20.男達の会談
今までで一番文字数が多くなってしまった……
録音魔道具が止まり、音声による報告は終了した。
報告というよりは雑談に近かった気がするが、ギルド長は気にしないことにした。
「これで録音は終わりだ。悪いな、俺の一存であの幼竜の名前とかいろいろ決めちまって」
「それは構わねぇよ。変な名前でもねぇし。ルリだっけ? ここに連れてくるより氷華のそばにいたほうがいいって判断したんだろ? 世話はグレイからも聞いているから問題ねぇよ。むしろ、なんの説明もなく寝ている間にアレコレ決められちまった氷華のほうが不憫だろ」
「まぁな……」
申し訳なさそうに眉尻を下げるギルド長に、あっからかんと返す国王。だが、寝ている間に幼竜の世話を勝手に決定された氷華は怒ってもいいだろう。
(嬉しそうだったけどな……)
王城に来る前に見たルティーナの表情は、とても世話を嫌がっているようには見えなかった。
むしろ逆だ。とても嬉しそうにしていた。
ギルド長の脳裏には、常にルティーナの言葉に反応して一喜一憂する幼竜――ルリの姿が思い起こされた。
すり寄り甘えた声をあげて撫でられるのを待つ。犬のように見えた。竜だが。
それをルティーナは柔らかな笑顔で見て、撫でていた。
「オルゲン、あなたをもってしてもそのルリは連れてこれなかったのですか?」
「氷華が寝ている間にちっとそばを離してみようかと思ったんだが敏感に察知してな、ここなら手を出せないだろうと氷華の上に掛けてある上掛けの中に潜るんだ。下手すると、大声で鳴くだろうよ」
宰相の質問に、すでに自身が試した行いを告げる。
鳴きはしないものの低く唸り威嚇する様は、手を出しづらかった。
「それは……、すでに刷り込みが完了しているとみていいでしょうか?」
宰相は一番初めに見た存在を親として判断して敬い慕う生き物の例を挙げた。
だが、ギルド長はそれとはちょっと違うと思った。
自分にとって必要な存在だから離れない。幼竜からはそんな気配がひしひしと感じられた。
「いや、そうでもないよ宰相。アルゼスとは会話も成立していたし、私とも意思疎通がとれていた。録音を聴くにギルド長の言葉にも反応を返していたからね」
グレイセスがそう言えば、それに同意するようにギルド長は頷いた。
「そうだな。生まれたてとは思えんくらい賢いと思うぞ。人見知りっつーわけでもなさそうだった。イデアに撫でられて嫌がりもしなかったし」
そのときのことを思い出し、ギルド長は目元を緩めた。
「ただなぁ、氷華と離れるのだけは嫌がったな。そういう気配や行動を見せると全身で拒絶するんだ」
「なるほど、そうですか。では、アルゼス様。会話というのは?」
宰相に話を振られたアルゼスは、その状況を思い浮かべ宰相の問いに答える。
「ああ、ギルドに帰還するにせよ、一度、街に入らなくて入らなくてはならないだろう? ルリをそのまま連れて歩くには抵抗があったから、どこかに隠れているように言ったんだ」
「そしたらその幼竜、なんと氷華のフードコートの中に潜り込んだんだ。アルゼスが「そこに隠れるのか?」と訊ねたら、ひと声鳴いて答えたんだ。私には、『これで大丈夫』と言わんばかりに聞こえて思わず笑ってしまったよ」
アルゼスの話の続きをしたグレイセスが、そのときの光景を思い出したのか口元に拳を当てて笑う。
「氷華のフードコートの機能を知っていたのかは分からないが、隠れるのには最適ではあったな」
「言葉を理解し、それに準じた行動がもうできているのですね」
実際に幼竜と接したアルゼスとグレイセス説明に、ギルド長の賢いと言った言葉に宰相は納得したように頷いた。
「そこはまあ、氷華からの定期報告で順に分かるだろ。そう言ってあるんだろ?」
「おう」
「なら、今ここで無理して決断を焦る必要はねぇ。氷華に危険が及ぶものなら考えるが、お前達から見ても危険だとは感じなかったんだろ? 宰相も、氷華の身に危険が及ぶ可能性も考慮したから離そうと思ったんだろうが、少ない情報の中でも氷華が危険になるような言は出なかった。ここは、氷華に任せて様子をみることにする。いいな?」
「かしこまりました」
