第三十一話
おそらくここは地下だ。
ここへ連れてこられたときに階段を下ったし、妙に寒かった。
だから、階段を登ればすぐにでも脱出できるだろう。
来た道は覚えていないが、ガルフォードは迷いなく進む。
「貴様ら!何をしている!!」
番犬が気づいたらしい。
気にも留めないような弱い殺気をまき散らしながら、こちらへ寄って来る。
最近、自分がどんどんたくましくなっている気がする。
多少のことでは動転しない程度には。
「俺がやろう。」
ガルフォードが剣を抜く。
相手は犬の獣人。純粋な力比べならば人間が勝てるわけがない。
体格が大きく違う。
成人の人間、およそ二人分の身長。
よく発達した腕の筋肉。
人間では扱うことのできないであろう大きな剣。
でも、ガルフォードが負けるところが想像できない。
それは、戦場で培った勘と技術の差が明確に違うからだ。
戦闘は力比べではない。勝ち負けを決める儀式だ。
ここに見た目のアドバンテージは関係ない。
ガルフォードが切り込み、懐に入り込む。
そのあまりの唐突な速度に獣人が反応できていない。
剣を振り回す獣人に対して、剣を適当に当てて態勢を崩させる。
その隙に、剣の柄で相手の腹を殴り、前かがみになったところで頭に蹴りを入れる。
あっという間に獣人は意識を失い、その場に倒れる。
一瞬の攻防すべてが決まった。
「外を目指すぞ。」
ガルフォードにはいつもの茶目っ気な顔は存在しない。
狂気に満ちたその真剣な顔色は誰もを圧倒する。
その後にも数人の獣人と出会ったが、難なく通り過ぎることができた。
前から思っていたが、彼らは【アルドリア】でどのような役職だったのだろうか。
一般兵にしては強すぎる。
近衛でもしていたのだろうか。
この力を見た後ならばなんだって信じられる気がする。
一台の馬車が屋敷の前に到着する。
「乗って!」
馬車の中からイザルナが顔を見せ、手を伸ばす。
飛び乗るようにして、馬車の中へ入り込む。
このまま、どこかへ一台の馬車が消えていく。
・ロスカーン視点
「どうですか。お気分は。」
「今までにないほど素晴らしいよ。」
「良かったですね。うまくいって。」
「あぁ。面白いくらいにうまくいった。万事狙い通りの結果だ。」
「あの子はあの子で、うまくいったと思っているでしょうね。」
「そう思ってもらわなくては困る。私の演技が台無しだ。」
「では」
「あぁ。戦争終結後にレンジ・セレシアを奪還する。」
「かしこまりました。すぐに【エルダローズ】【アッシュホルム】【セレシア】に遣いを送ります。」
「頼んだぞ。彼の似顔絵は?」
「ここに。」
「これを複製しておけ。いずれ必要になる。」
「戦士も育てておきます。」
「必要ない。」
「ですが…」
「内戦では他種族どうしが殺しあえばいい。おいしいところだけいただく。」
「仰せのままに。」
「次にこの地を収めるのは我々、獣人だ。」
・レンジ視点
イザルナの導きにより、船のある隠れた港まで到着した。
屋敷内で地図を見つけたらしい。
それでこの場所が分かったのだ。
自分が【エルダローズ】で借りようとした船の数倍はでかい。
やっぱり、あの船は移動用には使えなかったのか。
専門外のことは何も知らない。
「じゃあ。行こうか。【アルドリア】へ。」
船は進みだす。
航海に慣れているのか、みんなテキパキと働く。
自分にはすることがないくらいに。
船から遠くの景色を見る。
どんどん自分が育った環境が小さくなっていく。
そのうちに見渡しても何もなくなってしまう。
「良い風だね。」
「そうだね。」
イザルナが話しかけてくる。
「船の操作は良いの?」
「私よりもみんなの方が詳しいからね。邪魔になるだけだよ。」
「俺よりは役に立つよ。」
「自己評価が低いんだね。私の婚約者は。」
「こ、婚約者!?」
「なに?」
「い、いや、そこまでいってるとは…」
「本気だよ。」
「そ、そう。よ、よろしく?」
「なんでいつも疑問形なの」
彼女の笑顔は太陽に照らされて、見たこともない美しい景色を脳裏に刻んだ。
「そういえば、浮気したんだって?」
「は?」
「ギルとジルから聞いたよ。牢屋の中で求婚してたって。」
あのガキ共。
余計な事ばっか言いやがって。
「違うよ。あれは…」
「私、浮気には厳しいからね。」
「違うって…」
「分かってる。からかってみただけ。」
頬に手を置かれ、そっと顔をイザルナの方へ向かされる。
そのままお互いの口を交わす。
「私、狙った獲物は逃がさないからね。」
「肝に銘じておきます。」
「なら、良いの。」
そのまましばらく海を見つめる。
二人で。何もない空間を。




