第二話 『違和感と囚人もどき』
今、なんて言った?
別世界?英雄?魔王?
頭の中で言葉だけが反復する。理解しきれないまま、胸の奥がざわついていた。周囲を見れば、誰もが似たような顔をしている。青ざめ、固まり、あるいは声を上げかけては飲み込んでいる。
そんな中で、俺の中に一つの仮説が浮かび上がった。
漫画やアニメを散々見てきた身だ。この状況を前にして、思考がそこへ辿り着くまでに、そう時間はかからなかった。
異世界転移。
元いた世界とはまったく異なる場所に召喚され、剣や魔法を手に魔王を討つ。物語の中ではありふれた展開だ。
もし、そうだとしたら。
俺にも、魔法が使えたりするのだろうか。
胸の奥に、わずかな期待が灯る。
恐怖や混乱の中で、そんな考えを抱いてしまう自分に、苦笑したくなった。
だが、すぐに別のことにも気づく。
言葉が、通じている。
レギぺギドの発した言葉を、俺は何の違和感もなく理解していた。聞き間違いでも、推測でもない。自然に、意味が頭に入ってくる。
転移に伴う何らかの作用なのか。あるいは、彼が俺たちの言語に合わせて話しているのか。理由は分からない。
それでも、意思疎通が可能だという事実は、この状況において数少ない救いだった。
「まだ混乱しているとは思いますが、とりあえず私の後についてきてください」
レギぺギドはそう言って背を向け、来た道を歩き出した。像の立つ方角だ。
一瞬の沈黙のあと、教会内がざわつく。小声での会話、抑えきれない息遣い。誰も状況を理解できていない。
それでも、一人が恐る恐る歩き出すと、それに続く者が現れた。親ガモに付いていく子ガモのように、少しずつ列が伸びていく。
俺もその流れに加わりながら、隣を歩く悠斗に声をかけた。
「なあ、悠斗。この状況、お前ならどう考える?」
悠斗は一瞬だけ考え込む素振りを見せ、それから低い声で答えた。
「普通に考えれば、異世界転移だろうな。ただ、おかしな点がある」
「おかしな点?」
「転移したのが、教室にいた全員だってことだ。英雄を召喚したって言ってたけど、条件が英雄かどうかじゃない。教室にいたかどうか、それだけで選ばれてる。仮説だけどな」
やばい。何言っているか全然分からなかったぞ?
「それはどういうことなんだ?」
「レギぺギドは俺たちを英雄として召喚したと言っていたけど、それが本当ならなぜこんなに大人数なんだ?」
確かに、ここに召喚されたのは教室にいた二十人ほど。この全員を英雄と呼ぶのはおかしい気がする。
「それに、英雄だったら俺たちの学校のその教室にいた人間だけなはずがない。年齢、いた場所、それらが違っていたって英雄であれば何もおかしいところはない。けれど、同じ教室にいた人間全員が英雄なはずがあるか?」
「確かに」
「俺たちは、英雄としてではなく、他の何かのために召喚されている気がする」
「なるほどな......だけどさ、それだと」
それだと。もしそうなのだとしたら、俺たちは何のためにここへ召喚された?
「皆さん。このまま階段を下ってください」
前方で足が止まり、そう告げられた。
像の裏側。カーペットに覆われていた床をレギぺギドがずらすと、地下へと続く階段が姿を現した。隠し通路という言葉が頭をよぎる。
状況は最悪だというのに、胸の奥で妙な感情が燻った。長年染み付いた妄想癖が、勝手に反応してしまう。高校生にもなっても中二病と妄想癖は治らない。普通だとあまり好まれないかもしれない。けれど、この世界なら、利点になったりするんだろうか?
「そして申し訳ありませんが、私は人の名前を覚えるのが苦手でして。皆さんには番号を付け、その番号で呼ばせていただきます」
階段を下りるたびに、「一番」「二番」と番号が振られていく。
俺は十三番だった。
俺には上仮屋徹という名前があるっていうのに......
胸の奥に、言いようのない違和感が残った。
だが、それ以上のものが、地下には待っていた。
石造りの部屋。鉄の扉。格子。松明の明かりに照らされた薄暗い通路。
どう見ても、牢屋だった。
全部で十二室。
番号で呼ばれることが囚人みたいだと思ったが、これはもう比喩では済まない。
完全にこれは......
「今から七日間、この部屋で過ごしていただきます。適性検査のための期間です」
ここで過ごすことが、当然のように決められた。
牢屋で番号で呼ばれて過ごす。完全な囚人だ。
「まずは魔力検査を行います。一番の方から、順に奥の部屋へ」
レギぺギドは奥の扉を開け、その先へ消えた。一瞬だけ見えた部屋は、妙に整っていた。中世ヨーロッパといったところだろうか?椅子や棚なんかが歴史の授業で見た資料のものに似ている。
なんなんだこの差は......
怒りが込み上げるのを感じながら、俺たちは割り当てられた部屋を確認した。
ベッドは二つ。簡素だが、最低限は整っている。必要最低限。なければならないものだが、それ以上はない。不幸中の幸いといえるだろう。
そして、あの部屋。おそらくレギぺギドの部屋であろう部屋と俺たちの牢屋のような部屋。それらを見比べると、やはり俺たちが英雄として召喚されたという言葉が信じられない。
人数を改めて数えなおして男子十一人、女子十三人の合計二十四人。一部屋に二人割り当てればちょうどぴったりだが、男女比の都合で、例外的に男女で同室になる者もいた。男女で同室になったのは山口と岸田の二人。この二人は成績トップカップルだ。二人とも少しずれているところはあるが、人に迷惑をかけず、人望もあったため、満場一致で二人は同室ということに決まったのだ。
ちなみに俺は悠斗と同室だ。
順番が呼ばれるまでに辺りを探索してみたが、おそらくトイレと浴槽。おそらくと表現したのは、俺たちがよく使うような一般的な形とはかけ離れていたからだ。深めの穴が掘られただけのトイレと冷たくいつからあるかもわからない水が溜まっているだけの浴槽。これが、この世界の一般的な設備なのだろうか......
一週間。
この環境で。
探索に疲れ、部屋に戻ってベッドで横になった。
やはりこれも質が良くないようで、その硬さが背中に響いた。
――――
しばらくして、俺は呼び出された。
やはりレギぺギドの部屋は俺たちの部屋とは明らかに違っていた。骨董品に数々が置かれており、まるで貴族の部屋のようだった。
少し緊張している俺を「どうぞ」とレギぺギドは俺を椅子まで案内した。
俺はその椅子に座る。
机の向こう、レギぺギドの前。
ただ視線は、机に置かれた謎の水晶玉に吸い寄せられる。
「十三番。これより、魔力検査および適性診断を行います」
それらが何なのかは分からなかったが、大きな不安が俺の中に募っていた。




