小悪党は幼女の掌の上で踊る
なあ、あんた。
見慣れないもの飲んでるな。そんなしゃれたもの、この店にあったのか。
中央は初めてかい。
ああ、そうか。この国に入ったのは昨日なのか。あ?
ああ、あんたの国じゃ、この辺りは国じゃないか。あれだな、無法地帯とか、未開の地とか、あとなんだ、ま、そんなとこだろ。いや、いい。別に気を悪くなんかしないさ。そんな「愛国心」なんざ持ち合わせちゃない。そんなヤワな感性もな。
なに? 人間より、獣人が多い地域自体初めてだ? そりゃ大変だ。お初でなんでここよ? そんなんで、無法地帯に入って、でかい獣人が多い中央を選んで、治安の悪い方に進んで、大型肉食獣人の巣窟みたいな店に入ったって?
ぶふぉっ。なんでだよ!!
もっとマシなストーリーをつくっとけよ!
・・・、いや。ん、ん。
え? 子連れの身なりの良い人間達を目印にした? 初めてでも、様子の良さそうな人間商人達の行くところなら安全だって? ごふっ。
あんた、目大丈夫か。いや、危機意識なさすぎじゃねぇか? それってあれだろ。いかにも金かかってそうなナリの一行だろ。ヒラヒラした旅装の褪せた金髪と、足さばきがヤバい銀髪と、わざとらしい動きをする黒髪の一行だろ。
そうそう。離れたところになんかいる気配がしてる。お、それはわかるのかよ。
あれなぁ。前はもっと密やかだったんだぜ。だがよ、ちっと前にバカなことした人間がいてよ。系統の違うのが増えたんだよ。あ? もちろんバカな真似をしたのは王国人か共和国人だ。ま、関係者集めりゃもっと多国籍になるんだろうがな。この国の人間? 関わらねぇさ。命が、いや金がいくらあってもたりねぇ。
あ、いや、すんません。
わりぃ。わりぃ。ちぃと物言いがついてだな。わすれてくれ。あー、どこまで話したか。ああそうだ。
で、でっかい白オオカミがちっこい人間の子どもを抱えてるんだろ。バカ高そうな布? 服? で包んでよ。強化素材をわざわざコーティングして人間好みの生地に見えるよう削って、王国の伝統工芸かよって仕上げして、さらに目立たないよう艶消しして、もう勿体無いのか、芸術なのか、酔狂なのか、ワケわかんねぇやつ。
あそこの奥に消えてった一行だろ。こんな店に流れるように入って、どっか行ったわけだ。ヤバいにおいがぷんぷんするだろ。下手な獣人より危ねぇよ。
なぁ。中央の人間で気付かねぇってのは致命的だからな。はぁ。
あの二人の名前か? でっかい白オオカミがカイさんで、ちっこい人間がコーさんだ。いや、人間に見えるのが、だな。
あっ、すんません。声、大きすぎたっすね。
わりぃ。わりぃ。気にするな。
おお、そうだな。名乗ってなかったな。俺ァ、ハイドとか、リックとか、ライトとか呼ばれたりする。ああ、ま、ここいらじゃ、人間の名前なんて意味がない。赤毛のブルドッグのほうが通じるだろ。なんでブルドッグかって? そりゃ、コーさんが、俺のことをそう呼ぶからだよ。そうだ、あんたが見たちっこいのだな。本体が布かって塊だ。コーさんにブルドッグ扱いされてる人間が俺含めて三人いるもんでな、俺ァ赤毛が特徴的だから、赤毛のブルドッグてわけだ。ブルドッグはハイドやリックやライトって呼ばれるが、大概適当だからな。赤毛の、ってつけてもらったほうがこっちも助かるさ。
あ? 嫌じゃないのかって?
