第四幕・カレンデュラの隊長
「うわー、やっぱり混んでますねー。出遅れちゃったの痛いなー」
「こりゃあ切りが無ぇぞ。他に食える所はねぇのかよぉ?」
「町に行って外食も出来ますけど、お値段が張りますからねー。何処かに相席でもしますかー」
「相席って、何処にするんだ。二人分が座れる席なんてなさそうだぞぉ?」
「んーと………あ、あそこの席なんてどうです?」
「…おいミュウちゃんよ、俺に対しての嫌がらせかソレは?」
「え、いやだって知り合いですし………席も、空いてますし?」
「いーや、そいつは気のせいだ。ってか他にもあるだろ、カウンター席、とか…」
「あははー………空いてますねー、確かに。まぁ、どっちでもいいですよーワタシは…」
未だ混雑する大食堂で、二人には二つの選択肢が与えられている。
先ずミュウが最初に指定した、多人数用のテーブル席だ。
大人が六人は利用できるだろう其処は現在、たった一人だけに占拠されている。
そしてこの一人とは、紅髪のウルフカットが特徴的なレイラ・ロードスだった。
彼女は二人が揃って面識があるので、相席するには申し分ない。
ただしテーブル全体が既に色とりどりの料理で埋まっており、肝心のオーダーに関しては遠い。
一方で龍が目した、カウンター席も一つの選択肢だ。
客一人を挟む形にはなるものの、今なら折よく二人分が空いていてオーダーは早い。
もっとも挟む客と言うのが、ドレッドヘアーが特徴的なクローケア・クロノスとなっている。
彼は所謂ティータイム中で、ショートケーキと合わせて満喫していた。
二人にとってそんな彼との隣り合わせは、決して安寧ではない。
その上で両者の決断は、多人数用テーブル席へと向かうだった。
「んっふふっ、やはりアザレアでの食事は良い。城下街で外食も悪くはないのだが、此処ほど供給が行き届かないからな。そう思うだろう、ミュウ・ハウゼン」
「そ、そうですね。あははははー…」
「それに給仕服に関しても程好い露出が有って、目の保養としても最適だ。そうは思わないか、ヒライリュウ」
「…アンタは食うのに集中しろっての。テーブルが片付かねぇだろうが」
「やれやれ、二人して連れないぞ。折角の相席なのだから、固い事は抜いて語り合うのも一興だろうに」
「ねぇよ、アンタと語り合うなんて選択肢だけはねぇよ。この場で暴れないだけ感謝しろってんだ、この大食い女」
「ちょっと、リュウさんったら失礼ですってばっ。ワタシ達にとってこの人は、教師であり上官なんですから!」
「構わない、彼の無礼は良く承知している。カレンデュラの規則に違反さえしなければ、咎めはしないさ」
「そりゃあどうも。序でにさっさと食い終わって席を譲れってんだ」
「それも承知しているが、その前にヒライリュウ。君には新人祝いとして、手前から送る品があってね」
「要らねぇよ、こちとらアンタから受け取る物は弓矢だけで腹一杯だ」
「そう邪険にするな、これはすっかり傷んでいる君の上着の代わりとしても使えるものだよ」
「…何だこりゃ。学生服、か?」
レイラからの贈り物は現代物と遜色のないブレザータイプの制服だった。
胸元には狼の横顔の様なマークが入念に刺繍してあり、これは統制機関カレンデュラ所属を物語る
。
因みにマークが白色なら訓練生、赤色なら正規員の証明となる。
またレイラの様な部隊長クラスになると、数少ない金色の刺繍を授かる。
即ち新たに訓練生となる龍は、常に白色のマークを宿す義務が生じる訳だ。
しかしここで一つの問題が発生する。
レイラが用意した制服は、龍の筋骨隆々な図体には見合わなかったのである。
そして現時点のクレマテスにはこれ以上の既製品が用意されていない。
このままでは龍の制服は所謂オーダーメイドとなり、出来上がるまでは数日を要する。
要する、筈だった。
「仕方ない、脱ぎたまえヒライリュウ」
「…はっ?」
「服を脱げ、と言っている。でなければ正確な寸法が測れないのでね」
「…えーっと。もしかしてレイラさん、この場でリュウさんの制服を作っちゃうつもりですか?」
「折角の新人祝いだからね、これ位はやらねば教官として名折れだろう。と言う訳で、脱ぎたまえヒライリュウ」
「アンタ正気かっ、ここ食堂だろっ。公然猥褻罪ってのを知らねぇのか!?」
「別に下まで脱げとは言っていない。いや、お望みとあればこの場で上下一式を揃えて見せるが…」
