《スピンオフ》迅×千明「無口な背中と、夏のはじまり」
【ある初夏の日/PM2:00/Chiaré(キアレ)ハウス ガレージ】
ガレージで自動車の整備中の迅に声をかけた。
千明「迅さん、お疲れ様。アイスコーヒー入れたけど飲む?」
迅「……ああ。ありがとな、ちあ。」
工具を置き、手の油をウエスでざっと拭ってから、千明の差し出したグラスを受け取る。ほんの少しだけ、口元が緩んだ。
迅「……冷えてて、うまい。」
それだけ言って、黙ってまたグラスに口をつける。その姿を見ている千明に、整備途中のマシンの奥から、静かに届く低音。
迅「……来てくれて、嬉しい。」
ぽつりと落とされたその一言に、千明の胸がじんわりと熱くなった。
千明「良かった。……見てていい?」
迅「……ああ。好きにしな。」
そう言って、再び腰を落とし、エンジンルームに手を伸ばす。真剣な眼差しと、寡黙に動く指先。ギアや工具を扱うその仕草に、思わず見とれてしまう。
千明(心の声)
なんか……手、かっこいい。無口なのに、全部伝わってくるみたい。
静かな時間が流れる。金属が擦れる音と、工具のカチャリという音だけが、ガレージに響いていた。
やがて、ふと顔を上げた迅が、ちらりと千明を見た。
迅「……飽きたら、無理すんなよ。」
不器用な気遣いに、千明の頬が自然と緩んだ。
千明「ふっふっふ、実はね、わたし……
子供の頃、お父さんのタイヤ交換手伝ってたんだ〜(ドヤ)」
迅「……へえ。」
一瞬だけ手が止まり、千明のほうをじっと見る。その目は意外そうで、けれどどこか嬉しそうでもあった。
迅「……じゃあ、そこ、ライト持ってくれるか。」
自然な流れで渡されたライト。千明が構えると、迅はうなずき、再び作業に戻った。
迅「……手伝えるやつ、久しぶりだ。」
低く呟くその声には、照れとも感謝ともつかない温度がこもっていて。
千明(心の声)
……なんだろ、ちょっと得意げになっちゃう。この空間、悪くないかも。
千明「でも……邪魔しないようにしたいから、邪魔な場所に居ちゃってたら言ってね?」
迅「ああ。……でも、今のままで平気だ。」
視線はエンジンに向けたまま。それでも、千明の位置をちゃんと把握しているように言葉を返してくる。
迅「……お前がいると、落ち着く。」
ぽつりと落ちたその一言に、工具の音が一瞬だけ止まった。
千明(心の声)
……そんなこと、さらっと言うなんてずるいよ、もう。
照れくささを紛らわすように、千明はライトを持つ手をそっと調整した。ちゃんと役に立ちたくて、でも――なんだか心まであったかくなる。
千明「ねえ迅さん。どうして車両整備士になったの?」
迅「……昔、バイクで事故った。」
ぽつりと、工具を握る手を止めずに言った。声は低くて淡々としていたけれど、その奥にあるものは、静かで重い。
迅「壊れたフレーム見て……なんか、悔しくてな。」
小さく笑うでもなく、思い出すように遠くを見た目をしていた。
迅「自分で直せたら、って思った。そしたら、いつか……誰かを守れるかもしれないって。」
しばらくの沈黙のあと、ようやく手を動かしながら、付け足すように言った。
迅「……バカみてぇな理由だろ。」
千明(心の声)
バカなんかじゃない。全然、そんなの……
千明「……そんなふうに思えるの、かっこいいよ。」
言葉を選んで届けると、迅は手を止め、静かに千明のほうを見た。無言のまま、少しだけ――ほんの少しだけ、目元が緩む。
迅「……ありがとな、ちあ。」
千明「ううん。」
熱を帯びた空気の中、金属がかすかに軋む音がした。
ふたりの間に流れる静けさが、やけに心に響く。
その音さえ、何かを答えてくれているような気がして――
千明「……大事なバイクは壊れちゃったかもしれないけど、そのバイクは、迅さんの夢を届けてくれたんだね」
