第二十七話
「第二十七話」
・イザルナ視点
彼が帰ってきた。
万全な状態ではないけど。毒を盛られていたらしい。
まだ、目を覚まさないけど死ぬような毒ではないらしい。
数日中に目を覚ますとのことだ。
最初はガルフォードが世話をしていたけど、無理を言って変わってもらった。
ガルフォードも本調子ではないし。
目を覚まさない彼に、『回復』をかけ続け、食事を食べさせる。
夜は馬車の中で一緒に寝る。
なぜかいつもよりも熟睡できる。
この旅で初めての野宿を経験した。最初は全然眠ることができなかったし、お風呂がない環境に慣れることができなかった。
いつでも明るい彼やみんなを見ればそんなことは関係ないと学んだ。
彼に怒られたこともあった。自分が捨て石になれば解決できると考えてた。それが、家柄が取り柄だけのお姫様にできる最大の役割だと思ってた。
でも、彼は自分を大切にして周りをよく見ろと言った。
家柄だけのお姫様を受け入れてくれていたのは彼だけじゃなく、ここに居るみんなだと教えてくれた。
彼は名前で呼んでくれる。姫という立場ではなく、一人の人間として見てくれている感じが好きだ。
彼の立場を考えない行動は過去に見たことのない人物像だった。
だから、彼のことが気になっているのかもしれない。
自分の腕を枕にしている彼の頭にそっと口づけをしてみる。
彼の症状が早く良くなるおまじないであると、自分に言い訳して。
・レンジ視点
暖かい。暖かくて、安心する匂い。
感覚が戻ったらしい。
または、まだ夢の中みたいだ。まだ、ふわふわとした感覚が残っている。
目を開けてみる。
馬車の中で眠っているみたいだ。
目の前にはイザルナが眠っている。
彼女の腕の中で眠っている。頭を彼女の腕の上に転がし、背中に手を回され抱きしめられている。
この状況に困惑する。
動けそうもない状況に、どうすることもできない。
上を向くと、綺麗な寝顔が俺を見つめてくる。
こんなに異性と接近したのは、アリセナ姉くらいのものだ。
アリセナ姉は、肉親みたいなものだから緊張はしなかった。でも、今は違う。
馬車の中に心臓の鼓動が鳴り響いているのではないかと思うくらいには、緊張している。
俺が目を覚ましたのに気付いたのか、イザルナも目を覚ます。
「おはよう。レンジ。」
「あ、あぁ。おはよう…」
「良い夢見れた?」
「そうだね。悪くない夢だったよ。」
「そう。よかった。」
腕をどかしてくれるのかと思ったら、さらに抱きしめられ接近する。
「ちょっ」
顔を近づけられ、キスをされる。
頭が真っ白になり、わけが分からなくなる。
「……………………」
言葉にならない悲鳴のようなものが自分の中に響き渡る。
え、今のは、なに、なにしたの、今、俺、
自分の中には疑問と困惑が行ったり来たりしている。
彼女はそのまま眠ってしまった。
なんでこの後に寝ちゃうんだよ…
どうしよう、眠れるわけがない。
結局そのまま朝を迎える。
イザルナも目を覚ます。
「お、おはょぅ…」
「おはよう。レンジ。久しぶりだね。」
「そ、そう、っすね」
「どうしたの?」
「い、いや、別に…」
「そう?みんなのところに行こう。」
「う、うん。」
なんだ、あれは夢だったのか。
おかしいと思った。
イザルナは何も覚えていないみたいな態度だし、何もなかったんだ。
久しぶりに起きたから、寝ぼけてただけだ。
そうに違いない。
でも、なんでイザルナと添い寝していたのだろうか。
「おう、目を覚ましたか。レンジ。」
「うん。迷惑をかけたね。」
「そんなことはない。気にしすぎだ。」
「ありがとう。」
「レンジ」
「大丈夫か?」
「もう元気になったよ。助けてくれてありがとう。」
「「気にすんな!」」
「レンジ君。よかったよ。」
