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救いのないこの異世界で 〜異世界転移した俺は、英雄ではなく奴隷だった〜  作者: 鏡月胡桃
第六章 ランドラ編

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第五十二話 『学使死戦 その四』

 風雅は静かに息を吐いた。

 目の前に立つ骸骨の魔獣――魔獣の原点にして、ランドラの管理人を名乗るその魔獣は、霧が晴れたようにその姿を完全に現していた。古びた鉄製の甲冑。その姿は、今から戦う者の姿ではなく、戦った末に朽ちた者の姿のようだ。だが、その眼窩の奥に灯る淡い光だけは、生者よりもはっきりとした意思を宿している。

 静かな空間だった。

 それは、故意的に造られた空間で、戦いに挑む前の静寂は、最恐同士が戦うということもあるが、まるで何も無いところに電気が走っているかのような空間だった。

 里香が少し離れた場所で腕を組む。


「勝算はあるの?」


「なんとかなるでしょー」


 軽い調子で返す。

 しかし、風雅の視線は一度も相手から外れていない。


『構えないのですか?』


「構えてるけど、そうは見えない?」


 風雅は肩をすくめた。

 異常な緊張も、気張りもない、完璧な自然体。風雅はそれを作り出していた。それは戦闘において最高の状態であり、魔獣にとっては予想外の状態だった。


『なるほど』


 魔獣の顎がわずかに動く。


『では――』


 次の瞬間だった。

 視界が歪む。

 地面が消えた。

 風雅の足元が、すっぽりと消えた。

 その二人が戦う空間丸ごとが、空白の空間になっていた。


「おっと」


 落下。

 だが風雅は慌てない。


「【絶対な等式(パル・ドレア)座標コンパス】」


 座標を転々と、上へ上へと変え続け、瞬間移動をし続けた。


 だがその途中、視界の端に黒い影が入った。

 速い。

 風雅は咄嗟に暗業の三日月(アグリラス)を振る。


 金属がぶつかる音。

 火花。


 魔獣はすでに目の前にいた。

 二人の元に足場ができ、魔獣は踏み込んで剣を振るった。


『理解しているはずでしょう』


 低い声が風雅の脳内で響く。


『このダンジョンの中では、ワタシの方が強い』


 剣が振り下ろされる。

 風雅は半歩引き、刃を流す。

 そのまま体勢を崩さずに横薙ぎ。


 魔獣の胴へ。

 だが手応えがない。

 魔獣の身体が霧のように揺らぐ。


「へぇ」


 風雅は笑った。


「それもできるんだー」


 次の瞬間、背後。

 振り返るより早く、刃が迫る。

 風雅は身体を沈めて回避。

 だが完全ではない。

 肩の装甲が裂ける。

 血が滲む。


 魔獣は距離を取らない。

 すぐに次の一撃。

 突き。

 風雅はそれを弾く。

 だが足元の地面が再び動く。

 段差。


 バランスが一瞬崩れる。


『ほんのわずかな乱れ』


 魔獣の剣が閃く。

 風雅は後ろへ飛ぶ。

 かろうじて回避。


 だが着地した場所の地面が、再び盛り上がる。


「こりゃまいったなー」


 風雅は小さく息を吐いた。


「やりにくいねー」


『だからこそ選別なのです』


 魔獣がゆっくりと剣を構える。


『あなたは優秀だ』


『しかし』


 次の瞬間。

 魔獣が消えた。

 否。

 地面が動いた。


 風雅を囲うようにして、尖った地面が突き上がり、風雅の足元から柱のような岩が突き上がる。

 風雅は跳ぶ。

 その跳躍の先。

 魔獣がすでに待っていた。

 剣が振り抜かれる。


 風雅はそれを受け止める。

 重い。

 だが押し返す。

 金属が擦れる音。


 互いの顔が近い。

 その中で魔獣の――骸骨の眼窩がわずかに光るのを風雅は見た。


『まだ足りない』


 瞬間。

 風雅の背後の地面が裂けた。

 足場が消える。

 一瞬の浮遊。

 その隙。


 魔獣の剣が横へ走る。

 風雅は咄嗟に身体を捻る。

 だが完全には間に合わない。


 刃が首元を通過した。


 一瞬、音が消える。

 風雅の視界がゆっくりと傾いた。

 身体が動かない。

 地面が近づいてくる。

 そして――

 風雅の首が、静かに宙を舞った。

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