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18.アルゼスの回想


 時はルティーナがしっかり目覚める数時間前に遡る。


 ガレシア王国の象徴であるレーヌヴェルス城。

 この国でもっとも歴史ある白亜の城は、まるで長年の歴史を思わせないほど美しく荘厳だ。

 この国の王族が住まい、国の重鎮や官僚、そして王族や国の民を守る騎士もこの王城を拠点とし、日々働く職場でもある。


 その城内を一人の男が悠然と歩いていた。

 男――アルゼスは、冒険者をしていたときと違い装飾は少なめだが大変質の良い礼装をしており、その長身痩躯と堂々とした佇まいは上位の貴族の風格を兼ね備えていた。

 アルゼスはふと視線のみを窓の外に向ける。

 日の入りが長くなったこの季節、王城の窓に映る外はまだ明るい。


「アルゼス」


 そんな公爵家嫡男である彼を呼び捨てにする者は少ない。その内の一人が、この国の王太子であるグレイセス・フォン・ガレシアである。

 彼は優雅に歩きながらアルゼスに近寄った。


「帰ったばかりだというのに悪いね」

「……だったら、少しは悪いと思うような顔をしたらどうだ」

「それが簡単にはできないのは知っているだろう?」


 悪いと言いつつもその顔は笑っており、少しも悪く思っていないように見えたアルゼスは思わず苦言を呈す。

 それを軽く受け流し、グレイセスは己の立場は知っているはずだがと苦笑する。それを見てアルゼスは肩をすくめた。

 グレイセスの装いも冒険者をしているときと違い、鎧を着用しておらず兜もしてない。その、王族特有のプラチナブロンドの髪とロイヤルブルーの瞳を持つ美貌を晒していた。


「用はなんだ? 帰って早々呼び出されたんだが……」

「私ではないよ。君を呼んだのは陛下だ。……残念ながら、私も呼ばれている一人だよ。今回のダンジョンの見解が聞きたいとのことだ」

「ああ……」


 アルゼスは納得したように頷いた。

 今回のダンジョンは、いつも探索するようなダンジョンとは違い、異様と言っても過言ではなかった。

 それは探索をしたアルゼスとグレイセスが一番よく分かっている。

 もともと、冒険者をやっていた国王が興味を持たないはずがない。だから召喚されたのだろう。


「俺らだけか?」

「ああ、さすがに氷華は呼べないからね。それに、おそらくまだ起きてはないだろう。魔力枯渇はそう簡単に回復するものではない。今日はもう彼女は休ませたほうがいい」

「そうだな……」


 アルゼスの脳裏には冒険者ギルドの医務室に寝かせた時も、こんこんと眠り続けているルティーナの寝顔が浮かんだ。


 【氷華の魔女】は少々特殊だ。


 本来、正体を隠していたら犯罪者かと疑われそうなものだが、その正体はギルド長が認めるものであり、事情があってフードをかぶっていると話している。

 それでも怪しむ者がいるが、本人の冒険者での実績がそれを打ち消している。

 冒険者は実力主義といえど、犯罪者などの罪人は当然だが冒険者になれない。


 Sランクの冒険者になるには、すでにSランクの冒険者の推薦と身元の確認は必至だ。

 新しくSランクに加わった証として国王陛下への謁見もある。

 謁見も大々的なものではなく、ただ国王陛下本人が王族としてその実力者を確認しておきたいという、わりと個人的な内容だ。

 そのときに正体を明かす話も出たが、なにを思ったのか【氷華の魔女】と謁見した国王陛下は「正体を明かさなくてよい」と、面白そうに言い切った。

 

 実際、面白そうにしていたのは事実だし、隠したほうがいいと判断したのは国王陛下本人だ。

 隠さなければならない事情は今では理解しているが……当時、まだ【氷華の魔女】と呼ばれる前から、なぜそこまでして隠すのか不思議に思い、アルゼスは個人的に彼女を調べた。


 【氷華の魔女】と呼ばれる前からアルゼスは彼女と一時的にパーティを組んだことが何度かあり、ソロで冒険者をするよりも、彼女と組んだほうが効率良くダンジョン探索ができるうえ、なにより邪魔にならない。

 アルゼスにはそれが一番重要だったりする。

 アルゼス自身は自分の身分を隠しておらず、それを知りすり寄ってくる連中は多く、疎ましく思っていたが、彼女はそれを知ってもアルゼスに対し態度が変わることなく……むしろ、より遠慮しているように見え、アルゼスは興味が湧いた。

 

