9.未知のダンジョン ~入口~
(こんなダンジョンがあるとは……)
ルティーナは、目の前にあるダンジョンに思わず感心してしまった。
ここは、ガレシア王国の王都イルスレーンから南に街二つ離れた都市ダルガーノからさらに離れた森の中、近くに村も町のない場所だ。
今回は緊急ではないが、冒険者ギルドからの正式な探索依頼なので、冒険者ギルドが各ギルド支部と繋ぐ転移陣の使用を許可した。
転移陣とは、国中にある各都市に設置されている長距離移動ができる魔法陣のことだ。今いる都市から、別の都市への移動は可能となるが、膨大な魔力、または魔石が必要となり、魔法陣の設置に広い場所と費用もかかることから、そう多様に使用できるものではない。
また、設置してあるのは主要な都市のみであることから、街や村など近隣への移動はもっぱら馬だ。
冒険者ギルドでは、本部を含め各支部に転移陣が敷かれており使用できるようになっている。
もちろん、膨大な魔力や魔石が必要になるが。
転移陣でダルガーノに着いてから三人は、目的のダンジョンまで最短で到着するために馬を使わず、身体強化のみで森を駆け抜けた。それ一番が早いからだ。
帰りは転移魔法でダルガーノに帰ればいいと思っている。
転移魔法のほうが早いんだが、如何せんリスクが高いので、身体強化の駆け抜けになった。
転移魔法は、特殊魔法の一つで上級の魔法でもある。転移陣と同じく魔力を大量消費するので、これからダンジョンを探索するのに使用はできない。
さらに、目的の場所を正しく把握していなければ転移魔法は失敗する。距離が遠いほど魔力消費は多くなり、空間を正しく把握していなければ予想とはズレた場所に転移したりと、割と危険を伴うことから今回は身体強化の一択となった。
そして現在、目的のダンジョンに到着し、探索前の小休憩をとっている真っただ中。
そんななか、ルティーナはダンジョンをじっと見つめていた。
見た目はなんの変哲もない苔むしったダンジョンだ。外観は、他のいろんなダンジョンを見てきた中でも質素。この言葉が一番合っていた。
このダンジョンがAランクのダンジョンだと言われても信じられないほどに、魔力の威圧のようなものは感じなかったが、ルティーナの瞳はちゃんとダンジョンの異質さを捉えていた。
「氷華?」
「あ、はい」
グレイセスに声をかけられ、ルティーナはダンジョンを見て飛んでいった思考を戻した。
「こんなダンジョン、初めて見ました」
「私には普通に見えるけどね」
「俺もだ」
グレイセスとアルゼスには、ダンジョンは通常のものとは変わらなく見えるようで、これがいつもと何が違うのか、と不思議そうな顔をしていた。
「なにが視えるんだい?」
グレイセスの問いかけにルティーナは、ちょっと答えに窮した。答える内容次第では、なにを言ってるんだコイツは? と思われる可能性があったから。
「……ちょっと信じられない内容でも?」
「君が視たままを教えてくれ」
「……分かりました。ダンジョン全体に隠蔽魔法が付与されているようです。しかも、かなり強く。これじゃあ、このダンジョンは見つかりません」
彼女のダンジョンを視た印象を伝えれば、二人が息を呑む。
ルティーナの目はちょっと特殊だ。もし、この目の能力を表現する言葉があるとするなら、魔眼と呼ぶのだろう。なぜなら彼女は魔力が視えるのだから。
「隠蔽魔法の付与? 誰がかけたんだ?」
鋭く聞き返されるが、これに関する答えはルティーナは持ち合わせていない。
ダンジョンの存在隠蔽は犯罪だ。重罪に判定されるほど厳しいもので、下限はない。
だが、このダンジョンは違う。
「誰も」
「なんだって?」
「誰も隠蔽魔法をかけておりません。しいて言うなら、ダンジョン自身がかけた……ですね」
ルティーナがさらにダンジョンの見解を告げれば、二人は絶句した。あり得ないだろう……と、口に出さずともそう言っているように聞こえ、ルティーナは苦笑した。
そのあり得ないことを起こしているのが、この目の前のダンジョンなのだ。
「はあ……、氷華が嘘をつくとは思えないけど……」
「嘘は苦手です」
きっぱりと言い切ったルティーナに、グレイセスは苦笑した。
ルティーナは、嘘をつくぐらいなら隠し通す性分だ。それくらい嘘が苦手でもある。貴族社会では致命的だけど。
「さて、嘘ではないとするとダンジョンは意図的にその姿を隠していたことになるが?」
「そうなるね」
考え込む二人に、ルティーナはさらにダンジョン周りを視た結果を告げる。
「ダンジョンの近くには、隠蔽魔法を施したと思われる魔力の残滓が残ってないんですよ。残っているのはダンジョン内部に探索に行っていたギルド長や騎士団達の魔力のみです」
「ギルド長はともかく、あの騎士団員達に高度な隠蔽魔法が使えるとは思えんが」
その意見に大いに同意する――ルティーナは心の中で呟いた。
先ほどのこともあるのか、アルゼスの騎士団員達への評価は辛辣だった。
魔力の残滓とは、簡単に言えば魔力の残り香のようなものだ。
魔法を使用せずとも、人間は常に微量な魔力を放っている。
それが一時的に残っているのが魔力の残滓だ。
残滓は十人十色で、普通は時が経てば消えるが、隠蔽魔法などを使用中の場合は使用者の魔力が常に残り続けているはずなのだが、ダンジョンからは人が残したと思われる魔力の残滓は一切視えなかった。
「綺麗なものですよ。混じり気のない透明で。……もし、この隠蔽魔法を人がかけたものとするならば、できるのは赤子ぐらいです」
「……それは無理だね」
納得せざる得ないのか、グレイセスは苦笑しながら頷いた。
「ダンジョンが自身を隠すために隠蔽魔法を施した……か」
「なにか隠したい物があったんですかね、このダンジョンは」
「だが、スタンピードは起きたぞ?」
アルゼスの言い分はもっともだ。だが、別の捉え方もできる。
「スタンピードは、もう見つかってもいいって思ったから起きたとか? もしくは、見つかっても問題なくなったからスタンピードを起こしたとか?」
「なるほど……」
「ダンジョン自身が隠蔽魔法を施したとなれば、そういう推測もあるんだね……」
新しい発見だと言わんばかりに、アルゼスとグレイセスは首肯した。
自分達では、その考えは浮かばなかっただろうと。
「外で分かるのはこのくらいですね。あとは……ダンジョンの内部に入らないとなんとも言えません」
外で分かることなど限られている。
なぜ、ダンジョンは自身を隠すようなことをしたのか?
なぜ、今になって周りに分からせるようなことをしたのか?
答えはダンジョンの中にあるのだろう。結局は内部を探索し、謎を解き明かすしかないのだ。
「休憩も十分したし、内部探索を開始しようじゃないか」
一行はグレイセスを先頭に、ダンジョンの中へと入っていた。
このダンジョン探索、間違いなく忘れられないものになるだろう――ルティーナはそう予感した。
三人がダンジョンに入って数分後……ダンジョンはそっと、その入り口を閉じた。これ以上の出入りを禁じるように。
取っ手はなく、外から開けること叶わず、また中からも開けることは叶わない。
完全封鎖。
そのことに誰も気付かなかった。
魔法は緩い設定なので見逃していただけたら……
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