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6 どうやら奴隷から逆指名を受けました?




 早朝に出た馬車は、エネルギーに溢れるホーディルという魔力を持つ馬の魔物のおかげで、無事に夕食の時間帯にはキングウェイの街に辿り着くことが出来た。

 疲れ知らずのホーディルは、いまだに体力が有り余っているのか、物足りなさそうに蹄で地面を蹴っている。


「ブライアンが手配したホーディルの馬車で正解だったな。ダグラス以外の移動手段で、ここまで速いのは初めてだよ。ありがとうな。明日もよろしく」


 カシアは御者にここまでの料金とポーションを手渡した。

 どうしてだろうかとセラータが見ていると、戻ってきたカシアはホテルの方へと促しながら彼女に説明してくれた。


「ホーディルは、体力回復にポーションが使えるんだよ。あれは、魔物であり魔獣だからね。明日も元気に頑張ってもらうためにも、セトから貰った特別調合のポーションを渡してきたんだよ」


 歩き進みながら後ろを振り返ると、御者が水入れにポーションを入れてホーディルに与えていた。

 見た目は茶色で、体が大きく足が太く、前世のペルシュロンという馬に似ている。

 力強い見た目だとしても、二人も乗っているキャビンを一頭で引けるのは、体力値が高いのもあるが、魔獣特有の魔法を使っているからだ。

 

「魔獣と馬鹿にしていたが、この能力の高さはなかなか良いな。世話と交配に手を焼くって言って育てる農場が少ないが、領地(うち)でもやってみる価値はあるな」


「領地でですか?」


「ああ。貴族の移動は時間がかかってしょうがない。ドレスを着ているご婦人方には不評だからね。まあ、貴族向けじゃなくても、港から魚介類を運ぶ商人にも好まれそうだ」


「たしかに、氷は貴重ですよね」


 氷魔法を使える人間は限られており、上級貴族にしかいないし、氷の魔石もまた高額だ。

 基本的に魚介類を売る商人は、鮮度を重視したら高額な転移魔法で商人ギルドに送るか、ワイバーン輸送と言われる空輸便のどちらかしかない。

 どちらも運送費が高く、市場に並ぶ時に高額になってしまうため、庶民には手が出せなくなってしまうことから、あまり選ばれない運送方法だ。

 そのため、魚介類は内陸の人間にとっては高価な物で、生魚は貴族の食べ物と言われている。

 セラータの屋敷があるホーソン領グドルは、港町ラーフェンの隣にあることから、頻繁ではなくとも魚を口にする機会があったが、誰もが同じ境遇にいるわけではない。

 

「うちの領民なら、ホーディルを育てることも出来るだろうしね。帰ったら、父上と話をしないとな」


「まさか、カシアお兄様にも領地経営の興味があるとは思いませんでした」


「ホーソン領がこの先も安定するように考えるのは、未来の為になるからさ。誰が継ごうとね」


 ホテル内に入ると、先に手続きを済ませていてくれたベルンとニーナが荷物を手に待っていた。

 

「ようこそおいでくださいました。二階の景色のよい部屋にご案内いたします」


 カウンターから出てきた支配人の女性の後に続いて階段を上がっていくと、大きな窓からはキングウェイの中心地である広場が見える。

 夕日でオレンジ色に色づく街並みは、はっとするほど美しく自然とセラータはため息を漏らしていた。

 

