走る。
風雅は咄嗟に身体を捻る。
だが完全には間に合わない。
刃が首元を通過した。
一瞬、音が消える。
風雅の視界がゆっくりと傾いた。
身体が動かない。
地面が近づいてくる。
そして――
風雅の首が、静かに宙を舞った。




