第三十六話
「第三十六話」
コロコロと音を鳴らしながら馬車は道を走っていく。
【共和国】と違って、かなりきれいな道だ。ちゃんと整備されている。
でも、【アルドリア】では狼が馬車を引いているのが大分異質に見えるのかかなりの視線を集める。
「どうしたの?レンジ。」
「かなり見られてるよな。」
「そりゃね。【アルドリア】にはこれほど大きな狼はいないし、手綱を持っている人が居ないっていうのがかなり目立つんだろうね。」
「ふ~ん」
「なんだ」
「レンジ」
「「姫様の説明が不服なのか?」」
「そんなことないよ。」
最近ギルとジルに目の敵にされている。
イザルナと親しくなったのが気に入らないらしい。
だからって、一日中監視するような真似はやめてもらいたい。
「二人とも落ち着いて。」
「「ですが…」」
「イザルナ様の言う通りだよ。レンジ君は舞い上がっているだけなんだから。」
フィリスの余計な一言によって二人に火をつけた。
目力が強くなる。
「「そうなんだ。レンジ。」」
「ヒェっ!」
「やめろ。二人とも。俺たちは同志だ。仲間割れはよくない。」
いたたまれない空気の馬車は【ルミナール】へと到着する。
『魔法』によって発展した街。【共和国】では見ることのできないような建築。人ばかりの環境に違和感を覚える。
「すげぇ…」
「感心している場合じゃないよ。レンジ君。ここからが問題なんだから。」
「ここから?」
「そうだよ。」
すぐには街に入らず、近くの森で止まる。
「ルガンとレンジ、オルメンド、レイヴァンは待機ね。まずいと思ったら、フィリスか私が『移動』で帰って来るからその後に一緒に行動しよう。」
確かに、俺たちは目立ちすぎる。
しかも、〈ルミナール教〉の本拠地ともいえるこの街で他種族が確認されればイザルナの立場はない。
「分かった。ここで待っているよ。」
「じゃあ、行ってくるから。」
5人は街へと歩いて行った。
・イザルナ視点
今まで以上の緊張が自分の中を統治する。
うまくいく自信が全然ない。この街で下手な真似をすればどうなるか誰もが知っている。
王家と並ぶほどの権力。
もはや、ここの教皇は王よりも発言力があると言ってもいい。
深呼吸をする。
街では平和な生活を送る者の方が多い。
その中で顔を見られるわけにはいかない。彼らの生活を脅かそうとしているのだから。
教会に入る。
教会に入ること自体は簡単だ。別に神に会うのに許可はいらないから。
各々、神の像の前で手を合わせる。
「うまくいきますように…」
「信仰ですか?良いことです。」
後ろから、信徒が歩いてくる。
自分たちよりもかなり年上だろう。
「えぇ。神を信じることは素晴らしいことですから。」
「本当そうですよね。イザルナ・アルドリア様。」
こいつ、私のことを知っている。
まずい。ここでドンパチしたくない。
「警戒なさらないでください。何もする気はありません。」
「では、何用ですか?」
「少し、話しませんか?」
「…分かりました。」
「お一人でお願いします。」
「…いいでしょう。みんなは待機でお願いね。」
「「分かりました。」」
「はい。」
「何かあったらすぐに助けに行きますから。」
「ありがとう。行ってくるね。」
信徒の後ろを歩いていく。
何度かこの教会に来たことはあるが、この男は見たことがない。新入りだろうか。
宗教と言っても、階級社会である。
完全な年功序列で、年齢が高いほど能力に関係なく上に行ける。年齢が上であればその分、神を信仰しているということで。
だから、上の方の階級はめったに変わらない。
「ここでお話をしましょう。」
「分かりました。失礼します。」
室内は簡易的な宿泊施設のようだ。
家の無い者や訳アリの人間をここに泊まらせる。
そうすることで、神の御加護を受けれるらしい。
「なんのお話を?」
