第一話 『閃光は、俺たちを英雄?とした』
平凡。
もし自分をそう呼ぶことができたなら、どれほど楽だっただろう。
顔も身長も、数値にすれば平均の範囲に収まる。特別に目立つわけでも、極端に劣っているわけでもない。街中ですれ違っても、翌日には忘れられてしまうような見た目だ。
頭の出来も運動神経は、致命的に悪いわけでもなかった。それでも悪い方。何もしないままでは、すぐに下の下へと落ちてしまう。そのくらいの悪さ。
人が努力せずに辿り着く場所に、俺は努力をして辿り着く。
人が努力して辿り着く場所には、さらに努力を重ねても、ようやく足場に指が掛かる程度だ。
それでも、逃げてはいなかった。
投げ出してもいなかった。
授業は真面目に受け、提出物は欠かさず出す。
テスト前には、最低限の範囲を必死にさらう。
クラスの中で「普通」と呼ばれる位置に留まるために、常に気を張っていた。
誰も気づかず、気にとめない努力。
だが、しなければ簡単に落ちてしまう努力。
悪い意味での非凡。
突出しないが、楽もできない。
それが俺だ。
正確には、俺であった。
過去形なのには理由がある。
ある出来事が、俺の人生を、そうした評価の枠組みから強引に引き剥がしたからだ。
それだけ聞くと、悪い方から脱却したからよかったと思うかもしれない。最終的には、脱却をしたから間違いではない。
けれど、ただ一つだけ、断言できることがある。
その出来事は、俺にとって決していい出来事と呼べるものではなかった。
――――
九月二十九日。
高校二年生の俺にとって、それは何の変哲もない平日だった。
テストも行事もない。短縮授業ですらない。
朝から夕方まで、同じ教室で、同じ教師の声を聞き、ただ板書を写すだけの一日。
退屈ではあるが、壊れない日常だった。
三時限目が終わり、十分間の休み時間。
次の授業の準備をしながら、隣の席の友人であり、クラス委員長でもある天ヶ瀬悠斗と、持ってきた菓子を交換しつつ、昨日放送されていたアニメの話をしていた。
「なあ、昨日のやつ見たか?」
「見た。流石にあれは今期で一番だろ」
「だよな。作画も声優も......」
そこまで言って、言葉が止まった。
思考が途切れたわけではない。
集中が切れたわけでもない。
俺たちが言葉を止めたのではなく、他の外的なものが言葉を止めさせたのだ。
閃光。
それが教室を包んだ。
一瞬で、すべてが白に塗り潰される。
天井も、床も、壁も溶け落ち、距離感も方向感覚も失われた。
どこを見ても同じ白で、上下も奥行きも分からない。
反射的に腕を上げる。
だが、片手では足りず、両腕で目を覆った。それでも眩しさは一切和らがなかった。
太陽を直視したときの、あの焼け付くような刺激。
それが、視界の奥へと無理やり押し込まれてくる。
目の奥が痛い。
涙が滲み、視界が歪む。
耳鳴りがして、自分の呼吸音すら遠く感じた。
まずい。
理屈ではなく、本能がそう叫んだ。
次の瞬間、意識が途切れた。
――――
どれほど時間が経ったのかは分からない。
気づいたとき、あの白い光は消えていた。
恐る恐る腕を下ろし、指の隙間から周囲を確認する。
眩しさはなく、視界ははっきりしている。
危険はなさそうだと判断してから、ゆっくりと目を開いた。
そこは、教室ではなかった。
異様に高い天井。
赤い絨毯が敷き詰められた床。
左右には木製の長机と長椅子が整然と並び、正面には、布一枚で身体を覆った女性の像が立っている。
ステンドグラスから差し込む光が、像へと続く赤い道を静かに照らしていた。
先ほどの閃光とは違い、柔らかく、静かな光だ。
息を呑む。
声が出ない。
周囲を見回すと、クラスメイト全員が同じように立ち尽くしていた。
青ざめた顔。
震える肩。
状況を理解できず、視線を彷徨わせる者。
人数も、立ち位置も、教室にいたときと変わらない。
休み時間に外へ出ていた生徒は、ここにはいなかった。
教室という空間だけを切り取って、どこかへ移動させられた。
ありえない話ではあるが、そう考えるのが最も現実的に思えた。
周囲の調度品から判断するに、ここは教会なのだろう。
だが、祈る者の姿はなく、空気には人の温度が感じられない。
静かすぎて、逆に不安を煽られる。
そのとき、赤い絨毯を踏む足音が響いた。
コツ、コツ、と乾いた音。
像の向こうから現れたのは、白髪で痩せた老人だった。
修道着らしき服に身を包み、歩みはゆっくりだが、迷いはない。
深い皺の刻まれた顔には、穏やかな笑みが浮かんでいる。
老人は俺たちの前で立ち止まり、静かに口を開いた。
「ようこそ。英雄の皆様」
その言葉が落ちた瞬間、空気が張り詰めた。
「私はファルス・レギぺギド。この世界に仕える者です」
英雄。
その響きは、あまりにも現実離れしていた。
「皆様は混乱していることでしょう。しかし、どうか落ち着いて聞いてください」
レギぺギドは、俺たちを見回しながら、淡々と続ける。
「私は、別世界より英雄を召喚しました。
皆様には、この世界を支配する魔王を討伐していただきたいのです」
一瞬の静寂。
そして、次々に声が上がった。
「どういうことだ!」と怒鳴る者。
「ここどこなの......」泣き崩れる者。
理解が追いつかず、恐怖と混乱だけが先に走る。
教会は、一気にパニックに包まれた。
その中心で、レギぺギドだけが静かに立っていた。
貼り付けたような笑みを崩さずに。
その表情は、どう見ても俺たちを英雄として迎えているものではなかった。




