猜疑心
時が経ち、ゲンは神々の食堂でマグバルと昼食をとっていた。
ゲン:
「お前……何も食わねえのか?」
マグバル:
「いや、いらねえし、欲しくねえ」
ゲン:
「そうか……ま、ここなら何でも注文できるしな。……俺は生きてるのか? 死んでるのか? 考えてみれば、あの場所から出た時、俺は――死んだ? わからん」
マグバル:
「ふむ……お前は『虚無』にいたんだ。生と死の狭間にさ。だが、お前自身は死んでいない。ただの人間が地獄や天国に転送されたようなものだ。死んだわけではないが、死者の場所にいる」
ゲン:
「……なるほど、まあわかった。で、次の相手は決まってるのか?」
マグバル:
「いや、今ちょうど戦っている最中だ。終わったら知らせる」
ゲン:
「お前は観戦しないのか?」
マグバル:
「しない。……そろそろ聞きたいことがある」
ゲン:
「何だ?」
マグバルの赤い瞳――その体で唯一見える部分が、鋭くゲンを貫いた。だが、ゲンは微動だにしない。
マグバル:
「お前は……何を得たい?」
ゲンは机を見下ろし、少し考えて――真剣な目で答えた。
ゲン:
「……そうだな。神に、世界をもっと平和な場所にしてもらうよう頼むかな」
二人は睨み合った。マグバルには、ゲンが嘘をついているのがわかっていた。だが、ゲンは隠そうともしていないようだ。互いの猜疑心が冷たい空気を張り詰めさせる。二人は最初から友達などではなかった。
(神か……あの死神は、俺を知っていたのか? なのに、なぜ俺が知らない力まで持っていた?)
ゲン:
「……マグバル。死神は、俺のことを知っていたのか?」
マグバル:
「知らん。あいつの隠し玉なんて聞いてない」
ゲン:
「ハハ、冗談じゃない。お前、俺を殺したいのか?」
マグバル:
「……違う。ただ、俺も何も教えられていない。すまない」
ゲン:
「……じゃあ、せめて『極大能力』とかの説明ぐらいしてくれねえか?」
マグバル:
「ああ、いいぞ。ケケケ……『極大能力』とは、神や人間が持つ最強の力だ。それぞれ異なり、使用回数も制限されている。例えばウサギは一日50回まで。あとは……『二次能力』ってのはその名の通りだ。『K』や『反転K』もその一種」
ゲン:
「……まあ、わかったようなわからんような。で、お前も持ってるんだろう?」
マグバル:
「ケケケ、もちろんさ。だが教えない。無駄な情報を詰め込む気はない」
ゲンは少し不審そうに目を細めた。
ゲン:
「……そうか。なら別の質問だ。神は全知全能で、どこにでもいるんだよな? なら、トーナメントの結果も最初からわかってるはずだ。なのに、どうして楽しんでる?」
マグバル:
「……一部の能力をオフにしている。ただそれだけだ」
ゲン:
「ふーん……ああ、そういや、ウサギは死ぬ間際に俺の頭を触ったが……何か意味が――」
マグバル:
「クソが……!」
マグバルは机を切り裂いた。
ゲン:
「……?」
苛立ったように、マグバルは言った。
マグバル:
「……手短に言うぞ。あいつはお前に力を譲った。今、お前はウサギの能力も使える」
ゲン:
「……は? なんでそんなこと?」
マグバル:
「知らん」
ゲン:
「……やはり、あいつは俺を知っていた。見知らぬ奴がそんなことするわけない」
マグバルはさらにイライラした様子だった。
マグバル:
「……ああ、多分な」
ゲン:
「……つーか、俺、どこかおかしいぞ」
マグバル:
「おかしい?」
ゲン:
「ああ……人を殺すことが、まるで前にもやったことあるみたいな感覚だ。デジャヴか?」
マグバル:
「……ほう? このトーナメントに出た記憶か?」
ゲン:
「いや、トーナメントじゃない。ただ……『殺す』こと自体が、俺には普通に感じる」
マグバル:
「……ふむ。普通の人間なら、人を殺せば泣いたり自責の念に駆られたりする。だが、お前は……」
ゲン:
「……わからん。ただ、何も感じなかった。快楽も悲しみもない。まるで……俺は『殺すため』に作られたみたいだ」
マグバル:
「『世界をより良くするため』に、か」
ゲン:
「……そうだな。とにかく、俺は人を殺すことに……慣れている。でも、実際に殺したのは初めてだ。誰のせいだと思う?」
マグバル:
「お前か?」
ゲン:
「――神だ。神は人間を作った。俺たちは全て神の創造物だ。なら、俺がこうなったのも神のせいだ。俺の責任じゃない」
マグバル:
「……自由意志というものがあるだろう」
ゲン:
「……それが大嫌いだ。神はなぜ、善人だけの世界を作らなかった? なぜ完璧なユートピアを作れない? 戦争、犯罪、腐敗……全部神の責任だ」
マグバル:
「……なら、神に直接聞いてみたらどうだ?」
ゲン:
「……神と話す? どうやって?」
マグバル:
「祈ればいい」
ゲンは一瞬、驚いたように目を見開いたが――すぐに嗤った。
ゲン:
「……笑わせるな。祈り? 俺が? 馬鹿げてる。祈りは屈服の行為だ。俺は何にも屈しない。神と話したきゃ、トーナメントで勝ってからにするよ」
マグバル:
「……そうか。まあいい。お前はウサギの力も手に入れた。使ってみろ」
ゲン:
「どうやって?」
マグバル:
「『極大能力、静寂空間』と言うだけだ」
ゲン:
「……それだけ?」
マグバル:
「ああ、音声起動だ」
ゲン:
「……練習できる場所とかは?」
マグバル:
「ない。――あ、行かなきゃ。神に呼ばれたようだ。じゃあな!」
マグバルは忽然と消えた。
ゲン:
「……急だったな」
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