 結果、【氷華の魔女】はルティーナ・アトレ伯爵令嬢だと分かり、同じ貴族だと知った。

 そして、隠し通さなければならない事情も知った。


 それは婚約者の存在だ。

 婚約者の存在をを知った時、言葉にできない例えようのない感情がアルゼスの中で沸き起こり、威圧と魔力が意図せず溢れた。

 ルティーナを調査してアルゼスに報告した部下は、それを直に当てられ「アルゼス様が恐ろしくて、逃げ出したくなった」と後に語った。


 ――彼女は俺のだ。

 そんな傲慢で一方的な考えがアルゼスの脳裏をよぎった。

 気付けば、自分がすでに彼女に堕ちていることに今さらながらに気付いた。

 そしてその感覚はアルゼスにとって悪くなかった。

 自然と浮かんだ笑みは、近くで報告していた部下が、なにか恐ろしいものを見てしまったと言わんばかりの顔をしていたようだが、アルゼスは気にすることなく退室を命じた。


 冒険者をやっていると、自然と互いの相性というものが気になってくるが、それが気にならない、または背を任せられる相手というのは少ない。

 Sランクともなると、それが顕著に表れる。

 ルティーナはアルゼスにとって背を任せられる相手だった。

 本人は自分の実力を過小評価しがちだが、アルゼスやグレイセス、ギルド長などの戦闘がメインの冒険者にとって彼女の存在がどれだけありがたいか理解していないところがある。


 そこまで考えて、アルゼスはルティーナを手に入れるための算段を立てるが……そこで婚約者の存在を思い出した。

 邪魔だな――あれはいらないなと思案し、あの家――グリドート侯爵家は陛下の悩みの種だったなと思い起こす。

 

 『爵位だけは高い役立たず』

 『金食い虫』

 『婚約者の家に寄生する寄生虫』


 ひどい言い分だが否定しようもない事実。過去の偉人の笠を着て、さも自分達が偉いように振る舞う様は正直、同じ貴族として羞恥(しゅうち)するべきだろう。


 幸いにも婚約解消したとの報告を受け、アルゼスは歓喜した。

 だから、冒険者ギルドで会った時つい「婚約解消おめでとう」と言ってしまったが、これで意識したらいいという願望があったことは否めない。


 ルティーナは自分の正体がバレてないと思っているだろうが、それは彼女がSランクになる前からアルゼスは正体を知っていた。

アルゼスにはルティーナがかぶっているフードコートの宝具の機能は発揮していないのだから。

 自覚したその時から、いたっい何度そのフードを取りたいと思ったか、フードの隙間から覗く薄茶色の髪とアメジストの瞳を晒してほしいと願ったか……よく耐えたものだ。


 グリドート侯爵家に関しても、陛下が手を出すなと言うからアルゼスは潰してないだけだ。

 あんな家でもまだ使い道があるらしい……おそらく、ろくなことじゃないだろう。

 婚約破棄ではなく解消になったのは予想外だったが、婚約者でなくなったのには違いない。


 アルゼスは、ルティーナが婚約を破棄もしくは解消しやすいよう、ほんの少し協力をした。

 ルティーナとは冒険者としては関わりがあったが、貴族として学生としてはなにも関わりもないアルゼスが公に協力することはできず、陰ながらグリドートの不貞の証拠を集めやすいよう暗躍した。