「そうじゃねえだろっ、アンタのそのガバガバな倫理観をどうにかしろって言ってんだぁ!」
「はて、手前はそんなに恥知らずかな。君はどう思うミュウ・ハウゼン?」
「…別に、普通、だと、思い、ます。寧ろ、優しい、と、思い、ます」
「おいおいおい、権力に屈するの早すぎだろミュウちゃんよぉ!」
「決まりだなヒライリュウ。大丈夫だ、君の屈強な肉体は誰に恥じる事もないぞ」
「…あーあー、もう良い。抵抗するだけ無駄って訳だな。とっとと済ませやがれよ、このむっつり女が」
「んっふふっ、ではお言葉に甘えるとしよう」
斯くして食堂アザレアの片隅にて、レイラが営む仕立て屋が開店した。
先ずは採寸だが、彼女は現代の様に巻き尺等の道具を必要としない。
対象の部位を目で視て、手で触れれば事足りる。
ただし妥協はしないので、龍は暫く上半身が裸の状態で待機する羽目になった。
自ずとミュウを含む現場の女性陣は、総じて目のやり場に困る。
また男性陣も自分達との差異を見せ付けられ、密かに複雑な思いをする。
其処には持って生まれた天性と、喧嘩に明け暮れた半生が集約していた。
またキャバ嬢としてトップに君臨する姉の影響から、魅せる方向でも手入れが行き届いている。
例え如何なる異世界だろうとも、その並外れた肉体への評価だけは揺るぎない。
一方で仕立て屋として振舞うレイラの手芸も並外れていた。
彼女は機械の類を一切使わぬまま、針一本を使って新たな制服を誕生させようとしている。
その動作に関しては明らかに人知を超えており、単なる技術だけでは説明が付かない。
そもそも裁縫には必須となる、糸の類を全く使用していない。
しかし最終的な仕上りに関しては、誰も文句の付け様がなかった。
試しに龍が灰色のシャツの上から来てみれば、着心地から丈など完璧に整合している。
また装備者の性格を読み取ってか、前を留める類のボタンは全て取り除かれている。
少なくとも龍にとっては、殆ど私服感覚で着れる様相だ。
胸元に訓練生用のマークも施されているので、カレンデュラの規定にも抵触していない。
因みに此処までに費やした時間は、僅か10分程度である。
「これで良し。ではヒライリュウ、今後はその恰好で訓練生として振る舞うように」
「くっはははっ、勿論だぜ。理屈は全くもって解らねぇが、こうしてアンタの魔術とやらをご丁寧に拝ませてもらった訳だしなぁ?」
「んっふっふっ、どうやらクローケアの授業は真面目に受けたと見える。無事に魔術の存在を受け入れている様で何よりだ」
「…まぁ、真面に食らったのは確かだな。お陰様で身に染みたぜ」
「ならば今日は初日だ、後の時間は好きに過ごすと良い。ただし明日からは正式な訓練生として、しっかりと履修に励んでもらうぞヒライリュウ」
「念を押さなくても解ってらぁ。これでも元々は現役の学生なんだ、更生中の体裁は整えてやるぜ」
「それは重畳。ならば明日の手前の授業、君にも参加して貰うとしようか」
「うげっ、マジかよ。むっつりなアンタの授業なんざ、R指定が必要になるんじゃねぇか?」
「…確かにアールシティにも授業には参加してもらう予定だが………君が既に知り合いだとは驚いたな」
「…はぁ?」
「あー………あの人も参加するんですねー。また私、保健室送りにされそうなんですけどー?」
「んふふっ、そう言えば彼女は君に対して随分と手厳しいな。とは言え、君も負けっぱなしでは居られないと思うが?」
「そ、それはまぁ………悔しいとは思ってますけどー」
「では決まりだ、明日の授業は彼女との対戦が出来るように取り計らうとしよう」
「えぇぇーっ、そんなー………意地悪しないでくださいよー!」
「…あー、また頭が痛くなってきたぜ…」
「おや、どうしたんだヒライリュウ。まさか手前達の間に混ざれなくて、不貞腐れているのか?」
「んな訳ねぇだろうがっ。それより自由時間があるってんなら、俺はもう行くぜ!」
「ええーっ、まだご飯食べてないのにーっ?」
「後で良いっ、どうせすぐには食えねぇだろうが!」
龍は頭を掻きながら席を立った。
そして彼方此方を歩き回りながら、同時に異世界における言語の法則を少しずつ理解して行った。
そもそもR指定と言うワードが、この世界には存在しない。
他にも俗語や一部の表現は、現代の感覚のままでは通用しない。
一方で龍の許に届く声は全て日本語である。
看板などに記されている文字に関しても、総じて日本語として映っている。