いやいや。俺たちをそれぞれ認識して正しく呼ばれたら、そりゃヤバいときだからな。そっちのが、嫌だぞ。
ああそうだ。この前なんかリアルに弾避けだ。信じられるか? 生身の人間に、突然盾持たせてよ、銃火器の前に放り出すんだぜ。肉弾戦は専門部隊がいるからって、俺達にどっかから飛んでくる銃弾や手榴弾を弾いとけって言うんだぜ。この筋肉は飾りだって、何度言っても信じちゃもらえねぇ。筋肉は裏切らないんでしょ、ってなんだそれって話よ。
つまりだな、名前を正しく呼ばれた日にゃ、取り敢えず逃げる方向で足掻くさ。ま、ムダだがな。だが、足掻いてると、周りを固めてはくれるからな。誰がって? そりゃ、コーさんのそばにいるおっかない奴らが、だよ。おっかないが、ムチャはさせられないんだな、これが。腰がひけてたら、簡単に死んじまうからな。この国にしても、あの街の獣人達にしても。
ん? ああ、街な。聞いたことないか。「英雄達の街」。誰が呼び始めたか、大昔の大戦を終わらせた、とんでもない獣人達が引き上げて行ったって街さ。その末裔が過ごしてるって文句で、都合良く扱われてる街だ。この国の持つ最大の抑止力であり、いまやカネヅルでもあり、強すぎて居場所がなくなった獣人の追放先だ。人間にとっちゃ、そんな感覚だが、不思議なことに街の獣人達はあっけらかんとしてるんだよな。感性が違うんだ。俺が今口にしても、そこらのでっかい肉食ガメやアリゲーターは笑ってるだろ。
おお。そうさ。今、俺達は英雄達の街の、大型肉食獣人に囲まれてるんだそ。気を付けろよ、何が気に障るか、人間基準じゃ図れやしないからな。たまに、逆鱗に触れて大騒動になるからな。
あんたの年じゃ知らないかもしれないが、共和国で高額商品の値崩れと一斉摘発があって、あの国の経済がひっくり返ったときがあったろ。ま、俺も生まれちゃいたらしいが、当時の様子は覚えちゃいないんだが。何せ表の世界の話だからな、ま、あんときゃ、ガキだった俺にも、表の世界から転がり落ちてきたうまい話があったって記憶しかない。
お、話が逸れちまったな。その引き金を引いたのは、英雄達の街の黒オオカミを怒らせた人間だったって話さ。
もっと最近の分かりやすい話がいいか。この前、王国人やら共和国人やら大層多くの人間が表舞台から引退したり、失脚したろ。玉突きで、今も人間がハバをきかせてる地域じゃ人事が落ち着かないんだろ。あと、イロイロ急激な売買な。投げ売りもいいとこなブツもあったし、御大尽様方が手元に現金があればと血の涙を流して悔しがった取引も数えきれない程あったってやつさ。あれは、英雄達の街とライオン獣人達をブチギレさせたのがきっかけだ。顔出ししてたのはいわくつきの人間達と元強襲隊だがな。
あ、強襲隊ってわかるか。ライオン獣人で組織されたこの国の自警団みたいなもんだ。国は見てみぬふりしてるから、目を付けられたら面倒だぞ。よその国が抗議しようとしたって相手は非公式な存在だからな。
わりぃ。また、話がそれた。英雄達の街の逆鱗の話だ。あの闘技場事件だよ。
いや、俺ァ、近いところにいたんだが、何がそんなにダメだったのかさっぱりだった。俺らが駆け付けたときにゃ、ヤバい状態だったからな。
ああ? あんたも実はその口か。ここにいるってことは、巻き込まれて左遷されたか。
栄転だぁ? この国に? あんたの国、大丈夫か。あ? 仕えるべき主がいるだ? どこにだよ。この先の砂漠ぅ?
