第七十六話
(間話―破綻②)
・イザルナ視点
「どうですか?本日の食事は。」
「……」
「少し味付けを変えてみたんですよ。おいしいですか?」
「……」
「…お気に召しませんか?」
「……」
「また、何か挑戦してみますね。」
「……」
「何が良いかな…そうですね~…。魚介とかどうですか?お肉ばかりですものね。味変しないと飽きちゃいますよね。」
「……」
「では、失礼いたします。」
やっとどこかへ行った。
なんなんだ一体。
前までの人はどこに行ったのだろうか。
誰でも良いが、うるさい人はやめてほしい。
単に邪魔なだけだ。
「本日の昼食です。どうですか?」
「……」
「何か気づきますか?」
「……」
「遠方の調味料を調達してみました。少し辛いですか?」
「……」
「やっぱり、好きじゃないですよね…。私も一口食べましたが、苦手でした。お嬢様なら好きかと思いましたが、苦手ですよね…。」
「……」
「うーん…次は何をしましょうか。考えておきますね。では、失礼いたします。」
「本日はどうですか!?」
「今日こそは!」
「どうです?よりをかけました!!」
「新鮮ですよ!!」
「お疲れの御様子でしたので優しい味ですよ!」
「今日のは特別ですよ!!」
「おいしいですか!?」
「きれいに食べますよね。お気に召しましたか?」
「これ私のお気に入りです!」
「お嬢様!」
なんでいつもそんなテンションで生活できるか不可解だ。
彼女の顔を見るようになって半年ほどが流れた。
悪くないのかもしれない。誰かにしゃべりかけられるのも。
年月を数えるようになったのも久しい。
明日が楽しみとでも言うのだろうか。
「お嬢様!どうです?母がよく作ってくれたものなんですよ。庶民的なものですが、お口に合いますか?」
「……」
「…申し訳ありません。庶民的過ぎましたね。違う料理を持ってきますので。」
「……良い。」
「え?」
「……」
「なんと申しました?」
「…これで…良いから。」
「…!?本当ですか!?」
「…うん。」
「ありがとうございます。」
久しぶりに声を出した気がする。
同性相手に。
「明日も何か作りますね!何が良いですか?」
「…適当でいい。」
「分かりました!」
その女性は部屋を出て、どこかへ行った。
一人だけになった部屋でいつもの静寂が訪れる。
何も変わることのない空間のはずだ。
それがどうしてだろうか。寂しく感じる。
何も変えていないのに。何かを失ったみたいな感情はなんだろうか。
彼女の名前はなんだっただろうか。
自己紹介をされただろうか。自分は相手のことをどれだけ理解できているだろうか。
一握りも知らない。メイドの本性。部屋から出ていくともう忘れそうな表情。
自分は何を見ていたのだろうか。
そう考えるだけで、喪失感が産まれてくる。
途端にメイドの彼女に会いたくなった。もう一度顔を拝みたい。
そう思った。
「…ねぇ。」
「!?はい。なんでしょうか。」
廊下に居た別のメイドに話しかける。
見たことがあるようなないような女性だ。
この人はどうでもいい。
「…いつも来る人は?」
「来る人…?オルメンドさんのことでしょうか?」
彼女はオルメンドと言うのか。
覚えておこうと思う前に、反射的に脳裏に刻まれた。
なぜか、忘れてはいけない気がしたから。
それを、本能で理解できたのだろう。
「オルメンドさんなら調理場に居ると思いますよ。呼んで参りましょうか?」
「…うん。」
「かしこまりました。すぐに。」
そのメイドはどこかへ歩いて行った。
早歩きで。完遂するべくその速度を速めていった。
室内で待つ。
見慣れた室内でいつものメイドを待っているだけなのに、なぜこんなにも時間が長く感じるのだろうか。
一秒が一時間にも、数日にも感じられる。
この感覚はなんだろうか。知りたいと思う反面、怖いとも思う。
自分のような人形が希望を持った瞬間どのように変化してしまうのだろうか。
それがとても怖い。
扉が開かれる。
毎日顔を見合わせる彼女が居た。
私の心は歓喜しているのだろうか。疑問を提示しているのだろうか。恐怖を紛らわそうとしているのだろうか。
なんとも言えない感情がふつふつと湧いてくる。
今まで経験したことのない感情に純粋に興味がある。
「お呼びでしょうか。お嬢様。」
「…うん。」
「どうされましたか?」
「…別に…ちょっと、呼んでみただけ。」
「そうですか?」
疑問に思っているのだろか。
何を思っているのか分からない。
自分のことさえ分からないのだから、他人のことなど分かるはずもなかった。
「何か、本でも読み聞かせましょうか?」
「…うん。」
「分かりました。本を持ってきますね。」
オルメンドはそう言い残し、廊下へと歩いていく。
口実なんてなんでもよかった。
彼女と同じ空間に居れば救われる気がしたから。
「待って。」
「どうかされましたか?」
「…ここに居て欲しい。」
「かしこまりました。では。」
オルメンドは私が座っていた椅子の正面に座った。
なぜ、この人のことが気になるか分からない。
でも暖かい気がする。
「最近のお食事はどうですか?」
「…良いよ。」
「それはよかったです!是非なんでもお申し付けください。」
「…うん。」
「お気に召しているようで何よりです。お口に合っているか不安だったので。」
「…うん。」
「勝手ながら、部屋を掃除された方がよろしいのでは?」
「どうして?」
「その方が気分も優れますし、体調もよくなりますよ。」
「じゃあ、そうする。」
「はい!呼んでいただければお手伝いさせていただきます。」
「…分かった。」
傍から見れば何の変哲もない会話なのかもしれない。
でも、私は確実に満足している。




