第七話
「どうした?顔色が悪いぞ。」
「これ…お肉じゃないの?」
「そうだろ、どう見ても。」
「な、なんで平然と…」
イザルナが帰って来る。泥だらけだ。あんなにきれいな服を汚して、どこに行っていたんだろうか。
「姫様」
「一人での外出は」
「「お辞め下さい」」
「ごめん、ごめん。ちょっと食材を取ってきたから。」
「そんなの」
「俺たちに」
「「任せてよ」」
「あ!」
「どうしたんです?」
「レンジはこっちね。」
果物と虫をくれた。まだ、生きている虫と膨らんだ果実に安心する。
「【共和国】の食事はお肉禁制なの。」
「え!?」
「レンジ」
「お前」
「「虫を食べるのか!?」」
ここに居る者が驚く。こっちの方が驚きたい。
「私はレンジと外で食べてくるから。私とレンジの分は食べていいよ。」
「「姫…」」
「良いのですか?中で召し上がれば…」
「良いのよ。」
「俺、一人で食べるよ。」
「良いから、早く行った。行った。」
イザルナに背中を押されて、外に出される。
皿に盛られた虫。乱雑に置いてある、果物。食べ物が違うなんて考えたこともなかった。
「【アルドリア】はね。獣人が居ないから、お肉を食べるの。【共和国】にお肉が無いのは、獣人が居るからでしょ?」
「そう…なのかな。」
「そうだよ。ほら、せっかく採ってきたんだから食べて。」
「う、うん。ありがとう。」
イザルナも当然のように食べてくれる。嫌な顔一つせずに。先ほどの反応を見る限り、相当異常な食べ方なんだろう。
「なんで、会ったばかりの俺にそんなに優しくしてくれるんだ?」
「仲間でしょ。期間なんて関係ないよ!」
「そんなもんなのかな…」
星空の下。ここで食べた味を忘れることはないだろう。
風は冷たく。人は暖かい。この場所に来れてよかったのかもしれない。臆病な俺でも変われるのかもしれない。そんな気がしてくる。
食べ終わるとイザルナと一緒に中に入る。
「次に狙うのは、ここ。川の近くにある施設。明日の夜にでも行動するから。」
「分かりました。」
「「了解!」」
「かしこまりました。」
「ふーん」
各々返事を返す。レイヴァンだけ微動だにしない。
「ここで解放した人たちは、川を使って、海まで流す。その後に船で【共和国】まで送り届ける。以上。」
その場では解散となり、部屋に戻る。
ガルフォードと二人だけになった部屋は少し寒かった。
「さっきはすまなかったな。知らなかったとはいえ…」
「俺も知らなかったし、こっちこそ配慮が足りてなかった。」
寝静まったこの家は虫と動物の声だけが響き渡る。
翌日の昼頃。武装した数人が馬に乗って、森の中を走る。
日が入らないこの森は昼夜問わず寒い。神経質なまでに全員が張り詰めた空気を演出する。
「大丈夫か?」
「な、なにが?」
ガルフォードが心配そうに顔を覗かせる。
「顔色が悪いぞ。」
「そ、そうか?」
「声も震えている様子だし。ほんと問題ないか?」
「だ、大丈夫だ。」
「あまり無理するとよくないぞ。」
「あ、ああ」
ガルフォードの心配は的中している。自分が心配でならない。以前経験した戦場は、一瞬で勝敗を決していたし本当の意味での実践は初めてだ。
人を殺す覚悟。殺される覚悟。仲間を失う覚悟。
どれも準備できていない。そんな状態で本当に大丈夫だろうか。
体の中がうるさく音を奏でる。これも落ち着かない。震えで剣が持てないかもしれない。足手まといになるかもしれない。足がすくんで動けないかもしれない。
あらゆる恐怖が体を優しく包み込む。
「怖いのか?」
馬に乗った状態で、ガルフォードは話しかけてくる。
今は誰かの声が心地いい。隣に生命を感じることが安心する。まだ戦場に居ないことを実感できる。
「少し、怖いんだ。」
「そうか。お前は強いな。」
「え?」
「強者は自分の恐怖を感じられる。最悪の展開まで想定できる。どこまでのシナリオを自分の中で展開できるかで勝負が決まる戦いもある。その場合お前は強いぞ。レンジ。」
「そ、そうなんだ…」
「俺だって、怖い。同情するわけではないが、初めての戦闘では一歩も歩けなかった。だから、ここで息を整えているレンジは立派だ。」
慰めてくれているのは分かる。励ましてくれているのは分かる。勇気づけてくれているのは分かる。
どれもどこかに刺さるくらい安心する言葉だ。
でも、それに勝るくらい体が震える。安心できない地面の上で、踊るように体がリズムを刻む。
夕方に施設の前に到着した。
「ここから別行動ね。ガルフォードとレンジ、私は中の人を外に逃がす。ジルとギル、フィリスはできるだけ敵を引き付けて。」
レイヴァンとオルメンドはお留守番だ。住居を守るのも立派な役割だそうだ。
3人で、歩き出し施設の前に立つ。
深く。深呼吸をする。何度も。何度も。頭の中の邪念を吐き出すように。
「行くわよ。」
「はい。」
「分かった。」
こそこそと近づく3つの影。
これに気が付く者は誰もいない。
日が沈み、影が世界を支配すると夜の住人が息をする。