第七十五話
(間話―破綻①)
水が降っている。
地面とぶつかる音は室内にも響いている。
雨水の反射で輝く屋外は綺麗に見えた。
「イザルナ様。本日もよかったですぞ。」
「……」
「迎えが見えたようなので、外までお願いします。」
「……」
馬車へと乗り込む。
外は暗く、誰も居ない。
馬車の音をかき分け水の音が耳に入って来る。
そんな聴覚と反対に視覚は地面しか見ることができなかった。
「お嬢様。到着いたしました。」
「……」
「本日もお疲れさまでした。お暗いのでお気を付けください。」
「……」
馬車が止まったので、降りて自室を目指す。
冷たく、薄暗く、汚い。
そこは自分の部屋だった。
ここ以外を知らない。
自分には自由が許されていないから。
乱暴にベッドへと体を擦り付け、眠りに入る。
お風呂などは行為の前しか許されなかった。
窓のないその部屋は、雨の音すら聞こえなかった。
「お嬢様。朝になりました。」
「……」
「起きて下さい。」
「……」
気だるい体を起こして、ぼーっとする。
どこを見ているのか自分でも分からない。
「朝食の準備がございます。椅子に座っていただけますか?」
「……」
椅子に座って並べられた食事を食べる。
口に運ぶ。次に口に運ぶ。
おいしいのか分からない。
まるで空気でも食べているような味。
食感はどうだろう。
これも特に感じることはできない。
「本日も夕方より予定が入っております。御準備のほどをお願いいたします。」
「……」
空を見つめている。
おそらくだ。
自分でも何を捉えているのか分からない。
でも、なんとなく、ここを見ていると安心する気がする。
「また、本日より担当が変更となります。以後は、その者を御遣いください。お世話になりました。」
「……」
「失礼いたします。」
「……」
椅子に座ったまま、次を待つ。
どうせ今日もあるのだから。
「失礼します。」
「……」
「本日よりお世話をさせていただきます。オルメンドと申します。よろしくお願いいたします。」
「……」
「昼食をお持ちいたしました。」
「……」
「お食べになりますか?」
「……」
「お嬢様…?」
「……」
「お嬢様?聞いておられますか?お嬢様?」
体に振動が入る。
誰かに触れられているらしい。
ガシャン!
鋭い痛みが体を襲う。
倒れたらしい。
「お嬢様!!大丈夫ですか!?お怪我は!?」
「……」
「申し訳ありません!!すぐにお着替えをお持ちいたしますね!!」
「……」
体が妙に暖かい。
熱いとのかもしれない。
指を擦ると、湿っていた。
何かを被ったらしい。水ではなさそうだ。
「すぐに拭きますね!!!」
「……」
「申し訳ありませんでした……。」
「……」
「……失礼します。」
床に落ちたまま瞼を閉じてみる。
驚くほど速く眠りにつくことができた。
夕方の暖かさでいっぱいの外とは裏腹に、この部屋はいつもと同じ気温で自分を起こしてくれる。
目を開け、体を起こし、扉の前へと歩く。
「失礼…しまs、わぁ!?起きてらっしゃったのですね。準備ができているとのことです……。」
「……」
「お嬢様……その、お気をつけて……。」
馬車で貴族の屋敷へと走っていく。
帰ることができたのは夜が明けて、朝の明るさを堪能する前のことだった。
「おかえりなさいませ。お嬢様。朝食はお食べになりますか?」
「……」
「椅子に座っていただければ、御用意いたします。」
「……」
椅子に座る。
ご飯が出てきたので、それを口の中へと運ぶ。
いつもと同じ、無味無臭の物体。
おいしい食事など、この世にあるのだろうか。
「どうですか?普段と味を変えてみました。お口に合うと良いのですが……。」
「……」
「そうですか…。また、何か変えてみますね!」
「……」
ベッドで寝る。
ふかふかとは言い難いその場所で、動物みたいに包まって眠る。
「お嬢様。昼食のお時間です。お腹は空いておられますか?」
「……」
「そうですか…。でも、少しは何かお食べになった方がよろしいですよ。」
「……」
「では、スープなどどうですか?」
「……」
「今、そちらまでお持ちいたしますね。」
「……」
「どうぞ。お食べになってください。」
「……」
口にスプーンを押し付ける。
空っぽの体に暖かい何かが入って来る。
その温度はすぐにどこかへと逃げて行った。
「どうですか?おいしいですか?」
「……」
「また味付けを変えてみたんですよ。お口に合いますか?」
「……」
「…そうですか。また、何か挑戦してみますね!」
「……」
「失礼します。」
最近、耳鳴りが酷い気がする。
しかも、朝昼晩。毎日だ。
寝れば治るかもしれない。
その騒音との生活も時機に終わることを信じて。