「どうしたんだい、セラ」


「いえ、美しい景色だなと思ったのです」


「ああ、この街の建物の屋根はオレンジ色の素材を使っているから、より夕日が綺麗に見えるんだよ」


「いい時間に到着しましたね」


「そうだね。セラと一緒に見れるなんていい思い出になりそうだよ」


 二人で窓の外に目を向けている間、出来た支配人は先に従者のベルンと侍女のニーナを先に部屋に連れて行った。

 無駄な説明を挟まない辺りが、素晴らしい対応だ。

 焦らせることも、会話を邪魔することもない。

 騎士であるカシアは何度か来たことがあるのか、キングウェイについて説明してくれ、一通り満足して振り返れば、何事もなかったかのように支配人は案内を再開した。

 案内されたのは、二階の中央の部屋で二つの寝室と二人で使うには広いと思える共有空間があり、小さめだが重厚なテーブルが置かれていた。


「お食事はどうなさいますか? こちらに、給仕の者に運ばせましょうか?」


 部屋の中に入った瞬間に、行儀悪く伸びをしていたカシアに話しかける支配人に対応するために動いたのは、ベルンだった。


「食事に関して主は、夕食は静かに取りたいとお思いなのでわたくしどもが給仕いたします」


「失礼いたしました。ごゆっくりおくつろぎください。では、厨房までご案内します」


 支配人は深々とお辞儀をすると、ベルンを促して廊下に出て行った。

 

「カシア様、しばしお待ちを」


「ああ、頼んだよ」


 丁寧な物腰のベルンに対して、軽い口調で答えるカシアという組み合わせを眺めていると、洋服の荷解きをしてくれていたニーナが慌てて出てきた。


「あっ、お待ちください。セラータお嬢様、わたしも行ってまいります」


「うん。食事、楽しみにしてるね」


 ベルンとニーナが出ていくと、セラータはニーナが出てきた方の部屋に入って、移動中の服から別のワンピースへと着替えた。

 髪にブラシを通し、自分で出来る程度に髪をまとめ上げてから共有スペースに戻れば、カシアも着替えたのか簡略化はされているが道中よりも貴族らしい服装に着替えている。

 貴族とはいえ、騎士団に所属しているからか、着替えの手伝いは必要ないようだ。


「もう奴隷市場は終わっているから、今夜は夕食を食べて早めに休もう」


「奴隷市場は昼間の明るいうちから開かれるのですか?」


「そうだよ。別に違法なことではないし、隠すことではないからね」


 闇オークションのような形を想像していたセラータは、夜中に市場が開かれるものだと勘違いしていた。

 地下の暗く、閉鎖的な場所だと。

 ブライアンとセトに、カシアから離れないように言われたこともあり、治安も悪いのかと緊張していただけに、セラータはほんの少しの安心感を覚えた。

 その後、ベルンとニーナによって用意された夕食の席で、初めてのカシアと二人きりの食事はゆったりとした時間が流れた。

 騎士団の副団長を務めることもあって、食事中の会話も楽しいもので、料理も美味しく明日の朝食も楽しみになってくる。

 

「セラは、温かくしてゆっくりと寝てな」


 夕食を終えたセラータは、入浴して就寝となるが、カシアはまた遊び人風の服に着替え直すと、そんな言葉を残してベルンを伴って夜の街へと出かけていった。


「街とはいえ小さめなキングウェイに、紳士クラブはあると思う?」


「えっとぉ⋯⋯」


 バスタブに張られた湯には、薔薇の花弁が浮かべられていて、浴室には芳醇な香りが充満している。

 セラータの長い髪を洗っているニーナは、言葉を濁らした。 


「どうしたの?」


「あの⋯⋯この街に紳士クラブはありません。おそらく、カシア様は貴族の若者が出入りする店に行かれたのではないかと思います」


「貴族の若者?」


「はい。街の情報を集めるなら、そういった店に行くのが一番ですから。これ以上は、お嬢様に聞かせるわけにはいかないので」


 丁寧に泡を洗い流し、タオルで水分を拭き取った後に、水魔法と風魔法の使えるニーナは、二つの魔法を駆使して髪を乾かしてくれた。

 ふわりっと、風を感じると共に髪から水分が飛んでいく。

 絶妙な技で、髪を痛めることなく程よく髪に必要な水分だけは器用に残してくれるため、髪は美しさを保てている。

 薔薇の香りが体に残っているうちに眠りにつこうとベッドに入れば、初めての知らない天井に落ち着かない気持ちになったが、馬車での疲れはそれなりに蓄積されていたのか気がつけばセラータは眠りの世界へと誘われていった。