「あなたがいらっしゃった理由はなんですか?」
「ただ、神に祈りを捧げに来ただけですよ。」
「そうなんですね。売国奴だとしても信仰心は健在のようだ。」
戦争反対派の人間のことを【アルドリア】では売国奴と蔑まれる。
売国奴は神への忠誠心が足りないという理由で嫌悪される。そして、裁判にかけられ『魔法』の材料として施設に送られる。
だから、戦争反対派の人間は一見少なく見える。
「えぇ。王女として当然の義務ですから。」
「それにしても、あなたは少々やり過ぎましたね。」
「なんの話ですか?」
「施設の破壊。異教徒の援助。そして、信徒の殺害。すべてあなたの仕業ですね。」
「なんのことだか、理解しかねます。変な容疑をかけるのをやめていただきたい。」
「そうですか。神の足元で嘘をつくのですね。」
男は立ち上がり、私の後ろへと立つ。
「神の御加護はすべてに平等なのです。その平等を無碍にしたあなたには人間としての権利がない。」
「飛躍した理論ですね。妄想もいい加減にしていただきたい。」
肩に手を置かれる。
嫌な触り方だ。
まだ、父と暮らしていた時にもこんな営業をさせられたな。
「手を退かしていただけますか?」
「それはできません。ここで声を荒げればすぐに誰かが来てしまう。あなたが見つかれば仲間は処刑では済まされないでしょうね。私に従うしかないのですよ。」
「ご期待に沿えそうもありませんが、何をすればいいのですか?」
「この状況で理解できないあなたではないでしょう。」
「言葉にしなければ分からないこともあります。」
「そうですか。王家の営業玩具殿。」
ああ。自分が嫌になる。
王は代々男性が継承する。だから、王家に女性が生まれた場合。その子には権力も地位も名誉も与えられない。
その代わりに玩具としての生活を強いられる。
貴族、教会などの地位の高い者に幼少の頃から遊ばれる。
王家は顔が整っているし、教養もある。その上、権力も。
そんな人と絡みたいと思うやつは大量に居た。
王家は必要ない人材を利用できる。貴族は欲望を満たすことができる。
これほど利害が一致した関係もないだろう。
「経験に一人増えても問題ないでしょう。」
「……」
以前なら、こんな小娘の体で解決できるのなら安いものだと喜んで首を縦に振っただろう。
でも、今ではレンジの顔が浮かぶ。
彼の笑顔が自分の行動に制限をかけてくれる。
「私は、その提案には乗れません。」
「仲間を見殺しにするのですね。」
「いえ、守るためにここまで一緒に歩んできたのです。ここで、私が屈することがあれば、彼らに対する裏切りになります。」
「良い返答ですね。でも、間違っている。賢いあなたらしくもない。」
「下半身で会話しているようなあなたに説教されたくないです。」
「この状況で打開策はあるのですか?王女様。」
「一度退きましょう。その後に、目的を達成して見せます。」
「見せてもらいましょうか。」
「『移動』」
レンジたちの元へと帰る。
これで、深くまで侵入する手はずは整った。
ここから突入劇をはじめよう。
(間話―待機組の井戸端会議)
・オルメンド視点
「これはなんだ、レンジ。」
「暇つぶしに持ってきたんだ。」
「へぇ~」
二人はこういった状況に慣れているのか、自然にくつろいでいた。
自分は落ち着かないというのに。
レンジ君が持ってきたのはボードゲームのようだ。
自分の駒が相手の王様を倒したら勝ちという単純で複雑なゲーム。
おそらく、イザルナ様が教えたのだろう。
あれは【アルドリア】で有名なものだから。
「これがルールらしい。」
「らしい?」
「教えてもらったけど、全然分からなかった。」
「なんだ、流石レンジだな。」
「なんだよ…あ!でも、イザルナに勝ったことだってあるよ。」
おそらく勝ったのではなく、勝たせてもらったのだろう。
お嬢様はこういったゲームは無敗だったはずだ。