迅「…………」
その言葉に、手を止めたまましばらく黙っていた。エンジンの奥から顔を上げ、千明の方をじっと見つめる。
視線が、真っ直ぐにぶつかってくる。
迅「……そう、かもな。」
低く静かな声。だけど、その一言には、これまでの時間と想いが詰まっていた。
迅「……壊れたけど、捨ててない。今も……ガレージの奥にある。」
千明(心の声)
そっか……ちゃんと、そばに置いてるんだ。夢をくれた相棒を。
一瞬だけ、迅の指先が止まる。
そして――ほんのわずかに、口元が緩んだ。
迅「……ふ。」
息を吐くような、かすかな笑いだった。
けれどその一音に、千明の言葉が深く届いたことが、確かに感じ取れた。
迅「……ちあが言ってくれて、良かった。……救われた。」
わずかに伏せたまなざしに、こぼれ落ちそうな本音が宿っていた。無口で不器用な背中が、今は少しだけ、近く見える。
千明(心の声)
もっと、知りたいな。迅さんのこと。静かに燃えてる、全部。
千明「もし良かったら……その大事なバイク、見てもいい?」
迅「……ああ。」
迷いのない返事だった。けれどそれが、どれだけ大きな「許し」か分かるから、千明の胸がじんわりと熱くなる。
迅「こっち。」
ガレージの奥へと、寡黙な背中が静かに歩き出す。照明の届きにくい隅に置かれていたのは、少し埃をかぶった、でも大切に保管されているバイクだった。
塗装の一部が擦れていて、フレームの一部には深い傷。けれど、どこか――誇らしげな存在感があった。
迅「ボロボロだけど、俺の原点だ。」
手をそっとタンクに置いて、その感触を確かめるように撫でる。
迅「……いつか、また走らせるつもりだ。」
その声には、静かな決意と、揺るがぬ想いが込められていた。
千明(心の声)
こんなふうに話してくれるなんて。きっと、このバイクは、迅さんの“心”なんだ。
千明「……すごく、素敵。迅さん、大事なもの、見せてくれて、ありがとう。」
そう言うと、迅がふと千明を見つめた。その視線に、ふと迷いがにじんだかと思えば――
迅「……お前には、見せてもいいって思った。」
それだけ言って、またタンクをそっと撫でた。まるで、ふたりにしかわからない“秘密”を共有したような静けさが、ガレージを包んでいた。
千明「……えっ?」
不意打ちの言葉にぶわぁっと顔が赤くなったのを感じた。
迅「顔、赤ぇ。」
ふっと、珍しくからかうような声が落ちた。けれどそれは茶化すんじゃなくて、どこか――嬉しそうで、優しかった。
千明(心の声)
うわ、なにそれ……そんな顔で言わないでよ……ずるい……!
千明「う、うるさいな……っ、そんな不意打ち言われたら、なるでしょ……!」
そう言って目をそらすと、カツンと小さく工具が鳴った。見ると、迅がグローブを外しながら、ゆっくりとこちらに向き直っていた。
迅「……赤くなるの、可愛い。」
静かに、だけど確かに言われたその言葉に、心臓が跳ねる。
千明(心の声)
やばい……無口な人って、こういうとき……ほんと、反則……っ
千明「……っ、もう知らない!」
顔を隠すように背を向けたその肩越しに、またふっと――低く短い、笑い声が漏れた。
それがたまらなく嬉しくて、千明はもう、顔を上げられなかった。
千明「じ……迅さんずるい、どうせまた、からかってるんでしょ」
迅「……からかってねぇよ。」
その声は、さっきまでの柔らかい笑いとは違って、低くて真っ直ぐだった。
千明がはっとして顔を上げると、すぐそこに――いつの間にか近づいていた迅がいた。
ゆっくりと、千明の視線をまっすぐ受け止めながら、一歩だけ距離を詰める。
迅「……本気で思ったから、言った。」
それだけで、また黙ってしまう。けれどその沈黙が、どんな言葉よりも誠実だった。
千明(心の声)
……うそ。そんなの……まっすぐすぎて、もう……!
