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14.未知のダンジョン ~報酬~


 魔物との戦闘が終わり、ルティーナは蔓への魔力供給を止めた。

 蔓は魔力という名の栄養が供給されなくなったのか、一気に萎れて枯れていく。


「いつ見ても不思議な光景だね」


 目の前で、植物が一気に育ち枯れていく一連の過程は、確かに物珍しい光景だろう。


「残していても邪魔になってしまうので」


 その光景を見ていたグレイセスにルティーナはそう返した。

 枯れていく蔓には目を向けず、ルティーナは魔法で水を作り出すと、血で真っ赤に染まった手のひらを水で洗い流した。


(いっ……!)


 思ったより深く切ってしまったのか水が傷にしみる。

 この蔓の魔法は怪我前提の魔法だ。ダンジョンには植物が育つような土のある場所はほぼなく、ルティーナは基本的には適正属性の氷を使う。

 だが、先ほどの魔物のような敵には植物属性の方が使いやすかったりするので、こうして多少怪我をしでもこの蔓の魔法を使う価値はある。


(回復薬、回復薬……)


 ルティーナは腰のベルトに付けているマジックバックから、お手製の回復薬を探そうとしたが血のついてないほうの手だけでは探しにくく、なおかつ動きづらい。そう、動きづらいのだ。


「アルゼス、いい加減に氷華を放すように。そのままでは彼女は身動きでいないよ」


 そう、ルティーナは未だにアルゼスに抱きしめられていた。

 魔物を討伐した後でも放す気配がなく、文字通りルティーナは身動きができないまま、やれることをやった。大したことはしてないけど。

 この状況を、あえて見て見ぬふりをしてくれるグレイセスにルティーナは感謝しつつ、心の中で平常心、平常心と呟いていた。何か別のことを考えないと変に意識しそうだから。


 グレイセスに言われたからなのか、ルティーナの怪我を見たからなのか、アルゼスは彼女を解放した。

 ルティーナは思わずほっとしてしまい、軽く息を吐いた。それを見たアルゼスの目が細められたことに、彼女は気付かなかった。


(えっ……)


 気付いた時には遅く、ルティーナの怪我しているほうの手はアルゼスに取られ、まるで吸い寄せられるかのように彼の口元に持って行かれる。

 ルティーナが手のひらに感じたのは、怪我の痛みと少しだけ冷たい唇の感触。


「っ!?」


 そして生温かい、ぬるりとした感触だ。


(な、なめっ……!?)


 ルティーナが思わず顔を上げてアルゼスを見上げれば、フード越しでも分かるほど彼の目は妖艶に細められ、アイスブルーの瞳の色とは違い確かな熱を孕んで見えた。

 それを間近で見てしまったルティーナは、一瞬手のひらの痛みを忘れ、頬を染める。

 フードで顔の半分が見えないが、分かる範囲のルティーナの肌が朱に染まるのを見て、アルゼスはふっと微笑む。

 その顔は、ようやく俺を意識したなと言わんばかりだ。

 血に塗れた唇を舌で舐めとる仕草に、ルティーナは目を奪われた。


「ぁ……ぅ……」


 何も言葉が紡げず口をパクパクさせている彼女に、アルゼスは顔を寄せ、彼女の耳にだけ聞こえる声でささやいた。


「早く治せ。……いいな?」


 とろりと甘い蜂蜜のような艶のある低い声で、まるで恋人に語りかけるかのように耳の中に言葉を吹き込まれたルティーナにできることは、ただ頷くことだけだ。

 そんな彼女を見て満足したアルゼスは、それでも名残惜しげにルティーナの手を放した。

 最後に指を絡めることも忘れず。

 間違いなく彼女の記憶に残ったであろうこと確信して。


 背を向けて離れていくアルゼスをルティーナは呆然と見送ったが、すぐにはっと思い出したかのようにマジックバックから回復薬を探し出した。

 二本取りだし、一本は怪我をした手のひらに、もう一本はもう一本は飲んだ。

 この回復薬はルティーナのお手製だ。薬草から育てて精製したのだ。

 薬草は育てるのが大変なのだが、そこは植物魔法さまさまである。


「……無いね」


 枯れた蔓の上を歩いていたグレイセスがそう呟いているのが聞こえ、ルティーナはそちらに顔を向ける。

 その顔は真剣に枯れた蔓の上――正確には討伐後に消えた魔物がいた場所を見ていた。


「白鎧さん、どうしたんですか?」

「ああ……、いや、魔石や魔物の素材が落ちてないようなんだ」

「え……、落ちてないんですか?」


 珍しいことがあるものだと思いながら、ルティーナは魔物が出てきていた陣を見る。戦闘中は常に淡く発光していた陣は、役目が終わったかのように消えてしまっていた。


(連戦は終了した?)


