第三話 上級精霊ブラックリリー
次回学校に…と書きましたが、少し幕間を。
学校に向かうまでのユリアーネと彼女の妖精のおはなし。
全速力で学校へ向かう馬車の中で、少々ユリアーネは気分が悪くなっていた。
いくら乗りなれいるとはいえ、王都からシュヴァルツ領はそこそこ距離がある。
長時間をこの勢いで揺られれば誰だって気持ち悪くはなるものだ。
「う…気分悪いわ…」
しかし腐っても貴族の令嬢、ここで大変なことを起こすわけにはいかないだろう。
ふらつく体を抑えつつ、暫く耐えていたが徐々に限界を迎え始めた。
「ぐう…っ!もう、気持ち悪い…限界…こんなことで、呼びたくはないけれど…」
ユリアーネは意を決したように顔を上げる。そうして自身の指に嵌めていた指輪を爪で弾くと、凛とした声で叫ぶ。
「あたくしを癒して、『ブラックリリー』」
その瞬間ふわりと大きな美しい漆黒の髪を携えた半透明の羽をもつ妖精が現れた。
「はぁい!ユリアーネったら、いつまで我慢しているつもりかと思ったわぁ」
「ブラックリリー…ごめん限界だから早く癒して」
「はぁい!おまかせだわぁ」
ブラックリリー。それがユリアーネを見初めた妖精、王家に負けぬほどの力を持つ上級精霊のひとりだ。
黒百合の名前の通り美しい黒髪と、白百合のような羽が自慢の彼女は、どこかのんびり屋さんで年上のお姉さんといった雰囲気を持っている。
ブラックリリーがユリアーネに向かい小さな花弁を散らす、すると見る見るうちに周囲の空気が澄み、ユリアーネの体調も落ち着きを見せた。
「ありがとう」
「いいのよぉ、わたし達の仲でしょう?」
嬉しそうに微笑むとブラックリリーはユリアーネの髪をクルクルと結うようにもてあそんでいる。
ブラックリリーは召喚されるたび、こうして髪を結うのが好きなのだ。
ユリアーネはひどく美しい白銀の髪と金色の目を持つ美少女だ。
正直に言うと、ユリアーネは自身の容姿に自信はあれど、気に入ってはいなかった。
この国では花の様な色の目を持つ人は多いが、ここまではっきりと金色に輝くのは珍しい。
この怪しげな金色の瞳は、見る人をいつだって委縮させてきた。
「本当にユリアーネは綺麗ねぇ」
「ふふ、ありがとう。あたくしをそう言ってくれるだなんて」
「まぁ、お世辞じゃないわぁ。すらっと華奢な長身も、まっすぐな白銀の髪も、その瞳だってとってもきれいよぉ」
「なんだか照れるわね」
すっかり浄化された様子でユリアーネは微笑む。妖精の癒しの力は強く、癒すことに特化すれば世界で随一の力だろう。
自然と共に歩み、生命を司る精霊たちは所謂生きるエネルギーの集合体のような存在なのだ。
その癒しの力は外部から傷をふさぐのではなく、自身の生命力を活発にさせることなのだ。
そして逆も然り、彼らは簡単に『命を終わらせる』ことができる。
だからこそ正しく理解し、妖精との仲を深め、信頼関係を築くことが大切なのだが。
基本的に契約する妖精はその人間性に調和したものばかりだ。
しかし稀に気が合わず、互いを利用しあったりないがしろにすることで甚大な被害や、最悪命を落とすこともある。
特に強い力の持つ妖精ほど気難しく、些細な理解不足で大きな事件になってしまうこともある。
「さて、気分も良くなったことだし蕾の王女に何から伝えていけばいいかしら」
「そうねぇ、まずは…『妖精の力に飲まれないように』って教えてあげたらどうかしらぁ」
「それだけを?」
「それだけをよぉ」
分かってはいたが、徐々に意味深に言葉を伝えることのなんとも言えない気恥ずかしさがこみ上げてくる。
しかしそんなことは言っていられない。学校に戻ったらやらなければならない事がたくさんある。
まずは蕾の王女へ自分の存在を『いい感じ』にアピールすること。
それから徐々に、彼女の従える大精霊の真の力について助言を与えていく。
一気に伝えてはいけないのか?と思うが、過去に大精霊の力に惑わされ、破滅を迎えかけた者もいたという。少しずつ自分の責任や立場を理解し、自身の意思で大精霊の力を国のために使ってほしいのだろう。
誰だって、急に最強で万能の力を得れば狂ってしまう可能性はある。
「意味深にふるまう、ね」
「こういうのは『あの美しい令嬢はどなただったのかしら?』と夜しか眠れなくするくらいが、気を惹いていいと思うわぁ」
「ああ、ブラックリリーもそっち側だったわね…」
苦笑いしながらもユリアーネは柔らかく年相応の少女の顔を見せる。
ユリアーネはブラックリリーに甘いのだ、ブラックリリーがユリアーネに甘いように。
和やかな雰囲気の中、馬たちは息を荒げながらも必死に王都へと駆けてゆく。
もうすっかり揺れなど気にならなくなった馬車の中では、ユリアーネが転寝をするまで愉快な会話が聞こえていた。