16.未知のダンジョン ~彼女が昏睡の横で~
「氷華! 氷華! ……」
糸が切れた人形のように倒れていくルティーナをアルゼスは抱きとめた。
きゅう、きゅうと悲しそうに鳴き声を上げるのは、先ほど孵化した生き物だ。
アルゼスはその生き物を見て、コレは敵になり得るのかと思考を巡らせる。
なにせ、この竜種に似た生き物は彼女の魔力を奪って産まれたのだから。彼は、衝動に身を任せるがままに腰に佩いている剣に手をかける。
「アルゼス」
無意識に殺気が漏れている彼に、落ち着けと言わんばかりにグレイセスはその名を呼ぶ。アルゼスは深く息を吐き、剣の柄から手を放し殺気を解いた。
「悪い」
「落ち着いたならなにより。さて、その幼竜は……氷華に懐いているね? 魔物ではないのかな? この額の宝石は……と、気になるところだけど……氷華、ちょっと失礼するよ」
いつの間に台座から降りたのか、幼竜はルティーナに縋りつき、きゅうきゅう鳴いている。
色々と考察がしたいが、意識を失っているルティーナの方が先だろうと、グレイセスは彼女に視線を向ける。
意識を失っている彼女が返事を返せるはずがないが、グレイセスは一応断りを入れ、ルティーナのフードを外して彼女の顔を晒した。
その顔は青白く、まるで病人のようだ。フードが外れたと同時に、彼女の緩く束ねられた薄茶色の髪がさらりとこぼれ落ちた。
「ふむ……顔は青白いが呼吸は落ち着いている。これは魔力枯渇だね。その幼竜の孵化に、魔力をほぼ全部持っていかれたんだろう。幸い、命に関わるほどではない。脈もしっかりある。安心するといい」
グレイセスの見立てでは、魔力枯渇であるものの死ぬほどではない。しばらく寝ていれば回復すると判断した。
「しばらく寝ていれば良くなるよ」
ルティーナにしがみつき、あまりにも切なげに幼竜が鳴くものだからグレイセスは優しく声をかけた。
グレイセスの言葉が理解できるのか、幼竜は彼を見上げて「きゅう」と鳴くと静かになった。だが、ルティーナから離れる気配はない。
「こいつは……なんだ?」
「それが分かれば苦労はしないよ」
「まあ、そうだが……」
静かになった幼竜を見て、アルゼスは疑問を口にする。だが、グレイセスもそれに答えられる明確な回答は持っていない。
よって、これからグレイセスが口にする内容はすべてが考察である。
「そうだね……現時点で私が分かることと言えば、その幼竜は氷華の魔力で孵化したこと。そして、その懐き具合から彼女を親と認識している可能性が高いということ。うん……これは無闇に引き離すことはやめたほうがいいかもね……」
兜の上から顎に指を添え、誰ともなく話し始めた友人にアルゼスはなんとも言えない顔をする。「お前、実はもうだいたい予想がついているんじゃ……」という言葉は呑み込んだ。
「それに意思疎通ができている」
「!」
「もし、この幼竜が魔物だとしたら意思疎通など絶対にできないことから、魔物ではないのは確実だ」
過去、魔物を魔法で従えようとした馬鹿がいた。
だが、魔物は世界の膿と言われていることから本能で動いており、その行動原理は『破壊』と『暴食』だ。結局、無駄に終わったらしい。
スタンピードがいい例だろう。魔物達はまず近場の生きているモノから破壊し喰らっていく。それは決して人間だけではない。
まず、近場にあるモノから破壊し喰らっていくのだ。もし、そこに青々と生い茂る木があれば、それを破壊し喰う。人の住む街にたどり着くまで時間がかかるが、森林破壊という被害が残る。
このダンジョンの周辺も広い範囲で破壊されており、生きている森は喰われていた。喰われた森は魔物を討伐しても再生しない。
このダンジョンの周辺の木々が生い茂っているのは、ルティーナのおかげだというのをアルゼスは知っている。
アルゼス達が、このダンジョンから溢れ出た魔物の討伐が終了したあとに残った森だったモノの凄惨さは、筆舌に尽くしがたかった。森が一つ消えるほどのスタンピードだったのだ。
アルゼスはルティーナから植物属性は反属性だと聞いているが、まさか森が再生するほどだとは思わず驚いた。
