第四十三話 『セイシンのツヨサ:母と子 その二』
最悪だ。
この状況を見られてしまった。
言い訳も何も思いつかない。
「琴音ちゃん。それはなに?」
「え、えっと......」
母の顔が歪んでいく。
それは、母の怒りを表す最上級の言葉だと思う。
哀れみや寂しさ、そんな他の感情なしの百パーセントの怒り。
それが、母の顔から読み取れるのだ。
「ご、ごめんなさ......」
あたしは、母にそう言いながら距離をとる。
距離をとるといっても、背にはぬいぐるみが大量に設置されている壁がある。
逃げはできない。
母は無言で、その歪んだ顔のままあたしとの距離を近づけていく。
「うっ!」
顔。
あたしの顔に、母の拳が当たる。
「かわいくない!かわいくない!かわいくない!!」
その言葉と共に、拳をぶつける母。
それに対し、あたしは抵抗せず。
抵抗することができず、「ごめんなさい」と言い、うずくまることしかできなかった。
が、それでも母の手は止まらない。
逆に、母の拳は強くなっていく。
「本当に、本当にかわいくない」
母の手が止まり、終わったかと安堵した瞬間だった。
あたしの後頭部に、感じたことのない衝撃が走った。
薄れていく意識の中、あたしの目に映ったのは、母が両手で血のついたゲーミングPCを持つ姿だった。
――――
目が覚める。
どうやらあたしは、椅子に座っているらしい。
手足が椅子に縛り付けられている。
要は拘束されている。
膝には乾いた血の跡がある。
後頭部の怪我は止血されているようだ。
ゲーミングPCで殴られるとは、想像もしていなかった。
窓から見える外は、既に黒。
意識を失っていた時間が長いのか短いのかはわからないが、ショックであることには変わりない。
「琴音ちゃん。起きた?」
母が目の前まで歩いてくる。
右手にはバットを持っている。
そのバットをあたしに振りかざすつもりなのかとも思ったが、左手に持つゲーミングPCを見て、その考えが違うと思いなおす。
母は、あたしの目の前で、ゲーミングPCを壊すつもりなのだ。
「琴音ちゃん。
琴音ちゃんは、ママのことをよくわかってくれないのね」
あたしのことをちっぽけも理解していない母が言う。
「しっかりと、反省してね」
ゲーミングPCをあたしの目の前に置き、思い切り振りかぶる。
「やめてっ!」
声が出る。
少しも反抗できなかったあたしが、ここでようやく、本音が言えた。
だが、それがどうということはなく、母の手が止まるはずもなく、最終的にあたしはそのへこんだゲーミングPCを見ることになった。
「琴音ちゃん。
これはね、琴音ちゃんのためなの」
その言葉で、あたしの何かがぷつんと切れた。
もう、この世界には、あたしが好きだといえるものがない。
あたしの大好きが唯一詰まったゲーミングPCは、あたしがこの世界で最も嫌う人間に破壊された。
もう、何もない。
失うものは、何もない。
『ツヨサ、ミせたまえ』。
その言葉を思い出す。
大丈夫、今から見せるから。
過去のあたしに、最高の瞬間を。
「あたしのため?何言ってんだよ」
あたしは拘束を解いた。
母にとってのあたしは、かわいくて力を持たない子供だ。
緩く結ばれたそれを解き、あたしは立つ。
「あたしは、あんたのお人形さんじゃない」
「なんなのその口の利き方はああ!!」
母はバットを持ち、あたしに近づく。
バットを振り、身体がそれに振られる母の姿を見る。
悠ちゃんたちを見ると、まるで変なダンスを見せられているみたいだと感じられるほど、容易にそれをかわすことができた。
母は息を切らし、バットを振るのをやめた。
「琴音ちゃん!どうして!
自分のことは琴音ちゃんって呼ぶんだよ!?
ママのことはママって呼ぶんだよ!?
琴音ちゃんはかわいいかわいい女の子なんだよ!?」
「あたしはあたし。
てゆーか、ようやく素が出せる。
喋り方とかも怖気づいてたな~。やっぱり洗脳ってのはあるんだね~」
本調子。
これがあたし。
それを見て母は絶句する。
「あたしはあんたのことが大っ嫌いだ。
だから、この世界も大っ嫌いだ」
あたしは、母に近づく。
「でも、あたしは今、うまくやれてるよ。
新しい楽しいことも見つかった。
ちょっと危ないところもあるけど、それはそれで楽しい。
あと、あたし、好きな人ができたんだ。
あたしの好きを、もっと、見つけられたら......」
母にそう言う。
今までの怒りをぶつける。
手を出したり、暴言を吐いたら、母と同じになってしまうから。
あたしは、ただただ、本心を伝えた。
過去ではなく、今を見るために。
過去に縛られるのではなく、未来にはばたくために。
あたしは、玄関の扉を開ける。
真っ暗な外。
こんな時間に、出歩くなんてことは、今までじゃ許されなかった。
いいや、できなかったことだろう。
だが、今のあたしは......
靴を履き、思い切りって外に飛び出す。
電灯が照らす夜道を歩く。
今までのあたしの普通じゃない。
新しく、あたしが望む幸せを。
『ツヨキモノ、このメでミタリ。
ソのツヨサ、セイシンなり』
その言葉が脳内で響く。
「そんなのわかってるってーの」
精神の強さ。
過去の呪縛から解放された、完全な素のあたし。
乗り越えたから。
あたしがそれを一番理解している。
どうだろう。過去のあたし。
もしこんな姿を過去のあたしが見たら、世界をもっと好きになれるかな。




