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17.お目覚め


 今、自分は夢を見ているな――ルティーナがそう思うのは、今日一番の恥ずかしい思いをした記憶が浮かび上がっているからだ。

 どんなに止めたくても止まってくれないのが夢である。


(螺旋階段の仕掛けの小さな宝石探し……思いっきり黒銀さんに抱きついてしまったっ……! いやあぁぁぁぁ、気をつけてたのに! 気をつけてたのにっ!)


 という今さらすぎる後悔だ。


(しっ、しかも、胸を押し付けてしまった……っ! 違うんです! ワザとじゃないんです! 不可抗力なんです! そんなつもりはなかったんです!)


 夢の中で誰ともなしに言い訳をるすが、後悔したところで時間が巻き戻るわけでもないのでどうすることもできない。

 できることといえば、思い出しながらう~っと唸るぐらいだ。

 そこから芋づる式に思い出すのは、ギルドの訓練場での出来事だ。


(あれ? 黒銀さん、私になんて言った? あの人、「婚約解消おめでとう」って言ってなかった?)


 今頃になって思い出すとは間抜けである。

 ルティーナの場合、現実逃避していたことが今になって夢で現れただけのこと。

 そして次に思い出すのはSランクの魔物を討伐した後の記憶だ。

 今思い出しても赤面モノである。


(なんで抱きしめられたの? なぜ、あんな表情をしたの? どうして、な、舐めたの!? いやいや、まさかまさか……私、あの人に何も話してないんだよ?)


 これは事実だ。

 ルティーナはグレイセスには話したが、アルゼスに自分のことは一切話してない。

 そもそも、グレイセスに話してしまったのは自分の不注意なのだが……それは置いといて。


(女嫌いで有名なはずなんだけど……)


 学園ではもちろん、冒険者ギルドでも女性冒険者とは距離を取っている人だ。

 ごく一部の人を除き、極力近寄らせないようにしているぐらいだ。なのに、なぜ? である。


(それに……それにあとは、なんだっけ? あの後、私どうなった? たしか、魔力枯渇で意識が……)





「ん……うぅ……」


 ゆっくりと覚醒していく感覚に身を任せるが、無理矢理に起きようとしているのだと分かるぐらいルティーナの頭の中はぼーっとしている。

 そんな彼女の最初に目に入ったのは白い毛皮だった。


「毛皮……?」


 清潔なリネンのシーツが肌を滑る。少しツンとした馴染みのある薬草の匂いが鼻につく。


(ここは……)


 白い毛皮から視線をずらせば、見えたのは木目調の天井に目隠しのカーテンだった。

 それはよく知る天井だ。


(冒険者ギルドの医務室……)


 毛皮の正体はダンジョンで孵化した幼竜だ。

 ずっとそばにいたのか、丸くなって眠っている。

 ルティーナは肘を立てて起き上がろうとしたが、鈍い鈍痛が頭の中を駆け巡った。起きていられなくなり再び横になる。


(もう少し、寝よう……)


 せめて、この痛みが引くまでは……と、ルティーナの意識は再び落ちていった。



 ♢ ♢ ♢



 ――カタン


 微かな物音が聞こえ、ルティーナは目を覚ました。

 二度寝をしたからだろう、頭痛は治まり意識がハッキリしている。

 なんの音かと音がした方向に目を向ければ、そこには一人の女性がいた。


「イデアさん……」


 イデア、と呼ばれた女性はルティーナが起きたのに気付き、急いで彼女が横たわっているベットへと駆け寄った。


「気がついたのね……よかっわ」


 安心したように微笑む彼女は、ギルド長の奥さんで副ギルド長だ。


「気分はどう? 大丈夫そう?」

「はい、だいぶ良くなりました。……ここはギルドの医務室ですか?」

「ええ、そうよ。黒銀くんがあなたを抱き上げてここまで運んできたわ。驚いたわよ。あなたが魔力枯渇を起こすなんて珍しいわね……あら、どうしたの?」

「ナンデモナイデス」


 黒銀さんに抱き上げられて医務室に運ばれたのか私は……と、羞恥でルティーナは思わず両手で顔を覆う。魔力枯渇の頭痛とは別の意味で頭が痛くなりそうだ。


「うふふふふ……」


 ニマニマと妙に楽しそうに笑っているイデアを恨めしく思いつつ、ルティーナはこれ以上この話題に触れられないよう別の話題に変える。


「魔力枯渇はこの幼竜()のせいですよ……」


 ルティーナは目の前で未だに尾を丸めてくぅくぅ眠る幼竜に触れる。

 手にひらにふわふわの触り心地と温もりを感じ自然と表情が緩む。クセになりそうだ。


(あれ?)