森があった場所に新しく生命が芽吹いていく光景は、奇跡に近かった。
「この幼竜の額にある宝石が本物ならもしかして……」
「実はもう分かっているんだろう? グレイ」
またも考察の海に沈み込もうする友人に、アルゼスは先ほど呑んだ言葉を吐き出した。
「……すべて、ではないよ。可能性としての話さ。確証はない」
「それでもだ。……今はダンジョンを出よう。考察や検証は後でもできるだろ?」
「まあ……、それもそうだけどね。ああ、氷華が起きていたら検証のすり合わせができたんだけどね……。彼女はこの通りだし」
視線はフードが外れたままのルティーナに向かう。
同時にピッタリと彼女の腕に張りつく幼竜が目に入る。
「魔力枯渇なんだろ? しばらく起きないはずだ」
「そうなんだけどね……残念だ。城に帰って要検証といきたいところだけど……」
「こいつ、離れるのか?」
幼竜はルティーナにしがみつき、イヤイヤと首が取れそうなぐらい横に振った。
全身で拒否を表わしている。
「いや?」
「全力で拒否しているな……」
「これは氷華から離すのは無理かな? 無理そうだね。うん……よし、氷華に世話してもらおう」
「は?」
友人の突拍子のない提案にアルゼスはギョッとした。
「おいこら」
「この幼竜の生態記録をとってもらおう。そして、それを教えてもらおう。うん、決まり」
「お前、本人の承諾なく勝手に決めて……」
おそらく、彼女が断らないだろうということも視野も入れているなと、友人を見る。
あの王の息子で、王太子だ。物腰は柔らかだが、強引なところは親譲りだなとアルゼスはため息をつく。
「彼女には悪いと思うけど、引き離せないんじゃあ仕方がないよね」
兜の下のいい笑顔を想像できてしまうほど、二人の付き合いは長い。
「はあ……、ちゃんと後で詫びとけよ」
「もちろんだよ。さあ、このダンジョンから出よう。……おっと、これは私が引き継ごう」
そう言って、グレイセスはルティーナの淡い紫のリボンの結び目に着けられている記録魔道具を外した。それを自身のマントの留め具に着ける。
「アルゼス、ちゃんと氷華のフードをかぶせておいてくれ。勝手にフードを取ったことは内密に」
「ああ、分かっている」
「勝手にフードを取ったなんて知られたら、彼女のことだ我々とは距離を置きかねない」
「ああ……」
「先に行ってるよ」
グレイセスの言うことは的を射ており、間違いなくそうするだろうと予想できる。
知り合ってもう数年経つが、アルゼス達に対して常に一歩引いた線引きしている状態だ。
未だに意識を失っているルティーナの柔らかな髪に、アルゼスはそっと頬を寄せる。
髪からはキツい香水などの匂いはせず、爽やか花の香りと自身で育てていると聞いた薬草の香りがした。
(もう少しだ……)
アルゼスは【氷華の魔女】が、アトレ伯爵家の長姉ルティーナ伯爵令嬢だというのを知っている。
彼女が隠しているからアルゼスも深く追求しないだけで。
(悪いな、逃がしてやれない)
ルティーナにフードをかぶせ直し、外れないことを確認したアルゼスは彼女を抱き上げる。
いわゆる、お姫様抱っこというやつだ。
この状態を、もし彼女が目覚めていたら、間違いなく全力で遠慮するだろう。この時ばかりは意識を失っていてよかったとアルゼスは思った。
(軽いな……)
そんなルティーナが赤面まっしぐらなことをアルゼスが考えていれば、彼女の丁度腹部辺りに幼竜がよじ登っているのが目に入る。
一時も離れたくないのか、ルティーナに腹部にピッタリと張りついた。長い尾が嬉しそうに揺れる。
その光景は母に甘える子のようで、微笑ましいものだった。
「落ちるなよ」
「きゅっ!」
元気よく返事をする幼竜に、アルゼスは笑った。
こんなに感情豊かな生き物が魔物のはずがない。そう思わせるのに十分な行動を、この幼竜はしている。
気になるところではあるが、今はダンジョンを出ようとアルゼスは思考を切り替え、先に転移陣へ向かったグレイセスのあとを追いかけた。