 首を傾げつつも、ルティーナは探索魔法を使い周囲に魔物が残っていないのか確認する。結果、魔物の影は一匹も見つけられなかった。


「魔物もいないようですね……。陣も消えてしまいましたし、戦闘は一応終了したとみてよさそうです」

「そのようだね。魔石や素材が落ちてないから釈然としないが……」

「戦闘が終了したならなによりだ」

「おや、珍しいことを言うね」

「こんな状態ではな」


 アルゼスは己の手に持っていた剣を二人に見せる。

 剣は両刃の作りだが、その刃は原型を留めておらずボロボロで、すでに使える状態ではなかった。


「黒銀さん、剣が……」

「闇属性を使った代償だな。よくあることだ」


 闇属性は強力だ。

 普通に使うぶんなら問題はないが、剣などに付与すれば、その強力な魔力に耐えきれず、剣は一気に劣化するのだ。

 ゆえに、アルゼスは己だけの剣を持っていない。どんなに良い剣でも、どんなに立派な剣でも、使い捨てになってしまうからだ。


「アルゼス、剣の予備はあるのだろう?」

「残念ながら最後の一本だな」

「氷華は持ってる?」

「魔法メインですよ、私は。さすがに持っておりません。……あれ?」


 そんな会話をしていると一部の床が動き、そこから台座と思わしき長方形の台が出てきた。


「なにか出てきたね」

「魔物の魔石も素材も出なかったから、その報酬か?」

「ああ、なるほどね」

「宝箱の形ではないようですけど……台座? 上になにか透明な棘?」

「あれが魔物討伐の報酬なら、近くに行って見てみようじゃないか」


 三人で台座の近くに歩を進める。

 近くで見れば透明な棘のように見えたものは、台座に刺さった二本の透明な剣だった。


「剣……ですね」

「透明だな」

「素材はガラスではないようだけど……、新種の鉱石でできているのか?」

「これが魔物討伐の報酬でしょうか?」

「それ以外に考えられないか……」

「魔物を討伐した後に素材や魔石が出なかったことを考慮すると、そうなるね」


 魔物を討伐しても魔石や素材が落ちなかったことと、間を置かずして出たことから、台座に刺さっている透明な剣が報酬であることが窺えた。


(剣二本とか……)


 ルティーナは魔法がメイン。というよりも、剣は短剣ぐらいしか持ったことがない。しかも、戦闘で使ったことは一度もない。


「私は剣を使わないので、お二人でどうぞ」


 台座から一歩下がったルティーナに、アルゼスとグレイセスは苦笑いした。二人はルティーナが剣を使えないことを知っている。

 そして、台座に刺さっている剣を抜こうと柄を握った。その瞬間、剣は劇的に変化しはじめた。


「なっ!?」

「これはっ!?」

「柄から手が離れない!?」

「くっ!」


 柄から手が離れず男二人が焦るなか、ルティーナはその光景に魅入っていた。

 ルティーナには見えていた。アルゼスとグレイセスが剣の柄を握った瞬間、二人の魔力が剣へと流れていくのを。

 これはそういう剣(・・・・・)なのだと。


(だから透明だったんだ……)


 透明なのは、どの属性にも染まっていない状態のことを意味していたのだろう。二人の魔力が流れ込み、透明から色を変える。――やがて、その変化も終わった。


「あ、手が離せる」

「剣も抜けるようだ」


 二人は台座から剣を引き抜いた。

 アルゼスの剣は黒く、だけど漆黒という言葉は似合わず、まるで夜の闇を凝縮したような色合いをしていた。闇属性の魔力をふんだんに取り込んだ結果だろう。


 細かい薄紫の紋様が装飾代わりに薄ら彫られていて、それが剣をより美しく魅せていたが、装飾剣のような感じはせず、戦闘を視野に入れた実用的な形状をしている。


 グレイセスの剣は純白に透明感のある美しい剣だった。

 こちらの剣にも薄らと紋様が彫られている。ただ、アルゼスの剣と違い、紋様は違う形ををしており薄緑色だ。アルゼスの剣と同様に装飾剣のような感じはなく、実用的な形状をしていた。