あれか。英雄達の街の手前の砂漠地帯か。そこのオアシスに陣取ってるのの、関係者か。なるほどな。だから、その装備か。外を歩くにゃ良いかもしれないが、ここらのいくつかの施設じゃ入口で預けた方が良いな。
分かるかって? いや、わからない方がおかしいだろ。周りを見てみろよ。過保護な獣人達が明らかにいくつかの射線を遮ってるだろ。あんた、そんな銃器持ってるんだから考えるだろ、有効範囲やらブッ放したあとの動線。
ああ? ここでそんなことする気はないから考えないって? おい、おい。マジかよ。
だから俺が行ってこいって言われたのかよ・・・。
はぁ・・・。悪い。いや、あんた、この国向いてないよ。悪いこたぁ言わない。俺が付き添ってやるから、この店を出て、中央からも出て、一直線にこの国から出て、どっかで職を探しな。エスコート料はその耳と首につけてる装飾品で勘弁してやるから。
あ、はい。すんません。すぐ行きます。
悪い。ちっと呼ばれたから、行かなきゃならねぇ。すぐ戻ってくるから、ここにいるんだぞ。俺が安全に連れてってやるからな。変な人間に声かけられても無視しとくんだぞ。なに、揉めるまでもなく俺が戻ってきて追っ払ってやるから。じゃ、そこにいろよ。
(や、大丈夫っすよ。めちゃくちゃ信用されてますって。ありゃ、大丈夫っすよ。ただもう、俺、帰りたいっす。カーライルさんの真似しろって、ムチャっすよ。ほら、カーライルさん、爆笑するふりしてめちゃくちゃ睨んでるじゃないすか。え、そーいうとこ、ってのどういうことっすか。えー・・・)
わりぃ。待たせたな。
あ? カネでだめかって? その紙幣、ああ、あのお上品な王子様のとこか。王位継承権争いを共和国に利用されないように国を出たっていう。げ、その装飾品、間違いなくアシが付くやつか。じゃあ、カネでもしょうがねぇか。
ん? 王子様をなんで知ってるかって? あ、表向きは兄弟の不和だっけ? 才能ある弟に嫉妬した兄が、子飼いを連れてどうの、だっけ?
微妙に違う? あれ、じゃ、隣のオアシスにいるオヤジの話だったか。ま、別に良いだろ。
あ? 良くない? ちっ、めんどくせぇなぁ、おい。ん? あ、ちと、挨拶しなきゃならねぇお人だ。いいか、ここにいろよ。
(あっ、すんません。ケインさん。いらしてたんすか。あ、ナリスさんがあの客人の相手してくれるんすか。ありがたい。いや、俺、このまま帰りたくってっすね。いや、カイさんが、金属臭いからコーさんと同じ空間には良くないって。あれ、ケインさんのお客人でしたか。明日会う予定だったんですか。そりゃ良かった。今日非公式で引き取って行ってくださいよ。人間の国のノリで、観光気分の前乗りすかね。中央じゃ一人で外に出して良いかわからない人間です。なんですが、アレクサンドルさんは心当たりはないと言うし、コーさんはカネにはなると言うし、ナッジさんは俺が適任だと言うだけで。話してると、だんだん手に負えない気が強くなってきたんすよ。あの客人、なんなんすか。俺、すげぇ喋らされたんすけど、え、これ、盗聴機っすか・・・)
「お隣失礼します。わたくし、この国で、他国でいうところの役人のようなことをしております、ナリスと申します。上司が英雄達の街のオオカミ獣人ですので、この店は私達の管轄です。ですので、私達のところに連絡が来まして、お迎えにあがりました。ご承知のとおり、この辺りは独り歩きをオススメできないものですから、先ほどまでお相手をつとめておりました彼も、一応店の関係者が、誠に失礼ながら、護衛代わりに付けていたようです」
「いえ、単純な暴力沙汰ではご不要と重々承知のうえです。ただ、無用な面倒事が起きてはいけないと、彼を付けたのです。別名人間警報器と言われていますので、危ないと感じれば速やかに群れに助けを求めます」
「彼ですか。彼は英雄達の街を拠点とするとある群れの一員です。彼自身はリーダーのためにどこにでも行くようですが」
「今日もリーダーが心配だったのでご無礼を働いてしまっていたかと思います。代わってお詫びします。あわせて、彼に先ほど付けた、音をよく拾う機械をダメにしてしまったようで、申し訳有りません。よろしければ弁償いたしますので、場をうつしませんか」
ああ、お支払いは結構ですよ、とお伝えしたかったのですが。この辺りはお支払いは品物と同時でしたね。失礼しました。いえ、私も王国出身でして、未だ慣れないことが多くあります。街のみなさんに助けていただいてばかりです。大丈夫です。私達の大切なお客様と認識されましたから、これからは何もありません。
コツ、コツ、コツ。
コッ、コッ、コッ。
バタン。
スル、スル、スル。
ズ、ズ、ズ、ズ、ズルリ。