 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆




「昼食は街に出ている露店で食べてみるかい?」


「いいのですか!」


 焼き立てのパンと朝採れの野菜と卵に、厚切りのベーコンというどこか庶民的だが、セラータにとっては大好物な朝食を食べ終え、出かける準備も整えたセラータにカシアはそんな提案をしてくれた。

 

「ああ、これも社会勉強だと思えばいい」


「許されるのなら行きたいです!」


 領地の外に行った経験は、かなり前の思い出したくもない王宮でのガーデンパーティーで訪れた王都だけだ。

 学園に入るまで、他の景色は見られないと思っていたセラータは、今回の小旅行とも言える外出で、色々な物を見たいと思っていたこともあり嬉しい提案だった。


「ニーナたちは⋯⋯」


「お気になさらず、お嬢様。ニーナはわたしと共に、近くの酒場で食事をしますのでご安心ください。いいですね、ニーナ?」


「は、はい。もちろんです。ベルンさん」


「お嬢様はカシア様と街をお楽しみください。では、後ほど奴隷市場前でお待ちしております」


「ああ、後でな」


 二人に見送られて、セラータとカシアはホテルを出て、街の中心部へと向かった。

 

「もともと、二人には奴隷市場に行く午後までは、一緒に来ないように言ってあるんだよ」


「そうだったのですね。安心しました」


 自分たちがうろうろと歩きながら食べている間、使用人は共に食べることはできない。

 予定を考えたら、奴隷市場で一人選んでそのまま領地に帰る予定のため、馬車内で食べる夕食まで何も食べられないという状況になってしまう。

 それが、セラータには気がかりだった。 

 この世界では、それが当たり前だということには慣れなければならない。

 

「馬車で街中まで行くのもいいけど、今日の気候ならゆっくりと歩きながら行くのもいいかと思ったんだけど、馬車で行くかい?」


 山からの風が心地好く、降り注ぐ太陽光もそこまで暑くない。

 深窓の令嬢なら歩くなんて以ての外かもしれないが、セラータは辺境伯の娘だ。

 幼い頃から馬に乗ったり、森の中を歩いたりして育っている。

 妖精問題が出てくるまでは、ハーブや薬草を摘んで回っていた。

 貴族令嬢の中では、一番体力があるかもしれない。


「いいえ、大丈夫です。もともと、どんなに歩いても良いようにヒールのない靴を選んでいますから」


 手が空くようにと、ニーナは淑女らしい日傘ではなく白い帽子を被せてくれたこともあって、いくらでも歩けそうだ。

 澄んだ空気とかすかな雲のある青空。

 小さな鳥たちが飛び回り、朝の爽やかさをより鮮明にしてくれる。

 坂道を少し下っていくと、建物が立ち並ぶ通りに出た。

 広く整備された場所で、王都ほどではないがいくつかの店がある。

 

「昨夜、露店の場所とおすすめの食べ物は情報収集してあるから安心していいよ」


「ニーナが言っていた通り、本当に情報収集のための外出だったのですね!」


「うーん、ニーナにどんな説明をされたのか、怖くて聞けないけど⋯⋯その様子だと、彼女は深くは言わなかったんだろうなぁ」


「どうかしましたか? カシアお兄様」


 最後の方の言葉は、通りがかった馬車の馬の嘶きでかき消されてよく聞こえなかったが、問いかけるセラータに対してなんでもないと首を振ったことから、もう一度言い直す気がないことが窺えた。

 特に問題がないのなら、気にすることではないかとセラータは、周りの景色へと目を向ける。


「とてもエネルギッシュな街ですね」


「そうだよ。港町であるラーフェンからホーソン家の領地を通って王都を目指す商人が立ち寄るのがキングウェイだからね」


 王都に入る前に時間を調整する為に商人が、この街で食事や商売をしたりするようだ。

 周りに視線を向けてみれば、顔立ちや肌の色から異国の人々という印象を受ける人々とすれ違う。

 しかし、そこであることにセラータは気がついた。

 両親や兄たちの顔や妖精であるフェリーズ、記憶の中にある王太子の顔は、はっきりと区別できるほど細かいのに、街の人々の顔はぼんやりとしている。

 漫画やゲームの中のモブキャラを彷彿とさせる個性の無さだ。


(やっぱり⋯⋯ここは漫画かゲームの世界なのだろう)

