5 誕生日プレゼントは※※がいいです
5 誕生日のプレゼントは※※がいいです。
春の終わりであるエメラルドがやってきた。
エメラルドとは、前世でいうところの五月を示す名前だ。
この世界の月は宝石の名前で示される。
そんな春の終わりは、ホーソン家にとっては特別な時期だ。
エメラルドの二十八日に、セラータの14歳の誕生日を控えているから、家族全員が張り切っていた。
誕生日は、朝食から夕食まですべての食事がセラータの好物で彩られる。
料理長からは事前にリクエストを聞かれ、すでにセラータは好きなものを伝え済みだ。
四月の中間辺りで目を覚まし、前世の記憶を思い出してから、まるで新しく生まれたように一から記憶と向き合うことになった。
家族に不思議がられないようにホーソン領のこと、属する国であるラヴィーチェについて、こっそりと図書室で本を読んで学んだ。
幸い、文字も意味も問題なく理解でき、これまで学んできていた記憶もある。
ただ、たまに混濁のように、似ている物を見た時に別の名前を言ってしまいそうになり、冷や汗をかいたことは一度や二度ではない。
そんな時だ。
「セラータちゃん。誕生日は何がいいかしら?」
はやいところ一人でも絶対的な味方を得て、いつか以前とは違うということから追い出されたとしても生きていけるようにすべきだとと思うのと、誕生日のプレゼントについて聞かれるのはタイミングとしては最高だった。
ずっと、絶対的な味方を得るにはどうしたらいいかと考えてきた。
オリバーに教わったとおりにハーブを乾燥させ、乾いた葉を外してウォッカに漬けるなんて作業の合間にも、ベッドに入って眠りにつくまでの短い時間にも考えていた。
ちなみに、この世界で初めて作ったチンキの瓶は、今は薬草の保管と作業用に与えられた一室の棚に置いて成分が溶け出すのを待っている。
妖精対策が進むまで、薬草園への収穫に行けない日々の中、時間の有効活用としてこつこつしていた勉強の中で見つけた一文が頭に浮かんだ。
「誕生日プレゼントは、奴隷がいいです」
別に違法なことではないし、隠さなくてはいけないことではないと思ってセラータは自然と口にしたのだが──。
「セラータ⋯⋯ちゃん?」
プレゼントの話にうきうきした様子だったセリーナは、一気に顔を青ざめさせた。
「セラータ、どういうことだ?」
動揺している母親に気を取られていると、テーブルの上に置かれている黒曜石色の鉱石からブライアンの声が聞こえてきた。
職務があってこの場にいない兄たちは、自らの魔力を混ぜて作った鉱石を使って会話に参加していた。
対になった鉱石を持つことによって、離れた場所にいる相手と会話が出来るこの世界での通信手段だ。
他人が割って入ることは不可能で、外部から盗聴の心配も妨害の心配がない。
姿は見えないはずなのに、声だけなんとも言えない圧を感じる。
「ど、どういうこと⋯⋯とは、なんでしょうか」
緊張で少しだけ声が震えてしまう。
やはり、ブラインとの会話は顔を合わせずに声だけだと、怒られている気分になる。
「ほら、落ち着きなよ。ブリーだってお姫様を怖がらせたいわけじゃないだろ?」
今度は、アメジスト色の鉱石が光ってカシアの声が聞こえて来た。ブリーとは、カシアだけが使うブライアンの愛称だ。
「だが、セラータの口から奴隷なんて言葉が出たんだぞ?」
「あの、ブライアンお兄様? 奴隷を買うことは違法ではありませんよね?」
カシアに宥められたのに、一向に落ち着く様子のないブライアンに問いかければ、唸るような声が聞こえてきた。
「ああ、我が国で奴隷は、命を危険に晒す行為をさせるなどの非人道的な扱いをしない限りは違法ではない。貴族が買うなんてことも禁止されていない」
「では、問題ないはずです。ブライアンお兄様は、なぜ反対なさるのですか?」