ただ言語が日本で統一されている中で、龍以外に日本語を使っているという認識はないのだ。
『…まぁ、どうでも良いか。俺はただ気に入らねぇ奴をぶっ飛ばせるなら、それで良い』
悩む時間は殆ど必要なかった。
あらゆる問題を問題視しないのが、飛来龍の特徴なのだから。
しかしその自由奔放な足取りも、とある一区間にてピタリと立ち止まる。
其処はデュランタ二階に存在し、窓越しからでも大量の本棚が並んでいる様子が伺える。
出入り口と思わしき傍らには看板も存在し、この先が資料室であると読み取れる。
『へぇー、文字も読めるんなら丁度いい。部屋に戻っても暇だろうし、どんな本があるのか拝ませてもらうとするか』
龍は資料室の出入り口と思わしき地点に踏み入る。
同時に資料室の出入り口が来客を感知、ガラスの様な透明の扉が自動で開いた。
ただし向かって直ぐの受付と思われる場所には誰の姿もない。
また現時点で資料室を利用している人物の姿も見当たらない。
自ずと龍は幾重もの書物の中から手当たり次第に物色する。
基本的には娯楽目的だが、魔術に関する文献も関心から外れてはいない。
しかし資料室内を行き来する内に、鋭い三白眼の瞳がある違和感に気付いた。
ソレは整理整頓されている資料室の中で、やたらと積み上がっている書物の山である。
そして書物の山からは、微かながらに気配が感じ取れるのである。
「…おい、其処に誰か居るのかよ?」
龍の質問に対して、応答はない。
しかし確かに其処からは何かしらの気配が伴っている。
やがて業を煮やした龍は、気配の正体を探ろうと書物の山へと向かった。
そして特に苦労する事もなく、隠れていた答えへと辿り着く。
その正体は大人の女性だった。
容姿はパーマされたまつ毛と垂れ眼、ボサボサしたロングの緑髪が特徴的だ。
身長は160手前と言ったところで、体付きから特に鍛えられた素振りはない。
衣服に関してはホルターネックで背中が大きく開いている桃色のセーターの上から、わざわざ袖が余る白衣を着ている。
また頭には飾り気のないベレー帽を中途半端に被っており、左耳にハート型のピアスを付けている。
一方で下半身の方は、ボトムスに該当する着衣が使用されていない。
自ずとガーターベルト付のストッキングと、桃色のインナーが丸見えしている。
その上で書物の山に囲まれながら、呑気に寝息を立てていたという訳である。
「おい、起きろよ其処のお姐さんよぉ。こちとらそういうのは姉貴だけでお腹一杯なんだよ」
「むにゃむにゃ………うひひ~、ソコはらめだってば~………僕ちゃんったら~、もっと優しくして~」
「…下らねぇ夢見てねぇで、とっとと起きやがれこらぁっ!」
「…んあ~、なぁに~なんなのよほああああああ~っ!」
突如として緑髪ロングの女性を雪崩が襲った。
正確には高く積み上がっていた書物の山が崩れ、彼女に向かって押し寄せた。
元より無造作な置き方を続けた結果、辛うじて危うい均衡を保っていただけに過ぎない。
其処へ193cmの図体が起こした地団太が、最大の引き金となった。
斯くして緑髪ロングの女性は大量の書物に埋もれ、その姿すら捉えられなくなる。
一方で一部始終を見届けた形の龍は、黙ったままその場から動かない。
文字通り呆れて物が言えず、助けるという選択肢に至らない状態だ。
しかし次の瞬間には、崩れた書物の山が独りでに動き出す。
やがて書物は空中を漂い、空白だらけになっていた周囲の本棚へと落ち着く。
後には衝撃で脱げたベレー帽を被り直す、緑髪ロングの女性の姿がその場に残った。
「まったくも~。せ~っかくっ、あ~し好みの美少年とムフフ~な夢見てたのに~。僕ちゃんのおかげで台無しだわ~」
「くははっ、そりゃあ悪かったな。だったらお詫びの印に、俺がもう一度向こうの世界に送ってやろうか?」
「いや普通に反逆行為~。白マークの癖して部隊長に暴力宣言とか~、独房行き確定~」
「うげっ………まさかアンタも部隊長なのかよ?」
「割と前から第九部隊長だけど~。つ~か、僕ちゃんたら訓練生なのにあ~しのこと知らない訳~?」
「知らねぇよ、こちとら此処の事は何もかもが初めてだらけなんでなぁ」
「あっそ~、ってことは僕ちゃんが例の新人って訳~。レイラっちが言ってた通り、ケダモノの匂いがプンプンだわ~」
「余計なお世話だぜ。それよりアンタ、この資料室ってのには詳しいのかよ?」
