閑話 『山口風雅のこれまで』
視点:山口風雅
天才。
その言葉は、俺の人生に最初から貼り付けられていた札のようなものだった。
剥がそうとしたこともないし、誇ろうとしたこともない。
ただ、気づいた時には周囲がそう呼んでいた。
理解が早い。
飲み込みが早い。
応用が利く。
小学校に上がる頃には、教師の説明は途中から不要になり、
中学に入る頃には、授業中に考えるのは別の問題ばかりだった。
だが――それは、決して幸福と直結しなかった。
人は、自分より少しだけ優れた者には嫉妬する。
だが、理解の外にある存在には、恐れと距離を置く。
結果、俺の周囲には誰もいなくなった。
孤独。
それが、天才に与えられる代償だと知ったのは、ずいぶん幼い頃だった。
ただ一つ。
ただ一つの出来事にして、俺の人生の最大の出来事。
そんな俺の孤独を終わらせ、俺を救ってくれる者が現れた。
岸田里香。
高校一年生で初めて会い、二年生になった今は同じクラスである彼女。
彼女は俺と同じように孤独を知った、天才だった。
天才で、変わり者。
周囲から浮いた者同士が、言葉を交わし、交流をし、親しくなるまでに時間はいらなかった。
会話を重ね、気づけば隣にいるのが当たり前になっていた。
それを、俺は幸せだと感じていた。
この世界に生まれてからの唯一の喜びだと考えていた。
とある日に、その場所が変わった。
ただそれだけの事である。
九月の二十九日。その日の休み時間のことである。
閃光、それが教室を包み込んだ。
「なんだー?」
眩しい。
何という眩い光。
反射的に腕を上げるほどの。
まず先に浮かんだのは新手のドッキリ。
他に選択肢があるとしたならば......。
そんな数多の選択肢の候補を出しつつも、いつしか意識が途切れた。
――――
次に意識が戻った時。光はなくなっていた。
それを確認し、すぐに周囲を確認する。
ここは、教会か?
というか、ここ、日本じゃないだろ。それどころか......。
そんな考えが頭に浮かぶ。
「風雅、これって」
「あー。これはー。もしかして.....」
里香の問いには簡単に答えられなかった。
非現実的なこと。
非現実的な仮説ほど、軽々しく口にすべきじゃない。
閃光に包まれたとき、考えられる選択肢として挙がらなかったこと。
だが、それは実際に......。
「もしかしなくてもー。これって。
転移って、やつだよねー」
転移。
急に場所が変わるもの。
よくあるストーリー。それが実際に起こるとは。
その後、レギぺギドと名乗る男が現れ、教会は混乱に包まれた。
嘆く者、怒鳴る者、泣き崩れる者。
それを適当に宥めつつ、俺たちの七日間が始まった。
――――
魔法。魔獣という獣。ある程度、レギぺギドからの話でこの世界については知ることができた。
仮説としては、教会などからヨーロッパ、言語から日本のアミューズメント施設などが有力だと考えていた。
だが、それを上回る異世界が正解だったとは。
レギぺギドの言う英雄というのがどうも胡散臭いから、その可能性を排除していたが、まさか異世界転移だとは......。
異世界。
魔法、剣、ファンタジーの世界だ。
明らかに非現実的なことではある。だが、魔法。
魔法という力が、俺たちにも扱えるということがそんな非現実的な現状を現実だと知らしめた。
【絶対な等式】。
それが俺の魔法だった。
俺と他のものとを等式で結ぶ魔法。
ありとあらゆるバフなりなんなりを付与することも可能。
また、定義や公式を設定することもできるという、数学が得意な俺にとっては便利な魔法だ。
ただし、俺にのみ適応される。
どうやら普通という枠から外れた魔法を使う魔術師に俺はあたるらしい。
魔術師は人数が少ない。
やはり孤独。
だが、俺はもう孤独ではない。
彼女がいるから。
俺と同じ、天才で孤独な彼女が。
里香の魔法は【統合な結合】。
別のものと別のものを結合する魔法。
ともに、魔術師。
それでこそ、俺たちだ。
とりあえず、魔法について理解をした、俺たちはひとまず世界についての会話をしてみた。
「まず。ここは異世界ってことで、間違いはないなー」
「ええ、そうでしょうね。レギぺギド。彼に召喚されて」
「まー。とりあえずどうやってここ脱出するのは七日目でいいー?
