8.大きな子ども
ダンジョン内での騎士団員達の行動を、騎士団長とダンジョン内部へ共に同行したギルド長から聞いた面々は、あまりひどさに閉口した。
「まさか、これほどまでに愚かとは……」
グレイセスは両目を片手で覆い、深くため息をついた。
騎士団員達の行動内容は、ダンジョン内部を探索するより前に遡る。
はじめにギルド長が共に同行することに難色を示し、我々だけでも十分だと誇示したそうだ。
騎士団が先発隊としてダンジョンを探索する場合、ギルド長かギルド長が信頼している冒険者を同行させるのは決まりである。
騎士団と冒険者、双方のダンジョン探索内容の齟齬を避けるためだ。
逆に冒険者が先発隊の場合、上位の騎士が一人か二人ほど探索に同行する決まりだ。
ダンジョン内部に入ってみれば、出てくるのはBランクか時折Cランクの魔物。これなら我々でも簡単だと思ったのか、騎士団員達はチームワークもなく個々で動き出した。
怪我をすれば、なぜ助けないと大騒ぎし、逆に事前に気付いて助ければ、我々でも倒せたと言う。
何度も何度も魔物を痛めつけるように討伐する様を見せられ、新規ダンジョンを探索するという未知の領域の危険性をまるで理解していないという……ダンジョン探索するうえであるまじき前代未聞の行動を多く起こしていた。
これを見たギルド長は、コイツらは騎士団で何を学んでいるんだ? と、なんともやるせない気持ちになったそうだ。
「では、こちらをお納めください」
と、ギルド長はあるブローチをグレイセスの前に差し出した。
受け取ったグレイセスはそれを面前に掲げ、目を細める。
「これは記録魔道具だね」
記録魔道具とは、文字通り起きた事象を記録する魔道具のことだ。ダンジョンで手に入る宝具ではなく、人の手によって作られた魔道具。
魔道具は、ダンジョンで手に入れることができる魔石を原動力として作られており、魔道具にはそれを作る専属の職人がいる。
「はい。それは今回のダンジョン探索での騎士団員達の行動を記録したものです。騎士団長も同じ物を持って記録したので、どうぞ証拠としてお持ち帰りください」
ギルド長がそう言うと、サッと同じようなブローチを騎士団長はグレイセスに差し出した。
「ありがとう。存分に活用させてもらうよ」
騎士団長から受け取り二つをまとめて懐に入れた時、応接室の扉が叩かれた。
「どうした」
対応に立ち上がったギルド長が声をかける。外からは「副ギルド長です」と聞こえて、ほっとしたのもつかの間、「緊急事態です」との言葉に応接室のメンバーが緊張が走った。
グレイセスは兜をかぶり直し、ギルド長に開けるよう指示をする。
「会談中に申し訳ございません。私どもでは口も手も出すことが憚られまして……外に出した騎士団員達が冒険者の一部とまた……」
応接室に入り一礼をしたあとの副ギルド長のなんとも言えない表情に、一同は「またかよ」と苦虫を噛みしめた。
そんな中、騎士団長だけは顔を赤くするほど憤怒の形相をし「もう許せん」と、グレイセスに挨拶だけはしっかりと行い足早に応接室を去っていった。
「……まあ、先の暗い騎士団員達は置いといて、ダンジョンの話に戻そう」
副ギルド長がギルドの業務に戻り、仕切るのをグレイセスからギルド長に変わり、再びダンジョンの探索内容に話が戻った。
「今回のダンジョンは初期に見つからなかったことから、内部も未知のものだと判断したんだが……内部は肩透かしだった。探索に同行したメンバーも探索に特化した奴もいなかったし、あれでなぁ……まともに探索ってのもなぁ……」
疲れとため息が隠すことができず、ギルド長は大袈裟に肩を落とした。その様子を見たルティーナはあれだなと思い至った。
「大きな子どもの子守みたいな?」
「「ぶはっ!」」
「そう! それだ!」
ルティーナの大きな子ども発言にアルゼスとグレイセスは吹き出し、ギルド長は腑に落ちたと言わんばかりに大いに乗った。何が子どもかはお察しの通りだ。
「それが一番、的確な表現だな」
うんうんと頷きなら納得した表情をするギルド長。
ギルド長にとって騎士団第二部隊は大きな子ども認定された瞬間だった。
きっと騎士団長も反対しないだろう。
「図体と頭のデカい子どもなんて、なんて面倒な」
「まったくだ」
「無駄に知恵が働くぶん、手がつけられないのね」
「ウチの倅が可愛く見えるぜ」
ノリノリで応酬するルティーナとギルド長に、何がツボったのか聞いてる二人の男は笑いを抑えきれず口元を手で覆っていた。
「くくくっ、やめてくれ」
「いやいや、ダンジョンの話だよ二人とも。……面白いんだけどね?」
グレイセスに諭され、ようやく本題に戻った。
「そうだな、今回はダンジョンの探索をメインにやってほしいんだ」
「討伐よりもか?」
「おう、討伐は出くわしてしまったらやればいい。ぶっちゃけ、あれで終わりだとは到底思えなくてな。……ただの勘なんだけどな」
ギルド長はこういうときの己の勘をとても大事にしており、今回もそれを感じていた。
「そこでだ、探索は氷華に一任したい」
「私?」
「そ、俺が知る中で一番適任だ」
ギルド長の判断に、アルゼスもグレイセスも納得した。間違いなく、それは彼女が一番適任だろうと。
探索魔法は無属性魔法の初級に分類される。
無属性魔法と特殊魔法は誰もが使用できるが、それは精密な制御に集中力と精神力が必要とされ、上級の魔法となると誰もが使えるとは限らなくなってくるのだ。
そんな初級の探索魔法だが、ルティーナが使う探索魔法はひと味違う。転生者の記憶があるせいで、妙に立体的で探索分布もかなり広い。
魔物の出現場所も把握でき、隠し通路や隠し部屋も見つけることもあり、探索にこれほど適正ある者はなかなかいないと言われるほどだ。
「そこで相談ってか……提案なんだが、氷華には探索に集中してもらいたいから、白鎧と黒銀には氷華の護衛をやってほしいんだ」
「……はい?」
ギルド長の提案に、ルティーナは思わず疑問で返してしまった。
「ああ、構わないよ」
「了解した」
「えっ?」
あっさりと了承する自国の王太子殿下と公爵令息に、ルティーナは言葉が出ない。
「あの、ちょっ……」
「いやあ、よかった。三人ともよろしく頼む」
よろしくない。非常に心情によろしくない。
自国の王太子と、現貴族の最高位の公爵家の令息に護衛されて探索に行くとか……胃が痛くなりそうだ。
だが、もう後戻りはできないだろう。
頑張って態度を一貫させているが、ルティーナは元来小心者だ。元婚約者との婚約解消だって、とても緊張したのだ。
その元婚約者より上位の身分の者と探索なんて、いつか不敬を働いてしまうのではないかといつも緊張している。
(……頑張れ私、腹を括ろう。自分の任務を全うすればいい……)
そして話は、一行が新規のダンジョンに到着した時刻へと戻る。