 台座に刺さっていたときは似たような形状の剣だったのに、変化後に抜いた剣はまるで別物だ。

 魔力を取り込んだ時に、使い手にとって使いやすい形へと形状を変えたのだろう。

 それが、そっと近寄り剣を見たルティーナの感想だ。


「まるで黒銀さんと白鎧さんの専用の剣のようですね」


 そう例えるルティーナに、アルゼスとグレイセスは何度も剣を握ったり振ったりして確認していた。


「専用の剣ね……なぜ、そう思う?」

「お二人の魔力が剣に流れていたからです。だから、魔力が流れている間は剣から手が離せなかったのでしょう」

「なるほどね……」

「おそらく、主属性の魔法を剣で使えば一目瞭然かと……」

「ふむ」


 グレイセスは自身の魔力を纏わせ、空を一閃。

 その後、己が握る剣を見る。


「良いね」


 兜で見えないが、声は明るく弾んでいた。

 アルゼスも同じように闇属性を纏わせ空を斬る。ついで剣を見た。剣は魔力を纏わせる前と変わらず、劣化も見られない。むしろ、より馴染んだと言ってもいいだろう。


「なるほど、これは良い」


 己の剣を持たないアルゼスにとって、消費する必要のない剣はこの上ない報酬だ。


「今回の魔物討伐の報酬は宝具っていうよりも、宝剣……ですかね?」

「宝剣か……確かに、これがダンジョンの報酬なら宝具より宝剣のほうがしっくりくるね」


 そう言って、グレイセスは宝具――改め、宝剣を鞘に収めた。


「さて、これからどうするかな……帰還用の転移陣が出てないんだよね……」


 そう、報酬は出たのにダンジョンの外に出られる転移陣が出現しない。ルティーナは周囲を見渡す。


「これが終わりではない? と、いうことでしょうか?」

「まだなにかあるのか? 魔物は出ないようだし、入ってきた場所も閉じたままなのにか?」


 アルゼスも鞘に剣を収め、周囲を見渡す。


「変わったことといえば、剣の報酬が出た台座ぐらいだね」


 確かに……と、思ったルティーナは台座を視た。魔眼でじっくりと。


「……、……!」


 台座を視て、それと隣接している床を視た時、床にはあるのに台座には魔力がなかったのを見つけた。

 ルティーナは、八階層の壁と螺旋階段の壁と同じかと思い台座に魔力を流し、小さい宝石がないか探すが……そんなものはなく。


(勘違いかなぁ……)


 残念に思いながらルティーナは台座から手を放した。


「氷華、その台座になにか仕掛けがあったのかい?」


 近くで様子を見ていたグレイセスの言葉に、ルティーナは首を横に振る。


「仕掛けはありませんでした。でも、台座だけ魔力が通ってないのです」

「螺旋階段の仕掛けと同じではない……と、いうことだね?」

「はい」

「うーん……」

「動かしてみるか? 床とくっついているわけでもなさそうだしな」

「ふむ、物は試しだ。やってみようか」

「氷華は離れていてくれ」


 頷いたルティーナが台座から離れると、アルゼスとグレイセスは身体強化をして台座を押した。

 かくして、台座は動いた。

 ズズッ……と、引きずるような音を立てながら動いていく。そこには、さらに下へと続く階段があった。


「さて、どこまで下に続いているんだろうね?」


 階段の先は暗く、明かりはない。


「ここに帰還用の転移陣がない限り先に進むしかないだろう? 入ってきた穴も閉じたままだしな。幸い、武器は手に入った」


 アルゼスは己に宝剣に触れながら階段の先を見た。

 ルティーナは再び光球を出し、階段の中へ先行させる。


「行くぞ」


 一行はアルゼスを先頭に、階段を下りていった。


お読みいただき、ありがとうございます

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