第五十四話
(間話―兄弟喧嘩②)
・ギル視点
「脱獄してみない?」
「「うん!!」」
兄弟揃って同じ答えを即答した。
おそらく、弟も悩まなかったのだろう。
この人にメロメロなだけかもしれない。
「じゃあ、頑張ってね。」
「え?」
手元にあった鍵で檻を開けてくれる。
「ある程度は案内できるけど、外までは連れていけないから頑張って欲しい。」
「え…」
冗談じゃない。
王宮の地理なんて知るわけがない。
この状態でほっとかれたら、すぐにでも捕まってしまう。
脱獄なんて知られたら、明日を待たずにその場で処刑されるだろう。
「外まで来てくれないの?」
「そんな可愛い声出されても、難しいね。私はそんなに自由を許されていないから。」
「え~…」
「すぐに会えるように頑張るから。ほら、行くよ。」
「う、うん」
「行くぞ。ジル。」
「ほら、お兄ちゃんみたいに気合入れて。」
「うん…」
ジルはお姉さんと手を繋ぎながら、歩いていく。
看守は居ない。どこへ行ったのだろうか。
空洞のような場所へと案内された。
空洞の前には人が入れないように格子がはまっている。
お姉さんは簡単にそれを取り外すと、そこへと俺たちを乗せる。
「ここからは二人仲良くね。」
「お姉さんは?」
「私は、後処理があるから。」
「でも…」
「ジル。くどいぞ。」
「うぅ…」
ジルの泣きそうな顔に苛立ちを感じる。
その空洞は風が吹いているように感じた。
外へとつながっているみたいだ。
あまり居心地の良い空間とは言えそうもない。
まず、匂いが酷い。あと、単純に汚い。
ここを進むのは抵抗があるが、進むしかない。
「ほら、行くぞ。」
「…うん。」
ジルを無理やり引っ張って歩かせる。
ジルはお姉さんが見えなくなるまで視線を離すことはなかった。
しばらく歩いた。
大人では通れそうもない狭い通路を四つん這いになり進んでいく。
全身が泥だらけだ。泥もどんどん湿っている。
外が近いのだろうか。
明るくなってきた。外だ。
ペースを上げて明るい方へと歩いていく。
「ま、待ってよ、お兄ちゃん!」
「静かにしろ。外に人が居たらどうすんだ!」
「お兄ちゃんだって、うるさいじゃん。」
「あ!?大体!いつまでめそめそしてんだよ!」
「泣いてないもん…」
「ちっ」
兄弟仲は最悪である。
それもそうだ。牢屋の中ではろくに話していなかったし。
「外だ。」
明かりが差し込めるその場所は、どこかの森の中のようだ。
周囲に人は視認できない。
脱獄に成功したということで良いのだろうか。
出口は狭く、子供でも厳しい。
無理やり体をねじ込んで外へと出る。
静かな森の中。誰かが歩けば音が響くであろうくらいの静けさ。
どこかも分からないが、ここなら数日潜伏しても問題ないだろう。
「ほら、ジル。来いよ。」
「俺…行かない。」
「は?」
「お姉さんが来るまで行かない。」
「お前…」
「お兄ちゃんと二人なんて嫌だ!!」
ジルは泣きながらそう訴えた。
弟の嗚咽だけが森に響く。
動物の泣き声よりも鮮明に、確かに、鮮やかに奏でられる。
「大人が来たらどうすんだよ!」
「うわぁぁん!!」
「静かにしろ!」
ジルは泣き止むことなく叫び続ける。
これでは誰かに気づかれるかもしれない。
すぐにでも止めなければいけない。
「どうしたんだい?」
「!?」
後ろから人間の声がする。
ジルの泣き声の中でもはっきりと聞くことができた。
男性の声だ。そして、大人。
「子供がこんなところでどうしたの?」
「い、いえ、べつに…」
振り返ることなく応対する。
冷や汗が止まらない。もし、兵士ならここで首を刎ねられるだろう。
「そこに誰かいるのかい?」
声色から優しい人物であると想定できるが、そんなことがどうでもよくなるくらい心臓がうるさい。
恐怖で声が出せない。
肩に手を置かれた。
「どうしたんだい?」
「っ!?」
「そんなに怯えて、大丈夫?」
「な、なんでも、ないです…」
「震えているけど?」
「少し、寒くて…」
「この気温で?」
「え、ええ。」
「まあ、良いか。その穴に誰か落ちてしまったのかい?」
「お、弟が…」
「そっか。助けるのを手伝うよ。」
そういうと、その男は穴に手を入れジルを引き上げた。
さすがは大人の力だ。ジルくらいの小柄な少年は簡単に持ち上がるらしい。
「二人ともかなり汚れているね。」
「お、俺たち、帰るので。」
ジルは声を出すことなく、涙を流し続けている。
ジルの頭を撫でようとした男が視界に入った。
剣を持っており、軽装な鎧を身にまとっている。
聞かなくても分かった。兵士だ。
どこからなんの目的でここに来たかは知らないが、あまり長居しない方が得策に思える。
「ほら、ジル、お礼を言って帰るぞ。」
無理やり平静を装い、行く当てのない帰路につこうとする。
「待ちなよ。」
「な、なんですか?」
「ここらで脱獄した少年を探していてね。見なかったかい?」
体中から汗が噴き出る。
震えが酷くなり、目の前が歪むようだ。
必死に平常心を心がけるが、向こうも異変に気が付いたみたいだ。
「どうしたんだい?そんなに震えて。」
「い、いやぁ…」
「そういえば妙だね。こんなところに遊びに来るなんて。」
「な、なにがです?」
「ここは、王宮に近いから侵入できないはずだけど。」
「!?」
「しかも、君たちは脱獄衆と特徴が一致しすぎているね。妙だね。」
男は何か確信をついたような笑みを浮かべた。