 

 肌感覚的には、やはり女性向けだ。

 以前思った通りに乙女ゲームだった場合は、セラータには手に負えない。

 なぜなら、前世の彼女は乙女ゲームの絵柄や内容が好きでプレイしたことがあるのだが、恋愛経験がなかったために、酷い有り様だった。

 何度プレイしても、ゲームオーバーやバッドエンドばかりで美しいスチルも回収出来ず、見たいエンディングすら見られない。

 そんな経験ばかりしていた。

 だから見ていられなかったのだろう。

 見かねた母が代わりに分岐の選択肢を選ぶと、驚くほどスムーズに行き、最高のルートに進むことが出来て、全てのスチルを回収することができた。

 まるで、恋愛マスターのような姿に、本当に自分は同じ血が流れているのだろうかという疑問さえ抱いていた。

 そんな恋愛ポンコツ人間が、この世界でどうやったら上手く人生を進めることが出来るのだろうか。

 ますます、いつかは主人公と言われる人物が出てきてしまうという不安感が、胸の奥を暗く染めていく。

 

「疲れたのかい? セラ」


 突然、黙り込んで足元に視線を落とし、歩き出したせいか、カシアの声には心配が色濃く現れている。

 隣を歩く彼を見上げれば、照れてしまいそうなほどの慈しみを込めた目で見つめられていた。

 

「ごめんなさい。疲れたわけではないのです。自分が言い出し、望んだことなのに、奴隷市場に行くことに緊張しているのかもしれません」


 本当の事は言えない。

 両親や兄に秘密を持つということに罪悪感を抱くが、前世の記憶がなんて言って困らせたくはなかった。

 困った子にも、厄介な子にもなりたくない。

 家族に虚言癖のあるお荷物な存在だなんて思われてしまっては、それこそ未来が分からなくなってしまう。

 

「無理もないよ。本来、セラの年齢で奴隷が欲しいだなんて考える令嬢はいないよ。俺としては賛成だけどね」


「そうなのですか?」


「もちろん。この先、いつでも俺たちの誰かが傍に居られる訳じゃないし、二年後に学院に入ってしまえば介入は難しい。学院の中での出来事は、中の人間にしか分からない。これから出会うであろう奴隷も一緒に入学させれば、少なからず防壁くらいには役立つだろうしね」


「カシアお兄様⋯⋯」


「俺は、家族以外は取るに足らない存在だと思っているからね。国の騎士団に所属はしてるけど、辺境の地が大変だってなったら王都なんて放っておいてダグラスと駆けつけるだろうな」


 国の騎士としては良くないことだろうし、許されるわけがないのだろうが、セラータはカシアの心が嬉しかった。

 もしかすると、家族こそが最大の味方かと思うが、乙女ゲームでは時に家族にすら見限られる描写もある。

 主人公という存在が、どれほどこの世界で重要な要素になるのかは分からないが、家族を失うなんて羽目にならないことを祈るばかりだ。

 

「ほら、セラ。屋台に着いたぞ。ここで食事をして、少しでも心を上向きにできればいいんだけど」


 カシアにエスコートするように背中に手を添えられ、促されたほうを見れば、いくつものテントが並び香ばしい匂いが辺りに漂っている。

 鉄板で焼かれる料理に、串に刺した肉を焼く店など王都では見たことのない調理法の料理で溢れていた。

 王都では、外での立ち食いや串を持って食べるなんて食べ方は、マナーが悪いと言って嫌がられるものだった。


「私には不慣れな場なので、カシアお兄様が選んでくれませんか?」


「了解。セラは、このテーブルで待っててよ」


 飲食のために並べられている立食用のテーブルの中でも、店に並んでいるカシアから見える場所をセラータは指定された。

 周りには、和気あいあいとした家族や友人同士、商人と思われる人々が美味しそうに食事をしている。

 朝食だってそれなりに食べているはずなのに、露店という魅力的な場所に来たらお腹が空いてきた。

 セラータはまだかなと楽しみに待っていたのだが、ふっと視線を感じて通りの向こう側に目を向けた。

 しかし、目に入るのは商人のテントと店主、買い物客と通行人しかおらず、セラータを見ている者はいない。

 なのに、敵意とは言えないが、強い視線が絡みついてくる。

 

