表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

《スピンオフ》迅×千明「無口な背中と、夏のはじまり」

【ある初夏の日/PM2:00/Chiaré(キアレ)ハウス ガレージ】


ガレージで自動車の整備中の迅に声をかけた。


千明「迅さん、お疲れ様。アイスコーヒー入れたけど飲む?」


迅「……ああ。ありがとな、ちあ。」


工具を置き、手の油をウエスでざっと拭ってから、千明の差し出したグラスを受け取る。ほんの少しだけ、口元が緩んだ。


迅「……冷えてて、うまい。」


それだけ言って、黙ってまたグラスに口をつける。その姿を見ている千明に、整備途中のマシンの奥から、静かに届く低音。


迅「……来てくれて、嬉しい。」


ぽつりと落とされたその一言に、千明の胸がじんわりと熱くなった。


千明「良かった。……見てていい?」


迅「……ああ。好きにしな。」


そう言って、再び腰を落とし、エンジンルームに手を伸ばす。真剣な眼差しと、寡黙に動く指先。ギアや工具を扱うその仕草に、思わず見とれてしまう。


千明(心の声)

なんか……手、かっこいい。無口なのに、全部伝わってくるみたい。


静かな時間が流れる。金属が擦れる音と、工具のカチャリという音だけが、ガレージに響いていた。


やがて、ふと顔を上げた迅が、ちらりと千明を見た。


迅「……飽きたら、無理すんなよ。」


不器用な気遣いに、千明の頬が自然と緩んだ。


千明「ふっふっふ、実はね、わたし……

子供の頃、お父さんのタイヤ交換手伝ってたんだ〜(ドヤ)」


迅「……へえ。」


一瞬だけ手が止まり、千明のほうをじっと見る。その目は意外そうで、けれどどこか嬉しそうでもあった。


迅「……じゃあ、そこ、ライト持ってくれるか。」


自然な流れで渡されたライト。千明が構えると、迅はうなずき、再び作業に戻った。


迅「……手伝えるやつ、久しぶりだ。」


低く呟くその声には、照れとも感謝ともつかない温度がこもっていて。


千明(心の声)

……なんだろ、ちょっと得意げになっちゃう。この空間、悪くないかも。


千明「でも……邪魔しないようにしたいから、邪魔な場所に居ちゃってたら言ってね?」


迅「ああ。……でも、今のままで平気だ。」


視線はエンジンに向けたまま。それでも、千明の位置をちゃんと把握しているように言葉を返してくる。


迅「……お前がいると、落ち着く。」


ぽつりと落ちたその一言に、工具の音が一瞬だけ止まった。


千明(心の声)

……そんなこと、さらっと言うなんてずるいよ、もう。


照れくささを紛らわすように、千明はライトを持つ手をそっと調整した。ちゃんと役に立ちたくて、でも――なんだか心まであったかくなる。


千明「ねえ迅さん。どうして車両整備士になったの?」


迅「……昔、バイクで事故った。」


ぽつりと、工具を握る手を止めずに言った。声は低くて淡々としていたけれど、その奥にあるものは、静かで重い。


迅「壊れたフレーム見て……なんか、悔しくてな。」


小さく笑うでもなく、思い出すように遠くを見た目をしていた。


迅「自分で直せたら、って思った。そしたら、いつか……誰かを守れるかもしれないって。」


しばらくの沈黙のあと、ようやく手を動かしながら、付け足すように言った。


迅「……バカみてぇな理由だろ。」


千明(心の声)

バカなんかじゃない。全然、そんなの……


千明「……そんなふうに思えるの、かっこいいよ。」


言葉を選んで届けると、迅は手を止め、静かに千明のほうを見た。無言のまま、少しだけ――ほんの少しだけ、目元が緩む。


迅「……ありがとな、ちあ。」


千明「ううん。」


熱を帯びた空気の中、金属がかすかに軋む音がした。

ふたりの間に流れる静けさが、やけに心に響く。

その音さえ、何かを答えてくれているような気がして――


千明「……大事なバイクは壊れちゃったかもしれないけど、そのバイクは、迅さんの夢を届けてくれたんだね」


迅「…………」


その言葉に、手を止めたまましばらく黙っていた。エンジンの奥から顔を上げ、千明の方をじっと見つめる。


視線が、真っ直ぐにぶつかってくる。


迅「……そう、かもな。」


低く静かな声。だけど、その一言には、これまでの時間と想いが詰まっていた。


迅「……壊れたけど、捨ててない。今も……ガレージの奥にある。」


千明(心の声)