自分は間違っていないと分かり、少しだけ強気になって問いかければ、大きなため息が聞こえてきた。
「ならば問うが、お前はなぜ奴隷を望む?」
至極真っ当な問いかけに、どこまで話すべきか悩むが、嘘はすぐに見破られそうで、もう一つの問題点の解決にも繋がることから嘘ではないと思いながらセラータは口を開いた。
「先日、妖精に少なからず執着を向けられたとお話しましたよね? あれから、考えていたのです。私のために、命すらかけられる絶対的な味方が必要だと」
「その話については、わたしも理解している。父上とも対策を考えているところだ。わざわざ、あんな⋯⋯卑しく、汚らわしい存在をお前のそばに置く必要はないだろ。従者が欲しければ、それなりの従者の家系から雇えばいい」
ブライアンが言うことも分からなくもなかったが、ちょっとした偏見には賛同できない。
奴隷市場でやり取りされている人間の中には、犯罪を犯した者もいるが、貧しい生まれや悲しい生まれで両親を無くした子どもたちだったりする。
セラータは、犯罪者や大人を迎えようとは思っていない。
彼女が従者として迎えるのは、幼すぎない子供だ。
ただ、女の子や女性でではなく、将来的に護衛にもなるように男の子がいいと考えている。
同じくらいか、一つか二つ上の歳の子を望んでいた。
別に善人ぶりたい訳では無いが、自分の願いも叶い、最後まで責任が持てるであろう一人分の命が救える。
セラータも無責任なことをするつもりはない。
「いいじゃないか、ブリー。俺たちのお姫様が、ここまで欲しいものを主張したことがあるかい?」
「⋯⋯わたしの知る限りない。いつだって自分の主張は後回しで、周りを喜ばせるような選択しかしてこなかった」
「だろ? 奴隷市場には、俺がついて行くから心配するなよ。ちょうど、休みを取れって言われていたところなんだ」
カシアがブライアンを安心させるように名乗り出ると、タンザナイト色の鉱石が輝いた。
「セラは、おかしな理由で奴隷なんて欲しがらない。見守るのも、僕たちの役目」
これまで黙って聞いているだけに徹していたセトの声は確信にも似た信頼の響きを帯びている。
守ろうと心配してくれるブライアン。
一つの成長として見届けようとしてくれるカシア。
絶対的な信頼を寄せてくれるセト。
セラータは、いい兄たちに恵まれたことを感謝したくなった。
「⋯⋯わかった。お前たちの意見ももっともだ。セラータ」
「はいっ!」
大きなため息の後に、発せられたブライアンの声には、何の揺らぎもない。
呼ばれたセラータは、見えていないと分かっていても姿勢を正した。
「奴隷市場には、必ずカシアと行け。絶対に傍を離れず、何か緊急事態が起きた場合には、絶対に言うことを聞くんだぞ?」
「はい、ブライアンお兄様。一人では絶対に行動しません。ありがとうございます」
「ということで、母上もよろしいですか?」
これでこの話し合いは終わりだと言わんばかりに、口を挟まずにいたセリーナにブライアンは話を戻した。
「えぇ⋯⋯少し複雑だけど、セラータちゃんの考えや思いも大事だものね。このことは、私からアーベントには話しておくから安心して」
柔らかく微笑んだセリーナは、セラータの手を優しく包みこんだ。
そこで、自分が緊張のあまりに手を握り込んでいたことに気がついた。
力を緩めて、手を開こうとするが少しだけ強張っていて、なかなか動かすことができず痛みがある。
「今日は、お忙しい中ありがとうございました」
「わざわざ、不必要だ話し合いに時間は割かない」
「それじゃあ、明後日の朝に迎えに行くから出かける準備しといてね」
「セラとの大切な時間。気にしなくていい」
それぞれから掛けられる声に胸を温かくしながら、セラータは光らなくなっていく鉱石を眺めていた。
☆ ☆ ☆ ☆
「お姫様、心の準備はいいかい?」
