第九話
だらだらと血を流しながら、それでも立ち上がる。
「レンジ!」
「本当に勇ましい。でも、弱すぎる。」
「はぁ、はぁ…」
息が続かない。めまいもする。これが『魔法』。これが【アルドリア】の戦力。これが共和国を追い詰めている所以。
「『回復』。これで少しは動けるはずだから。逃げて。」
「そんな…」
「良いから。私を信じて。」
「でも…」
「大丈夫だから。」
「い、嫌だ。逃げたくない…」
「喧嘩ですか?姫様も年頃ですね。」
「早く!」
「逃げない!」
剣を拾い、構える。
「もう…!じゃあ、行くよ!」
「あぁ!」
「来ますか?いいでしょう。」
「『水』」
「『風』」
魔法師が周囲に霧を発生させて、何も見えなくなる。イザルナが風を生み出し、霧を飛ばす。霧がなくなると魔法師の男の姿が見えなくなった。
「どこだ!?」
「ここだよ。」
木の上から見下すように視線を向けてくる。
「あまり全力戦闘はしたくないのですけどね。姫様は『魔法』が使えるようになられたらしい。本気にならざるを得ませんね。『氷結』」
周囲は氷つき、動くこともできない。足が凍り、体温が下がっていく。考え事ができないくらいに冷静さを失う。
「『炎』」
周囲の氷を溶かし、正常な温度へと還っていく。
「やりますね。姫様。でも、生身のお体では限界が近いのではないですか?」
「はぁ…はぁ…そうね。」
「イザルナ!」
「集中して。今はただ集中して。」
「仕方ないです。側近から殺りますか…」
剣を向けられる。
「『風』」
反射でやっと反応できる速度の突きが飛んでくる。顔に擦り傷を付けながらよける。
二撃目を受け流し、遠心力で反撃する。腕を切り落とすことに成功する。
「『風』」
イザルナが『魔法』を唱え、魔法師の男の腹に穴をあける。
言葉なく倒れる。周りの草木をクッションのようにして、背中から倒れる。
「やった…やったよ!」
振り返ると血を吐き出しながら倒れるイザルナの姿があった。
「おい!イザルナ!」
近づいて声をかける。必死になって。
攻撃を受けているようには見えなかった。外傷もないように見える。鎧も傷ついていないし。
死に直結するような血の量じゃないと思う。
イザルナが目を覚ます。
「大丈夫…レンジ?」
「イザルナこそ大丈夫かよ…今、血を…」
「大丈夫よ…少し、『魔法』を使い過ぎただけで…」
「そ、そうか…少し休もう。馬もあの様子だと動けそうもない。彼には申し訳ないけど…」
「そうね。残念だけど彼はここまでね。」
「本当に大丈夫か?」
「前に一人で行使する『魔法』と複数人で行使する『魔法』があるって言ったよね。」
「え?あ、あぁ。聞いたな。」
「私が今使ったのは、一人で使う『魔法』なの。『魔法』を扱うには魔力って言われる生命力が必要でね。一人で『魔法』を使うためにはその魔力を一人で払わなくてはいけない。」
「あ、あぁ。前にも聞いたよ。」
「だからこうして『魔法』のリバウンドを一人で抱えなくちゃいけないの。足りない魔力を生命力で支払う感じかな。」
「そう…なんだ…」
「行使できる『魔法』には限度がないの。」
「え…」
「やろうと思えば、島を吹き飛ばす爆発を一人でも行えるの。」
「でも…」
「そう。リバウンドが激しい。そんな大規模な『魔法』を一人だけで抱えたら多分死んじゃう…」
「なっ…」
「魔力量には個人差がないから、そのリバウンドを誰かと分け合うことが必要なの。」
「だから、共和国人を攫ってるんだ…」
「人を使うことは倫理的に問題があるってことで、共和国の軍人と人間以外の種族を素材として『魔法』を行使しているのが【アルドリア】の魔法師だよ。」
「な、なんでこの状況でそんな話を…?」
「必要だと思ったから。ここでレンジに事情を話しておくことが。」
この場で初めて認められたのかもしれない。今までは、ある程度警戒されていたらしい。
「もう私は大丈夫だから、海を目指そう。」
「分かった。」
「ここから歩きだと一日くらいかかるから『魔法』を使いたい。」
「やめとけ。そんな体で」
「レンジの力を借りたいんだけど。」
「そういうことか。全然いいよ。どうすればいい?」
「じゃあ、そこ座って。」
イザルナの前で座り込む。
「きつかったら言ってね。レンジだってさっきの攻撃で万全じゃないんだから。」
「大丈夫だって。」
手を頭にのせられて、深呼吸をする。
頭から何かを吸われているような、気だるい感じに襲われる。
座っているのもやっとだ。体勢を崩して、横になりたい。
「『移動』」
目の前に海が広がっている。べたべたする風に、慣れない匂い。
「す、すげぇ…」
「大丈夫?レンジ。」
「何ともない。」
「なら、良いけど。」
正直全然無事じゃない。今すぐに眠りたいような疲労感があるし、立っているのがやっとなくらい足が震えている。寒気もひどい。
一度『魔法』を使うだけでこんなにも弊害があるなんて、さっきの魔法師もかなり限界だったのだろうか。
ここで船を待つ。日が昇るまで。