第十話 『牙の群れ』
中級ダンジョン。
初級、中級、上級、そして神級。
そう括られた階級の中の下から二番目の階級なのが今から攻略するダンジョンだ。
ただ、油断はできなかった。
現状、使えるのが初級魔法くらいしかないというのもそうだが、それ以上に、危険視するべきところがあった。
このダンジョンでは過去に三つの冒険者パーティーが行方不明になっているのだ。
行方不明とは言うものの、おそらくこのダンジョン内で死亡してしまっている。
ただ、そのパーティーがそこまでの実力を持っていなかったために中級という判断がされたダンジョンなのだ。
だから、このダンジョン内の魔物の種類や内部の構造も全くわからない。
そして、中級以上のダンジョンの可能性がある。
それこそが、ここで一番危険視するべきことなのだ。
ダンジョン内は暗く、松明を持っての探索となる。
基本は冒険者パーティーの中で、最も攻撃に適さない、つまりは支援魔法を持っている人が松明を持ち、それ以外は常に剣を持ちながら探索をするらしい。
なので、このパーティーではアンリスさんが松明でこのダンジョン内を照らしながら、辺りにある薬草であったりを拾って移動をしていた。
だが、このダンジョン内に入ってから異様におかしなところがある。
静かすぎるのだ。
不自然なほどに、音がない。
ここまで進んでいるにもかかわらず、魔獣の影すら見えない。
それが逆に、嫌な予感を増幅させていた。
「……妙ですね」
背後から、アンリスさんの声がする。
穏やかながらも、明確な警戒を含んだ声だった。
「入口付近の魔獣は、前のパーティーが討伐していた可能性もあります。
ですが……それにしても、気配が薄すぎる」
「同感だ」
レニアさんは短く答え、剣の柄から手を離さない。
歩き方、視線、間合いの取り方。
すべてが、戦場に慣れ切った戦士のそれだった。
そして、先頭を歩いていたレニアさんの足が止まる。
「二人とも構えろ。来るぞ」
その一言で、背筋が凍る。
次の瞬間――
岩陰から、低く濁った唸り声が響いた。
「グルル……ラァッ!」
現れたのは、犬型の魔獣。
だが、ただの犬ではない。
赤く濁った瞳。
裂けた口元から垂れる涎は、床に落ちた瞬間、じゅう、と音を立てて岩を溶かした。
「リクエレ・ドッグです!」
アンリスさんがそう説明する魔獣は岩から続々と現れ、計五匹のそれが目の前に立ちふさがっていた。
「口には腐食性の粘液があります。
噛まれると傷口が腐食するので、気をつけて!」
「了解」
レニアさんは短く答え、向かってくるリクエレ・ドッグたちに魔法を放った。
「【炎渦】!」
中級の炎魔法。
レニアさんのかざした手から渦を巻く炎が放たれ、一直線にリクエレ・ドッグたちを呑み込んだ。
一匹はもろに食らったのか、焦げてその場に倒れ、動かなくなる。
二匹はかすったようで、右半身、左半身がそれぞれ焦げて、走るスピードが遅くなる。
計三匹。
魔法によって攻撃できた。
あとの二匹は?
「グルラ……ラァッ!」
まさか......!
俺をスルーして二匹のリクエレ・ドッグはアンリスさんの方へと走る。
冒険者パーティーで重要なのは支援魔法を持っている人。
その人さえいれば、回復して、何度も状況をリセットできるからだ。
レニアさんも「アンリスに攻撃がいったら何が何でも守れ」と言っていた。
こいつら、頭がいい。
俺は急いでアンリスさんの方へと走る。
二匹がアンリスさんにとびかかる。
「クソが......!」
俺は、一匹のリクエレ・ドッグが嚙みつくのを剣で抑えた。
「【氷石】!」
もう一匹は三つの氷の塊で攻撃した。
剣が少しずつ溶けていくのがわかる。
故人の品をこれ以上汚すわけにはいけない。
そう思い。
「【氷石】!」
そう魔法を詠唱した。
氷の塊を四つ生成。
それを一気にぶつける。
初級ではあるが、グラッシュ・ルーズとの戦いで少しは性能が上がっているのか、リクエレ・ドッグはひるむ。
すかさず俺は剣を振りかざし、胴にグサッと一撃を与えた。
あと一匹。
そういえば、レニアさんは?
俺は横目でレニアさんの方を見る。
一時的に距離を取ったであろう二匹のリクエレ・ドッグがレニアさんにとびかかっていた。
レニアさんは剣を振るった。
首元を、正確に断ち切る。
しかも二匹同時に。
回転切りという奴だろうか。
――速い。
無駄がなく、迷いもない。
そして美しい。
いや、何を見とれてるんだ俺は。
目の前に、敵がいるっていうのに。
「【氷石】!」
三つ生成。
まっすぐ放つ。
だが、リクエレ・ドッグは学習したのかそれをかわした。
「まじかよ!」
とびかかるそいつに適当に剣を振って応戦。
だが、俺は剣を持ってまともに鍛錬もしていない。
ただぶんぶんと剣を横に振るだけの攻撃。
またかわされる。
「いってええ!」
噛まれた.......のか!?
左肩が痛い。それに熱い。
じゅうじゅうと音を立て、肩が腐食していく。
クソ!
ヤバい、ヤバいぞ!
「はっ!」
「【明瞭な再生】!」
レニアさんとアンリスさんの声。
レニアさんをまたも正確に、俺の肩に噛みつくリクエレ・ドッグの首を断った。
アンレスさんは魔法で俺の肩を回復させた。
みるみる傷口が修復されていく。
便利な力だ、とこちらにも感心する。
「大丈夫ですか?」
「はい、ありがとうございます」
「いえ、こちらもですよ。
噛みつかれそうになったのを助けてもらいました」
アンリスさんはそう微笑む。
「トオル」
「レニアさん」
「今。この戦闘で、お前は活躍できたのか?」
「......」
黙り込んでしまう。
一匹仕留められたという点では、活躍できたし、成長できたとも言える。
なんだったら、これが俺にとっての初勝利なのだ。
だが、もう一匹。
俺は敗北し、助けてもらった。
俺は活躍できたといえるだろうか?
「落ち込むな。ただ、慢心もするな。
私たちが欲しいのは完全勝利だ。
このダンジョン。まだ先は長いぞ」
「はい!」
そう。
まだチャンスはある。
このダンジョンで、この戦いよりもいい活躍を。
そう誓って、俺たちはまた歩き始めた。