(なんだろう? 怖いわけではないんだけど、落ち着かない気分になるわね)


 だが、どんなに目を凝らそうと何も変わらない。

 

「お待たせ、セラ。どうしたんだい?」


「いえ⋯⋯誰かの視線を感じた気がしたのですが、気のせいなんだと思います」

 

「この街は治安がいいほうだけど、気をつけたほうがいいな。護身用のナイフくらいは持ったほうがいいかもしれない。奴隷市場に行く前に、どこかの店で女性用の小型ナイフを買っていこう」


 口元の柔らかさは変わらないが、美しい青い瞳は真摯だ。


「私に使えるでしょうか」


「家に帰ったら、使い方を教えるよ。それに、ただ備えとして持っているってだけでも、時には抑止力にはなるからね」


 戻ってきたカシアの手には、銀色の皿が二枚。

 テーブルに置かれるまで、どんな食べ物なのか分からなかったが、目の前に並べられるとセラータはごくりと唾を呑み込んだ。


「カシアお兄様、これは」


「これは山岳ワニの串焼きと、酔い牛の炙り焼きを野菜と一緒に穀物の生地で包んだ南方の国の料理だよ」


「山岳ワニ⋯⋯」


 山岳地帯とワニという言葉が結びつかず、それは本当に自分が知っているワニだろうかと思ってセラータが不思議そうな顔をしていると、カシアは一つ手に取って肉に噛りついて見せた。


「ここでは、こうして食べるのがマナーだよ」


 セラータとしては、食べ方は前世のおかげで抵抗はなく、戸惑っているのはどんな生物なのかというところだ。

 とりあえずは、きちんと食べ物ではあるし、前世でもワニは鶏肉に近いという話は聞いたことがあり、見た目もワニっぽくないこともあってためらいなく串を取って食べ始めた。


「どうだい?」


 齧りつくという食べ方なのに、カシアからは品がなくなることがない。いい意味で、男らしさが垣間見えて、これはこれでご婦人方からは人気が出そうだとセラータは感心した。

 

「少しスパイスが効いていて、辛いかなと思ったのですが⋯⋯旨味のある辛さでとても美味しいです!」


「南方は気温が高くて、こうしたスパイスの効いた食べ物が好まれるらしいね」


「よく知っていますね」


「昨日⋯⋯とある地元女性におすすめを聞いておいたんだよ」


 言葉を濁らせたカシアは、パクパクと食べきった。

 大人の事情ってやつなのかなと思いながら、セラータは自分のペースを守り周りを警戒しながら食べるが、さっきまで感じていた視線はどこにもない。


「食べ終わったなら、そろそろ行こう。ベルンたちも来ているだろうしな」

 

「そうですね。では、お皿と紙くずは」


 銀皿は店に返すにしても、紙くずは捨てようにも見た限りゴミ箱が無いなと思っていると、カシアは指先で銀皿と紙くずに触れると微量の魔力を流した。

 すると、セラータの目の前にあったはずの物は消えていった。

 ただ、それぞれ消え方が異なる。

 銀皿は一瞬にして消え、紙くずは端から形を崩すように消えていった。


「か、カシアお兄様! 消えました!!」


「ん? ああ、セラータは初めて見たのか」


「はい。消え方の違いは、なにか理由があるのですか?」


「あるよ。銀皿には転送の魔法陣が裏に描かれていて、食べ終わった人間が魔力を流すと魔法陣が反応して、銀皿を指定の場所に転送するんだよ。ゴミの方も作られる段階で魔法陣が埋め込まれているんだ。こっちは再利用が不可能だから、分解の魔法陣が練り込まれているんじゃないかな」