 なんか違和感を感じ、側頭部に手にひらを置く。


(ワタシ、フードカブッテナイ……)


 ルティーナは慌てて起き上がる。


「イ、イデアさん、私のフードは……」

「フードね……大丈夫よ。寝苦しそうだったから脱がせてそこに置いてあるわ」


 イデアが示した先には腰に付けていたマジックバックと白いフードが畳まれて置いてあった。

 それを見てルティーナはほっと息を吐く。


「ありがとうございます」

「どういたしまして」

「そういえば、黒銀さんと白鎧さんは?」

「彼らならダンジョン報告をして帰ったわ。記録魔道具は、白鎧くんが引き継いで最後まで撮られていたわよ。……ただね、ここにはもうなくて……すでに陛下の下へ届けられた後なのよ」

「そう……ですか。私もダンジョンの報告をしなくちゃいけないですよね……」

「そうねぇ。報告は今できそう?」

「はい、大丈夫です」

「じゃあ、夫を呼んでくるわ。ああ、これお水。少し待っててね」


 そう言って、イデアは寝台脇のチェストに水の入ったコップを置いて、ギルド長を呼びに医務室から出ていった。

 ルティーナはその間に乱れてしまった髪を解き、手ぐしで整える。髪は結わずそのままにしておくことにした。

 季節は初夏、ガレシア王国は涼しい気候で初夏でも夜は存外肌寒いので、一応フードコートを羽織り、医務室のカーテンを少しだけめくり外を見る。


(真っ暗だわ……)


 自分はずいぶんと眠っていたようだ。

 カーテンの隙間から見えた夜空には星の瞬きが見えた。

 そこから察するに、軽く数時間は寝ていたと思われる。

 体内にある魔力もまだ全快したわけでもないし、明日は大人しくしていようとルティーナは考える。


(この幼竜()のこともあるしね……)


 そばでくぅくぅと眠る幼竜に、ルティーナは思わず笑みをこぼす。

 触れれば温もりがじんわりと手のひらに伝わり、小さな体が呼吸に合わせて上下に動く。

 生きていることを実感させられた。


(生きてる……。よかった……)


 心に浮かぶは安堵だった。

 卵の状態のときは、その温もりが一切感じられず「ああ、この子はもう生きてないのかな……」と悲しい気持ちになったものだ。


(魔力が空になってしまったけど、この幼竜()が必要としていたのかもしれない)


 魔力が空になるまで卵に吸われたことから考えられるのは、この幼竜にとって魔力が餌なのだろう。餌を欲しがったということは、お腹がすいていたのではないか? ということだ。

 もしくは、孵化するための魔力が足りなかった、か。その両方か……。


 この幼竜がここに“いる”ということは、アルゼスもグレイセスもこの幼竜をルティーナから引き剥がせなかったのだろう。

 未知の生物。

 強引に引き剥がすのは良くないと判断したのか、ルティーナをまるで親のように認識していて離せなかったのか。

 どちらにせよ、グレイセスが連れて行かなかったことからルティーナが世話をすることは決定事項のように思えた。


 そんなことを考えていると、コンコンとノックする音が聞こえ「入っていいか?」とギルド長の入室許可を求める声が聞こえ、ルティーナは「どうぞ」と返した。


「ああ、よかった。目ぇ覚めたか。無事でなによりだ」

「はい、ご心配おかけしました」


 入ってきたのはギルド長と副ギルド長の夫婦だ。

 彼らはルティーナが腰掛けているベットの近くに椅子を持ってきて座った。


「悪いな、起きて早々ダンジョンの報告を頼むなんて」

「大丈夫ですよ」

「じゃあ、よろしく頼む」


 タンッ、と軽い音を立てて寝台脇にあるチェストの上に置かれたのは手のひらサイズの正方形の物体だ。

 それを見たルティーナは思わず半眼になる。

 その物体の正体を知っているからだ。


「……それは録音魔道具ですね」

「そうだ。これが一番手っ取り早いんでな」

「そうですか……」


 確かに、手っ取り早くて楽だけれども……とルティーナは副ギルド長のイデアを見る。彼女は苦笑していた。


「んじゃ、はじめよう――」




(ふう……、やっと帰れる……)


 ルティーナはマジックバックの中身を確認しながら帰り支度をしていた。

 すでにフードは目深に被り、薄い茶色の髪は一筋も見えない。

 報告は一時間にも及んだ。


 ギルド長は、このあと王城に登城して陛下に報告だそうだ。

 最後に医務室を出ていく時に見たギルド長の疲れきった顔に、「お疲れ様です」としか言えない。

 余計なことは喋ってないだろうかと今頃になって不安になったが、録音魔道具はすでにギルド長と共に王城へ向かっている。

 気にしたところでもう遅い。


 目の前には幼竜がジッと見上げてルティーナを見ている。

 そっと手を伸ばして、その頭を撫でる。

 幼竜は大人しく撫でられるのを受け入れ、嬉しそうに鳴いた。


 この幼竜は、ギルド長にダンジョン探索の報告中、録音魔道具が録音中の真っ只中に目を覚まし、ギルド長は「ちょうどいいから、いろいろと試してみようぜ」と言われたのでいろいろと試した。

 結果、この幼竜はルティーナの家に連れて帰ることになった。


 もちろん、「陛下の耳にも入れておくから安心しておいてくれ」とギルド長に言われてはいるが、不安がないわけではない。


(考えることはいっぱいあるけど、今はとりあえず帰って寝よう)


 ルティーナはそう決めたのだった。


お読みいただき、ありがとうございます

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