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英雄譚  作者: 鈴木 雫
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第五十五話


(間話―兄弟喧嘩③)

・ジル視点


 男は剣をぶら下げてこちらを見る。

 脱力したような体は、はっきりと敵意を示していた。


「君たちだよね。脱獄したのは。」

「…」

「その沈黙は肯定とみなすよ。」


 その殺気ともとれる圧に押しつぶされそうだ。

 武器を持っていない子供に対して発するべきではないその雰囲気に、たじろぐ。


「子供だからと言って、容赦はできない。ごめんね。」


 その振りあがった剣はいとも簡単に、体を半分にした。

 血が噴き出し、起立を維持できない。

 地面に尻もちをつく。


「あれ…?」


 自分の体には傷がない。

 この痛みは、さきほど尻もちをついた時のものだ。

 手に暖かい感覚がある。

 手を見ると同時に目を見開く。

 ジルからあふれ出る大量の血液がそこにはあった。

 肩から腰に掛けて大きな傷があり、そこから流れ出る血液に理解が追いつかない。


「ジル…?」

「お、、、にい、ちゃん、、、」


 ジルが差し伸べた手は、冷たいのか暖かいのか分からない不思議な感覚を纏っていた。

 頭に入って来る情報が完結しない。

 何かがそれを拒絶している。自分が理解してしまったならジルがこの世から去ってしまうかもしれない。


「あれ、狙いがずれちゃった。まあ、良いか。どうせ二人とも始末しなくてはいけないものね。」

「お、お前!!!!」


 ようやく、自分の理解が追いついたらしい。

 でも、恐怖と混乱の中で発することのできた言葉は威嚇にもならない下品な言葉だった。

 腰が抜けた状態で少年がこの状況下でどれだけ滑稽で無様で無力だっただろう。それを見た、目の前の男の感想は聞くまでもないだろう。

 目の前の唯一の家族すら救えないその少年が周囲からどれだけみじめに映っただろうか。


「終わりだよ。」


 男は処刑人に見えた。

 処刑人から出た最期の言葉は現実的と言うにはあまりにでたらめだと感じた。

 遺言でも待っているように、一秒が数時間にも思える一瞬。

 目を瞑って、その一瞬を待つ。

 母からの贈り物を思い出す。それは、この状況を打開するためではなく、いつか兄弟として、家族として、誰かのために必要になるであろう『魔法』のことだ。

 そのおまじないを唱える。

 会話するように、懇願するように、独り言のように。


「『共鳴』」


 どんな『魔法』なのかは知らない。

 でも、目の前のジルを救えるのならなんだっていい。

 誰でも良いから、弟を助けてほしい。

 ジルの怪我が治っていき、逆に自分の体が傷ついていく。

 傷つきながら、頭の中に誰かの記憶が流れ込む。

 その記憶の多くには自分の顔が映っていた。

 第三者から見た自分の顔。表情。言動。威勢。生き様。

 これはジルの記憶に間違いがない。俺はこんなひどい奴だったのか。

 ジルの考えていることが手に取るように分かる。

 今、何を見ているのか。

 今、何を触っているのか。

 今、何を聞いているのか。

 まるで自分の体のようにすべてを把握することができる。

 次の行動が、言葉が、分かる。


「行くぞ。」

「うん。」


 二人とも素手で勝てるとは思っていない。

 でも、二人とも逃げると言う選択肢は持ち合わせていなかった。


「素手の子供がおかしな真似をするんじゃないよ。『魔法』が使えることには驚いたけど、それほど強力そうには見えないね。」


 確かに、戦闘向きではないと思う。

 でも、二人で呼吸を合わせれば武器を持っている大人相手でも多少は善戦できるかもしれない。

 震えは消えた。二人の意識がつながっていることで一人ではないことを実感できた。

 弟だけは死んでも守って見せる!


「ちょっとストップ。」


 聞き覚えのある女性の声。

 しかも、さっき聞いたくらいの親近感。

 声と同時に来たのは安心感だった。


「カイリスありがとう。」


 そこには、脱獄を勧めたお姉さんが立っていた。

 満足のいく結果になったとでも言わんばかりの表情だった。


「姫様。少々、出過ぎた真似をお許しください。」

「そんなことないわ。ありがとう。完璧よ。」


 目の前の会話が何を意味しているのか分からない。

 ジルも不可解な心情を浮かべている。

 でも、それ以上に助かったという安心感がそこにはあった。


「二人とも無事みたいだね。よかったよ。」

「こ、この人に俺たちを襲わせたのか?」

「そうだね。そうなるね。」

「なんで…?」

「簡単だよ。君たちの実力を確認したかったから。私に今後強力な仲間が必要だから二人には強くなって欲しいの。」

「それに」

「従う」

「「義理が無い気がする。」」


 気持ちの悪いくらいにジルと会話が成立する。


「うん。やっぱり、『魔法』が使えたんだね。しかも、強力な。」

「なんで」

「そんな」

「「知っているんだ?」」

「二人には仲良くしてほしかったからね。強引な手段ではあったけど、このやり方を進めさせてもらった。結果的に、兄弟間の絆が強くなったでしょ?」

「「ふざけるな」」

「ジルが」

「ギルが」

「「死にかけたんだぞ!!」」

「それは申し訳なかった。でも、本当に殺すことはなかったから許して欲しい。そして、選んで欲しい。私とついてくるか、二人で仲良く暮らすか。」


 目の前のお姉さんには苛立ったが、二人とも答えは用意してあった。

 決して、簡単ではない険しい道のり。

 この答えが正しいのかは分からない。


「「ついて行く。」」

「よかった。よろしくね二人とも。私は、イザルナ・アルドリア。第二王女だよ。まずは、カイリスに稽古をつけてもらって。たまに会いに来るから。」

「「分かった。」」

「うん。二人仲良くね。」


 ジルと『魔法』でつながった。

 絆と呼べるのか分からない代物。

 各々が相手を大切にしていることだけが伝わってくる。

 心に一つ決めておこう。ジルだけは死んでも守って見せる。

 後に、二人が喧嘩することはなくなった。


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