 貴族の屋敷には使用人がいるため、必要とされないが、従業員の少ない民衆向けの飲食店では特に多く利用されているという話を聞きながら、セラータはカシアと共に奴隷市場へと向かった。

 正直、ナイフの話は忘れていてくれないかなと思っていたのだが、途中の店で女性でも握りやすい小型ナイフを買うことを忘れはしない。

 重さも程よく、ワンピースのポケットにも収まるサイズ感に、持っているという感覚は薄い。

 セラータの想像していた奴隷市の印象は闇市であり、地下で開催され、買い手も仮面を着けるなどの匿名性の強いものだったが、この世界の奴隷市場は裏路地や中心地から離れているわけではない。

 キングウェイの街は、中心にある噴水のある広場を起点に特別な店がある職人街、貴族向けの宿、飲食店、長期滞在者向けの宿と住民の住居、奴隷市場と五つの道に分かれている。

 とても分かりやすく、迷うことはない安全な造りだ。

 ちなみに、食材などの店は広場にある。

 各道の先に用のある人間しかいない通りを歩いていると、同じ方向に向かう人もいれば、用を済ませたのか少し薄汚れた印象の人を連れている人もいた。

 薄汚れているといっても、着ている衣服であって、本人に怪我があったり具合が悪そうだったりという印象はない。

 奴隷という言葉は強いが、劣悪な環境という感じは彼らからは受けなかった。

 表情も暗いことはない。

 どちらかといえば、その瞳には強い光が宿っていた。

 事前にブライアンに聞いた話によると、ラヴィーチでの奴隷とは前世の職業斡旋所のようなもので、ある程度の仕事につける貴族とは違い、庶民は仕事を探すのも大変で、こうした場所で自分の得意なものを提示して職を探す場となっている。

 奴隷だからといって、迫害されることも下に見られることもない。

 ただ、取り柄がないと雇い先がなく生きづらいという欠点がある。

 ブライアンからの注意点としては、自分が求めているものをはっきりと持って向かい、同情心で決めてはいけないという点だった。

 他に買い手がいないからといって、自分の求めていない相手を選んでしまっては無意味だからだと。

 セラータが必要としているのは、一番に絶対的な味方になってくれる存在だ。

 それ以外に必要なのが、妖精の件もあるため従者であり、護衛にもなる青年くらいの人外者であること。

 兄たちからの情報によると、従者に向いているのも、裏切りにくいという点でも人外者が一番いいという話だった。

 セラータとしても、せっかくの異世界なのだから人外者に会ってみたいと思っていたため、ありがたい提案である。

 不安と高揚感という異なる感情を抱きながら、市場に近づくと入口に、すでにニーナとベルンの姿があった。


「さて、いいのがいるといいんだけどね」


「それは⋯⋯どういう基準の話ですか?」


「俺たちのお姫様の近くに置くんだから、すべてを兼ね備えている奴じゃないとね」


「すべてとは?」


 一体、何を望んでいるのだろうかと不思議に思いながら歩み進めていくと、簡易的な建物が見えてきた。

 各建物では、椅子に座った者たちが、自分の名前と得意な事を書いた木のボードを持っていて、区画ごとに得意なことの内容が違うようで分かりやすい。

 入ってすぐの建物には、小さな子供たちが多くて、その耳が僅かに尖っていることから、エルフであることが分かった。

 得意なことには、子守、採取、家畜の世話と書かれている。

 少し歩いていくと、今度は成人しているエルフの男女がいた。ボードに書かれている得意なことが増え、子守、採取、調合、護衛となっていた。

 向こうから話しかけてくることはなく、周りに目を向けることなく歩いていくカシアについて行く。

 途中には、武器の製造と採掘が得意なドワーフがいた。

 背が低いが、屈強でいかにも職人といった風貌で、少しだけ気難しそうな印象だ。

 