国王の決定に否やはない。宰相は殊勝に答えた。
「危険と判断する事態が起これば、こちらで引き取ればいい」
「なにかが起こってからでは遅いのではありませんか?」
「そんなヘマはせんだろう。仮にもSランクの冒険者だ。対処できるだけの実力はある。それに、あれは魔物と違い契約までできちまってる。額にある宝石、そして契約、記述に記されているとおりなら、この二点が宝獣であるなによりの証拠だ」
国王の声にはからかいの色がなく、神妙な顔に、おのおの反応はさまざまだ。
グレイセスはやはりと自分の予想は当たっていたと胸中で思い、アルゼスとギルド長に関してはやっぱりそうだったかと確信に至った。
そんな国王に返したのは宰相だ。
「それは氷華嬢の報告にも出てきた内容と同じということでしょうか?」
「おう」
「どこで陛下が宝獣という確信に至ったのかお伺いしても?」
「ああ、載っている記述が少なくてな……記録魔道具を見てすぐに調べたんだが、分かったのは過去に宝獣がいたのは確定だ。だが、なんのために宝獣が生まれてきたのかは結局分からずじまいで終わっていてな。残念ながら、それ以上のことは書かれてなかった」
「……なるほど、本日の執務の遅れはそれが原因で?」
「あ」
神妙さが一瞬で消え去った瞬間だった。
「陛下、そういうのは部下である我々の仕事です。御自ら調べるなど……」
「いやぁ、昔、チラッと見たことがあった内容でよ。禁書にあるヤツだから他の奴には頼めんだろ」
「たとえそうだとしても本日の執務をすっぽかしていいわけがないでしょう」
「あは、あははは……」
「あははではございません! 挙げ句、殿下やアルゼス様に手伝っていただいたのですよ! 陛下の行動一つでどれだけ多方面に迷惑を掛けるか、陛下はもっと自覚するべきです!!」
宰相の説教が始まってしまった。
その光景を尻目に、ギルド長はグレイセスとアルゼスにそうなのかと視線を向ける。
「なに? お前さんら探索終えてから、さらにひと仕事してたの?」
「そうだね」
「緊急という名目で呼び出されてみれば、これだった。まあ、ダンジョン探索の報告も本当だろうけど」
「ほおん」
二人に苦笑で返され、ギルド長は宰相に叱られる国王を眺めながらすでに冷めてしまった紅茶を飲んだ。さすが王宮で出される紅茶だ。冷めてもうまい。宰相が紅茶を淹れるのがうまいのもあるだろう。
味わいながら、そういえばと思い出す。
「氷華には今回のダンジョンのことを含め、宝獣のルリのことも機密事項になるだろうから、決して他言しないよう言っといたが……よかったか?」
説教を受けてる国王ではなく、その息子のグレイセスに聞く辺り、ギルド長の国王への扱いはこれが当たり前なのだろう。
かつての冒険者仲間、よく分かっているともいう。
「ああ、感謝するよギルド長。私達は結局、彼女になにも説明せず帰ってきてしまったからね」
申し訳なさそうな顔をするグレイセスに、アルゼスは訝しげな目を向けた。
その顔が作っているのが分かっているから。
「よく言う。それが氷華に世話を任せようと即決した奴のセリフか?」
その視線を受けて、グレイセスはクスリと笑う。
「私は自分の判断を間違えたとは思わないよ。私達がルリを連れて帰ったとして、ルリは言うことを聞くかい? 衰弱しない可能性は? 彼女の魔力で孵化したようなものだから、彼女のそばにいたほうがルリのためにもいいだろう? それに、彼女は魔眼の持ち主……我々では気付かないことも分かるはずだ」
不敵な笑みを浮かべるグレイセスに、アルゼスはそのアイスブルーの瞳を細める。
「……ルリになにかあれば氷華の責任にしやすいからか?」
「疑うねぇアルゼス。ふふ、そうはならないよ。なんのための機密事項だい? 公にすれば、そのぶん責任の付け方も考えなければならないが、知っている者はごく少数。なにより、ルリを視認したのは我々ぐらいだ」
確かにルリは、街に、冒険者ギルドに入るとき、ルティーナのフードコートの中にいて、尻尾の陰すら見せなかった。
ルティーナを医務室のベットに横たわせて、ようやくその姿を見せたのだ。
「それに、彼女にだけ責を負わせるつもりはないよ。任せたのは私だからね」