可哀そうな話ではあるが、彼が勝てるとは思えない。
「すごいな。あいつはこういうの得意そうだから負けるイメージがない。」
「すごいだろ!」
ドヤ顔で勝ち誇っているのが可愛らしい。
お嬢様はこういう少年らしい子が好みなのか。
「ルガンもやってみろよ。意外に楽しいから。」
「そこまで言うなら…」
対局は玄人と素人で異なる。
時間も駆け引きも。
ここが面白いところだ。同じゲームをしているはずなのに、まったく違うゲームに見える。
「これはどうやって動くんだ?」
「それは…前進だね。」
「これは?」
「それは…横に動くんだっけな…」
違う。その駒は斜めに動くんだ。
お嬢様が手取り足取り教えているのが見ていて分かる。
「何をしたら勝ちなんだ?」
「それは簡単だよ。全部なくなったら。」
これも違う。王を失ったら負けだ。
普段どうやって遊んでいるのか気になる。
これでお嬢様が負けたというのが信じられない。
「意外に簡単そうだな。」
「だろ?一回やってみようよ。」
「そうだな。」
数分で決着がついた。
盤上はカオスである。
駒が動くはずのない動きをして、規則のない戦場では死者が動き出す。
もはや、新しいルールを作った方が良い。
「オルメンドさんもどうです?」
「え?」
ルガン君は、私が暇そうに見ていたのが気になったらしい。
「そうですよ。まだまだ時間があるだろうし、オルメンドさんも一緒に。」
「え、あ、はい。」
どうしよう。こんなルール全無視のゲームをどうやって把握すればいいのか分からない。
二人のキラキラした目線に断れない。
「え、ええっと、ごめんなさい。私ルールをよくわかっていなくて、教えてもらえる?」
「良いですよ!これは、こうやって動いて。これも、同じ動きをして。こっちは……」
レンジ君が丁寧に教えてくれる。
知っている動き方と違う。
これを暗記するのは不可能に近いだろう。
親切に教えてくれているところ申し訳ないが、なにもかもが間違っている。
正解は一つもない。よくお嬢様は頭が混乱しないものだ。
「……で、最後まで駒が残っていたら勝ちです。」
「へ、へぇ~…。ちょっと難しかったから、やりながら教えてくれる?」
「もちろんですよ!オルメンドさんでも分からないことがあるんですね。」
「え、ま、まぁ…」
「いつも完璧だと思っていました。これは【アルドリア】でも広まっている遊びだと聞いたので。」
「分からないことくらいあるよ。人間は完璧ではないのだから。」
適当な答えで避けた。
これ以上しゃべって、墓穴を掘るのは避けたい。
対局が始まった。
駒を動かす度に質問する。
子供と遊んでいるような感覚に近いだろう。
先ほど同様、盤上はめちゃくちゃである。
「俺の勝ちだ!!やった!」
「強いね。レンジ君は。」
うん。分からない。
三手目くらいで勝敗はどうでもよくなった。
「レンジでも勝てるってことは俺でも勝てるんじゃないか?」
メイドとして育てられて十数年。こんな言動を取ろうと思ったことはない。
手が出そうだ。
今パンチを繰り出す寸前だった。
沸点を超えた怒りを全力で治す。
「そうね。ルガン君もやってみる?」
「是非。」
負けるわけがないと思っているその目に、涙を浮かべてみたい。
ルールが分からないゲームで勝つしかない!
もちろん負けた。
なんで、こんなにも呑み込みが早いんだ二人とも。
「俺も勝てた!才能あるかもしれない。」
「ふふふ…」
笑って何とかごまかしたが、今キックしようか真剣に悩んだ。
仕事柄、煽りや無茶ぶりには耐性があると思っていた。
しかし、なんだこの感情は。
言い方が悪いが、この二人に負けたという事実が気に入らない。
勝つまでやりたい。
「も、もう一回しない?」
「良いですよ!」
時間はまだあるらしいし、一回でも勝てたなら私は満足することができるだろう。