二日後に迎えに来たカシアは、いつもの騎士服ではなく白いシャツにベストという出で立ちで、もともとの素材がいいからか見た目の良さが際立って、少しだけ遊び人の貴族子息といった感じに見える。
あまり好きではない印象にじっとりとした視線を向けていると、カシアは困ったように笑った。
「これから行くような場所には、こういった感じがいいんだよ。いかにも無害そうだろ?」
「私の目には、違う意味で害がありそうに見えますけど?」
主に女性に対してだ。
王都ほどではないにせよ街には女性がいるだろう。もしかしたら、旅行やデートで訪れる男女だっているかもしれない。
街を歩けば、カシアは女性の目を奪ってしまうだろう。
そんな風に彼女や妻の注意が、別の男に向いてしまえば相手はいい気はしないはずだ。
目立たないために、セラータはニーナと相談してえんじ色の簡素なワンピースとフラットな靴という動きやすく、疲れにくい服装選びを心がけたのに、なにもトラブルに巻き込まれないことを祈るばかりである。
「今回は、随分と地味なワンピースだね」
「遊びに行くわけではないのですから、落ち着いた服にもなります」
「まあ、セラは何を着ても似合うからな。さあ、行こうか」
差し出された手を借りて馬車に乗り込むと、続いて乗り込んできたカシアはセラータの向かい側に座った。
馬車は四人乗りのものとなっていて、二人だけだとかなりのゆとりがある。
「はー、絶対にダグラスに乗って行った方が一瞬で着くのにさぁ」
馬車の扉が閉まった瞬間に、体制を崩したカシアは移動手段に対しての不満を口にした。
彼が言うダグラスとは、飛竜と呼ばれる中型のドラゴンだ。
騎士団でも竜騎士であるカシアには、王立学院の騎士科に在籍していた頃からの相棒のドラゴンがいる。
確かに、空を飛ぶ飛竜なら一瞬で目的地に着くだろうが、あれは貴重な生き物であり国のものだ。
プライベートで連れ出していい存在ではない。
「仮に飛竜を連れていけたとして、ダグラスはそれなりに大きいので街の人たちがびっくりしてしまいますよ」
「別に、人を食ったりしないのにかい?」
「それでもです。人は見慣れないものに恐怖を抱くのですから。もしも、飛竜の許可が出たとしても、恐怖に陥った人々にダグラスを傷つけられたら嫌でしょう?」
セラータも何度かダグラスに会ったことがあり、彼が人型になれる竜人とは違って会話は出来なくても、強くて優しいことは知っている。
けれど、ドラゴンが人から恐れられている事実は変わらない。
「そもそも、ダグラスに私も乗せてもらえたとしても、高度が高くて、周りに囲う物が無くては、せっかくのカシアお兄様との時間なのに、会話すらままならないではないですか」
飛竜は安定して飛べるとはいえ、どうしても上空に行くと風の影響で会話なんてしていられない。
「それは⋯⋯せっかくの旅行なのに何も楽しめなくて嫌だな」
「では、馬車でのゆったりとした旅を楽しみましょう?」
「ああ、そうだね」
走り出した馬車は、思ったよりも滑らかな走り出しだった。
椅子も柔らかすぎず、硬すぎない座り心地がいい。
さすがは、貴族の馬車といったところか。
今回の外出には、二台の馬車を使うことになった。
セラータたちの後ろの馬車には、ニーナとカシアの従者であるベルンが乗っており、荷物もそちらの馬車に積んであり、奴隷市場から連れ帰る際はそちらの馬車に乗ることになっている。
奴隷なんて強いワードに、奴隷とは無縁の世界の記憶があるセラータとしては、抵抗がない言えば嘘になるだろう。
けれど、奴隷と主人という関係性が、確実に絶対的な味方を得る手段だと割り切るしかない。
憂鬱な気持ちを抱えながら、気晴らしに窓の外に目を向ければ、草原が広がる長閑な景色が広がっている。
青い空の下、異世界らしい出来事やモンスターい出会わず、馬車はトラブルもなく順調に進んでいった。