第三話
結論から話そう。地獄だった。
まず、時間割り。寝る以外の時間は訓練。訓練。訓練。
訓練内容は、体が動かなくなるくらいにしごかれる。
戦術等も頭に叩き込まれる。
部屋に帰るころには、へとへとで喧嘩ばかりしていたリオフィンとは抱き着いて寝るくらいの仲にすぐになった。
「づがれた…」
「大丈夫か?レンジ。」
リオフィンが水の入った器をくれる。
「助かるよ、フィン。」
「お互い様だろぉ、次の飯で野菜が来たら食べてくれ!」
「嫌だよ~。」
「ふざけんな!今飲んだ水返せよ!」
「無理、無理。」
「ほんと仲よくなったな。」
「そうか?」
「そうだよ。」
「トーマだって、みんなと仲いいじゃん。」
「そうだけど…」
この生活を送ったら誰でも仲良くなれる気がする。
仲の良い者が居なければ成り立たないと言っても過言ではない。
「ついにだね。」
「そうだな。」
明日戦地へと向かう。
戦いへの前日ということで今日は早めに訓練を終え、食事だ。気が休まらないが、豪華な食事が揃っている。これが最期の晩餐とでも言っているようだ。
「ちょっと外に出てくる。」
「どうした、レンジ。緊張してんのか?」
「そんな訳ねぇだろ。」
外の空気を吸う。
体が震える。緊張からなのか、寒さなのか分からない。
でも、怖い。戦場に行くのが。いつも、誰にも見えないところで剣を振った。怖かったから。戦場へ行くのが。
文字が読めないので、村の人に聞いた英雄譚があった。そこに登場する英雄たちはキラキラしていた。こんな臆病者とは違ってキラキラしていたのだ。
戦術の授業で習った『魔法』と言われる技術は、人を殺す。それも一瞬で。そんな戦場で俺は英雄になんてなれるだろうか。なってもいいのだろうか。
恐怖がすべてを支配している。
【グレンウッド】は森が大半を支配している。だから、建材等に使われる木材を様々なところに提供しているらしい。
こんな深い森を目の前に、自分の恐怖の深さを実感する。
「はぁ~」
「どうした?」
「わぁ!」
「なんだよ。」
リオフィンが後ろに立っていた。
「な、なんだよ」
「追いかけてきた。」
「見ればわかるわ。」
俺の隣に腰を置き、森を見つめる。
「助かった。」
「は?」
「助かったよ。お前のおかげで。」
「何言ってんだ?」
「レンジが訓練中にキラキラしてたから、俺たちも頑張れた。」
「そ、そうか?」
「そうだ。だから、助かっただ。」
「やめろよ、恥ずかしい。」
「そうだな、恥ずかしいな。」
リオフィンは冷たい目で森を見つめていた。
「正直、ここに来たばかりの時は自分が一番だと思ってた。でも、今はそう思わない。だって、ここで一番怯えてるのは俺だもんな」
リオフィンも体が震えていた。
「もう、解散だそうだ。部屋に帰るぞ、レンジ。」
「分かった。」
夜の冷たさに震えを置いて、暖かい部屋に体を運ぶ。
翌日から、移動だ。この大陸の最も東側。そこが戦場らしい。
【アッシュホルム】。戦場に変わる前までは自然豊かな場所だったらしい。
今では生臭い匂いと、焦げた空気がすべてを包んでいる。
どんどんと敵国の兵士を海へ追いやっているそうだ。もう少しで陸地は戦場ではなくなるらしい。
海上での戦闘は技術の差が開きすぎて、話にならないらしい。
現国王は、何度も戦争を終わらせるために協定を結ぼうとしているが、【アルドリア】は一向に振り向かない。
戦場には、人間、エルフ、ドワーフ、ハーピィ、獣人。様々な種族が集められる。
剣に盾を装備して、命令を待つ。
皆、目から正気を失っている。震えが止まらない。
「突撃!!」
声がかかったと同時に走り始める。大声で牽制しながら、驚くほど人が居ない。むしろ撤退しているように見える。
逃げていくその背中は何かに怯えているようにも見える。
足では追いつけそうもない。
獣人が信じられない速度で走っていく。
逃げていく敵国の目線はこちらではなく、天上に向けていた。
ふと、上を見る。
「ははは…」
空を覆う大きな魔法陣が描かれており、雲に隠れたその姿は絶望を振り下ろしていた。
他の面々も気づき始め、剣を捨て逃げ出す者も少なくなかった。
赤く光るその魔法陣は一つの大爆発を引き起こした。
目の前に飛び散る、赤い血液。全身に伝わる、激しい痛み。想像を遥かに超える、非道な姿。
これが英雄を目論んだ最後の視界だった。