その言葉は、一国の王太子が言うには重い言葉だということにアルゼスは気付いていた。
口にせずとも、責はルリをルティーナに一任した自分にあるといっているのだ。それに気付かないアルゼスではない。
友人にそのようなこと言わせてしまい、アルゼスは細めた目を伏せる。
「悪い」
「まあ、彼女の了承をとらなかったことは申し訳ないと思っているよ」
眉を下げ、その秀麗な顔をわざとらしく困らせるグレイセスに、
「断れないの間違いじゃないか?」
「王族からの頼み事なんて王命も同義じゃ?」
飛んできた言葉は辛辣だった。
その言葉に、グレイセスは困らせた顔を笑みへと変える。それはとても美しい微笑みだった。
世の女性がその微笑みを見れば確実に黄色い悲鳴をあげるだろう。だが、目の前にいるのはグレイセスのことをよく知る男二人。逆に薄ら寒くなった。
「あー……、そいやぁ録音魔道具には入ってないんだが、氷華がもっと簡単に言うなら宝獣のためにスタンピードを起こして、宝獣のためにダンジョンを開いて人寄せして、宝獣のために冒険者を呼んで魔力という名の栄養を確保して……まるで宝獣を育てるためのダンジョンみたいだとさ。さながら宝獣養育施設か」
なんだか薄ら寒くなった空気を変えようと、ギルド長はルティーナとの録音以外でのダンジョンの話をした。
「そして最後は契約できる飼い主へかな?」
「そういうダンジョンは今まであったのか?」
うまい具合にグレイセスが乗って、アルゼスも乗ってくれたので、ギルド長はそのまま会話を繋げる。
「そうだなぁ、俺が探索してきたダンジョンにはそんな特殊なダンジョンはなかった気がするが……」
「ま、ダンジョンについての研究はここ数百年なにも目立った成果が出てねーからな。そういう特殊なダンジョンがあっても不思議じゃねーけどな」
三人の会話に入り込んできたのは国王だった。
「おや、宰相。説教はもういいのかい?」
「ええ、これ以上は時間の無駄ですので……」
致し方なしと言わんばかり宰相の顔は苦労が滲み出ていた。
その苦労に、下手な慰めは意味がないと分かっている面々は、さらっと話題を変える。
「そういやぁ今回のダンジョン、消えちまったんだがすでに存在を公開済みなんだよな。ギルドでも知っている奴もたくさんいるんだが、もう消えちまったから探索できないんだよな。他の冒険者にはどう説明しとく?」
「うーん……」
そうギルド長に質問を投げかけられた国王は、腕を組んで上を向いて考え込む。
さて、いい方法はと考えたところで、ある事を思い出す。
「なあ、グレイ、アルゼス。確認なんだが今回のダンジョンに探索に向かったのって騎士団の第二部隊だったよな? そん時、バカなこと口走ったって?」
騎士団の第二部隊の所業はすでに聞き及んでいるが、確認のために訊ねる。
「ええ、そうですよ。公開するにはまだ早いダンジョンの内部の話をしてましたよ。ギルドのど真ん中で。大したことはなかったと」
「ああ、ついでにろくな宝も出なかったってな。大勢の冒険者のいる前でまるで聞かせるようにしゃべっていたな」
グレイセスの内容に同意するようにアルゼスは頷き、内容を付け加える。その顔にはありありと不快さが滲んでいた。
その確認をとった国王はイタズラを思いついた顔をした。
それを見た宰相は、なにやらよからぬ事を考えていそうだと顔を歪める。
「それ採用」
そう言って国王は口角を上げ、執務室いる面々を見渡す。
なにが「採用」なのか分からず、全員の頭の中にクエッションマークが浮かぶのは仕方がない。
「今回のダンジョンがSランク相当だったとバカ正直に言う必要はねぇ。そこはソイツらの言を大いに利用させてもらおうじゃねぇか」
「……ああ、そういうことですか」
至極いい顔で案を述べる国王に、いち早く同調したのはその息子だった。
さすが親子というべきだろう。
「どういうことか分かるか?」
「つまり、私達が探索したときはSランクのダンジョンでしたが、私達より前に探索した彼らは大した魔物も宝もないと公言していたので、それを利用するのでしょう? 今回のダンジョンは、彼らが言ったとおり大した魔物も宝も出なかったことにする……と」