そっか……ちゃんと、そばに置いてるんだ。夢をくれた相棒を。


一瞬だけ、迅の指先が止まる。

そして――ほんのわずかに、口元が緩んだ。


迅「……ふ。」


息を吐くような、かすかな笑いだった。

けれどその一音に、千明の言葉が深く届いたことが、確かに感じ取れた。


迅「……ちあが言ってくれて、良かった。……救われた。」


わずかに伏せたまなざしに、こぼれ落ちそうな本音が宿っていた。無口で不器用な背中が、今は少しだけ、近く見える。


千明(心の声)

もっと、知りたいな。迅さんのこと。静かに燃えてる、全部。


千明「もし良かったら……その大事なバイク、見てもいい?」


迅「……ああ。」


迷いのない返事だった。けれどそれが、どれだけ大きな「許し」か分かるから、千明の胸がじんわりと熱くなる。


迅「こっち。」


ガレージの奥へと、寡黙な背中が静かに歩き出す。照明の届きにくい隅に置かれていたのは、少し埃をかぶった、でも大切に保管されているバイクだった。


塗装の一部が擦れていて、フレームの一部には深い傷。けれど、どこか――誇らしげな存在感があった。


迅「ボロボロだけど、俺の原点だ。」


手をそっとタンクに置いて、その感触を確かめるように撫でる。


迅「……いつか、また走らせるつもりだ。」


その声には、静かな決意と、揺るがぬ想いが込められていた。


千明(心の声)

こんなふうに話してくれるなんて。きっと、このバイクは、迅さんの“心”なんだ。


千明「……すごく、素敵。迅さん、大事なもの、見せてくれて、ありがとう。」


そう言うと、迅がふと千明を見つめた。その視線に、ふと迷いがにじんだかと思えば――


迅「……お前には、見せてもいいって思った。」


それだけ言って、またタンクをそっと撫でた。まるで、ふたりにしかわからない“秘密”を共有したような静けさが、ガレージを包んでいた。


千明「……えっ?」


不意打ちの言葉にぶわぁっと顔が赤くなったのを感じた。


迅「顔、赤ぇ。」


ふっと、珍しくからかうような声が落ちた。けれどそれは茶化すんじゃなくて、どこか――嬉しそうで、優しかった。


千明(心の声)

うわ、なにそれ……そんな顔で言わないでよ……ずるい……!


千明「う、うるさいな……っ、そんな不意打ち言われたら、なるでしょ……!」


そう言って目をそらすと、カツンと小さく工具が鳴った。見ると、迅がグローブを外しながら、ゆっくりとこちらに向き直っていた。


迅「……赤くなるの、可愛い。」


静かに、だけど確かに言われたその言葉に、心臓が跳ねる。


千明(心の声)

やばい……無口な人って、こういうとき……ほんと、反則……っ


千明「……っ、もう知らない!」


顔を隠すように背を向けたその肩越しに、またふっと――低く短い、笑い声が漏れた。

それがたまらなく嬉しくて、千明はもう、顔を上げられなかった。


千明「じ……迅さんずるい、どうせまた、からかってるんでしょ」


迅「……からかってねぇよ。」


その声は、さっきまでの柔らかい笑いとは違って、低くて真っ直ぐだった。


千明がはっとして顔を上げると、すぐそこに――いつの間にか近づいていた迅がいた。

ゆっくりと、千明の視線をまっすぐ受け止めながら、一歩だけ距離を詰める。


迅「……本気で思ったから、言った。」


それだけで、また黙ってしまう。けれどその沈黙が、どんな言葉よりも誠実だった。


千明(心の声)

……うそ。そんなの……まっすぐすぎて、もう……!