 もちろん、ルティーナ本人にバレない程度でだが。


 そのような回想を思い返しているうちに、アルゼスはグレイセスと共に国王陛下が職務に勤しんでいる執務室まで来ていた。

 執務室手前に立つ左右の近衛騎士が王太子であるグレイセスと公爵令息であるアルゼスに深く頭を下げる。

 グレイセスはそんな近衛騎士に、執務室の中へいる国王陛下へ取り次ぎを頼む。


「陛下、執務中失礼致します。王太子殿下とレイズバーン公爵令息様がおいでになられました」

「……入れ」


 室内から一拍の(のち)、入室許可が下り、グレイセスとアルゼスは近衛騎士が開いた両開きの扉から国王陛下の執務室へと入る。

 執務室はすでにカーテンは引かれ、魔道具のランプが室内を明るく照らしていた。

 壁際には本棚や執務室を彩るタペストリーや絵画が飾られ、部屋の中央奥には執務机。その上には大量の書類が置かれている。

 傍らには宰相が控えており、国王は顔を上げずに書類に目を通していた。

 グレイセスとアルゼスは胸に手のひらをあて、頭を下げ、口上を述べる。


「グレイセス・フォン・ガレシア――お呼びと伺い馳せ参じました」

「アルゼス・レイズバーン――同じくお呼びとうかが……」

「ああ、いい。いい。頭上げろ。そういうのはいらん」

「陛下! また、そのようなことを……」


 目を通していた書類から顔を上げ、頬杖をつき、軽く手を振り、そういうのは面倒だと言わんばかりの国王に、宰相は呆れたように(ひたい)に手をあてる。


「いいだろ別に。ここには見知った奴しかおらんのだから。で、新規のダンジョンはどうだった?」


 楽し気にロイヤルブルーの瞳を持つ目を細め、わくわくともニマニマともつかない表情をするのはガレシア王国、現国王ギルウォート・フォン・ガレシア。


「陛下、それは本日の執務を終わらせてからの予定です」

「固いこと言うなよ。少しぐらい、いいじゃねぇか」

「大変だね、宰相は。父上、ダンジョン探索をした記録魔道具を見たのではないのですか?」


 眉間を揉みつつ、ダンジョン関連は執務を終わらせてからにしろと言外に宰相は言うが、それに意に介さないのがギルウォートという男である。

 そんな二人の様子を見てグレイセスはいつもと変わらない応酬に笑った。


「見たけどなー。あれじゃあ物足りんだろ。やっぱ現場に直接行った奴に訊いたほうがいいだろこういうのは。……それに、オルゲンも来るしな」

「え? ギルド長も来るんですか?」


 ギルド長の名はオルゲンという。


「呼んだ」


 その瞬間、呆れと諦めとなんとも形容しがたい表情をしたギルド長の顔がグレイセスとアルゼスと宰相の脳裏に浮かんだ。

 ただでさえ新規ダンジョンの報告書やら後始末やらで、てんわやんわで忙しいのに国王直々に呼び出しとか……断ることはできないだろう。


「と、いうわけだ。手伝え。オルゲンが来るまでに終わらせたい」


 急に生真面目な顔をする国王に、それが呼びつけた理由か、とグレイセスとアルゼスは心中で呟いた。


「陛下……」


 申し訳なさそうな顔を向ける宰相にグレイセスは手を振る。


「早く終わればゆっくりできるぜ」


 ニッと楽しそうに笑う国王に、三人はため息をつくのだった。




 それから数時間の時間が経ったが、ギルド長は未だに来ない。

 執務もひと段落し、四人は執務室にあるソファに座り休憩をとっていた。

 執務室の雰囲気を合わせた高価なローテーブル。その上には繊細なデザインのソーサラーに同じ柄のティーカップが置かれている。

 はじめは「酒を!」と国王が取り出したが、宰相が「ギルド長から報告を聞くのでしょう」と酒を没収し紅茶になった。

 紅茶を入れたのは宰相だ。


「おっせーなオルゲン」

「ギルド長だって忙しいのですよ。まったく、陛下は軽く呼びつけて、彼の仕事も考えてください」

「新規ダンジョンは一大事だろ?」

「そうですが……」


 と、その時、コンコンとノックする音が執務室に響いた。


「陛下、ギルド長オルゲン・ノーグ様がおいでになられました」


 扉の向こうで近衛騎士がギルド長の来訪を告げる。


「おっ、やっと来た。入れてくれ」


 入室したギルド長は見るからにくたびれていたが、それを隠し一礼をし挨拶をしようとし――


「それはいいから、こっち来て早く座れ」


 国王にぶった切られた。

 それをされたギルド長のなんともいえない顔よ。

 国王以外の顔を見渡し、大きくため息をついた。


「俺……なにか間違えたか……」

「ご安心ください。なにも間違えておられませんよ。あなたは礼節に(のっと)って礼儀を通そうとした。悪いのはそれを(さえぎ)り、ぶった切った陛下です」

「俺かよ」


 そう言いカラカラ笑う国王に、宰相は白んだ目を向ける。

 どう考えてもそうだろう。

 親しき仲にも礼儀ありをことごとくぶった切っている国王だ。非難の目を向けられるのも当然である。

 挨拶も有耶無耶になってしまい、ギルド長は空いているソファに座る。

 宰相が入れてくれた紅茶を飲み、ギルド長がひと息ついたところで国王は切り出した。


「そういやぁ、氷華は起きたか?」

「起きましたよ。自分の足でうちに帰りましたんで」

「そりゃよかった。……で、予定より遅くなったつーことは、氷華から話は聞けたか?」

「聞いた……というか、録音してきた」


 昔、共にダンジョンを探索したという仲の国王とギルド長。自然と口調は雑になる。


「へぇー、楽でいいな」

「俺が氷華の話を報告書でまとめるとかなり時間がかかるから、これが一番手っ取り早かったんだよ」


 報告書は後で書いて出すとギルド長は言うと、録音魔道具をローテーブルの上に置いた。


「んじゃ、再生させるぞ」


お読みいただきありがとうございます

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