そういうことでしょう? とグレイセスは自身の父親を見る。
それを受け取った国王は満足げに頷く。
「そ。んで、その先は実は隠し通路があり、見つけてたどり着いた先の部屋にはちょっと強い魔物と宝が見つかった。その宝を取ったらダンジョンは役目を果たして消え去った。宝は……そうだな、お前さんらが手に入れた剣でどうだ? これでルリのことは隠し通せるだろう」
宝竜のルリのことは公にしないほうがいい。というのは、この場にいる全員の共通事項だった。
隠し通せる方便があるなら利用するにこしたことはない。そういう考えを持っている。
「全部が嘘ってわけじゃねぇ。隠し通路にしても、続きに部屋があるってことも本当の話だろう? だが、魔物と宝は大したことはなかった。そうだろう? だってそう言っていた奴らがいるんだからな」
便乗してしまえ。そう聞こえた。
実際は剣も宝物庫に所蔵されてもおかしくない代物だが、騎士団第二部隊の連中が言ったとおり大した物ではないということにして、その貴重性を軽減させる言い分を作った。
日常的に使っていても問題のない代物として。
「あとは……スタンピードのときに強い魔物は軒並み倒しちまったからダンジョン内には大した魔物は出なんだ。そう言っときゃあいいだろう。これで筋書きは通るはずだ。あんな奴らでも使いようだな。今回は役に立ったわ」
言い方が、いつもは役に立たないと言外に言っているのを隠さない辺り、扱いが知れてる。
「……まあ、よくそういうことを思いつくよな……。だがまあ、それが一番丸く収まる方法だわな……」
クククッと笑う国王の名案とも提案ともいえない思いつきは、確かに本当のこと……特に宝獣のことを隠すのにこれ以上ないほどいい提案ともいえた。
そして確実に嘘でもないことも反論できない理由でもある。
なにせ、隠し通路は本当にあり、その先には部屋ではなくさらなる階層があったのだから。
氷華にも口裏を合わせなければ……と思いつつもギルド長はもう一つ、ここに来る前のルティーナの疑問を思い出した。
この話もしないとなと、未だに満足げが抜けてない国王に顔を向ける。
「なあ、もう一つ思い出したんだが……いいか?」
「ん、なんだ?」
ギルド長の向ける視線が、これは真面目に聞いたほうがいいと判断した国王は居住まいを正す。
「うちの国以外でも宝獣っているのか?」
その質問に執務室の空気が固まった。
何気ない質問だったはずだが、国を担う者としてはとても看過できない質問だからだ。
「……いや、聞いたことはないが……急にどうした?」
「深い意味で聞いたわけじゃないんだが……氷華がさ、こういうダンジョンって他の国にも出たのかって聞いてきてさ。あったらルリみたいな宝獣がいるの、か、と……」
ルティーナの疑問を話していくと同時に難しい顔をしていく国王と宰相に、ギルド長も最後は言葉もすぼんでいく。
非常に面倒くさそうな顔をする二人の眉間にはシワが刻まれる。
「あー……」
「事案ですね……」
その考えが思い浮かばなかったのか、考えが至らなかったのか、ますます公には明かせなくなった事情と仕事が増えたことに、胸中頭を抱える。
ここで他国ではすでに宝獣の研究が進んでいる問題が出てきた。
宝獣のような存在を他国に秘匿して研究している可能性は大いにある。
我が国で、今まさに隠匿することを決定したのだ。
「冒険者ギルドで宝獣の目撃者がいなくて幸いです」
「まったくな……。今までまったくその手の話が出てこなかったのは意図的か?」
「それとなく探らせます」
「頼む。宝獣はなんのために生まれてきたのか、なにができるのか……俺の代で分かればいいんだけどな……」
そうして男達の会談の夜は更けていった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
とりあえず、ここまでで一区切りになります。
続きはまあ、ぼちぼち書いてる途中です。
作者は遅筆なので気長にお待ちいただけたら幸いです。
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