千明「……そ、そんな顔で言われたら……信じるしかないじゃん……」


視線が揺れて、頬が熱くなるのをごまかすようにうつむいた千明の手に――


そっと、迅の指先が触れた。優しく、でも確かに。


迅「あぁ。信じろ。」


一拍置いて、わずかに眉が動く。

視線を外したその顔に、気づかれまいとするような照れがにじんでいた。


迅「……変なこと言ったか。」


千明(心の声)

……かわいい。何その不器用すぎるフォロー!


その一言に、千明の胸が、きゅっと締めつけられた。

静かなガレージに、二人だけの鼓動が響くようだった。


初夏の風が、どこかで小さく葉を揺らす音だけが聞こえる。

恥ずかしさを隠すように、千明はそっとバイクに目をやった。


まっすぐなまなざしを受け止めきれなくて――

何かを言わなきゃと、話題を探すように口を開く。


千明「えっと……迅さんのバイクって2人乗り?」


迅「……ああ。二人乗り用だ。」


タンクにそっと触れていた手が止まり、千明のほうに視線を向ける。

その目は、まるで心の奥に触れられたように、少しだけ驚いて――すぐに、柔らかく細められた。


迅「直ったら、絶対に乗せてやる。」


低くてまっすぐな声。

約束するように、誓うように。


迅「……俺の後ろ。お前しか、乗せたくないから。」


千明(心の声)

……もう……そんなの……ダメだってば……かっこよすぎる……


顔が熱い。胸がいっぱいで、何も言えなくなってしまった千明に、


迅はそっと千明の頭に手を伸ばした。


無骨な手なのに、優しい。


ぽん、と軽く撫でて、


迅「……それまでに、ヘルメット選んどけ。」


それはまるで、大切な未来がもうすぐそこにあるような、

誰より静かで、誰より強い約束だった。


ドキドキさせられっぱなしはちょっと癪なので、少しからかいたくなった千明。


千明「い……一緒に、選んでくれないの?」


迅「…………っ」


一瞬、明らかに固まった。


千明の方を見たまま、眉がわずかに動く。普段ほとんど表情を変えないその顔に、今はうっすらと照れがにじんでいた。


迅「……お前、そういうの……ずるい。」


低くぼそっと漏らしたその声に、千明の胸がくすぐったくなる。


千明(心の声)

ふふっ、照れてる……!迅さん、ほんとに照れてる……かわいい……


千明「だ、だってさ、わたしに似合うかどうか、迅さんに選んでほしいもん。」


わざと甘えるように言うと、迅はほんの少しだけ視線をそらして――


迅「……じゃあ、一緒に行く。」


ぽつりと、それでもしっかりと返してくれたその声に、

また胸の奥がじんわり熱くなった。


迅「……お前の、隣で。」


まるで、ヘルメットだけじゃなく――その先の時間まで、

全部一緒に歩いていくと、そう言ってくれてるみたいだった。


千明「ふふ、楽しみにしてるね。何色が似合うと思う?」


迅「……黒。」


すぐに返ってきたその答えに、千明は思わず笑みをこぼした。


千明「早っ。即答じゃん。」


迅「迷わなかった。」


工具を片づける手を動かしながらも、声にはほんの少しだけ照れが混じっている。けれどその言葉には、一切の迷いがなかった。


迅「……黒、着けてたら……かっこよくて、色っぽいと思う。……お前。」


千明(心の声)

な、なにそれ……!そんなストレートな褒め方……反則……!


千明「……っ、じゃあ……黒にする……!」


耳まで真っ赤になりながらも、思わずそう答えていた。


すると、横でそっと息を吐いた迅が――

ほんの、ほんの少しだけ、笑った。


迅「楽しみだな。……その日。」


それは、バイクがまた走る日を、

そして、千明を乗せる未来を――誰よりも心待ちにしてるということだった。

最後まで読んでくださって、ありがとうございました。


静かなガレージの奥で、言葉少ななふたりの距離が少しずつ縮まっていく――

そんな時間を、そっと覗いていただけたなら嬉しいです。


無口で不器用な迅さんが、千明の言葉に心を揺らす姿を、

少しでも「いいな」と感じていただけたら、もうそれだけで十分すぎるほど幸せです。


あたたかな読書のひとときを、本当にありがとうございました。

UsagiTrap

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