第二話 影の貴族ユリアーネの受難
遡ること数日前ーー
ユリアーネはいつものように領地で父の仕事の手伝いをしていた。
病に倒れた父のために休学し、献身的な看病と仕事の手伝いをする…といえば聞こえはいいだろう。聞こえは。
「おお…ユリアーネ…父はお前がいないとこの領地を国の秘密を守ることなど…」
「お父様、そういう冗談はギックリ腰を治してからにしてください」
はあ、と大きく、わざとらしくため息をつけば、ユリアーネの父、リリオはしゅんとうなだれてしまった。
リリオは先日新しい妖精魔法を開発するという名目で年甲斐もなく森ではしゃいで腰を壊したのだ。
そう、別にどうせ学校で囁かれるであろう王家の密命だとか暗殺業だとか、影の仕事とか何でもない。
ちなみに学校へは詳細は伏せ、重要な事態が発生したからと長期のおやすみをいただいている。
正直に言うとユリアーネ自身は別に事情を話してもいいのだが、それを許さないのがシュヴァルツ家の家訓、および王家への誓い
『シュヴァルツ家のものは常表に立つ者の影であり、月光であれ』
『その威厳を保つため、神秘性を損なってはならない』
「…なんて…馬鹿らしい…」
シュヴァルツ家ーー影の貴族。
その実態は、いずれ生まれ来る『蕾の王女』に試練や道しるべを与え、最小限の干渉をしつつ、成長を見守る王家推奨の指導者と言ってもいい。
指導者なら堂々と先生だとか先輩だとかを名乗って、側にいればいいものを。
それがどうしてこうも世間に対して意味深な雰囲気を醸し出しているのか。
その答えは知っている。小さいころのユリアーネは普通に社交界に参加できない窮屈さに嘆き、王に聞いたことがある。
すると帰ってきた答えはこれだ。
「そういう雰囲気の一族が国にいれば威厳も損なわれず、他国へのけん制にもなり…ほら!かっこよくないか?王家もそんな貴族従えて箔がつくかなって」
ユリアーネはもう一度ため息をつく、一度と言わず何度も。その度に年老いて尚美しい容姿を誇るリリオはあざとく目をうるませるのだった。
「それが効くのはお母様にだけですよ」
「むー…冷たい娘だ」
リリオはきっと、ユリアーネのため息を自分への当てつけと思ったのだろう。わざとらしく口をとがらせると、近くにあったクッキーを口にする。
その光景はどうみても仲睦まじい親子の姿であり、世間からのイメージはかけ離れているだろう。
だからこそ、この屋敷には最小限の信頼できる使用人しかおらず、豪勢な屋敷は都心を離れ森に建てられているのだ。
「それにしても蕾の王女っていつ見つかるんですか?」
「そうだな…先代が亡くなられてから早数年。順当にいけばお前と同じ年くらいだが見つからないな」
見つからないなら見つからないで、普通に貴族としての領地の管理や領民への施策など仕事はたくさんある。
妖精魔法の研究もシュヴァルツ家の家督のひとつ、仕事はいつだって山積みだ。
「まあいないなら普通に学校生活を過ごして、普通に卒業ですわね」
「言っておくが、イメージを崩すような雰囲気はだすなよぉ」
「はぁい」
それなら自分も食べようとクッキーに手を伸ばす、その瞬間。
破壊音に近い音と共に執務室のドアが開けられる。
「ユリアーネ様!緊急事態です、カテリーナ様が『蕾の王女』を発見し、王家へ報告…すでにユリアーネ様と同じ学校への転校手続きをされているとの情報が」
「なんですって!?お母様…どうして事前に相談してってあれ程…」
「ユリアーネ!そんなことより、今すぐ学校へ戻りなさい」
リリオが大きなベルを鳴らし、使用人を一斉集合させる。
あれよこれよとユリアーネは荷物を用意し、服を着替え、一目散に学校へ戻る事になったのだ。
「いいか、ユリアーネ手筈を忘れるな。夜一人でいる所に偶然出会ったり、噂をしている時にスッと出てきたり…とにかくミステリアスな感じを忘れるな!」
「…っ!はい…!」
色々言いたいことはある。というかミステリアスという立ち位置を何か思い違えている気さえする。
けれどこれも蕾の王女のこれからの人生、もとい物語に必要な役回りなのだと、ユリアーネは食べそこねたクッキーのことを思いながら、馬車に揺られていったのだった。
次回:学校に戻ったユリアーネ