千明「……そ、そんな顔で言われたら……信じるしかないじゃん……」
視線が揺れて、頬が熱くなるのをごまかすようにうつむいた千明の手に――
そっと、迅の指先が触れた。優しく、でも確かに。
迅「あぁ。信じろ。」
一拍置いて、わずかに眉が動く。
視線を外したその顔に、気づかれまいとするような照れがにじんでいた。
迅「……変なこと言ったか。」
千明(心の声)
……かわいい。何その不器用すぎるフォロー!
その一言に、千明の胸が、きゅっと締めつけられた。
静かなガレージに、二人だけの鼓動が響くようだった。
初夏の風が、どこかで小さく葉を揺らす音だけが聞こえる。
恥ずかしさを隠すように、千明はそっとバイクに目をやった。
まっすぐなまなざしを受け止めきれなくて――
何かを言わなきゃと、話題を探すように口を開く。
千明「えっと……迅さんのバイクって2人乗り?」
迅「……ああ。二人乗り用だ。」
タンクにそっと触れていた手が止まり、千明のほうに視線を向ける。
その目は、まるで心の奥に触れられたように、少しだけ驚いて――すぐに、柔らかく細められた。
迅「直ったら、絶対に乗せてやる。」
低くてまっすぐな声。
約束するように、誓うように。
迅「……俺の後ろ。お前しか、乗せたくないから。」
千明(心の声)
……もう……そんなの……ダメだってば……かっこよすぎる……
顔が熱い。胸がいっぱいで、何も言えなくなってしまった千明に、
迅はそっと千明の頭に手を伸ばした。
無骨な手なのに、優しい。
ぽん、と軽く撫でて、
迅「……それまでに、ヘルメット選んどけ。」
それはまるで、大切な未来がもうすぐそこにあるような、
誰より静かで、誰より強い約束だった。
ドキドキさせられっぱなしはちょっと癪なので、少しからかいたくなった千明。
千明「い……一緒に、選んでくれないの?」
迅「…………っ」
一瞬、明らかに固まった。
千明の方を見たまま、眉がわずかに動く。普段ほとんど表情を変えないその顔に、今はうっすらと照れがにじんでいた。
迅「……お前、そういうの……ずるい。」
低くぼそっと漏らしたその声に、千明の胸がくすぐったくなる。
千明(心の声)
ふふっ、照れてる……!迅さん、ほんとに照れてる……かわいい……
千明「だ、だってさ、わたしに似合うかどうか、迅さんに選んでほしいもん。」
わざと甘えるように言うと、迅はほんの少しだけ視線をそらして――
迅「……じゃあ、一緒に行く。」
ぽつりと、それでもしっかりと返してくれたその声に、
また胸の奥がじんわり熱くなった。
迅「……お前の、隣で。」
まるで、ヘルメットだけじゃなく――その先の時間まで、
全部一緒に歩いていくと、そう言ってくれてるみたいだった。
千明「ふふ、楽しみにしてるね。何色が似合うと思う?」
迅「……黒。」
すぐに返ってきたその答えに、千明は思わず笑みをこぼした。
千明「早っ。即答じゃん。」
迅「迷わなかった。」
工具を片づける手を動かしながらも、声にはほんの少しだけ照れが混じっている。けれどその言葉には、一切の迷いがなかった。
迅「……黒、着けてたら……かっこよくて、色っぽいと思う。……お前。」
千明(心の声)
な、なにそれ……!そんなストレートな褒め方……反則……!
千明「……っ、じゃあ……黒にする……!」
耳まで真っ赤になりながらも、思わずそう答えていた。
すると、横でそっと息を吐いた迅が――
ほんの、ほんの少しだけ、笑った。
迅「楽しみだな。……その日。」
それは、バイクがまた走る日を、
そして、千明を乗せる未来を――誰よりも心待ちにしてるということだった。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
静かなガレージの奥で、言葉少ななふたりの距離が少しずつ縮まっていく――
そんな時間を、そっと覗いていただけたなら嬉しいです。
無口で不器用な迅さんが、千明の言葉に心を揺らす姿を、
少しでも「いいな」と感じていただけたら、もうそれだけで十分すぎるほど幸せです。
あたたかな読書のひとときを、本当にありがとうございました。
UsagiTrap