「と~ぜん。あ~しは此処の室長でもあるから~、此処にある本ならせ~んぶ、あ~しの頭に入ってるんだわ~」
「それじゃあよ、とりあえず面白そうなヤツを見繕ってくれ。後は魔術の習得とかに関するヤツも欲しいなぁ」
「な~んで上から目線~?お願いしますの一言は~?」
「あー………お願いしますお願いしますお願いします」
「心が籠ってねぇ~………ま~でも~、訓練生への貸出し管理はあ~しの役割だし~。ちょっと待ってな~」
緑髪ロングの女性は何もない空間から、事も無げに丸眼鏡を出現させて装着する。
その後は点在する本棚へと向かって行くのだが、方法は歩行ではなくふわふわとした浮遊移動だった。
そして自分の身長では届かない所からも書物を取り出し、龍の希望に沿うような品を次々に揃える。
先ずはこの世界の歴史や、過去の偉人を題材にした伝記。
次いで魔術方面に関しては、挿絵の多い初心者用の教本。
最後に世間で好評な、少年と少女の恋愛を描いた小説。
貸し出し期限に関しては、三冊とも九日間で統一されている。
因みに借りた書物は自主的に返却する必要はない。
九日間を過ぎた時点で予め施されている魔術が発動し、全ての書物は自動で資料室へと戻るようになっている。
「とりあえずこれだけ~、ほ~らもってけ泥棒~」
「おう。ありがとよ、ピンク下着の姐さんよぉ」
「な~に~その言い草~。乙女に向かってどういう神経してんの~」
「じゃあ何て呼んで欲しいんだよ。緑髪ロングの姐さんか、それともグダグダ白衣の姐さんか?」
「ミ~ス~ト~レ~イ~」
「…ミス、と、礼?失礼な姐さんってかぁ?」
「だ~か~ら~、ミストレイ・ル・フェルメール。普通に名乗ったの~」
「やたら長いなおい。呼ぶときはミスト姐さんで良いか?」
「…良いけどさ~、なんで姐さんなの~?」
「そりゃあ年上だろアンタ。んでもってあの女隊長よりもちょい上………32でどうよ?」
「…ね~僕ちゃ~ん、乙女の前で出しちゃいけない話題って~、どういうモノか知ってる~?」
基本的に気怠いミストレイの顔色が、徐々に引き攣った笑顔へと変わる。
更に軽く握った右手から、人差し指だけを立てて見せる。
その柔らかい指先には、魔術と言う名の確かな神秘が在る。
ただし魔術に精通していなければ、視ることも感じることも出来ない。
例え初対面の女性の年齢を暴く程の眼力でも、決して例外とはならない。
しかし龍は咄嗟に動いた。
ミストレイのソレが、先達てバドラックから味わったモノと同じ類だと本能で察した。
そして先程に手渡された伝記、教本、小説の三冊を盾にしながらミストレイに対し身構えるのだった。
「おらおらぁ、魔術は止めろぉ。こっちには人質………いや"本質"があるんだ。ソレをぶっ放したらどうなるか知らねぇぞぉ」
「…サイテ~。乙女に脅迫とか、男の子のすることじゃな~い」
「仕方ねぇだろぉ、今の俺じゃあアンタと喧嘩にもならねぇんだ。歳の事は悪かったから、何とか勘弁してくれ」
「ふ~ん………ま、いっか~。あ~しも大人げなかったし~、謝ったから許したげる~」
「助かるぜ。それじゃあ俺はもう戻るからよ、また別の機会にでもアンタの魔術は拝ませてくれよなぁ」
「ふふ~ん。だったらせめて、さっきのが視える様になってから来なよヒライっち~」
「くっはははっ、望む所だぜミスト姐さんよぉ」
龍は改めて三冊の書物を抱えると、資料室を立ち去る。
その後は真っ直ぐに自室へと戻ると、空腹も忘れて三冊の読破を開始した。
順番は伝記、教本、小説で通す。
またページをめくる際は、本当に読んでいるかも疑わしい速さで行う。
実際の所、理解はしようとしていない。
ただ鋭い三白眼の瞳が、ひたすら文字の羅列を刻み込んでいる。
宛ら学生がテスト前に行う、一夜漬けその物だ。
やがて夜が深まる頃には完了し、即座に就寝へと至った。
一方で資料室に残るミストレイは、龍を見送った後は受付の方に腰を落ち着けていた。
そして何もない空間から携帯機器を出現させて行使する。
ソレは彼女の愛用する、遠くの者と通話できる通信機である。
程なくして相手との会話が始まり、そのまま歓談を交える。
やがて夜中にまで及んだ両者の話題は、世間を賑わせた新人へと切り替わった。
此処まで読んでいただき感謝<(_ _)>
拙いですが、もし少しでも楽しんでいただけなら幸いです。
良ければ次回以降も拝読して頂ければ幸い。