まだこの世界について知れそうだしー」
「まあ、それが最善でしょうね」
脱出の日程の確認。
脱出はいつでもできる、だからこその会話。
互いが互いの魔法について知った時点で、いつでも魔法で脱出できることはわかっている。
「ていうかー。レギぺギド、あいつ絶対黒だろー」
「そうね。というか風雅、いい加減語尾伸ばす癖やめたら?」
「いやー、もうどうしようもないっていうかー」
少しまじめな話をしようとしたが、いつもどおりな楽観的な会話。
まあ、異世界に来たとて、天才は天才。
それは変わらずだからこそできる会話だった。
――――
六日目。
徹と悠斗が脱出、いいやおそらくは出荷された。
出される食事、レギぺギドの部屋から推測するに。
奴隷。
俺たちはそのためだけに召喚された。
元の世界に戻りたかったが、戻り方はこの六日間で見つけられなかった。
どうにも、この世界は魔法に頼りっきりのようだし。
元の世界に戻るためにも魔法の力を使うしかないらしい。
「皆さま、出荷の時間です」
レギぺギド、どうやら七日待たずして出荷か。
徹と悠斗の件で焦ったか?
まあ、俺たちには関係ない。
「【超常な変域:牢獄空間;二十八】」
そうレギぺギドが詠唱した瞬間。
魔法陣が現れ、そこから無数のコウモリが召喚された。
ただのコウモリではない。
羽に無数の針が不随している。
魔獣。これが、この世界の生物。
「こいつらで弱らせて、出荷するって算段なわけねー」
まあ、俺たちは......。
「里香」
「ええ、【統合な結合】」
【統合な結合】。
この魔法で俺と里香の手を結合する。
互いの手が、ひとつの存在として結ばれる。
これは、俺が里香であり、里香が俺であるという状態でもある。
そして、
「レギぺギドさーん」
「十番、十一番!何をするつもりだ!」
「ばいばーい」
軽く手を振りながら、俺は詠唱する。
「【絶対な等式:座標】」
【絶対な等式:座標】は俺と座標とを等式で結ぶ魔法。
要は、空間移動魔法。
今回は外の座標とを等式で結び、外へと移動できるようにした。
本来であれば、俺にしか適応されない魔法だが、里香の魔法で俺と里香は結合されている状態にあるため、里香にも魔法が適応された。
これらを駆使して俺たちは脱出した。
二人の魔法を使えばクラスメイト全員を助けることは可能ではあった。
だが、外に出て、生活した時に俺は責任が取れない。
そして何より、俺は里香を最優先したい。
それに、俺を嫌悪するような輩を助けようとは思わなかった。
俺も人間。お人よしではないのだ。
まあ、徹と悠斗くらいは助けてもよかったかもしれない。
二年間同じクラスで少なからず交流もあったからだ。
まあ、そんなことよりも今を考えよう。
外だ。
久しぶりの空気。
「さてー。まずは住む場所探さないとなー」
ここから先は、まあ――なんとかなる。
――――
適当にこの世界の住人に話を聞きつつ、一番俺たちに手助けしてくれそうなシファ―軍に所属することとした。
ここに所属すれば、元の世界への戻り方を知りことができるかもしれないと思ったからだ。
部隊に入り、報酬を受け取るには、三人一組の冒険者パーティーを組まなければならないようだった。
が、丁度タイミングよく奴隷として出荷されている途中の半田がいたため救出し、俺たちに加わってもらった。
半田、魔法を持たず、俺たちに悪態をつく低脳。
だが、今はそれよりも、冒険者パーティーを組まなければならないため良しとした。
三人、シファ―軍第二百部隊。もっとも下位の部隊。
だが、そんなものはすぐに終わった。
ダンジョン攻略?魔法を使えば秒で終わる。
実績に実績を重ね、わずか三日間で第一部隊に上り詰めた。
そして、現在へと至る。
アミキシファからの指示により、グラデュウスの教会での指揮をとるわけだ。
意外とデカいなこの教会。
そんなことを軽く考える。
だが、すぐに終わる。
全体で約七十の部隊。
過剰だと思うほどだ。
「皆さーん。皆さんはここで待っといてくださいー。
俺たちが先に行くんで、逃げた魔獣を討伐して一般市民に攻撃がいかないようにしてくださーい」
「「「はっ!」」」
いくら召喚魔法とはいえ、敵が俺たちであれば意味がないだろう?
なんせ俺は、俺だから。
孤独、故に天才。
とっくに解は導き出している。
この戦闘で、犠牲者を誰一人としてださない完全勝利への計画を。




