第五十三話
(間話―兄弟喧嘩)
・ギル視点
家族が嫌いだ。
首に繋がった鎖がそれを象徴している。
首から伸びた鎖が引っ張られて前へと進ませる。
体の自由なんてない。どこにも居場所がない。めそめそ泣いている弟が自分をイラつかせる。
運ばれた先は牢屋だ。
何もない空間。しかし、空虚が自分を受け入れてくれる。
なんの変哲もない家族のはずだった。
両親が熱狂的な宗教嫌いであり、戦争反対派の思想を持っていなければ。
朝はみんなでご飯を食べ、父は仕事へ、母は家事を、俺たち二人は外へ遊びに行った。
充実とはこういう状況を指す言葉なのかもしれない。
そんな普通を自称する4人家族は教会に捕まった。なんてことのない罪状だ。
神を否定し、王家を愚弄する。捕まらない方が難しいくらいの罪。
両親が子供は関係ないと言っていたが、そんな思想の元で育った子供は危険であるとのことで俺たち二人も処刑までの日にちを数えるだけの人形になった。
冷たい空気が流れる地下牢は、快適と言うには苦しい場所だった。
父と母は各々牢屋を与えられ、俺たちは相部屋だった。
泣き声も疲れて出ない日々。そんな中、同室だった弟のジルはいつまでもめそめそしている。
兄弟とは言え、他人である。
他人の心情が分かるはずもなく、ただただその泣き顔を毎日眺めて過ごした。
兄だから。少し、ほんの少し早く生まれたからと言って同じ子供の面倒を見ろと言う方が難しい。
ついにイライラが頂点まで達してしまった。
「お前なんて嫌いだ!」考えたこともない言葉だった。
でも、言ってしまった言葉は何よりも早く、鋭く、的確に相手の心を抉っただろう。
いつまでもめそめそしている弟に、笑顔でまた暮らせると思っている自分に。嫌気がさしたのだ。
あの環境下で兄がこんな言葉を発したのだ。ジルが当時どう思ったのか想像しなくても分かる。
ついに口を利かなくなった。寝る時も、ご飯を食べる時も、何をするにも二人とも会話がなく、笑顔をなくなった。
それがたったの2、3日で起こった出来事なのだから恐ろしい。
こうやって、簡単に壊れてしまうそれが絆なのだと実感した。
ついに明日、処刑がある。
名残惜しくもないこの部屋ともおさらばだ。
もう、父と母の気配がしない。
そういうことだ。子供は最後らしい。彼らなりの配慮なんだろうか。
優しい限りである。
「ここがあなたたちの家なの?」
女の声だ。
高くもなく、低くもないその声はずっと聞いていられる。
視線を向けてみる。
そのきれいな金色の髪の毛と、絵画のようなその容姿に釘付けになる。
少し、年上だろうか。
子供だとは思うが、大人にも負けない貫禄がある。
「どうしたの?そんなに見つめて。」
「は、はぁ?み、見つめてねぇし!」
久しぶりに声を出した。
その声はガラガラでこの人に聞いてほしいと思うような声色ではなかった。
「ふふふ。可愛い。」
「な!」
どうやらおちょくられているらしい。
「きれいなお姉さん!」
ジルは自分の感情に素直だ。
その反応に目の前のお姉さんはニコニコしている。
何をしに来たんだろうか。
「良いね。素直で。この子とは違うね。」
「うん!」
こいつ…。
今まで元気がなかったくせにいきなりテンションを上げやがった。
「何しに来た?」
「あら、お口が悪いこと。」
「あ!?」
「そんなに怒らないでよ。」
「そうだよ。兄ちゃん。怒りすぎだよ。」
なんなんだ。こいつは。
散々ここで最悪な扱いを受けたのに、よく簡単に受け入れられるな。
しかも、この金髪は王家の証だ。
なんで、王族がこんな汚い場所に訪れるんだ?
「警戒してるのね、お兄さんは。」
「兄ちゃんは、機嫌が悪いの。」
「あら~。」
「な、なんだよ!」
「別に~」
全然狙いが分からない。
「何しに来たんだよ!」
「怒らないでよ。お兄さん。」
「兄ちゃん、怒りすぎだよ。」
「てめぇは黙ってろよ!!」
大声を上げてしまった。
ジルが涙目になってしまう。
お姉さんが驚いた顔をしている。
「兄弟喧嘩はよくないよ。」
「か、関係ないだろ!」
「そうだね。でも、今のはよくなかったよ。」
「でも!」
「もう。」
檻の中に手を入れてジルの頭を撫でる。
泣きそうな顔が少しずつ和らいでいく。
ジルを撫でながら微笑む。
その口から出たとは思えない、悪魔のような提案が聴覚を刺激する。
その提案が自分の人生で最も重要で、間違えてはいけない選択だと理解できた。
これを失敗することは来世であっても、記憶をなくしても、人間ではなくなっても後悔することになるだろう。
でも、即答することができた。
悩むことなく。その答えが一つしかないと反射で反応した。
悩む必要すら感じなかった。子供だが偉そうに言わせてもらうと、ターニングポイントで即答できないやつは決断力がないと思う。
この選択を後悔することは生涯を通じてないだろう。
「脱獄してみない?」