「セラ、あの建物だよ」


 カシアが指し示した建物には、青年たちだけが集められていた。

 彼が示したということは、ここにセラータの求める人物がいるということだろう。


「おい、お前」


 さて、誰にしようかとボードを見ようとした瞬間に、すべての音を邪魔されない通る声がかけられた。

 この場所で、相手から声を掛けられるとは思っておらず、驚きつつも視線を向けると燃えるような赤が見えた。

 赤と所々に見えるオレンジ色のはっとするほどの鮮やかさを持つ髪に目を奪われていると、視界がカシアの背中によって遮られた。


「カシアお兄様?」


「お前の方から声を掛けるなんてマナー違反だろ。どういうつもりだ」


 大きな背中で隠され、ピリピリとした空気だけが感じられる。

 

「オレは自分で決めた相手以外に買われる気はないからな。それに、オレならすべてを備えていると思うが?」


 自信に満ちた物言いに、なかなかの人だぞとセラータは興味を引かれていた。

 あまりにも幼い子どもだと罪悪感を抱きそうだから、彼くらいの年齢の方が安心感はあるだろう。

 

「お前がすべてを備えているだって? まあ、見た目は合格だな」


 渋々といった様子で認める見た目を、見てみたいなと思ったセラータはカシアの背後から顔を覗かせて、青年へと目を向けた。

 椅子に座ってはいるが、がっしりとした肩と質素な服から伸びる腕の筋肉。

 この場に居るのが不思議なほど、洗礼された雰囲気。

 周りに居るのが男臭い者ばかりだから、余計に別格に見えるのかもしれない。

 少し長めな赤い髪は簡素な紐で結んで、左肩へと流している。

 肌は色黒でも色白でもない。

 見た感じ言い表す言葉の正解が分からなかったが、セラータの目には蜂蜜色というのがしっくりくる気がした。

 顔の造作も整っており、青年というには少し色気まで感じさせる視線の運びと、こちらを見る金色の瞳は魅力的で──。


「カシアお兄様⋯⋯これほどまでに色気のある方となれば、もっと年上の女性の相手をする部類なのでは?」


 どう見ても、小娘の従者というよりは貴族の夫人のコレクションの一人といった感じだ。

 男女のことについて疎いセラータには、夫人が謎のハーレムを築いて何をしているのかは分からないが、ちやほやされて衣食住を保証されるなら、そっちの仕事の方が良いのではないだろうかと思ってしまう。

 

「まあ、違う方面で需要はありそうだな。俺たちが探しているのは、従者にも護衛にもなりうる者だが、お前は護衛としてすら役に立たなさそうに見えるが?」


 カシアは、相手を挑発するような言い方をして相手を測ろうとしていた。

 簡単にキレるような男では、今後の生活でセラータに迷惑がかかる可能性がある。

 貴族にとって、無駄な争いは足を引っ張る。

 しかし、カシアの杞憂に終わった。


「人間の悪い点は、見た目で何でも判断しようとするところだな。見えるものが全てとは限らないのに」


「まったく、生意気だな」


「なら、これならどうだ?」


 青年は、左肩の髪を払った。

 

「それは⋯⋯」


 二人の目の前で明らかにされたのは、蜂蜜色の鱗だった。

 

「これで、力の証明になるだろう?」


「ああ、間違いようもない証明書だ」


「ど、どういうことですか!」


 男同士で話が進んでいって、セラータは置いてきぼり状態だ。

 なんで鱗というだけで、カシアが納得するだけの証明になるのかが分からない。

 

「あの鱗は、彼が天空の国を統べる竜人であることを示すものなんだよ。これほどまでに、セラの従者に相応しい者はいない。こいつなら、ブライアンもセトも納得するだろうね」


 不満の声を上げたからか、少し顔を向けたカシアは真剣な面持ちで説明してくれた。

 その瞳は、心なしかきらきら輝いている。

 どうやら、セラータに選択の余地は残されていないようだった。





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