「フィリス。ありがとう。」
全員の顔を見るのも久しぶりだ。
どれくらい経ったのだろうか。
経った時間を予想することは難しい。
と言うか、ここはどこなんだろうか。
馬車で来ているということは、ルガンも一緒なんだろうか。
「よう、レンジ。」
「ルガン!馬車を走らせてくれたんだ。」
「あぁ。これからもよろしくな。」
「これからも…?」
「そのあたりはご飯を食べながら話そうよ。」
イザルナがそう言って、全員が座る。
「これから、【グレンウッド】に向かう。そこで船の手配をしようと思って。」
「ごめん、俺がへましたせいで…」
「そうじゃないの。【エルダローズ】の管理人が変わってしまって、船が手配できなくなった。新しい管理人は、内乱推奨派で過激な方だからね。これ以上、あそこには頼れない。」
「なんで、王都ではなくて、【グレンウッド】?」
「王都に戻ることはできないよ。時間がかかるし、【グレンウッド】では、レンジの名前を使えば簡単に話が進むと思ってね。」
「そっか…」
俺が下手な真似をしなければ今頃、海に出れていたはずなのに。
気を使ってくれているのが分かる。
大体の状況は理解できた。
でも、そんなにうまくいくだろうか。
俺の名前を出したところで、獣人はお願いを聞いてくれるだろうか。
現状の疑問点を解消するには行くしかない。
食事を終え、一人の時間がやって来る。
「レンジ。」
「イザルナ…」
「横座るよ。」
「どうぞ。」
少し気まずい。
やっぱり、朝の出来事は現実だったのではないだろうか。
静けさの中に緊張が漂う。
「いつもみたいに『魔法』を教えてあげようか?」
「お願いするよ。」
「良いよ。」
何ら変わらない、いつもの会話。空気。態度。
緊張しているのは俺だけか。
変な気を起こさないように注意しないと。
「上達してるね。」
「ほんと?」
「うん。見違えたよ。努力の賜物かな。」
「それはうれしいね。」
「朝、気づいた?」
「………な、にが?」
「そう。起きてたよね。」
「…ごめん。起きてたし、眠れなかった。」
やっぱり夢ではなかったし、相手も覚えていたらしい。
でも、彼女の真っ直ぐな目から視線を外せない。
「なんで、あんなことを?」
「答えを言わなくちゃ分からない?」
「それは…」
だって、ありえないだろう。
一国のお姫様が、こんな一般人を…。
「お姫様はもっと幻想的な恋をしてると思った?」
「……なんで、分かったの?」
「顔に書いてあるよ。」
村で聞いていた英雄譚に出てきた、お姫様はもっと波乱万丈な恋愛をしていた。
こんなあっさりしていた人など見たことがない。
俺のどこに惚れる要素があったのだろうか。
「人それぞれだよ。レンジは何かの物語のお姫様を想像してたでしょ。」
「それは、そうだけど。」
「私だって、ただの人間だからね。こういう感情も当然のように備わっているの。」
「そうだけど…」
「答えは?」
「答え?」
「何か、前進するときには問いに対する答えを用意しなきゃ。」
自分が彼女のことをどう思っているのか。
その問いに対する答えは頭の中から簡単に見つかった。
死ぬ寸前で助けてくれた彼女。
いつでも、明るく笑顔をくれる彼女。
自分に勇気を与えてくれる彼女。
自分が好きにならない要素があっただろうか。
手が届かない花には興味を示さないようにしていた。傷つくのが嫌だったから。
でも、この旅を始めたときに臆病な自分を捨てたように。勇気を持った自分でありたいと思ったように。
手を伸ばしてみたい。手を伸ばして、花を掴んでみたい。
「お、お願いします?」
「うん。良い答え。」
誰も見ていない空間で、誰にも言えない口づけを交わす。
お姫様と農民の恋が実ることはあるのだろうか。




