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15.未知のダンジョン ~揺り籠の中の卵~


 今度の階段には仕掛けはなく、螺旋状でもなく、ごく普通の下へ下りていく石階段だった。

 それでも気を緩めず階段を下りていった三人は、階段を下りきった先に目を剥くような光景が待ち構えていることに驚いた。


「これは……」

「はぁ……、すごいね……」


 なにがどうすごいのか、言葉にするのが難しく三人は口(つぐ)む。


 そこは、九階層以上にとても広い空間だった。石壁には光を放つ鉱石がそこらかしこに埋め込まれており、柔らかな明るさを放っていた。

 さらに、階段を数段下りた先には、なぜか樹木が生えており青々と生い茂っている。そして樹木の周りには水路が造られていて、どこからか水が流れていた。樹木の根元にも光を放つ鉱石が淡い光を放ち、それはそれは幻想的な空間を創り出していた。


 ダンジョン内でこのような光景が見られるとは思わず、三人はしばらく呆然と魅入ってしまっていた。


「……ダンジョンで、このような光景を見ることができるとは思わなかったよ」

「はい……。ここがダンジョンの中だと疑いたくなる光景ですね。地上でも、このような光景はめったにないでしょう」

「そうだね……」

「……感嘆しているところ悪いが、木々の合間に道があるようだ。石畳が並んでいるのが見える」


 アルゼスが指した方向には確かに石畳が見え、まるで道はこちらだと示しているかのように見えた。


「ほんとだね。氷華、魔物と罠の危険性は?」


 ルティーナは探索魔法を発動させ、周囲を確認する。そしてグレイセスの言葉に首を横に振る。


「ありません」

「よし、じゃあ行こう」


 心なしかグレイセスの声が弾んでいるように聞こえ、ルティーナもフードの下で小さく笑む。

 その気持ちが分かってしまうからだ。

 ここはまだダンジョンの中だし、危険がないとも限らない。だけど、ここまで幻想的な光景を拝めるとは思わず、未知の場所だというのについ胸が(おど)ってしまう。


(あたたかい……)


 木々の合間に見え隠れしている石畳の上を歩きつつ、葉の隙間から木漏れ日と、陽の光と錯覚しそうな淡い光と暖かさ、流れる水の音、そして本当に外の公園の並木道のような造りに、ルティーナの視線が移ろう。

 上の階層を見ているなだけに、本当に同じダンジョンの造りなのかと疑いたくなるが、間違いなくここはダンジョン。

 魔物はいなさそうだが、ルティーナは探索魔法を使いつつ気をつけて進む。


「木と光を放つ鉱石ばかりで、生き物の気配がまるで無いな」


 確かに――それはルティーナも思っていたことだ。

 木も水も土もある。太陽に代わって温かな光を放つ鉱石だってある。生き物が住むのに心地よい環境だ。だけど、そこには生き物だけが見当たらない。


「確かに……不自然に感じるけど……」


 景色は感嘆するほど美しいのに、その一点だけが不気味だった。だが、


「ここで生き物と言ったら、魔物になってしまうのでは?」

「あぁ……」

「それもそうか……」


 ルティーナの疑問の答えに、男二人はなんとも言えない顔をした。

 こんなに美しい景色なのに、魔物が出てきて戦闘になったら、それはそれで残念でもあるが、ここはダンジョン。仕方がない、割り切ろう。

 そんな思いとは裏腹に特に何事もなく最奥と思われる場所へとたどり着いた。




 そこにはガゼボのような形をした建物があった。

 ガゼボの下には祭壇のような形をした台座。台座の上には四方八方から木々の枝が絡み合い、鳥の巣のような揺り籠らしきものが形作られていた。

 三人は周囲を警戒しつつ、ガゼボに近付き木の揺り籠の中を覗き込む。


「これは……」

「たまご? 大きいですね……」


 木の揺り籠の中にあったのは、淡い水色をした人の頭部ぐらい大きさの楕円形の卵だった。


「なんの卵でしょう?」

「分からない。……だが、このガゼボの背後には帰還用の転移陣があるのが見えるから、ここがダンジョンの最終地点なのは間違いなさそうだよ」


 グレイセスの見据える先には転移陣が淡い光を発しており、いつでも使用が可能な状態なのが窺えた。


「なら、この卵がダンジョンの宝なのか?」


 卵に視線を移し、納得がいかないのかアルゼスは眉間にシワを寄せる。


「そもそも、これは生きているのか?」

「んー……、生体反応は見られませんけど……」


 アルゼスの言葉にルティーナは魔眼で卵を視たが、卵には生体反応らしき魔力の流れはまったく見えず、生きているのかさえ分からない。


「とりあえず、その卵は持って帰ろう。それがなにかは調査すれば分かるだろう。危険はないのだろう? 氷華、回収を頼む」

「はい」


 ルティーナは頷き、卵を持ち上げようと両手で触れる。


「えっ?」


 魔力が卵に吸われている――そう感じ、急いで手を卵から離そうとしたが離れなかった。なおも、ものすごい勢いで魔力が吸われていく感覚に、これはまずいと戦慄する。


「――っ!」

「氷華!?」

「ま、りょく……吸われ……」

「アルゼス! 急いで氷華の体を卵から離すんだ!」


 ルティーナの異変にいち早く気付いたアルゼスが卵から手を離させようとするが、まるで縫い付けたかのように卵から手を外すことはできなかった。

 グレイセスも気付いて、アルゼスにルティーナの身体ごと卵から離すよう指示していたが、ルティーナの体は固まったように動かなかった。


 彼らの声をルティーナは膜を一つ張った向こう側のようにぼんやりと聞こえたが、離れない手に動かない体。

 どうすることもできない。


(……もう、ずいぶんと魔力が吸われている)


 吸われ続けて魔力が底を突きそうになり、意識が朦朧となりかけた瞬間、吸われていた魔力が唐突に止まる。

 驚いて卵に焦点を合わせれば、卵にヒビが入っているのが目に入った。


(えっ、えっ?)


 なにこれ、なにこれ、と思っているうちに割れた。


「きゅうっ」


 卵から孵化したのは青みがかった、真っ白な体毛をした生き物だった。


「わ、あ……」


 思わず手を入れて持ち上げた。嫌がらず抱き上げられ、小さな翼をパタパタとはためかせながら、ジッとルティーナを見ている。


(幼竜かな……?)


 幼竜の瞳は、動物特有の丸い形をしており色は宝石のラピスラズリのようだ。青みがかった白い体毛は鱗に生え替わる前なのか、ふわふわの触り心地。

 額には瞳と同じ色をした結晶が埋め込まれており、小さな角と爪は同系色をしている。尻尾は長く、幼竜本体の二倍以上の長さがあり、ルティーナに持ち上げられてユラユラと揺れている。

 きゅう、と幼竜は甘えた声を上げた。


(か、かわいい……)


 ルティーナの理想のかわいさがそこにいた。


「氷華、大丈夫かい?」

「あ、はい!」


 幼竜に目を奪われて、自分がどういう状態だったのか彼女はすっかり忘れていた。


「だいじょう……あ、れ……?」


 ぐわんと視界が揺れ、頭に痛みが走る。目が回り、意識が飛びそうになった。


(魔力枯渇……だ……)


 魔力を吸われすぎたんだ……と頭の隅で思いながら、ルティーナの意識は暗闇に落ちていった。


お読みいただき、ありがとうございます

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